【完結】平凡クラス【槍使い】だった俺は、深海20,000mの世界で鍛えまくって異世界無双する
最終話 冒険の終わり
オーラを増幅させるゼロ。
あごをクイッと動かして挑発する。
彼は目を見張り「舐めるな」とつぶやくと、銃の引き金をひいた。
俺はすべてを素手でつかんで握りつぶす。
ゼロは銃を投げすて、コンバットナイフを手にとると全身に青いオーラをまとった。
瞬間、スパークの軌跡を残して、彼の姿がかき消えた。
「気をつけろ、エイト。あのゼロは二つ名を『Mr.ライトニングボルト』と言う。コカスモーク『ライトニング』の遺伝子情報の持ち主だ」
さながら雷人間か。
速いわけだ。
「はっ!」
視界の端にゼロをとらえる。
一瞬で間合いをつめ、彼はコンバットナイフの先端をまっかに火照らせながら、首に突き刺してきた。
俺は目の前にせまる兇刃を、それを持つ手首を掴んでとめた。
さらに、ゼロの首元をつかみ、足をはらって墓石にたたきつける。
ずっと昔の記憶。
俺は幼少期の近接格闘術の訓練を思いだしていた。
そうだそうだ、こんな感じだった。
「素人が……ッ!」
「兄弟子の嫉妬は見てられないな」
そのまま掴んだ手首を締めて、関節を極めにかかる。
が、ゼロは雷のオーラを膨張させて、目にも止まらぬ肘打ちを打ってきた。
俺の体を数センチ浮きあがる衝撃だ。
彼はたちあがり、体勢を立て直して、目にもとまらぬ拳を打ちだした。
俺は手ではたいて、無数のジャブとナイフの凶撃いなしながら、本命の打撃を探す。
「ここだ」
再びゼロの左手首をつかみ、伸びきったひじに外側から手刀をくわえて、彼の左腕の関節を粉砕した。
ゼロはコンバットナイフを取り落とす。
だが、彼はただでは武装解除させず、それをつま先で蹴りあげて、俺への牽制とした。
ゼロとの間合いがひらく。
「はあ、はあ、くそ…なぜ、私の雷速についてこれる……」
「実際のところそんなに速くはないだろ」
ガアドが嬉しそうに茶々をいれる。
ゼロは「黙れ」とイラついて言った。
俺はくるくるまわって落ちてくるコンバットナイフをキャッチして手元で投げてもてあそんだ、
「まだ続けるか、ゼロ」
たしかにゼロは速い。
だが、俺のほうがもう強い。
勝負の結果は目に見えている。
「終焉者、お前はバカだ。愚か者だ」
「騙されているって?」
「そうだ、言うまでもない」
「それはどうだかな。自分をただ騙された被害者にするかどうかなんて、手前で決めることだ。俺はすくなくともガアドに虐げられた被害者とは思ってない。それだけのことだ」
ゼロは銃をひろいあげる。
古めかしい銃……名前はなんと言ったか。
「これで終わりじゃない」
「いいや、終わりだ。アルカディアの復興はありえない」
後退り逃げようとするゼロに、ガアドは強気で言う。
しかし、彼は薄ら笑いをうかべるだけだ。
「あわれだな、親父殿。あんたは氷室雪乃様の計画を知らない。次の時代に繋げるための、原点に帰る計画をな」
「なんだと?」
ゼロは最後にこちらへ視線をうつす。
「終焉者──エイト・M・メンデレー、お前のことは忘れないでおこう」
彼はそれだけ言い残し、ポケットから閃光手榴弾をとりだすとピンを抜いた。
膨れあがる光と破裂音。
視覚と聴覚がもとにもどったとき、墓場からゼロの姿はなくなっていた。
俺はコンバットナイフをポケット空間にしまい、ガアドと顔を見合わせる。
「ひとつ聞きたい」
「なんだ、エイト」
「あんたのキッカケはなんだったんだ」
「キッカケ、終焉者計画のことか?」
「なんで、俺や……ゼロや、他の兄弟たちを訓練しようと思った。自然とこんな計画思いつかないだろう」
父親とともに港への帰路をいく。
ガアドは言葉を選びながら、ゆっくり話をしはじめた。
「私が13歳の頃だ。当時、アルカディアにはアナザーの奴隷がたくさんいて、都市の発展も進んで勢いがあった。潤沢なマナニウムをつかってコカスモークの前進、遺伝子手術が開発され、市民のあいだで流行っていた時期でもある」
「衰退する前、繁栄の時代か」
「懐かしい時代だ。そう、たしかあれは、パレードをやっていた日だったか。祭りの喧騒が嫌いでね、私は港のほとりで時間をつぶしていたんだ。私はそこではじめて人魚姫に出会ったんだよ。目を奪われる美しさだった」
「神殿の生き残りがいたのか?」
「わからない」
「わからない? 聞けばよかったのに」
「その当時は翻訳機はなかったから、彼女の言葉を理解できなかった。もちろん、私の言葉も彼女には通じてはなかっただろう」
ガアドは遠い目をして「あの可憐さは忘れられない」と息をもらすように言った。
「私は毎日、港へいった。お互い言葉はわからなかったが、いっしょにいると楽しかったんだ。フフ、自慢じゃないが、私のファーストキスの相手はこの美しい人魚姫だった」
「その顔なんだ。1ミリも興味ないんだが」
「これは失礼。……私が言葉を教えたり、勉強を教えたりしていくうちに、彼女はつたない英語で私に愛をささやいてくれた。天にも登る気分だった」
「俺は何聞かされてんだよ」
「いいから黙って聞け」
目元をおおい、ため息をつく。
ガアドは咳払いして、先をつづける。
「私たちの港のほとりでの逢瀬は1年ほどつづいた。しかして、終わりとは来るものでね、ある時、彼女は政府に見つかってしまったんだよ」
「……どうなったんだ?」
「次に彼女を見たのは1ヶ月後。当時、アルカディアで流行っていた奴隷同士を戦わせる水族館の遊戯場で彼女は殺されていたんだ。美しい人魚姫同士の命掛けの……なんとかショー、そんな題目だった」
「そんな……」
「前触れもなくある日、恋人を連れていかれ、悪趣味な娯楽のために消費されてしまったんだ。それが本当に正しいことだなんて、私には到底理解できなかった。だが、私の父親は、決して当局のまえで反骨の意思を見せないように私に言って聞かせてきた」
壮絶な過去。
大切な人をモノとして消費されたのか。
ガアドの考えも変わるわけだ。
「最も女の人魚はむかしから価値が高かった。利用目的は……語るまでもないだろう。彼女が殺されたのは、″使い終わったから″だと気がつくのには、子供の私にはしばらく時間はかかった」
「よくその感情を爆発させなかったな。俺があんたの立場にいたら、どうなってるかわからない」
「カウンセラーがいたのさ」
「? カウンセラー?」
「相談役を請け負ってくれる、不思議な老人だよ」
ガアドはその老人の容姿をこまかく説明してくれた。
おとぎ話に出てくるような魔法使いのローブを着た、骨と皮だけの枯れ枝のような姿。
すっごく失礼な口調で、なんでも見透かしているように喋るらしい。
俺は直感でさとった。
あのジジイじゃないか?
俺を海底で起こしたジジイなのでは?
「彼とはアルカディアから少し離れたちいさな海底洞窟で出会ったんだ。あの美しい子が殺される前日だった」
「なにを話したんだ? その占い師と?」
「占い師、そう、彼は占い師と名乗ったか。彼は私のなかに芽生えていた意志をくみとり、優しく抱きしめてくれたんだ。そして私は、彼の驚異的魔法によって地上の世界を見た」
「っ、見た?」
「正確には行った、か」
「地上にいったことがあるのか?」
「まぶしかったよ、あの太陽は。海とは青いんだと初めて知った。多くのアルカディア人にとって、海とは黒いものだ。ほんとうに驚いたさ。そして、海岸に築かれた美しきアクアテリアス……どれだけの時間が経とうと忘れられない。私は占い師とともに1週間ほど地上の世界を旅して、気持ちを固めた。異世界を守るための守護者になろうとな」
「ガアド……ガーディアンか」
ガアドは肩をすくめて微笑む。
「これが私のキッカケだ。14歳の夏、私は異世界の美しさを守るため守護者になり、志を同じくする同志をつどい、すべての計画の最後に海底都市に終止符を打つ『終焉者』を育てはじめたのさ」
ガアドは腰をあげて、グッと伸びをした。
「長話をしてしまったな。これで納得できたか、エイト」
「ああ。いろいろ合点はいった」
14歳の子どもが自分の住む世界のすべてを裏切って、孤独な戦いを挑むのに、いったいどれほどの勇気が必要だったのか。
自分が美しいと思ったもの、大切だと思ったものを守るために彼は決断した。
俺はガアドを誇らしく思った。
「……親父、なかなかやるな」
「ん? ああ、ありがとう。ほかにも武勇伝なら腐るほどあるぞ」
「あまさず聞きたいところだ。けど、時間はないかもしれない」
俺はスキルで保持していた空気エリアの外側から、グランドマザーが帰ってきたことを知る。
「そのようだ。帰りの船に乗り遅れてしまうな」
ラナとファリアとキングのもとへ戻った。
「ところで、ファリアはどうして俺のことをお兄ちゃんって呼んでくれないんだ?」
彼女らに聞こえないくらいの距離で、ガアドにたずねる。
「記憶を失くさせてる」
「……」
この男、なんてことを。
「そんな目で見るな。実はもう彼女も思い出してしまっているさ。ついさっき、今生の別れかと思ってしまう場面があってだな。うっかり口を滑らせてしまったんだ」
ガアドは潜水艇のもとまで戻ってくると、一言「エイトの記憶がもどった」とファリアにつたえた。
「っ、エイト様……」
「一応、思いだしたぞ、ファリア」
ファリアは頬を染めて視線を足元におとす。
記憶がもどったと言っても、お互いにあまりにも幼かった。
今更、どうやって接したらいいか、なんてわからなかった。
「むむ? ちょっと、ちょっとエイト! なにこの空気は?」
「あ、ラナ、走ったら危ないぞ」
ラナを抱っこして、手短にファリアが実の妹だったことを話す。
当然、すぐには納得してくれない。
「なにそれー?! 妹属性を奪われたからってあてこすりの後付けをしたわけ!?」
「ふふん♪  残念ながら、ラナちゃん、ファリアはエイト様の実の妹なのですよ!」
ファリアは俺の腕に抱きつくと、潤んだ瞳で見上げてきながら「お兄様」とささやき、首すじに顔をうめながら口づけしてきた。
「ふ」
「エイトがニヤニヤしてるわ! ファリア、今すぐ離れなさい、さっき正式にカップルになったばっかりなんだから!」
「なーんだ、まだ、カップルになったばっかりなんですね。なら、乗り換えもまだまだ間にあうじゃないですか」
ファリアの戦闘意欲にラナは歯をむいて怒りだした。
取っ組みあうふたりの横で、弾きだされた俺はガアドに受けとめられる。
「妹似の彼女、うーん。罪深い兄の香りがする」
「ぐ、偶然だ」
怪しげな眼差しをガアドに向けられる。
だが、断じて相棒の選出に他意はない。
(ぐぎぃ)
「ん、グランドマザーが呼んでる」
「言ってこい。怪物の機嫌をそこねるなよ」
ガアドに背中を押されて、俺は歩いて彼女の近くまでやってきた。
こうして見ると、改めてデカさを感じる。
グランドマザーは節足の一本を暗い海の向こう側へとむけた。
何かがこちらへ向かって来ているのがわかった。
あれは……手を振っている。
やがて、近くまでやってくると、彼らが何者なのか理解できた。
「超能力者様ー!」
金髪碧眼の中背。黒肌の巨漢。
東部採掘場のフラッドとトムだ。
彼らはバギーから降りるなり、すぐに俺のそばに寄ってきた。
「超能力者様、もうマジで怖かったです!」
「いい加減にしてくださいよ、なんでこんな海洋生物まで飼いならしてるんですか!」
「ぇ?」
海洋生物?
グランドマザーのことか?
俺の「意味がわからない」という顔を見て、フラッドの顔つきがみるみるうちに変わる。
「え? ってなんですか。……ま、まさか、この海洋生物は超能力者様の支配下にはない……と? 全然なんの事を言ってるかわからず、事情を把握してないっていうんですか? それってつまり、この惨状すべての俺たちの予想どおり海洋生物が暴れたあとだってことですかー?!」
まずい。
すべてを察しやがった。
「違うんだ、フラッド。実は──」
「馬鹿野郎! 超能力者様は『え?』じゃなくて『ぇ?』って言ったんだろーが! アクセントが引き気味なんだよ! つまり、『これくらいの海洋生物乗りこなせないとでも思ってたん。マジで?』って意味をこめた『ぇ?』ってことに決まってんだろ!」
「ハッ、そういう事だったのか! 俺はまたなんて無能をさらしてしまったんだ……ッ」
ポカンと口を開けたまま、やりとりを見ていると「そうなんですね?!」と迫真の表情で、ふたりがいっせいに見てきた。
そろそろ本当の事を言おうか悩む。
「ぐぎぃ!」
「おっと」
キングが転がってきて、ちょうどを俺が座るくらいの良い高さで通常形態になった。
立派な角で膝カックンされて、俺はついつい彼のうえに乗っかってしまう。
「す、す、す」
「ん?」
「「すげぇ! 本当に乗りこなしてる!」」
「……………まあな。楽勝、これくらい」
もうこのままでいいや。
興奮さめぬフラッドとトムに抑えつつ、俺はグランドマザーを見あげる。
(ぐぎぃ)
聖戦、ここからが本番。
(ぐぎぃ)
この土地から追いだす?
(ぐぎぃ)
夜の教会の威闇をいまここに、か。
「超能力者様、ところでこれは何があったんですか?」
フラッドとトムは心配そうに聞いてくる。
彼らはアルカディア人だ。
おそらく聖戦のすえに、生きることは許されないだろう。
(ぐぎぃ)
ん?
心の清き人間生かす?
(ぐぎぃ)
子どもたちの世話をしないと?
グランドマザーの言葉を受けて、俺はバギーの後ろから大量のミスター・タンパク源たちがやってくるのを見た。
「ぎくっ」
彼らをもりもり食べていた記憶が蘇る。
(ぐぎぃ)
海中からすべての仲間を集めた……?
(ぐぎぃ)
さあ、今こそ戦いの時、とな。
「ぐぎぃぃいいいいいいいいいィィイイ!」
グランドマザーの咆哮により、アルゴンスタたちの大突撃がはじまった。
ミスターもマザーもコロコロ転がって、酸素街港から攻めいっていく。
俺が東部採掘場にあずけていた3匹もちゃっかり戦線に加わっている。
「え、え!? なにが始まったんですか!」
「超能力者様、これにも何かわけがあるんですよね?!」
「ある。信じてこのアルゴンスタ達に身を任せろ」
「っ、わかりました! 超能力者様!」
「もう全部任せます、超能力者様」
ふたりは笑顔で応えた。
若干、投げやりだが、まあいいだろ。
グランドマザーは神秘の術をつかってふたりの意識を奪い、バギーの座席にねかせる。
あとの処遇は彼女にまかせよう。
なまじ知り合いゆえに、俺に彼らの最後を決断することなど出来はしないのだから。
「グランドマザー、都市の戦力はほとんどない。おまけしたぶん、すこし多く地上へ送ってももらってもいいか?」
終焉者としてのミッションは終えた。
あとは自由にしていい……はずだ。
グランドマザーは黙ったまま、こちらを見つめてくる。
俺はラナ、ファリア、ガアドのもとへ向かった。
「地上へ行こう。グランドマザーが送ってくれる」
「セカンドプランとは、やはり、あの巨大種のチカラを借りる事だったのか。まるで、氷室のようなことを考えるな、エイト」
「向こうから提案してきたんだ。……ん」
ガアドに言われて思いだす。
俺は遠くに見える地面に突き刺さったままのNEW HORIZONへ手を伸ばした。
たしか海の悪魔とか呼ばれてる、古い時代の神海生物が囚われているはずだ。
かわいそうだから、逃してやろう。
俺は〔電界碩学〕でNEW HORIZONの格納庫と思わしき、下部の扉を強引に開かせる。
エネルギーシールドがあるので、機械装置を遠隔操作するという手段でだ。
ハッキングも機械言語もたくさん勉強したんだ。
俺ならできるさ。
俺は深い深い記憶を手探りで鮮やかに、潜水艦のシステムを乗っ取った。
「おっ、格納庫が開くぞ」
ガアドは口笛を吹き「凄まじいな……」とかすれた称賛の声をもらした。
格納庫から大きなタコみたいなのが、ボトンッと落ちてくる。
現在、空気エリア構築のため海水をぬいていたので、あわてて〔深界碩学〕で落下地点に大量の海水をもってくる。
ボチャンっと大きな波と音をたてて、神海生物は無事に解放された。
グランドマザーほどではないが、結構な大きさだ。
(ぐぎぃ)
グランドマザーは感謝してくれてるようだ。
(ぐぎぃ)
彼女の力でも文明の発明である、かの潜水艦のエネルギーシールドは破れないのか。
彼女も全知全能ではないんだな。
「あっちの子も兄様に感謝してますよ」
「本当だ。手振ってる」
巨大タコは手をふって、海へと帰っていった。
「さっ、それじゃ俺たちも帰ろう」
ファリアだけが元気よくうなずいた。
「ん? ラナ?」
「ねえ、エイト……アルッシーは?」
「ぁ」
彼女のさみしそうな声かけ。
俺はすっかり忘れていた事を思いだす。
答えてくれるのはガアドだ。
「アルッシーは諦めろ。やつはあれでもハンターズだ。氷室雪乃の指揮する艦隊で、別の海域にでも逃げてるだろうさ」
ガアドは呑気に煙草をすいながら、ラナの心をポキッと折った。
「そんなぁー?!」
「ふふん、大丈夫ですよ、ラナちゃん。ラナちゃんはその姿でもすっごく可愛いですから!」
「違うもん、そういう問題じゃないもん!」
駄々こねてるが、めちゃくちゃ可愛いので、このまま連れて帰ろうと思う。
「で、ガアド、あんたはどうするんだ? 地上の太陽に憧れてたんだろ?」
ガアドは煙をはーっと吐きだして、どこか遠くを見つめる。
「私はいい。お前達だけでいけ」
「どうして? ここまで長い時間頑張ってきたのに」
「私には地上へいく権利などないんだよ」
ガアドは疲れた笑顔をうかべる。
「もし地上の太陽をもう一度見てしまったら、私はゼロの言うとおりの人間になってしまう」
「っ」
子ども達に重荷を背負わせ、そのあかつきに自分だけ地上の世界で良い思いをする。
ガアドはその幸せを手に入れるべきではないと考えている。
「そうでなければ、お前の兄弟達、私の子ども達、失った同志たちと、マリシアにあわせる顔がない。墓前に行くことすらできなくなってしまうだろ」
「ガアド……」
「だから行け。私の心が揺らぐまえに……行ってくれ、頼む」
ガアドは背を向けて歩きだす。
俺は追いかけるべく駆けだす。
ふと、ガアドは振りかえりなにかを投げつけて来た。
それは、彼が様々なコカスモークをしまっているくたびれた革製のケースだった。
「煙草は大人になってから。いいな」
「……はい」
ガアドは「よし」と言う。
ファリアは俺の手を握ってくる。
「ファリアの結婚相手はお前に任せる。誠実で、愛情深く、勇気があり、真面目な男にしろ。腰抜けは近寄らせるな。いいな?」
「……はい!」
頭の片隅に残るかつての訓練時代のように、俺は元気よく返事をした。
ぎゅっと手が強く握られる。
「パパ、絶対、会いにくるからね。いつもみたいにしぶとく生きてるんだよ」
「死因は老衰と決めてる。……なに、お前たちなら大丈夫だ。バイバイ、ファリア」
「パパ!」
駆けだしたファリアは、ガアドの胸に飛びこむ。
ガアドは仕方ないとばかりと、抱きしめて頭にやさしく口づけをした。
彼はそのままこちらへ、力強くうなずく。
俺はうなずきかえす。
そうして、ガアドは、俺の実父は港から墓場のほうへと消えていった。
「エイト、あの人って、ほんとうにお父さんだったの……?」
「長くなるんだ。落ち着いたら全部話すよ」
泣き崩れるファリアにおおくを感じとったラナは「わかったわ」とだけ静かに納得してくれた。
俺はファリアを背中から抱きしめて落ちつかせる。
俺たち3人は歩いてグランドマザーの目の前までいった。
「ぐぎぃ」
キングがやってくる。
「ぐぎぃ」
「そういえばお前ともずいぶん長くいたな」
「ぐぎぃ」
「距離だけ考えれば、キングがもっとも長く過酷な旅路を踏み越えた相棒だよ」
「ぐぎぃ」
「ありがとうな、キング」
「…ぐぎ、ぃ」
俺はキングの角を撫でてやる。
彼は別れを惜しむように声をすぼめて、角をぐりぐり手に押し当ててくる。
本当に助かったよ。
お前のおかげでここまで来れた。
さようなら。いつまでも俺たちは相棒だ。
「ぐぎ、ぐぎい!」
キングは後退り、迷いを断ち切るように酸素街のおくへとコロコロ転がって聖戦へと向かっていった。
その背中を見送り、俺はうえを見あげる。
「グランドマザー、頼む」
「ぐぎぃぃぃいいいいいいいィイイイ!」
ラナとファリアを抱きしめる。
ふたりも抱きしめかえしてくる。
ひとつになった俺たちは、グランドマザーのもつ巨大なチカラに飲みこまれた。
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頬にあたるジャリジャリした感覚。
暖色の光はあつく、肌が焼けるようだ。
「ハッ……」
俺は目を覚まして、起きあがる。
まぶしい光が俺の視界をさえぎった。
いつぶりだろう、この暑い日差し。
まぶたの裏側までとどくオレンジ色だ。
「太陽……太陽だ」
蒼穹にうかぶソレに、俺は涙を流した。
深海の底に落とされてから、この日をどれほど待ち望んだことだろう。
孤独を越え、食事を越え、諦めを越え、困難を越え、海底にうずまく悪意達を越えた。
首を横へむけると、砂浜に少女が立っていることがわかった。
短い黒髪、赤色の瞳。
俺の妹ファリアだ。
「海って青いんですね」
ファリアはつぶやく。
「空って広い、太陽って暑い、フィルターを通して作られてない空気がこんなにも美味しいなんてファリアは知りませんでした……」
「ようこそ、美しき異世界へ」
どこからともなくラナがやってきて、ファリアの手を握った。
ラナはそのまま俺の手も握ってきた。
「さっ、まずは家族が増えたって報告しないとね!」
ラナの視線の先にはアングレイ家がある。
「ラナが家族を紹介してくれるって」
「でも、ファリアはまだ……」
青い海を見つめるファリア。
その瞳が何を思っているのか──もはや皆まで語らずとも俺にはわかった。
「『すべては海に還る
永遠の別れなどない』……海がすべてを繋いでくれる。俺たちみたいに」
「……っ」
「だから大丈夫、俺たちはきっと大丈夫だ」
「はい、兄様!」
彼女はすこし赤くなった目元をぬぐい、元気いっぱいにうなずいた。
〜 Fin 〜
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こんにちは
ファンタスティックです
『平凡クラス【槍使い】だった俺は、深海20,000mの世界で鍛えまくって異世界無双する』
は、これにて完結となります。
もしかしたら、アフターストーリーを書くかもしれません。
まだ書いていませんので未定です。
最後まで読んでくださった読者の皆様。
毎回ハートやら星やらをくださった皆様。
誠に応援ありがとうございました。
ほんっとうに、物語の完結において、読者の存在って大きいなぉ……と最近は感じさせられています。
では、後書きはこれくらいにします。
今後も良い物語を描けるよう精進して参ります。この物語が気に入ってくれたら、ぜひ作者フォローしてみて他の作品も読んでみてくださいね。
作品のことなどもつぶやいていますので、Twitterのフォローもよろしくお願いいたします。
https://twitter.com/Fantast27778546
それでは失礼します。
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