【完結】努力の怪物が指パッチンを極めたら世界最強に〜スキル【収納】の発動を指パッチンに″限定″したら無限の可能性が待っていた〜
第25話 ジークタリアス:喧嘩勃発
早朝に起きた謎の火災に話題が持ちきりになったジークタリアスのアッパー街。
その晩、マリーは夜のお祈りをおえて、神殿騎士たちが駐在する兵舎の裏庭で、剣の修練に励んでいた。
「はっ!」
息を短く吐き捨て、相手の攻撃を受け流しあとの素早い斬り返しが見舞われる。
対戦相手のオーウェンは、身をひねって回避し、前髪をわずかに木の刃に落とされるだけで凌いだ。
2人は距離をあけ、再び睨みあいへ突入する。
ソフレト共和神聖国には由緒正しい、三つの代表的剣術の流派がある。
それぞれ『剣聖流』『血鬼流』『銀狼流』だ。
各剣術には、明確に分かれる色がある。
剣聖流は、攻守において隙のない汎用型。
血鬼流は、攻め手に重きを置いた攻撃型。
銀狼流は、守り手に重きを置いた防御型。
国内の使い手は、圧倒的に剣聖流がおおく、次に血鬼流、最も珍しいのは銀狼流となっている。
銀狼流の剣士は本当に少ない。理由は単純だ。
剣を持つものが、防御型の戦いを好むはずがなかったのだ。
それゆえに、使い手はとても稀少である。
だが、ここジークタリアスには確かに、幻とうたわれる銀狼流剣術を高次元で修める手練れがいる。
「ふぅ、ここら辺にしておこう。マリーのカウンターは鋭すぎる。そろそろ一本取られそうだ」
オーウェンは木剣を下げて、額の汗をぬぐって言った。
「今日も付き合ってくれてありがとね、オーウェン」
「構わない。銀狼流の剣術を、存分に体験できるのは滅多にない機会だ。俺もいい勉強になった」
柔らかいタオルをぎゅーっと顔に押し当てて、マリーは顔を拭き、汗を吸い込んで重たくなったタオルから目だけだしてオーウェンの方をチラリと見る。
蒼い瞳と目があい、しばらくの沈黙が流れた。
「どうしたの、オーウェン?」
「いや……何でもない。ただ、本当に強くなったと思っただけだ」
「なにそれ、嫌味? 同じ村の出身なのにわたしやマックスを置いて、ひとりで勝手に知らない剣術極めて帰ってきて強くなった【求道者】様の皮肉かなんかですかー?」
(まったく、全然褒められてる気がしないよね、『剣豪』の二つ名をもつオーウェンに言われると)
「そういう訳じゃない。マリーは本当に強くなった。……それはとても良い事だと俺は心から思っているんだ」
「あっそ、いいですよーだ。すぐにオーウェンからも一本取って見せるから」
すねてしまったマリーへ、オーウェンは薄く微笑み、木剣をラックにかけ帰り支度をしはじめる。
「そういえば、オーウェン、今度『聖歌隊』がジークタリアスに来て崖下でのマックス捜索を手伝ってくれるんだけど、その時一緒に来てくれない?」
「マックスの捜索なら構わない……だが『聖歌隊』がわざわざマックスの捜索に動くとは思えない」
「高位神官のお婆ちゃんが、なんとかしてくれるって言ってたから多分、来てくれるんだと思うんだ。それに、ほら、わたしこれでも【施しの聖女】だしね」
「そうか、流石は女神に使える尊き姫だな」
オーウェンは肩をすくめて、今度こそ皮肉気味にそう言った。
マリーは半眼になりながら、オーウェンの後を追いかける。
「マリー、アインはああ言っていたが、俺はマックスが生きていると確信してる」
神殿騎士の兵舎の敷地からでたあたりで、オーウェンは藪から棒にそう言った。
マリーは目を丸くして、パーっと顔を明るくすると「うんうん、わたしもそう思うわ!」と破顔して微笑んだ。
「はやくマックスに会いたいな〜。んーでも、生きているのに、どうしてマックスはジークタリアスに帰ってこないんだと思う?」
「物事とは見る側からしたら、よくわからない事情が複雑に絡みあっているものだ。きっと、何か理由があるんだろう。マックスに会えたら、存分に問い詰めてやればいい。あいつもマリーに問い殺されるなら、苦に思わないはずだしな」
涼しげに笑い、オーウェンはマリーへ軽く手を振って、神殿騎士兵舎の前から帰路へとつく。
マリーもまたオーウェンを見送り、神殿へと帰っていった。
⌛︎⌛︎⌛︎
夜の通りを歩くひとりの青年がいる。
ただいま、銀狼流を存分に体験して自分の剣術にほころびを見つけ消沈している『剣豪』『業』『英雄』などの二つ名をもつ【求道者】オーウェンだ。
ほとばしるオーラとともに輝く蒼瞳。
明かりのついた大通りをいく者たちは、酔っ払いだろうが、犯罪者然とした悪党だろうが、彼のいく手ならば黙って道を開けゆずる。
(マックス……マックス……マックス……)
虚な眼差しで考え事をするオーウェン。
彼は昨年末に自身がまいた種が、確かな成長をとげてその足跡を残していることに、大変な喜びを感じていた。
「そうか、お前は″咲いた″んだな……本当に、本当によかった」
ふと、立ち止まりオーウェンは、夜空を見上げた。
星々が爛々と輝く暗い海。
無限の開放が、鈍くのしかかっていた罪の石材の重さをスーッと軽くしていきーーそれと同時にオーウェンは、目の端に涙の粒を浮かべていた。
「フハハハっ、そこのお嬢さん、僕の子供産まないかな?」
感極まっていた青年の耳に、品性のかけらも感じられないナンパ文句が聞こえてくる。
目をやれば、通りの角で蒼い貴族礼服をきた青年が、まだ幼い白いローブを着た少女を口説いているではないか。
オーウェンは特に表情をくずさず、近くを通りかかった見覚えのある顔の男をつかまえて、蒼い貴族礼服の男について尋ねる。
「お、オーウェンさん! え? あいつですか? なんだか、今朝からずっとここら辺で若い女に声かけてるっていう二枚目男ですよ。悔しいですけど、人間離れしたカッコよさなんです。ただ、すっげーひどい口説き文句なんて、誰も相手にしてないんですよ」
(迷惑な男だな)
オーウェンは捕まえた男へ、情報提供の礼として金貨を握らせ、蒼い貴族礼服の男へとちかづいた。
「フハハハっ、ドラゴンの子を産める光栄なる機会だぞ、さあ、交尾しようじゃないか、人間のメスよ。何、心配することはない、お前を妻に迎える気はないから、ちょっとやったら終わるって」
「うぅ! 変態です〜! ライト、ボルディ助けてよ。ナンパされちゃったって浮かれてたら、とんでもない変態だったんだよ〜!」
「そこら辺にしておけ」
壁際に追い詰められ、恐怖に泣きじゃくる少女の肩に伸びる、蒼い青年のいやらしい手を、オーウェンはすんでんの所で掴み止めた。
「マリーと親しくしていたルーキーだな。もう仲間のもとへ帰れ。変態に捕まるんじゃないぞ」
「あ、ありがとうございます! やったー、変態から解放されたー!」
ペコペコ頭をさげる白いローブの少女を逃して、オーウェンはホッと息をついた。
「離せ!」
蒼い青年に手を振りほどかれ、オーウェンは眉をひそめる。
(なんだ、今の腕力は……?)
「その蒼い瞳、ちょっと対抗してくるパワー。なにより、今、マリーって言ったのか? 僕のマリー・テイルワットを知っていると言うことは、お前がオーウェンってやつかっ!」
「まずひとつ、マリーのことは誰でも知ってる。そして、ふたつマリーは少なくともお前のものじゃない。ふさわしい男が他にいる」
オーウェンが2つ指を立てると、蒼い青年は激昂してオーウェンへと掴みかかった。
スウェイで素早く身を引き、足を引っかけて、オーウェンは青年を転ばせる。
そのまま、彼の腕を背中にまわさせ、衛士に突きだすため拘束しにかかる……が、青年がジタバタと暴れると石畳みが割れはじめ、オーウェンは胸ぐらを片手でつかまれ、簡単に投げ飛ばされてしまった。
くるりと一回して華麗に着地。
されど、オーウェンは目を見張り顔を曇らせた。
「フハハハっ! びっくりしたようだな! なにせ僕はドラゴンなんだ! すごいパワーだろう! ふははっ! 僕が人間に負けるはずがないんだよっ! 許して欲しければ命乞いをしろっ!」
「なるほど、自分のことをドラゴンだと思い込んでいる変態か」
「ッ、変態って言うなァアー!」
叫び声が夜の通りに染みていき、野次馬たちの煽り根性に火をつけた。
「オーウェン様、やっちゃってください!」
「頑張ってー!」
「交尾催促残念イケメン男に鉄槌をくだしてー!」
「そのよそ者ぶっ倒しちまえー!」
まわりではギルドが休みで暇な冒険者たち、蒼い青年のナンパ被害にあった者、露天で果物をうる筋肉隆々なオヤジまでもが喧嘩を応援する。
どこからか飛んでくる果物をキャッチして、ひと口かじるオーウェン。
「やれやれ、仕方ない。おい、自称ドラゴン男、軽く当てにいくぞ。悪く思うな」
「フハハハっ、聖女のまえに最強の魔剣士を倒して箔をつけるのも悪くないなっ! かかってこいっ!」
蒼い青年とオーウェンは、互いに浅く腰を落とし、ゆっくりと拳を握りしめた。
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