【完結】努力の怪物が指パッチンを極めたら世界最強に〜スキル【収納】の発動を指パッチンに″限定″したら無限の可能性が待っていた〜
第73話 後悔はしたくない
竜が飛ぶ夜空のした、テラスのうえでマリーとマックスは、その蒼翠の瞳と、紫紺の瞳をまっすぐに繋いで、揺らしていた。
マックスは突然の出来事に、言葉をつまらせて声がでない。
マリーはそんな彼のことを、ただじっと見つめて、見極めようとしていた。
ーーマリーが行動に出たのには理由がある
時はすこし巻き戻る。
⌛︎⌛︎⌛︎
ーーマリーの視点
マックスを外壁テラスに待たせ、マリーとデイジーの2人は楽しく祭りを見てまわっていた。
10分ほど見学して「用事を思い出した」と言って、そうそうに離脱したオーウェンと、元からどっかに行って姿の見えないジーク、留守番のマックス。
そんな『蒼竜慈善団』の男衆抜きのパーティメンバー女子だけの時間であった。
「そういえば、マリー様ってマックス先輩のことが好きなんですよね?」
屋台をまわった成果であるプチパンケーキを机にならべ、マリーが食べ比べ会をしているところへデイジーは爆弾を投下した。
なんの前触れもない踏み込んだら質問は、マリーを狼狽させる。
口にプチパンケーキを運んだままかたまり、思わずむせかえってしまった。
「けほけほ、な、なな、なんで、いきなりそんな事聞くのかしら、デイジー」
「すみません、マリー様。でも、私、ここで言うべきかなって思って」
デイジーはストローでマンゴータピオカジュースを飲みながら答える。
「ほら、だって、この『神聖祭』にはたくさんの聖女様が来ているじゃないですか。男の子って可愛くて、おっぱい大きい子にはすぐ負けちゃうんですよねー。私はマリー様よりそういう経験値はあるんで、わかるんです」
「ま、マックスなそんな、軽薄な男じゃないわ…………たぶん」
マリーはプチパンケーキをフォークでつつきながら、モゴモゴと言葉を濁らせた。
「ふふ、マリー様って可愛いですね」
デイジーは軽やかに笑い、席をたつ。
「でも、どのみち急いだほうがいいですよ、マリー様。たぶん、私……いえ、マリー様ふくめて、私たちみんなには、あまり多くの時間は残されてないでしょうから」
デイジーはそう言い残すと「すこし、ひとりで見て回ってきますね! マリー様、気をつけてくださいね!」と元気よく言って、通りへと戻っていった。
マリーは悶々とした気持ちで考える。
マックスはたぶん、自分のことが好きだ。
マリーは度重なるアプローチで、そんな自信を掴んではいる。
ただ、もし、もしそうじゃなかったら?
うぬぼれて、気持ちを明かし、そのうえですべてが自分の勘違いであったとしたら?
マリーはそんな現実に耐えるだけの心を持ってはいなかった。
「あ、はぐれマリー様なのですよ」
思い悩むマリーは、ふと、聞き覚えのある声にふり向いた。
そこには、緑髪の姉妹がたっていた。
ウィンダとウィンだ。
聖女として、昼間の一件で関係をもったウィンダは、人懐っこくマリーのとなりに座ってきた。
あくまで従者のウィンは、そんな姉の後ろに控えて、マリーにぺこりと綺麗なお辞儀をするだけだ。
「マリー様、すごい量のパンケーキですね! これ全部食べてしまうのですか?」
「え? い、いや、まさかね。こんなたくさんな食べないわ。いくつかは、お土産に……そう、もちろんマックスの為に持ち帰ろうと思って」
マリーは慌てて言葉をつくろい、いくつかを箱にしまい、袋に入れはじめた。
全部食べたかった、なんて本音は口が裂けても言えない。
「あはは」
ウィンダは楽しそうに笑い、ふと、すこしだけしんみりとした表情に変わった。
彼女はマリーへ「マクスウェル様……」とひとりでにつぶやく。
マリーは彼女のつぶやきに、どうしてか心穏やかな気持ちでいられなかった。
「マリー様とマクスウェル様は、やっぱり、お付き合いなされているのですよね……」
「えーと……うーん……」
判然としない反応をかえして、やり過ごそうとするマリー。
ウィンダはそれを見て驚いたような顔をすると「まさか、まだだったのですか?」とたずねた。
「なんで、ウィンダ様まで、そんなことを聞いてくるのかしら?」
マリーは毅然とした態度で、聞きかえした。
「それは……なんででしょうか。ウィンダにもわかりません。だけど、たぶん、素敵な方、と思ってしまったから、でしょうか」
「……?!」
「あはは、マリー様ったら、とてもわかりやすい顔をするのですよ。ふふ、安心してください、ウィンダは不義理なことはいたしません。マクスウェル様は素敵な方ですが、恩人の恋路を邪魔するなんて、できるはずがありませんからね♪」
ウィンダはそう言い、ホッと安心した様子のマリーを見て、薄く微笑んだ。
「ただ、マリー様。気をつけるのですよ」
「なにを、いったい、なにを気をつけろと言うのかしら?」
「マクスウェル様はたぶん女の子に弱い男子なのです。誠実ではありますが、可愛い女子の攻撃力には、一撃で陥落してしまうかも……今この街には、たくさん聖女様やら、巫女様やらが来てらっしゃいます」
ウィンダがそこまで言うと、流石のマリーも事態を察した。
複数の不安的要素。
焦燥感、後悔たくない気持ち。
そして、2ヶ月前『崖の都市』でマックスとの別れを覚悟した時に感じた、すべてを投げ打ってでも、手に入れに行かなければいけない事があるという気づき。
マリーは考える。
マックスが欲しい、と。
全力で取りに行きたい、と。
「でも……聖女は、誰かひとりに特別な感情をむけては、いけないのよ……」
マリーは思考の足枷に背筋を正した。
【クラス】を授かったあの日から、女神に言葉を重ねられ、長く自分を縛り続けてきた聖なる呪縛だ。
「まあまあ、マリー様は聖女のクラスを、そんな風に考えていたのですか!」
「当然よ……わたしたち聖女は、象徴であり続けなければならない……そう考えるのは、聖女ならみんな同じだわ」
「いいえ、ウィンダは違うのですよ?」
「え? ウィンダ様は、違う?」
「もちろん! だって、聖女たちはみんな人間でしょう? 誰も嫌いになるな、誰も好きになるな、なんておかしな話なのです。これはウィンダの持論かもしれませんが【クラス】は、持ち主に演劇の配役をあたえ、行動を縛るモノではなく、きっと″そんな役にもなれる″っていう、ひとつの道を示すものだと思うのてすよ」
「配役じゃなくて、ひとつの道を示す……」
「ウィンダは配役に人が囚われると、あまり良い結果にはならないと思うのです。マリー様の身近にはそんな人はいませんでしたか?」
ウィンダの問いかけに、マリーは2ヶ月前に死んだ【剥奪者】と、最期の″英雄″が残した、自らの行いを悔いた手紙のことを思い出していた。
心当たりのありそうなマリーに、ウィンダはうんうんと笑顔で頷いた。
「マリー様はきっと、後悔しないください。……そうじゃないと、マクスウェル様をウィンダがもらってしまうのですよ♪」
「そ、それは、ダメだってっ!」
マリーはとっさに叫ぶ。
その胸についた、ふたつのスイカで幼馴染を籠絡する気なのか、と不安に眉を寄せた。
「ん、この声は、聖女様……?」
マリーの声に、まわりの者たちが2人の聖女が同席する尊さの高密度空間に気がつき始めた。
「やばっ!」
「まあまあ、これは逃げたほうがよさそうなのです……っ!」
ここは通りからそれほど離れていない、祭り用に特設されたフードコート。
パニックがはじまれば、祭りを楽しむ大量の市民たちによって、尊さ災害が起こるのは必須だ。
と、そんな約束されたパニック現場へ、蒼い貴族礼服に身をつつんだ青年、ジークが姿をあらわした。
「ウィンダ様! 見るんだそ、ついに長蛇の行列を並び終えて、絶品ナイトバーガーを買って来たんだぞ! 食べて欲しいんだぞ!」
呑気に両手に袋をさげてやってきたジークを、マリーはつかまえて叫ぶ。
「さあ、飛ぶわよ、ジーク!」
「へ?」
「え?」
「ちょ、マリー様?!」
ウィンダとウィンは呆けた表情をしたが、すぐに状況を察したウィンが、姉をお姫様抱っこして走りだした。
そうして、マリーの指令ひとつでドラゴンに変身したジークに、マリーと姉を抱えたウィンはすぐに飛び乗り、パニックの現場から華麗に離脱していった。
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