【完結】平凡クラス【槍使い】だった俺は、深海20,000mの世界で鍛えまくって異世界無双する

ノベルバユーザー542862

第54話 救出作戦 後編 


少佐は砕けた氷像を見下ろす。

「……」

シャーベット状の肉塊に送るのは、軽蔑と嘲笑の冷めた目だ。
少佐は愛用するコルトガバメントのマガジンを取り出し、そこに手動で一発弾を込める。

──この一発が肝要だ

いつかどこかで、教えられた教訓。
一発を笑うものは、一発に敗れる。

軍人として長いこと生きてきた彼には、マガジンとは、別にバラの弾をポケットに忍ばせておくのは習慣となっていた。

少佐は拳銃をホルスターに納め、いまだ揺れやまない戦場を見上げる。

「このエリアも直に沈むか」

少佐の興味はもう、終焉者では無くなっていた。
彼のスマホが鳴る。
着信に出て彼は「はい、はい」と応える。

通話を終えると、彼は通信機を取り出して、現在ダイダラボッチ級アルゴンスタの対処にあたっている部隊に引くように指示を出した。

「全部隊『統括港都市』を離脱して『神殿都市』にむかえ。社長が動く」

それぞれの通信機から「ギガンテス、了解」「ソルジャー、了解しました」とコードネームと承諾の意思が返ってくる。

「さてと…」

少佐は命令を出し終えて、耐圧ガラスの向こう側を見やった。
ガラスの向こうには深海の王とも言うべき、怪物が暴れまわっている。

ダイダラボッチ級の深海生物は、アルカディアが始まって以来、一度しかやって来ていない。多くの場合、より小さいリヴァイアサン級の深海生物の襲撃にとどまっている。

「お前は何をしに来たんだ」

少佐は不可解な事態に、顎に手を添えて考える。
今日を境に、アルカディアで何かが変わろうとしている。
そんな言い知れぬ予感が胸の内側にあった。

少佐が耐圧ガラスの向こう側を眺めていると、ふと、深海高層ビルの中腹あたりの耐圧ガラスを、円形に切り取った穴から、人影が出て来た。

スーツを着た若い男。
ガタイがよく背広がやや窮屈そうだ。
彼こそが氷室グループのCEO氷室阿賀斗。
アルカディアを王の手より奪い取らんとしている、ディザステンタの怨敵だ。

少佐は彼を見て、ほくそ笑む。

氷室は足場のない海を部分的に凍らせて、氷の足場を生成しながら怪物に向かっていく。

巨大なアルゴンスタが彼に気がつき、咆哮をあげて襲い掛かろうとした。
数百メートル級の生物のタックルは、文字通りの災害に他ならない。

しかし、氷のうえ男はポケットに手を突っ込んだまま動かない。
向かってくる怪物を十分に引きつけて、引きつけて……そして、その男は能力を発動させた。

一瞬の後、世界は凍りついた。

急激な温度の変化で耐圧ガラスにヒビが入る。
割れたガラスの向こう側では、巨大なアルゴンスタが氷漬けにされていた。

「南極を復活させた男……か」

少佐はつぶやき、デタラメな超能力のパワーに肩をすくめて相変わらずな社長の強さにいまいちど忠誠を誓う。

そして、電話を一本。

「社長、お疲れ様でした」

少佐はそう言い、遠くに見える海宙を歩く氷室に頭を下げた。


──しばらく後


半ば浸水が進んだ『統括港都市』の真ん中で砕け散った肉塊が蠢いていた。

その有機的物体は、空気中の魔力を吸収して、みるみるうちに体を再構築していく。

「ぅ、ぅ、がぁっ!」

やがて、浸水した水面を突き破るように、ひとりの男が誕生を果たした。

エイト・M・メンデレーである。

呼吸荒く、彼は胸を押さえる。
服はなく、体は生まれた時のまま。

目についたのは『ステータスチェッカー』だ。

エイトは苦痛にゆがむ表情で、なんとなく『ステータスチェッカー』を手にとり、手についた血で情報を採った。

ピピッという音とともに、薄いプレパラート状のガラスが更新される。

性別:男性 クラス:【槍使い】
スキル:〔電界碩学〕〔収納〕
ステータス:変異 Ⅴ
耐性:氷結
レベル69(St35+EX34)
体力 80,893
持久 130,932
頑丈 87,319
筋力 109,788
技術 149,019
精神 161,440

「はあ、はあ、はあ…」

エイトは『ステータスチェッカー』をポケット空間にしまいこむ。
数字について思案する余裕はなかった。
ただ、彼が知りたかったのは、自分の体に起こっている明らかな異常だ。

「ゔぅ、うぇええっ!」

口から胃の中のものを嘔吐する。
吐瀉物のなかには、ぷるぷると震える小さなアルゴンスタたちがいた。

その者たちは水面にポチャンっ、ポチャンっと沈んでいく。
やがて、自由に動きだしエイトを導くかのように耐圧ガラスの向こうへ泳ぎ始めた。

「そっちに行きたいのか?」

ひび割れた耐圧ガラスにひっつき、外へ行きたがるアルゴンスタたち。
エイトは耐圧ガラスの向こう側を見る。

「あれは……グランドマザー……」

海底の超巨大な氷像を見てエイトはつぶやく。
その瞬間、頭痛が彼を襲った。

「ぐぅ! …っ、これは、アルゴンスタの声……!」
(ぐぎぃ! ぐぎぃ!)
「俺を呼んでるのか……?」

エイトは耐圧ガラスを拳で叩き、たやすく穴を開けた。
いっきに極寒の海水が流れこんで来た。
だが、その程度、もはや彼にとっては頬を凪ぐそよ風と差異はない。

エイトは小さなアルゴンスタたちとともに、グランドマザーのもとへと泳いで行った。

凍りついたグランドマザーの、無数にある節足のうちのひとつに降り立つ。

エイトはグランドマザーに触れた。
他の小さなアルゴンスタたちはグランドマザーの甲羅の隙間に入っていき、楽しそうにじゃれあって遊んでいる。

「……おまえは…迎えに来たのか?」
(ぐぎぃ、ぐぎぃ)

エイトとグランドマザーは高次元の思念による会話を成立させていた。

それは、もはやエイトがただの人間ではないことの証明だ。

エイトはグランドマザーとの会話のなかで多くの事を教えてもらった。

ひとつ目が、彼女いわくエイトはアルゴンスタの『救世主』らしいこと。

「俺が救世主……? そんなわけないだろ」
(ぐぎぃ)
「今こそ、この聖地を取り戻す時? お前たちは……ここを追い出された?」
(ぐぎぃ!)

エイトは考える。
かつて発光群生地で暮らしていたアルゴンスタたちがどうして自分の遠征について来てくれたのか。
深海生物たちに襲われながら、なんで暗闇のなかを突き進んでくれたのか。

ずっと疑問に思っていた。

「あれは、俺と一緒に聖地を……アルカディアを取り戻すため…? みんな俺のことを救世主と思ってたのか?」

グランドマザーはさらに教えた。

ふたつ目は、未熟なエイトへの新しいチカラの理由だ。

(ぐぎぃ)
「我らアルゴンスタは他の生物と交わることで新しい生命を生み出す?」
(ぐぎぃ)
「俺の体はもう8割アルゴンスタ? 死なないし、進化は止まらない?」
(ぐぎぃ!)
「ともに戦って聖地を取り戻してほしい? いやでも、俺は地上に帰らないといけなくて……」
(ぐぎぃ!)
「え? 聖地を取り戻してくれたら、地上に帰してくれる? アルゴンスタパワーで?」
(ぐぎぃ、ぐぎぃ!)

エイトは考える。
地上へ帰還する手段が増えるのは良いことなのではないだろうか。
それに、さっき俺のことを散々こけおろしてくれた少佐にも一矢報いてやりたい。

「どのみちアルカディアを倒さないと、ガアドもファリアもキングも戻らないしな……あ、そうだ」
(ぐぎぃ?)
「あんたのパワーで、ラナの事を探せないか? 俺の大切な人なんだ。聖地を救ってやってもいいけど、まずはラナを見つけてほしい」

グランドマザーはエイトの頼みを快諾した。
ただ、その前に彼女はまずは体の凍結を解いてほしいとエイトにお願いした。

「って、言ってもこんな氷どうすれば……」
(ぐぎぃ)
「え? 水素と酸素?」

グランドマザーはエイトの持つ能力の発展した使い方を思念を通して、感覚的に伝授した。

エイトは瞳を閉じて、グランドマザーの感覚的な補助を受けながら、言われた通りに能力を使ってみる。

「電子を操作…海水を電気分解……水素と酸素を生成して…電子操作で位置を固定…これに火をつける…?」
(ぐぎぃ!)

エイトは着火剤として以前、海底火山で取得しておいた溶岩を使うことにした。

グランドマザーの体を覆う氷を、さらにうえから覆い尽くすようにして、莫大な量の水素と酸素の配合気体を充満させる。

「いいんだな?」
(ぐぎぃ)

溶岩の熱により、気体が大爆発を起こした。

大爆音と、衝撃波。
目の前で山が丸ごと爆散したような巨大なスケールの破壊に、エイトは息を飲む。

なお肉体レベルがもはや人を超越しているので衝撃はない怯むことはない。棒立ちだ。

あれ、殺してしまったのでは?
と、エイトは心配そうに見つめる。

「ぐぎぃぃいいいいい゛い゛い゛!」
「生きてる…」

深海に驚く大咆哮。
海底が割れ、海が荒れる。

エイトはグランドマザーを救出した。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品