【完結】努力の怪物が指パッチンを極めたら世界最強に〜スキル【収納】の発動を指パッチンに″限定″したら無限の可能性が待っていた〜

ノベルバユーザー542862

第8話 すべてを捧げるスナップ・フィンガー


崖下に落とされて、ひと月後。

帰還のための川の方角を把握しながら、慎重かつ大胆に、白い生物を追いたてる。

衝撃波で無力化、剣を滑らせ息の根をとめる。

吹雪の日でもないかぎり、俺は寒さを気にせず、暗い森のなかでも、たいまつを片手に魔物と戦いつづけた。

強迫観念に突き動かされるように、自分を危険のなかへ、追いこみ、朝を迎えて生還し、精魂尽き果てて眠る。そして、また夕方に目覚めて、深い夜へ挑む。

いつからか、俺はあえて夜にだけ奴らを追うようになっていた。

また、いずれの時点で、たいまつも持たなくなっていた。

先に居場所がバレるのが嫌だったからだ。

俺は、夜に紛れて、魔物を狩りつづけた。

ただ、自分を高めるがためだけに。


⌛︎⌛︎⌛︎


2ヶ月後

朝日が空高く登るのを、ぼんやりと眺めながら、俺は川辺で昼寝をしていた。

「あいつら消えたなぁ……」

何となしに呟き、指を鳴らして、女神シュミーが大絶賛していた黄色い果実を頬張る。

「これも、飽きたな……」

ひと口食べて、指をを鳴らし、また収納する。

そろそろ街に帰っても良い気がする。

そんな事をぼんやり考えながらも、俺は自分の内側で問答をつづける。

まだ俺が弱いままだったらどうするんだ?
これくらいの努力で、【運び屋】風情がチカラを付けた気になってるのか?
このスキルの可能性は、まだこんなモノじゃないんではないか?

体を起こして、川に顔を突っ込み、頭をスッキリさせる。

すっかりやつれてボロボロになったズボンの裾をめくり、俺は流水のほとりの岩に腰をおろした。

ここ1週間、魔物との遭遇ペースが落ちて、修行の効率が落ちていたところだ。

ここからは『限定法げんていほう』の強化、スキルの開発、レベルアップのうちーー『限定法』の強化に取り組んでみようと思う。

「俺はただの【運び屋】、マリーに並び、そして守るためには、普通の努力じゃだめだ。凄い努力でも足りない。すべてを賭ける、そう誓った。俺の人格、経験、時間、精神、すべてを賭けた努力でないと意味がない」

気を整えて、呼吸をたしかに、ゆっくり手を持ちあげて、指を弾く。
ポケットを一瞬だけ、開いて、閉じる。

目指すのは″究極の限定″だ。

俺は日がな、指弾きつづけた。

日が暮れた頃、指のタコが摩擦に耐えかねて、ぐちゃりと擦り破れて血が流れた。

だが、やめない。
血で指が滑ろうと、実戦ではそれで指が鳴らせなかったなど、通用しない。

歯を食いしばり、足元が血塗れになっても、ノルマを達成させる。

深夜、終わる頃、張り詰めた意識がバタンと切れて、温かくなってきた川のほとりで死んだように眠る。

「目標は……10万回……だ……」

妥協は許さない。

甘えをを持とうとする自分を叱咤しったしつづけ、季節が変わりつつある森のなかで、俺はまず第一段階の″小さな目標″1日1万回の指パッチンをはじめた。


⌛︎⌛︎⌛︎


ただ、毎日のように指を鳴らし続ける日々。
なにも変わらない。1日にできる指パッチンは1万回だけ。

その事実とはじめの1週間向きあった。

ひと月が過ぎる頃、俺は毎日泣くようになっていた。

ふた月が過ぎる頃、俺は奇声を発して、自分の体を伸びた爪でひっかき傷つけていた。
そうしないと、どうにかなりそうだった。
否、違う。どうにかならないと、とても耐えられなかったんだ。

俺は自分のすべてを賭けると誓った。
俺の全部をくれてやる、だから、もっとチカラを寄越せ。

俺は涙にまみれ、獣のような声をあげ、指と地面を常に血で濡らしつづけた。


⌛︎⌛︎⌛︎


修行開始から、4ヶ月後。

変化が訪れる。

朝、指パッチンをはじめても、日が暮れなくなった事に気づいた。

何度繰り返したかわからない、この動作は、俺の中で最適化されていき、ついには全体の動作にかかる時間を短縮することに成功していたらしい。

心の余裕も取り戻し、俺は強い精神力も獲得していた。

だが、まだ何も至ってない。

「…………次は、2万回か」

やはり、日に10万回の指パッチンは無謀だったのか…………いや、1万回が出来たんだ。
これだって最初は到底不可能に思えたが、出来たんだ。

「ふぅ……  気を整えて、指を弾く……ポケットが開かれ、閉じられる……」

俺はいつもの岩に腰掛けて、音を置き去りにした指先に意識を集中させて、修行を再開した。


⌛︎⌛︎⌛︎


修行開始から、10ヶ月後。
時は新暦3047年1月。

「…………これで、四万回」

顔をあげて、消えていく陽光を見送る。

遠い、果てしなく、遠い。

ジークタリアス崖下へやってきてから、2度目の冬がやってきてしまった。

ふわり、ふわりと雪が降ってくる。
静かに積もりいく白きこと。

はじめて『限定法』を所得するために、費やした地獄の20日間を思いだす。

あれも長かったが、これはもっと長い。

不可能と思われた1万回は、もうずっと過去のこと。

自分の限界を越えて来た。
望んだ場所に向かってるはずだ。

なのに、どうしてーー。
涙があふれて止まらないんだ。

「ぁ、ぁぁ、ぅぅ、帰りたい……ッ! 帰りた、ぃ……俺は、俺は、何をして、るんだ……? マリーを守るために頑張っていたのに、この1年ずっと何してた……? 捨てないで、くれ、マリー、マリー……ぃぃ、そうだよ、ぉ、彼女にもう二度と捨てられないように、強く、強く……!」

今日のノルマは終わったはずなのに、俺はまた指を鳴らしはじめる。

ーーパチン

すべては言い訳なんじゃないのか?
捨てられた事実が、彼女の口によって肯定される、本当の意味での″すべての終わり″を先延ばしするための、無茶なノルマだったんじゃないのか?

ーーパチン

俺は本当に彼女のために、この指を鳴らしつづけたのか?
いつからか、自分の努力がマリーの一言によって、粉々に破壊され無意味になる事を、恐れ始めたから、まだこんな寒い森のなかにいるんじゃないのか?

ーーパチン

帰れるはずだ!
いつだって、やろうと思えば!
これは妥協じゃないだろ!

ーーパチン

「ぅぅぅうぁあああアア゛……ッ、かえ、れない……ここで、帰れば、全部が無意味におわる、かもしれない……! 俺は捨てられてない! 捨てられないんだよ……! あの人の隣に戻るために、頑張ってるんだよッ! そうだろ、これは、言い訳のために、積み重ねた時間じゃないんだ、だれか、誰か、そうだって、言ってくれよ! 俺の時間は、保証される、って! ぁぁあああぁ、ああああァァアアッ!」

ーーパチン

人間の限界を越えることは、生半可な努力では不可能。

自分のすべてを捧げても、まだ足りない、まだ至らない。

身のすくむ恐ろしい狂気に己を陥れて、ようやく対価は支払われる。

ーーパチン

俺は、今日も、指を鳴らし続ける。


⌛︎⌛︎⌛︎


修行開始から、17ヶ月後

暑い日だった。

むさ苦しい、息が詰まる。

頬をつたい、アゴから落ちた汗の粒が、川辺の赤茶けた砂利を濡らす。

水のせせらぎが気持ちよいのは、この場所の特徴だ。

去年の夏も、この川の涼しげな音には、助けられた。

「8万回、これで、8万回」

首をもたげ、空を見上げる。

「まだ明るい」

呟いて、俺は近くに建てた小屋のなかへ、体を投げだした。

「……冬には、帰りたいな」

今年の春はキツかった。
精神的に一番不安定で、自傷行為や幻聴、幻覚、気づいたら時間が過ぎていたり、知らない場所で、ひらひらと飛ぶ蝶を口にくわえていたり、冬眠から目覚めた動物を無意味に殺してまわったりしていた。

だけど、今は落ち着いてる。
一周回って平穏を取り戻しつつあるらしい。

「はは、人間……わかんないもんだな、ぁ」

その日、俺はぐっすりと、穏やかな眠りについた。


⌛︎⌛︎⌛︎


修行開始から、約2年。
新暦3047年 12月

「10、9、8、7……」

数を数えると同時に、指を鳴らして羨望したその瞬間を待ちわびる。

あと一回。

あと一回。

あと一回。

すべてを最後の一回と信じて、集中力を欠かさない。

そして、その時はやってくる。

「3、2、1…………終わり」

今まで鳴らしつづけた右手の指を、左手でマッサージ。

首をもたげて、空を見上げる。

しんしんと雪が降って来ていた。

「……」

川の水に指をひたして、またマッサージ。

顔を洗い、身体の内側から、発せられる熱を吐きだして、冬の空へ白い息をのぼらせていく。

俺は座りなれた岩に腰をおろして、夜空を見あげる。

「……」

長い時間。
保証されない時間。
霞ががかった曖昧な時間。
ただひとつだけの終わりなき時間。

地獄だった。だけど、悪い時間じゃなかった。

そのはずだ。

越えた季節の記憶が脳裏を駆け抜けていく。

やがて、本当にすべてが終わったのだと、もう一度、確認をして、俺はゆったりと岩から腰をあげた。

「………………帰ろう」

静かに呟いて、俺は目のまえの川を上りはじめた。



第一章 究極の修行 〜完〜


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