【完結】努力の怪物が指パッチンを極めたら世界最強に〜スキル【収納】の発動を指パッチンに″限定″したら無限の可能性が待っていた〜
第61話 贖罪と執行 後編
桜の根付く東の丘。
夜を背負う、その丘のうえに人影がある。
「うぅ、もぉ、なんなのよぉ、あの魔剣士、ガングルゥが、ボロボロじゃない!」
人気のない東の丘のうえで、紫髪の少女はイライラして、動かなくなった黒い獣をつま先で蹴っていた。
ずいぶんとご立腹な様子の少女へ、かたわらの線の細い青年、レドモンドはため息をつき、雨粒を確かめようと手のひらを天に向ける。
「雨もやんでしまいまし、おかしな事が続きますね。僕の見立てでは、魔剣士同士の実力は近しいと思っていたのですが……蒼い方は、より高い次元にいるようですね」
「だからって強すぎよ! ガングルゥはランク15の獲物だって仕留められるのにぃい! 最強のワンちゃんなのに、これ造るのにどんだけ時間がかかってると思ってるのかしら、あの剣を振るしか脳のない男! むぅ、むきぃ!」
「確かにあの魔剣士、″異常なほどに強すぎる″節があります。それに余力を残しているようにも見えました。なにかトリックがあるような気がしますが……ん?」
顎に手をあて思案するレドモンドは、ふと近づいてくる気配に気がついた。
「てめぇらだな、ジークタリアスの市民をおかしくしたのは」
東の丘に姿を現したアインは、開口一番そう言った。
「あら! これはこれは、アインじゃない! 凄いわぁ、まだ生きてるなんて! あ、さっき人間なのか竜なのかわからない、気色悪い生物を殺したの見てたわぁ! 凄く面白いものをありがとねぇ」
アインは目をスッと細め、少女の足元で寝込む黒い獣を見下ろした。
「グギィ」
思わず漏れた、トラウマへの心の悲鳴。
その異様な音は、確かにアインの声帯が発したものだ。
少女はアインが鳴らした、その喉の音に「あら? あらあらぁ〜?」と興味深く見つめはじめた。
「わかったわぁ! そう言うことなのねぇ! ″アイン″だなんて名前してるから、もしかしたらって思ったけど……あーあ、思いだしわぁーー久しぶりねぇ、検体達の英雄、Aシリーズの13番」
「ぐぎ、うぅ!」
少女の言葉にアインは頭を押さえて、苦痛に顔を歪めた。
蘇るかつての記憶。
″マックスの記憶のなか″に見た白い6本足の生物。
忘れていたかつての自分が、鮮明に人間に戻ったアインの脳にかえってくる。
「そうそう、思えばアインシリーズは、魔剣の担い手を腑分けして、作りだした一番最初のクローンだったものねぇ。結局、サーティーンが逃げちゃったから、もういいやって別の素体からクローン作っちゃったけど……そう、人間に戻ったら、スキル〔魔剣〕を発現させるなんて、クローンにも魔剣の継承権があるのねぇ! もしかして、他のクローンも生きていたら魔剣士を量産できていたのかしらぁ?」
「そうだ、俺は、俺はお前に、散々苦しめられてたんだな……はは、よかった、これであいつらの仇も取れる。俺の命、このために使うのが良そうだ……はは、目の前にいるなら、俺の命でも間に合うだろうよッ!」
アインは両の手に黒い大剣と、大杖をそれぞれ握り少女へと飛びかかった。
「ふふふ、なるほどねぇ、その魔杖で魔力を外部から補給してるから市民たちみたいに、自壊して死なないで『翡翠』を運用できてるんだぁ。ーーーーでも、やっぱりこの″翡翠の研究″は凍結かなぁ。効果は強力だけど、魔力を補給できないと数刻しか動けない、ランクだって高くないとミステリィも開放できない。強い戦士を使い潰すのは、さすがにもったいないわぁ」
少女は微笑みをうかべ、アインに興味をしめさずに背を向けて立ちさろうとする。
それを見て目を見開くアイン。
時間のないアインにとって、相手にされない事はなによりも心に焦りを生む。
「てめぇ、待ちやがれーーうぐッ?!」
間合いにはいり剣を振ろうとしたアインの動きが止まった。
「≪黒筆≫ーーあーあ、油断しちゃったぁ♪」
少女のいたずらな笑い。
血を口端から滴らせるアインは、自身の足元を見下ろす。
月明かりに照らされる、少女の足元の影が異様なほどにひろい範囲を、彼女を守るようにカバーをしているのが見えた。
黒い水のような影の底から、6本ほど鋭い漆黒の槍が突きだし、それらが正確に、アインの体のいずれかの部位を貫いている。
恐ろしい能力に、アインは目の前の少女の戦力を見誤ったと、後悔しはじめていた。
「ガングルゥが寝てるために、チャンスだと思いましたか? 検体Aー13」
「お前、は……レドモンド」
「おや、覚えていてくれたんですね、意外に嬉しいですよ、検体A-13」
線の細い青年ーーレドモンドは優しい笑顔を浮かべてニコリと笑った。
「サーティーンは記念品として持って帰ってもいいけどぉ……うーん、でも魔力リソース確保するの面倒くさいなぁ。『翡翠』を使える唯一の存在だけど、今更、腑分けしても仮説を実証するくらいにしか役立たないし……」
「どうしますか? 僕としては未だに生存時間の最長記録を保持するサーティーンの逃げ隠れのノウハウに興味があるのですが」
「そう。確かにそうねぇ……でも、いいや。これはいらないわぁ」
黒い影のなかに槍が引っ込みアインが自由になる。
「ぅう、ぐ、クソっ、こんな、終わり方して、たまる、か……!」
魔剣に寄りかかり、なんとか立ちあがり、気迫を衰えさせずに、アインは少女とレドモンドをにらみつける。
(俺の魔力を全解放した≪アイン・ファイナルギフト≫ならあの影ごと、レドモンドとクソガキを消し飛ばせるはず……マックスが残してくれた魔力のおかげで、まだ可能性はある)
アインは傷ついたふりをしながら、マックスからの贈り物である魔力で、レドモンドと少女の視界から、大剣で隠した傷口を再生させる。
ふと、その時。
アインは背後から視線を感じて後ろをかえりみた。
「グロゥウ……」
「……」
何もいない。
そのはずなのに、そこには何かがいる。
目には見えずとも、アインの直感が囁いていた。
とてつもない″怪物″が、いつだって自分を殺せるように待機している、と。
「あら? もしかして″白ポルタ″に気づいたの? わぁ、すごいわぁ、ようやく自分がいつだってミンチに変えられていた事実を知ったのねぇ。すごいぃ、すごぉーい」
「……」
アインは瞑目し、呼吸を整える。
高笑いする少女の声に耳を澄ませる
落ち着いた心。
今までのアインなら決して至らなかった、明鏡止水の境地。
アインは思う。
オーウェンの剣技をしっかり学んでおくのだった、と。
きっと、あの剣は自分に足りないものを教えてくれたのだろう……と。
しかして、すべては遅い。
アインが目を開けると、今度は視界に映る人数が3人ほど増えていた。
ひとりは深青の髪に赤い目をした男。
ひとりは赤と黒の貴族礼服に身をつつむ男。
ひとりは中肉中背、変哲のない男。
皆が無情のまま、少女の背後にたつ。
それら全てが、常軌を逸した超越者たちだと知るのに、時間はいらなかった。
だが、アインは怖気ない。
どうせ死ぬと覚悟を決めれば、大抵のことは何とかなるものだ。
アインはようやく、本当の″覚悟の力″を知った。
「スゥ……いくぞッ、魔女ッ!」
背後の存在へ、支えにしていた魔剣をぶん投げて牽制とし、アインは飛び上がって魔杖に全身全霊全魔力を吸収させる。
放たれるのは、必滅の一撃崩壊。
「≪アイン・ファイナルギフト≫!」
翡翠の英雄の究極の技が、その夜、桜の木が埋まる東の丘を、爆熱で消し飛ばした。
⌛︎
⌛︎
⌛︎
翌朝。
時刻は午前4時をすこしまわった頃。
まだ日も昇らないジークタリアスは、鎮圧された凶暴化した市民たちが、拘束されたのち、次々としにいく狂気の騒動の収集に追われていた。
そんな中、アインは焼け焦げた東の丘のふもとで発見され、神殿に身柄を拘束された。
彼のいく先は、大監獄オーメンヴァイム。
聖女をさらった事件を、市民が知れば、新たな暴動を抑えられないと判断した神殿と都市政府により、彼のオーメンヴァイムへの移送は秘密裏にすみやかに行われた。
謎の伝染病、集団パニック、暴徒。
噂が噂を呼び、混乱極まるジークタリアスのなかで、神殿の一部隊はアインを連れて、夜のうちにジークタリアスを出立する。
魔杖は、神殿の遥か地下にある、『神秘の地底湖』に沈められ、湖から湧きでる魔力によって彼は強制的に生かされることになる。
しかして、正義とは誰かがくだすものだ。
うっすらと空が明るくなってきた頃。
アインを乗せた馬車は、誰もいない荒野にさしかかっていた。
突如として、馬車は止まってしまう。
「ん、どうして馬車が止まったんだ」
アインは力なくたずねた。
しかし、誰も答えない。
ジークタリアスをでた罪人の移送馬車が、前触れなく荒野のど真ん中で立ちどまるのは普通のことではない。
アインはうつろな目で、付き添いをしていた2人の神殿騎士が、どうやら神殿騎士ではなかったのだとさとった。
「ああ…………ここが、俺の終わりか。噂に聞く『正義の死神』か……まさか本当にいたとはな」
アインは嘲笑気味に、薄く笑った
「【剥奪者】アイン・ブリーチ。外へ出ろ。これより、正義を執行する」
神殿騎士の格好をした、その者は荒野のど真ん中で彼をひざまずかせ、剣をぬいた。
「言い残すことはあるか?」
「……馬車のカバンの中の″手紙″を『聖女の騎士』に届けてくれねぇか…」
「いいだろう」
アインはその返事を聞き、生唾をごくりと呑みこみ、静かに目を閉じる。
これまでの、人生が彼の脳裏を駆け抜けていく。
「正義のヒーロー……もうひとつ頼む」
「なんだ」
「『聖女の騎士』に……すまなかった、と、あと、ありがとうって……伝えてくれ」
「……いいだろう」
ーーズシャ
朝焼けのなか、その英雄は終わった。
⌛︎⌛︎⌛︎
ーー数日後
聖女をさらった重罪人アイン・ブリーチを移送中の馬車は『正義の死神』により襲撃され、かつての英雄は、人知れずの最期を迎えた事が、ジークタリアスに報告された。
市民の多くは、彼の死を喜んだ。
わずかな信奉者のみが、悲しみを唄った。
彼の過ちが無に還ることはなく。
彼は永い時の先まで恥知らずの【剥奪者】として語られ続け、忘れ去られるだろう。
しかし、最後の刻を伝える者がいる。
これは翡翠の英雄にとって最大の幸福だ。
ーーコンコン
ーードタドタっ、ドタドタっ
ーーガチャ
「はーい、どちら様で……ぁれ、神殿の方ですか? 俺、また何かやっちゃいました?」
「マクスウェル・ダークエコー。お前に手紙だ。差出人はアイン・ブリーチ」
「え? アインが? オーメンヴァイムから手紙出せるんだ……」
「それと伝言がある」
「伝言? それって…………………はい?」
第五章 翡翠の研究 〜完〜
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『疲れきった天才魔術師、自由に生きることにした〜はぐれ者の魔女が集まる秘密の泉を【黒の魔術】で発展させて、幸せな【スローライフ】〜』
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スローライフ系、というやつです
興味があれば、ぜひ読んでみてください!
ファンタスティック小説家
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「面白い!」「面白くなりそう!」
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ほんとうに大事なポイントです!
評価してもらえると、続きを書くモチベがめっちゃ上がるので最高の応援になります!
夜を背負う、その丘のうえに人影がある。
「うぅ、もぉ、なんなのよぉ、あの魔剣士、ガングルゥが、ボロボロじゃない!」
人気のない東の丘のうえで、紫髪の少女はイライラして、動かなくなった黒い獣をつま先で蹴っていた。
ずいぶんとご立腹な様子の少女へ、かたわらの線の細い青年、レドモンドはため息をつき、雨粒を確かめようと手のひらを天に向ける。
「雨もやんでしまいまし、おかしな事が続きますね。僕の見立てでは、魔剣士同士の実力は近しいと思っていたのですが……蒼い方は、より高い次元にいるようですね」
「だからって強すぎよ! ガングルゥはランク15の獲物だって仕留められるのにぃい! 最強のワンちゃんなのに、これ造るのにどんだけ時間がかかってると思ってるのかしら、あの剣を振るしか脳のない男! むぅ、むきぃ!」
「確かにあの魔剣士、″異常なほどに強すぎる″節があります。それに余力を残しているようにも見えました。なにかトリックがあるような気がしますが……ん?」
顎に手をあて思案するレドモンドは、ふと近づいてくる気配に気がついた。
「てめぇらだな、ジークタリアスの市民をおかしくしたのは」
東の丘に姿を現したアインは、開口一番そう言った。
「あら! これはこれは、アインじゃない! 凄いわぁ、まだ生きてるなんて! あ、さっき人間なのか竜なのかわからない、気色悪い生物を殺したの見てたわぁ! 凄く面白いものをありがとねぇ」
アインは目をスッと細め、少女の足元で寝込む黒い獣を見下ろした。
「グギィ」
思わず漏れた、トラウマへの心の悲鳴。
その異様な音は、確かにアインの声帯が発したものだ。
少女はアインが鳴らした、その喉の音に「あら? あらあらぁ〜?」と興味深く見つめはじめた。
「わかったわぁ! そう言うことなのねぇ! ″アイン″だなんて名前してるから、もしかしたらって思ったけど……あーあ、思いだしわぁーー久しぶりねぇ、検体達の英雄、Aシリーズの13番」
「ぐぎ、うぅ!」
少女の言葉にアインは頭を押さえて、苦痛に顔を歪めた。
蘇るかつての記憶。
″マックスの記憶のなか″に見た白い6本足の生物。
忘れていたかつての自分が、鮮明に人間に戻ったアインの脳にかえってくる。
「そうそう、思えばアインシリーズは、魔剣の担い手を腑分けして、作りだした一番最初のクローンだったものねぇ。結局、サーティーンが逃げちゃったから、もういいやって別の素体からクローン作っちゃったけど……そう、人間に戻ったら、スキル〔魔剣〕を発現させるなんて、クローンにも魔剣の継承権があるのねぇ! もしかして、他のクローンも生きていたら魔剣士を量産できていたのかしらぁ?」
「そうだ、俺は、俺はお前に、散々苦しめられてたんだな……はは、よかった、これであいつらの仇も取れる。俺の命、このために使うのが良そうだ……はは、目の前にいるなら、俺の命でも間に合うだろうよッ!」
アインは両の手に黒い大剣と、大杖をそれぞれ握り少女へと飛びかかった。
「ふふふ、なるほどねぇ、その魔杖で魔力を外部から補給してるから市民たちみたいに、自壊して死なないで『翡翠』を運用できてるんだぁ。ーーーーでも、やっぱりこの″翡翠の研究″は凍結かなぁ。効果は強力だけど、魔力を補給できないと数刻しか動けない、ランクだって高くないとミステリィも開放できない。強い戦士を使い潰すのは、さすがにもったいないわぁ」
少女は微笑みをうかべ、アインに興味をしめさずに背を向けて立ちさろうとする。
それを見て目を見開くアイン。
時間のないアインにとって、相手にされない事はなによりも心に焦りを生む。
「てめぇ、待ちやがれーーうぐッ?!」
間合いにはいり剣を振ろうとしたアインの動きが止まった。
「≪黒筆≫ーーあーあ、油断しちゃったぁ♪」
少女のいたずらな笑い。
血を口端から滴らせるアインは、自身の足元を見下ろす。
月明かりに照らされる、少女の足元の影が異様なほどにひろい範囲を、彼女を守るようにカバーをしているのが見えた。
黒い水のような影の底から、6本ほど鋭い漆黒の槍が突きだし、それらが正確に、アインの体のいずれかの部位を貫いている。
恐ろしい能力に、アインは目の前の少女の戦力を見誤ったと、後悔しはじめていた。
「ガングルゥが寝てるために、チャンスだと思いましたか? 検体Aー13」
「お前、は……レドモンド」
「おや、覚えていてくれたんですね、意外に嬉しいですよ、検体A-13」
線の細い青年ーーレドモンドは優しい笑顔を浮かべてニコリと笑った。
「サーティーンは記念品として持って帰ってもいいけどぉ……うーん、でも魔力リソース確保するの面倒くさいなぁ。『翡翠』を使える唯一の存在だけど、今更、腑分けしても仮説を実証するくらいにしか役立たないし……」
「どうしますか? 僕としては未だに生存時間の最長記録を保持するサーティーンの逃げ隠れのノウハウに興味があるのですが」
「そう。確かにそうねぇ……でも、いいや。これはいらないわぁ」
黒い影のなかに槍が引っ込みアインが自由になる。
「ぅう、ぐ、クソっ、こんな、終わり方して、たまる、か……!」
魔剣に寄りかかり、なんとか立ちあがり、気迫を衰えさせずに、アインは少女とレドモンドをにらみつける。
(俺の魔力を全解放した≪アイン・ファイナルギフト≫ならあの影ごと、レドモンドとクソガキを消し飛ばせるはず……マックスが残してくれた魔力のおかげで、まだ可能性はある)
アインは傷ついたふりをしながら、マックスからの贈り物である魔力で、レドモンドと少女の視界から、大剣で隠した傷口を再生させる。
ふと、その時。
アインは背後から視線を感じて後ろをかえりみた。
「グロゥウ……」
「……」
何もいない。
そのはずなのに、そこには何かがいる。
目には見えずとも、アインの直感が囁いていた。
とてつもない″怪物″が、いつだって自分を殺せるように待機している、と。
「あら? もしかして″白ポルタ″に気づいたの? わぁ、すごいわぁ、ようやく自分がいつだってミンチに変えられていた事実を知ったのねぇ。すごいぃ、すごぉーい」
「……」
アインは瞑目し、呼吸を整える。
高笑いする少女の声に耳を澄ませる
落ち着いた心。
今までのアインなら決して至らなかった、明鏡止水の境地。
アインは思う。
オーウェンの剣技をしっかり学んでおくのだった、と。
きっと、あの剣は自分に足りないものを教えてくれたのだろう……と。
しかして、すべては遅い。
アインが目を開けると、今度は視界に映る人数が3人ほど増えていた。
ひとりは深青の髪に赤い目をした男。
ひとりは赤と黒の貴族礼服に身をつつむ男。
ひとりは中肉中背、変哲のない男。
皆が無情のまま、少女の背後にたつ。
それら全てが、常軌を逸した超越者たちだと知るのに、時間はいらなかった。
だが、アインは怖気ない。
どうせ死ぬと覚悟を決めれば、大抵のことは何とかなるものだ。
アインはようやく、本当の″覚悟の力″を知った。
「スゥ……いくぞッ、魔女ッ!」
背後の存在へ、支えにしていた魔剣をぶん投げて牽制とし、アインは飛び上がって魔杖に全身全霊全魔力を吸収させる。
放たれるのは、必滅の一撃崩壊。
「≪アイン・ファイナルギフト≫!」
翡翠の英雄の究極の技が、その夜、桜の木が埋まる東の丘を、爆熱で消し飛ばした。
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翌朝。
時刻は午前4時をすこしまわった頃。
まだ日も昇らないジークタリアスは、鎮圧された凶暴化した市民たちが、拘束されたのち、次々としにいく狂気の騒動の収集に追われていた。
そんな中、アインは焼け焦げた東の丘のふもとで発見され、神殿に身柄を拘束された。
彼のいく先は、大監獄オーメンヴァイム。
聖女をさらった事件を、市民が知れば、新たな暴動を抑えられないと判断した神殿と都市政府により、彼のオーメンヴァイムへの移送は秘密裏にすみやかに行われた。
謎の伝染病、集団パニック、暴徒。
噂が噂を呼び、混乱極まるジークタリアスのなかで、神殿の一部隊はアインを連れて、夜のうちにジークタリアスを出立する。
魔杖は、神殿の遥か地下にある、『神秘の地底湖』に沈められ、湖から湧きでる魔力によって彼は強制的に生かされることになる。
しかして、正義とは誰かがくだすものだ。
うっすらと空が明るくなってきた頃。
アインを乗せた馬車は、誰もいない荒野にさしかかっていた。
突如として、馬車は止まってしまう。
「ん、どうして馬車が止まったんだ」
アインは力なくたずねた。
しかし、誰も答えない。
ジークタリアスをでた罪人の移送馬車が、前触れなく荒野のど真ん中で立ちどまるのは普通のことではない。
アインはうつろな目で、付き添いをしていた2人の神殿騎士が、どうやら神殿騎士ではなかったのだとさとった。
「ああ…………ここが、俺の終わりか。噂に聞く『正義の死神』か……まさか本当にいたとはな」
アインは嘲笑気味に、薄く笑った
「【剥奪者】アイン・ブリーチ。外へ出ろ。これより、正義を執行する」
神殿騎士の格好をした、その者は荒野のど真ん中で彼をひざまずかせ、剣をぬいた。
「言い残すことはあるか?」
「……馬車のカバンの中の″手紙″を『聖女の騎士』に届けてくれねぇか…」
「いいだろう」
アインはその返事を聞き、生唾をごくりと呑みこみ、静かに目を閉じる。
これまでの、人生が彼の脳裏を駆け抜けていく。
「正義のヒーロー……もうひとつ頼む」
「なんだ」
「『聖女の騎士』に……すまなかった、と、あと、ありがとうって……伝えてくれ」
「……いいだろう」
ーーズシャ
朝焼けのなか、その英雄は終わった。
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ーー数日後
聖女をさらった重罪人アイン・ブリーチを移送中の馬車は『正義の死神』により襲撃され、かつての英雄は、人知れずの最期を迎えた事が、ジークタリアスに報告された。
市民の多くは、彼の死を喜んだ。
わずかな信奉者のみが、悲しみを唄った。
彼の過ちが無に還ることはなく。
彼は永い時の先まで恥知らずの【剥奪者】として語られ続け、忘れ去られるだろう。
しかし、最後の刻を伝える者がいる。
これは翡翠の英雄にとって最大の幸福だ。
ーーコンコン
ーードタドタっ、ドタドタっ
ーーガチャ
「はーい、どちら様で……ぁれ、神殿の方ですか? 俺、また何かやっちゃいました?」
「マクスウェル・ダークエコー。お前に手紙だ。差出人はアイン・ブリーチ」
「え? アインが? オーメンヴァイムから手紙出せるんだ……」
「それと伝言がある」
「伝言? それって…………………はい?」
第五章 翡翠の研究 〜完〜
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【宣伝】
新作
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スローライフ系、というやつです
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