【完結】努力の怪物が指パッチンを極めたら世界最強に〜スキル【収納】の発動を指パッチンに″限定″したら無限の可能性が待っていた〜

ノベルバユーザー542862

第56話 俺が正す、俺が救ってやる


雨降る都市を、人のいないほうへ、いないほうへと逃げるマリーとデイジー。

レベルの低いデイジーを抱えて走りながら、マリーは彼女に問いかける。

「幻術はいつまで効くの?」
「レベル差があると長続きはしません……私のレベルは27ですから、たぶんアイン様を長い時間とどめることはとても……あっ、」

デイジーが言いかけた時。
空で雷が泳ぎ、あたりが一瞬にして緑色の眩しさにつつまれる。

「マリー、逃げるなよ」

声は静かにつげた。

「ッ」
「っ!」

路地裏をはしっていたマリーたち前に、一瞬にしてアインが姿を現したのだ。

アインは濡れた白髪をかきあげて、すかした様子で口をひらく。

「君は俺と結ばれる運命にある。そういう定めだ。まさか聖女の役目を放棄するのか?」

勝手な物言いに、眉をひくつかせるマリー。

(落ち着くのよ、マリー。冷静にならないと)

デイジーを降ろして背後にかばい、マリーは百合の剣を抜きはなった。

「なんでアインと結ばれることまで、聖女の役目に入ってるのよ。私が誰と付き合おうと私の勝手でしょ」

「マリー、わかってないな。世界はそういうふうにはできてない。俺とマリーは一緒に冒険して、結婚して、子供をつくって、そうして生きることが決まってるんだ。これは俺の【英雄】としての役目だ。俺以上に、マリーを大事にできる人間は存在しない。これもそういうふうに世界ができてるから。……幼馴染だからって、自分にもワンチャンあると思って、毎晩、聖女様のことを妄想してヌいてる、どこかの卑しい【運び屋】とは違う。なんでわかってくれないんだ?」

「マックスは、そんなんじゃわよ……たぶん。いや、別に影でなにやってようが、力が強いからって女を無理やり犯そうとするあんたよりずっとマシでしょーがッ!」

頬を染め「恥ずかしいこと言わせんじゃないわよ!」とマリーはつけ加えて叫んだ。

それを受け、アインは力なく首をふる。

「はあ……やっぱり目を覚まさせてやらないと」

【剥奪者】の目つきが変わった。

「っ、」

地は蹴られ割れ。
巨砲のごとくアインの体がせまる。

「デイジー、さがって!」

マリーは前へ一歩出て、迎え撃たんと剣を霞の構えにすばやく構える。

アインは魔剣を両手に握り、殺傷力のある刃ではなく、剣腹で殴ることで、気絶を狙った攻撃を繰りだしてくる。

横からふり抜かれる金属塊の殴打。

マリーは最後までしっかり軌道を目で追ってから、剣ををそわせて、分厚い刃を横へ壁と受け流した。

ーードガァンッ!

散る瓦礫、破裂する壁。
建物に大穴を開けて、大剣が固定される。

「大剣って重たいわよね!」
「っ」

目を見張り、聖女の達者すぎる技量にかつもくするアイン。
クラス【性犯罪者】へ、怒り心頭のマリーは容赦なく、苛烈に、速攻で『即撃そくげき』でもって、大剣との接触時に奪った運動エネルギーを剣に乗せ、彼のガラ空きの首筋へ剣身を叩きつけた。

(取った!)

マリーは喜色満面で、ガッツポーズする。

しかし、

「……マリー、俺は悲しい。君がわかってくれなくて」

「え!?」

完璧なタイミング、威力、位置。
すべてが揃った至高のカウンターに対して、アインは眉をひそめるだけだ。

自信の一撃がまったく効いてない。

その事実に動揺を隠せないマリーは、その細腕をアインにたやすく掴まれ、膝蹴りをお腹へ打ち込まれてしまった。

「がはっ、ぅぅ!」
「マリー、君を悪い夢から覚めさせてやーーーーデイジー、やめろ。これ以上俺を怒らせるな」

「ひっ……」

言葉を切り、翠の輝線を残す鋭い眼力が、すぐ横のデイジーをにらむ。

スキルを使用しようと、手に″ピンク色の球″を生成していたデイジーは、震えながら球を取り落とし、腰を抜かして泣きはじめた。

「アイン様……っ、やめてくださいよ! なんで、こんな、こんな事を! マリー様が好きなら、こんな方法は間違ってると思いますよ……ぅう!」

泣くデイジーを意に返さず、アインはマリーを抱えてその場から立ち去った。































正確には立ち去ろうとした、か。

「聖女をはなせ、剥奪者はくだつしゃ

アインの背中に、声が掛けられる。

雨音など関係なく、よく通る声にアインが振りかえると、そこには蒼い貴族礼服を雨にぬらすこといとわず、凛として立つ青年の姿があった。

氷のごとく輝く髪に、人間離れした美貌。
黄金の瞳は見開かれ、まっすくに目の前の敵をみすえている。

「雑魚が。引っ込んだろ。殺すぞ?」

アインはつまらなそうに吐き捨てる。

「雑魚? サカナじゃない。オレはドラゴンだ」

蒼い青年ーー″裏″の人格をあらわにしたジークは、皮膚の下の組織構造を、より竜に近いものに変えながら、アインへと飛びかかった。

「ぅ、なんだ、このパワーは……!」

マリーを片手に抱き、空いた片手で軽くあしらおうとしたアインの体が、青年にいとも簡単に押されていく。

思わず、手にもつマリーを″地面に放り捨てて落とし″、両手でジークへ対応するアイン。

両者のパワーがきっこうし始めた。

「っ!」
「へっへへ、どうしたよォ色男ッ! 腕力には自信あるようだが……パワーで負けるのが、そんな不思議か? この選ばれし人間、『力』のアイン様がてめぇごとき平凡クソザコに負けるわけねぇだろがッ?!」

地面に足をめり込ませ、押しあうジークとアイン。

一生懸命に押すジークを嘲笑うように、アインは一瞬押しあいをやめる。

力の対象を失い、つんのめり、体勢をくずすジーク。

「オラァア!」

アインは隙を見逃さず、膝蹴りでジークの顎を強烈に打ち上げた。

路地裏から屋根上へと、ジークの体が吹っ飛ばされていく。

「へ、何がドラゴンだよ。口ほどにもねぇ………………あ?」

壁に刺さった魔剣を手もとに引き寄せるアインは、屋根から降りてくる、ひときわ大きな影を見て、素っ頓狂な声を漏らした。

ーードシャンっ

石畳みを踏み割り、着地した2メートルを越える身長に思わず口をあんぐり開ける。

「フッハハっ、恐ろしいか?」
「……そりゃ、一体なんーー」

降臨した竜人が振りかぶる大きな拳に、アインは言葉をくぎり、危機感にしたがい魔剣を盾にして衝撃にそなえる。

「ッ!?」

約束された威力が、踏ん張るアインを襲う。

爆発するは、空気の波動。

発揮された竜のチカラの片鱗に、刹那の時間も踏ん張れず、アインの体が表のとおりに吹っ飛ばされていく。

「フッハハハっ、笑止!」

竜人と化したジークは満足げに鼻をならし、外出する人の少ない通りへむかって歩みを進めてーー瓦礫をどかして立ちあがるアインに顔をしかめた。

アインは外れた肩をいれなおし、乱れた髪をかきあげると、調子を確かめるように腕をまわす。

「てめぇ、そうか、この前のドラゴンかよ。なんでまだ街中にいるのか……なるほどな、これもマックスが引き起こした異常のひとつか。やっぱり、俺が全てを正さないと、ジークタリアスを救わないといけねぇな」

アインは魔剣を空へかかげた。

すると、彼の意思を汲み取るように、ピカッと光る暗雲から自然のエネルギーが召雷し、アインの体をつつみこんだ。

「ああ、喉の渇きが、すこしはおさまったか……」

落雷の轟音にあたりの建物の窓は割れ、通りをいく少ない人々は半分が気絶、半分が腰を抜かして恐怖におびえだす。

アインは翠瞳すいどうをまばゆいほどに輝かせ、緑の雷と、溢れんばかりオーラをその身にまとう。

加えて、いつの間にか左手には″黒い魔杖″を握られていた。

ジークはそんな雰囲気の変わった剥奪者をまえに、自身が気づかないうちに、一歩下がってしまっていることにきづく。

「馬鹿な、このオレが……おびえているとでも?」
「恐ろしいか? ドラゴン、俺はただの剥奪者なんだろ。自慢の拳でなんとかしてみろよ」
「……フシュルぅ、このオレを舐めるな!」

地面を爆発させる一足飛び。

人類を超越した骨格と筋肉から発せられるパワーとスピード。
姿すらかき消さん竜の高速は、反応すら出来てないアインの顔へ拳骨を打ちこみーー。

「≪アイン・スティンガー≫」

雨粒さえノロマに落下する。
ゆっくり流れる時の狭間で。

アインは、そう、ささやいた。

「ッ!?」

ーーバヂィンッ

竜骨の弾ける音が響いた。

強靭な特異体が歪み、軋み、破壊される。

「がッ! このオレ、を、ドラゴンを……!」

胸元に″巨大な風穴″を穿たれ、吹き飛ばされてしまうジーク。

アインはそれを許さない。

彼はジークの足を、大剣を手放しすかさず掴みにかかった。

死に体で建物につっこまされる未来が改変され、失いかけた意識を取り戻したジークを、さらなる追撃が襲う。

ーーグシャリッ

「ァアア! ぐぅ! これ、は!?」

竜人の腹に突き立てられた黒い魔杖。

それは、膨大な魔力のみなぎるドラゴンの体から、ぐんぐん魔力を吸いあげて、緑色の発光を強めていく。

命を汲みあげる、暗黒の力だった。

「魔剣アインは魔力を放射する。そして、こっちの魔杖まじょうアインは魔力を蓄える性質があるんだぜ? 凄いだろう?」
「うがぁぁああッ、ァァァァアアッ?!」

希薄される命の音。

終わりのない寿命と保証が崩れだす触感。

ジークは本当に危機に瀕してる自分に気がつき、焦燥に駆られ、ドラゴン形態へすぐさま移行しようとする。

しかし、身体から流出する魔力が、複雑な術を使用することを許さない。

「ぁあ! オレは、オレは、復讐を、あぁああ……!」

兄弟の尊厳を奪った″アレ″に報復すると誓った。
こんなところで、死ねない、死ねるわけがない。

ドラゴンが永遠に見舞うことのない、本来なら知ることすらない、死の運命の足音。

ーージークは追いつかれてしまった。

「ぁ、ぅ……」
「こんなもんか。大分、喉は潤ったが……」

人間代のサイズに戻り、耳、鼻、目、口から血を垂れながし、雨降る泥のうえで動かなくなったジークの腹から黒の大杖が抜きとられる。

輝きをうしなった黄金の瞳には、死の恐怖におびえ、子どものように泣いた跡が残る。

アインは静かに遺体を見下ろす。

「ーーう゛!?」

突然、アインは苦しみだした。

彼は頭の奥へ入りこんでくる明瞭な感情と、ビジョンの嵐に激しい頭痛を感じていた。

素早く切り替わる、様々な光景。

これは……なんだ?
蒼い竜たちが、穴のなかで暮らしてる?
楽しそうにしてるな……体の小さな竜を大きい竜たちが、からかって、されど目は慈愛に満ちて優しい。

ーー風景がフラッシュと共に交換される。

血を撒き散らし、″小さな影″に引きずられていく、蒼い竜たちの遺骸。

それを平静な顔で見る、体の大きな竜。

俺はそんな光景を見てーーいつのまにか、瞳から涙を流していた。

「ぁ、ぁ、はぁ、はぁ……なんだ、今のは……?」

恐る恐る目元に指をふれると、雨ではない、温かい涙が滂沱ぼうだのごとく溢れているを確かに感じとる。

どうして、俺は、泣いているんだ?

「あ、ドラゴンのお兄ちゃんだ!」
「っ」

ザァザァと降る雨のなかを走りぬけて、雨ガッパを着た小さな男の子が、ジークの屍のよこでしゃがみ込んだ。

「ドラゴンお兄ちゃん、また一緒にお空を飛んでくださいな! ……あれ? お兄ちゃん、お兄ちゃん?」

動かなくなった蒼い青年のそばで、何度も呼びかける少年。

アインは感情の読めない濁った目でそれを見下ろす。

アインは魔剣と魔杖を魔力の粒子に還元すると、少年のそばにより「これはドラゴンだろう? 近づいたら危ないぞ」と言った。

「違うよ、ドラゴンのお兄ちゃんは″良いドラゴン″なんだ!」
「良いドラゴン? そんなものは、いない。ドラゴンはみんな人間の敵だ。現にこのドラゴンは街をめちゃくちゃにしただろう?」

アインにはわからなかった。
魔物は全て討伐すべき対象だ。
冒険者ギルドが決めたことなのだから間違いない。

なんで″良いドラゴン″などと、頓知とんちなことを言うのだろうか。

定められたルールは絶対でなきゃいけない。

英雄は必ず麗しい美女と結ばれるし、そのための豪快で、誰もやらないような破天荒は″凄い″と称賛されて許されるべき、いや、許されなくちゃいけない。

たとえば、いやしい【運び屋】風情がその関係を邪魔するなんてのは言語道断だ。

すべては定められた通りに動くのが正しい。
俺たちの女神はそれを、なによりも分かりやすく示してくれているじゃないか。

【クラス】はその最たる例だ。

俺は間違ってない。
俺こそが大義だ。

なんで、みんな自分がおかしい事に気がつかないんだ。

「お兄さんは、可哀想な人なんだね」
「……なんだと?」
「世界には悪いことをする″英雄″だっているし、竜をおいかえしちゃう″運び屋″だっているんだよ。いろんなことが起こるから、せかいは面白いんだって、ママはよくいっていたからね!」

自分はおぞましい影に気づかず、これまでの人生を歩んできたしまったのかもしれない。

そんな僅かな形のないモヤを、もはや引き返せない【剥奪者】は少年の言葉に感じていた。

「そうか……」

少年の言葉に力なく答え、アインはマリーを片手に抱き、雨の路地裏に消えていった。

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