【完結】 外れスキル【観察記録】のせいで幼馴染に婚約破棄されたけど、最強能力と判明したので成りあがる

ノベルバユーザー542862

アルバートの野望



次々やってくる騎士たちを、ダ・マンの拳で叩きつぶし、フレデリックを追い詰めていく。
屋敷の構造はすでに頭に入っている。
周辺地域の地理的特性も把握済みだ。

「屋敷にはいないか」

アルバートは、屋敷に放った影害獣からの報告を聞いて、フェリアの妹フナが、面倒なことに利用される予感を得た。

ほどなくして、アルバートは廊下に転がる影害獣の遺骸を見つける。

影害獣は、クラス2に分類される脅威度70相当のキメラである。簡単にはやられない。

手強い敵がいる。
アルバートは警戒心を少し高めた。

「ん?」

違和感があった。
その正体は、いつの間にか、ダ・マンたちが側からいなくなったことで確信に変わる。

「空間が……″終わらない廊下″か。これはまた古典的な」

終わらない廊下は、古い魔術題材であり、箱の中の宇宙の一つだ。

対象を無限に続く廊下に閉じ込める、ごく単純なものに始まり、現代において、さまざまなバージョンを獲得するにいたっている。

この手の魔術は長い年月研究されているだけあって、非常に美しく、洗練されている。

そのため、熟達した魔術師でも、その発動に事前に気がつき、かつ回避することは困難だ。

「俺一人を的確に閉じ込めるとは、以前の奴よりレベルが高いな」

すべてが作り物に見えて仕方がない箱庭で、アルバートは影害獣の身体に火を放った。

【観察記録Ⅴ】の怪書には、生成したモンスターを燃やすと、生成に要した魔力の一部が返還されるリサイクルシステムがついている。

そのため、守銭奴気質のあるアルバートは、役目を終えたモンスターたちは必ず燃やすようにしていた。

勢いよく燃やされる炎のゆらめきの中に、コツコツコツ、と不思議な音が聞こえる。

廊下の奥から聞こえてくる。足音だ。
終わらない一本道の先に、人影があった。

艶色の外套を着込み、同色の帽子をかぶった、20代半ばほどの女性だ。
梅色の髪と瞳をしており、外套の下には、最近やたら見覚えのある灰色のスーツを着ていた。

「封印対象『怪物』アルバート・アダン」
「おでましだな」
「再三の警告だけど、あなた、封印される気はないのかな?」
「面白い冗談だ」
「冗談ではないと、わかってるでしょう」
「なんと。陰湿な協会暗部のユーモアだと思っていたよ。だってそうだろう、真面目な顔して死ぬ気を問われても、多くの人間は鼻で笑うしかない。つまらないジョークの練習に付き合ってくれるのは、ニャオくらいだぞ」
「他の執行官も、このふざけた態度で殺されたのかしら」
「俺に攻撃しなければ、死なずに済む。極めて簡単な論理に逆らったから君の同僚は死んだ」
「それじゃ、攻撃はしない」
「……。今回の執行官はやけに物分かりがいいな」

アルバートは拍子抜けするほど簡単にことが済んで、少々困惑してしまう。

だが、戦わなくて済むのならそれで良かった。

女性の横を素通りしていく。

すこし歩いたところで、振り返る。

「ひとつ聞いていいか、執行官」
「こちらもひとつ聞いていいかしら」

梅の淡く光る瞳が、じっと見つめてきていた。

「俺の方が早かった」
「じゃあ、あんたが先でいいよ」
「では、質問だ。お前は怪物学会に入る意思のある革新派か?」
「違う」
「それは残念だ」

アルバートは影害獣の死骸を手で指し示し、「君になら優れた役職を用意するんだが」と、まだ希望を捨てていない目で言う。

協会から優秀な人材を引き抜くのが、最近のアルバートの趣味の一つだ。

「それじゃ、今度はあたしの質問。主席魔術師を殺せたとして、その先があると、あんたは本当に思ってる? あんたは何がしたいの?」

女性は心底理解できないと態度を示した。

「アダンを裏切ったサウザンドラを破壊する。これは2つの魔術家の問題だ」
「もうそれでは済まされない。知ってるでしょう」
「だから、俺も方針を変えた」
「そのために学会を?」
「質問は一つじゃなかったか?」
「レディにはサービスするものよ」

女性は腕を組んで壁に寄りかかる。

「あたしが満足したら『箱』を解除してもいいよ。で、サウザンドラを守る協会ごと、ぶっ潰したいの? 学会を使って」
「執行官なのにお喋りだな」
「ありがとう、嬉しい」
「……。成り行きだ。血の騎士団を打倒する戦力があれば構わなかったが、アダンが力を付けるほど、サウザンドラもまた協会の深くへ入りこみ、急速に力をつけていった」

アルバートは片目で、屋敷外のニャオたちの目を借りて、全ての屋敷の出入り口を監視しながら続ける。

「だから、ごく自然な摂理に立ち返って、俺は世界を良くしようと思った。偉大なる力には、偉大なる責任がともなう。アダンの力はサウザンドラという悪性新生物を叩くだけに使うのでは、責任の部分をまっとうできていない」
「愚かな解釈ね。うぬぼれているって気づいてる?」
「いいや、まったく。俺は秩序を編集する。サウザンドラのような腐った貴族の蛮行が許されないようにな」
「協会と主席魔術家たちの秩序よ。学会の思い通りにはならない」
「邪魔する奴は、全員ぶん殴ればいい」
「本気で言ってる?」
「全員ぶん殴るんだ」
「……」
「サウザンドラを壊した後は、くさった社会をぶっ潰してやる。セコく儲けてる腐敗した貴族だの、政略だの、権威主義だの、道理を弁えない馬鹿どもをぶん殴ってやるんだ」

アルバートは女性の目をじっと見つめる。

女性は「確かに『怪物』ね」と、青年の掲げる野望の大きさと、それを成し遂げてしまいそうな迫力に薄く笑みをこぼした。

「でも、若すぎるよ、あんた」

女性は『箱』を解除する。
気がつけば、ダ・マンたちがアルバートの近くに戻ってきていた。

「ひとつ忠告してあげる」
「なんだ?」
「あんたはフレデリックを殺してはいけない」
「ほう」
「主席を殺した、という前例を他の主席魔術家が残しておく訳がない。主席たちは必ず報復する。怪物学会は手も足も出ずに、完膚なきまでに壊滅させられるよ」
「今更、恐れると?」
「自分が世界で一番強いとでも? 天文学の魔術師は空から星を落とせるよ。手のひらサイズじゃない。辺境都市の一つくらい蒸発させられる。重力学の主席魔術家はどう? 指先ひとつであなたの自慢のモンスターは虚空に消える。アダンは、すべてを失うことになる」
「すでに一度失ってる」
「残ったものがあったでしょう? でも、次は違う。今度こそ本当に何も残らない」

女性はアルバートに近づき、そして、その肩に手を置いた。

「本当のあんたは違う。貴族の誇りを大切にし、力の分をわきまえて、魔術に勤勉で、付き従う者たちの幸福に責任を持ち、愛する者たちのために心を砕く、優しい人間だったでしょ」
「初対面のお前が何を知ってると言うんだ」
「頼まれたから。あんたのこと」
「誰に?」
「エドガー・アダン」
「そうか。わかった、なら、おじいちゃんに伝えてくれ。俺のフェンリルを返せって」

女性は肩をすくめて「あれはエドガーのお気に入りだから無理だよ」と言う。

「今はちょっと暴走気味だよ、悪い意味でね。世界を良くするなんて、立派な人間にならなくていい。隣人に優しくし、自分の出来る範囲で全力をだしなさいよ」
「やけに親しげにしてくるな……」

女性は再び『箱』を展開した。
しかし、今度はちいさな限定空間への入り口だ。敵を閉じ込めるものではない。

「フレデリックは死ぬわ。でも、殺すのはあなたじゃない」
「矛盾してるぞ。俺以外に、誰が主席を殺す勇気なんて持てるんだ」
「彼女に決まってるじゃない」

女性の姿は、霞のように溶けていく。
限定空間を応用した移動らしい。

困惑した顔のアルバートは「彼女?」と自分に問う。しかし、答えは返って来なかった。

「む」

ふと、背後で魔力が練り上げられるのを感じた。土属性と火属性の複合魔力だ。

まさか、あのプラチナ級冒険者たちが帰ってきたのか? 愚か者には、あんまり優しさを見せたくないんだが……。

アルバートは、あと一回くらいは情けを見せて助けてやるか、という意気込みで魔術を正面から跳ね返してやろうと考えた。

「っ」

しかし、そんな思いはすぐに消え失せる。
肌が泡立つ感覚、危機を察知であった。

受ければ死ぬ。
直感が訴えてきていた。

──バンッ

視界端に無音で、発生した閃光は、まっすぐに学会長の頭──ではなく、肩へと放たれた。

飛翔する光。
ギィンン! っと大きな金属音が響いた。

アルバートをして″死″が頭の端をチラつく攻撃は、迅速に射線をカットし、主人を守りに入った『盾』ダ・マンによって阻止された。

しかし、その威力は絶大で、あの不動のダ・マンの頭が、カクンっと弾かれるほどだった。

アルバートは床に落ちている、土属性の魔力が込められたダイヤモンドを拾いあげる。

先端が尖っており、何かに刺す──否、弓矢の矢尻のように、何かを射抜く形をしていた。

微妙に振動している。
防御力極振りのダ・マンの額から青色の血が出ているのは、この振動にタネがあるようだ。

「鉱石学の共鳴……この特徴的な弓の使い手は、魔術王国を見渡しても片手で数える程しかいないと聞く」

アルバートは有名人と会える予感にわくわくして、射線の元をたどって、視線を動かした。
廊下の奥から狙撃してきた人影は、サッとその場を離れて逃げてしまう。

「逃げるなよ。ぜひ握手してくれ、マスター級冒険者殿」

ダ・マンの一体が走り出して、狙撃手──魔術王国最強の冒険者の影を追いかけはじめた。



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