【完結】努力の怪物が指パッチンを極めたら世界最強に〜スキル【収納】の発動を指パッチンに″限定″したら無限の可能性が待っていた〜
第90話 魔女との戦い
俺とオーウェン、シュミーがジークタリアスへ戻ってくると、空模様は変わっていた。
禍々しく、邪悪を内包する雲が一面に広がっている。
「天気悪くなってないか?」
「あれのせいだろう」
オーウェンの視線の先を見ると、何やら巨大なドラゴンが、暗い空を駆けて飛んできているのが見えた。
魔女の勢力だ。
足元で寝ていた我らが女神がもぞもぞ動き出す。
「ん、んぅ……はっ! 聖歌隊は?!」
目を覚ましたらしい。
「もう振り切りましたよ。それより、今度は魔女です」
「んあああ!? 起きたらまたしても命の危機が!」
シュミーは遠くの空から近づいてくる魔女を見て飛び起きた。
「オーウェン、魔女たち空間跳躍してないわりに到着はやくないか?」
「……他の足があるのかもな。あるいはあのドラゴンの飛行性能が高いだけか」
「ふむ」
未来をみてるわりにはガバガバな対策だよな、オーウェンとアダムって。
しばらく、空を眺めて待っていると、翼が起こす風圧を感じるくらいの距離で巨大なドラゴンは空中静止して、その背中から、数人の人影が降りてくる。
全員を地面に下ろし終えると、ドラゴンは彼らの背後に着地した。
「また剣豪オーウェンだわぁ。やっぱりあんたがジュニスタをやってくれたのねぇ?」
ジークタリアス郊外の荒野に、怒れる少女の声がこだました。のんびり、ゆったり、ねっとりしてるのに、不自然なほどよく響く声だ。
オーウェンは特に何も答えない。
何か返事してやってもいいのでは。
かわりに口を開いたのは、シュミーだ。
「ちょっとー!シェリルー! あんたの工房みたわよ! あれは倫理的にも道徳的にも、絶対許されないわよ! どうしてそんな酷い事するようになっちゃったのよ! アタシはそんな風に育てた覚えはないわー!」
シュミーがこれまで溜め込んでいた不満が爆発した。
心の底からの叫びは、かつて魔女と長い時を過ごした彼女独自のものだ。
暗黒に傾倒した魔女のこころに、その声はさざなみ程度には響くのだろうか。
「うるさい、黙っててねえ、おばさん」
「はぐぅ?!」
まったく響いてないらしい。
波紋すら起こっていない具合だ。
魔女の冷たい声に、シュミーは押し黙り、撃沈されて静かになった。
「もうあなたと話すことなんてないわぁ。さっさと神格渡して死んでほしいわぁ」
「ぐぬぬ……っ! 育ててあげた恩を忘れてなんてことなの! オーウェン、マクスウェル、やってしまいなさい!」
シュミーは魔女を指差した。
言うこと聞くのがしゃくなので、俺とオーウェンは無視して立ち尽くす。
シュミーから「アタシの信者でしょ?!」と前提を間違えた批判をされる。
「オーウェン……魔女を殺せば、それで終わりなんだよな?」
「そのはずだ。だが、気をつけろ。女神ソフレトの姿が見えない。おそらくはもう吸収したあとだ」
神格を取り込んだとなると、より大きなチカラの行使が可能になったはず。
俺とオーウェンは視線を魔女からはずさず、警戒する。
敵の数は3人。
枯れた指は10人いるとの事なので、ゴトウや魔導王ジュニスタ、黒い獣ガングルゥなどをのぞいても、もうすこし数がいそうなものだが。
どこかに隠れているのか?
あるいはオーウェンが狩ったのか?
「その駄女神を渡しなさぁい。マクスウェル・ダークエコー、剣豪オーウェン」
「「断る」」
「……まあ、そうなるわよねぇ。どこで知ったかわからないけどぉ、どうせ目的がバレてるなら、強行するしかないわよねぇ…」
魔女は「悲しいわぁ」と演技くさった涙をぼろぼろこぼして言った。
「でも、実はまた交渉できるのよぉ?」
魔女はそう言って、となりの線の細い青年へ視線を飛ばした。
彼はうなずき、背後の巨大なドラゴンの足につかまると、ドラゴンと一緒に飛び上がる。
そのまま、魔女が来た道を引き返す巨大なドラゴンと青年を俺たちは見送った。
わざわざ大きな戦力であるはずのドラゴンを戦線から離脱させるなんて。
何をする気なのか、目的が見えない。
「今飛んで行った彼の名前は破壊王レドモンド。ジュニスタの弟子よぉ。彼ね、人間で爆弾をつくるのがすごく得意なんだわぁ」
俺はその言葉を聞いて、顔をしかめた。
「人間で爆弾?」
聞き返すと、魔女は嬉しそうに笑った。
「そうよぉ、彼は外国からやってきた魔術師、その能力は食べ物を通して長い時間かけて人間の細胞組織を魔術的に改造すること。アクアテリアスにいる生きてる市民のうち2万人が彼の爆弾として、いつでも起爆可能なのよぉ」
「っ、嘘だろ……?」
俺は声を漏らして、アクアテリアスの方角に消えていったさっきのドラゴンたちを探す。
不幸なことにもうドラゴンの姿は発見できなかった。
「オーウェン! まずい、アクアテリアスにはマリーがいるんだ! はやく行かないと!」
「落ち着け、マックス。平気だ」
オーウェンの冷めた物言いに俺はおもわず「は……?」と声をもらす。
あんな巨大な、それこそジークの倍近くあるドラゴンと、市民2万人を爆破して、すべてを終わらせられる強力な魔術師がいるのに。
外国からの使者ということは、あの黄金の錬金術師くらいやばい奴かもしれない。
アクアテリアスにいるマリーが危険に晒されるのは、火を見るよりも明らかだ。
「マックス、平気だ。なんのために皆を残してきたと思ってる」
「でも、市民を爆破なんて……!」
「安心しろ。手は打ってある。爆弾魔のことはアダムから聞いていたんだ」
オーウェンの見透かしたような言葉は、大切な人間を持たないからこそ言える言葉だ。
絶対に失いたくない物が生みだす喪失の恐怖を知らないんだ。
「マクスウェル、友達を信じなさい」
「女神様……」
「一刻も早くあの生意気な幼女をぶっ殺しちゃって!」
「……」
シュミーの私欲満点の励ましに、なんか魔の抜けた気分になった。
「はあ……破壊王も対策済みですって? ハッタリじゃなきゃいいわねぇ。にしても、どこまで手の内が見透かされてるんだか……まあいいわ、あなた達、2人を分断しなさい。そうすればあとは私がなんとかするわぁ」
魔女が欠伸こらえてそうな声で言うと、彼女のとなりにいた女が動いた。
俺が一見して、魔女よりやばそうと感じていた奴が俺へ一目散に飛んでくる。
姿をかき消して飛んでくる速さは目で追いきれない。こんなの初めてだ。まずい。
「チッ…オーウェン!」
俺の叫び声に、オーウェンは「シュミーから離れるな」と言って、地面を蹴ると風となって、その女とすれ違うカタチで魔女へ突撃していった。
そういう事じゃないんだよなぁ……。
「まあいいさ。俺は『聖歌隊』をしりぞけた最速の指パッチニストだ。女ひとり相手してやるさ!」
「あらあら、強気なのね。この人間。童貞臭いところは、たくさん加点よ♪」
俺は目には頼らず、気配撃ちを主軸に状況への対処を開始した。
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