【完結】 外れスキル【観察記録】のせいで幼馴染に婚約破棄されたけど、最強能力と判明したので成りあがる
怪物学会視察 Ⅴ
空から降ってくる瓦礫の山は、凄まじい質量弾となってジャヴォーダン城に降り注いだ。
城壁を粉砕していく破壊の波が広がっていく。中庭では多くの生徒が死を目前に、生存を諦めていた。
こんな意味不明な死に方をするなんて。
怪物学会なんかにくるんじゃなかった。
八つ当たり的な後悔を思いながら、多くの生徒が本能的に頭を押さえてしゃがみこんだ。
揺れと暴風。
破壊と轟音。
すべてがおさまった。
やがて、生徒たちは自分の意識がまだここにある事を自覚して、頭をあげた。
まだ死んでいない?
そんな疑問は、数秒後に脳に正しく受け入れられる。幻では無い。奇跡が起こったのだ。
皆が自分の幸運に感謝した。
神の存在を身近に感じた。
だが、幸運なのは自分だけではなかったと、生徒たちは気がつく事になる。
破壊の波がおさまった後には、誰一人として怪我をした生徒はいなかったのだ。
目をパチクリさせながら、頭の横にある巨大な瓦礫を見つめ、安心から腰を抜かしてる者も多い。
そんな彼らのすぐ傍には、蒼白の狼たちがいる。誰もその存在に気が付いてはいない。
彼らは霞のような、幻のような存在だ。
その存在を知覚できるのは、魔術世界でも一握りの者だけだ。
一方で、狼たちに災害から身を守ってもらえなかった者たちもいる。
「ぐぅぅう……クソッタレめ……ッ!」
あたり一面が破壊の跡。
土埃に視界の確保すら困難な中で、その男フレデリックはしかめっ面でうめいていた。
足に刺さっているのは金属の破片だ。
不幸なことに未知の攻撃を受けた際に、深々と刺さってしまったらしい。
フレデリックは金属の破片をがしっと掴む。
怪我の治癒は【練血式】の得意分野だ。
ゆえに躊躇なく引き抜いた。
その後、素早く傷口を凝固させ、体内に侵入した雑菌を発熱させた血液で滅菌、血の再生能力を使い、欠損した細胞を回復させた。
「それにしてもこの惨事、何が起こったと言うのだ」
状況を確かめるべく、視線を動かす。
「ふ、フレデリック様……っ、た、助けてください……」
途切れ途切れのかすれた声だった。
フレデリックはあたりを警戒しながら、声のする方へ行く。
すると、瓦礫に挟まれて身動きの取れない視察団員を見つける事ができた。
「クリーカー・ウォルマーレ……無事だったか。しかし、足が潰れているようだな」
「う、動けないです、お願いします、この瓦礫をどかしてください……!」
「【ウォルマーレ流使役式】は? ここへお前のモンスターを呼べないのか?」
「息子に我が家の主要モンスターの権限を譲渡しましたので、今は使役モンスターがいないのです……と、とにかく、早くここから逃げなければ……っ、怪物学会の奴らこんな事を平気するなんて狂っている!」
フレデリックは「そうかそうか」と言い、クリーカーを引っ張り出すべく、彼の手を握る。
だが、同時にフレデリックの他方の手には、いつのまにか血の刃も握られていた。
クリーカーはキョトンとして「な、何を……」と呆けた質問をしてしまう。
すぐのち、
「ごぼぁ、ぁあ?!」
血の刃がクリーカーの背中から刺されていた。
「うが、ぁ、な、なにを……ッ」
「怪物学会は本気だ。私の戦力がこの場にない以上、重傷者の面倒など見てられん」
血の刃をひねり、傷口をえぐってトドメを刺す。
「さてと……これは用済みだろう」
フレデリックは血の刃をクリーカーの腕に突き刺した。刻印の刻まれた前腕が狙いだ。
前腕を繋ぐ肘の関節を、ゴリゴリと血の刃で切断していく。
「……や、やめロ、ォ……ぅぐぅ! あが……こ…これ、は……ぅ、ウォルマーレの、誇り高き我が一族の刻印、だ、ぁ……」
「ウォルマーレの秘術は私が利用してやる……まあ、アダンの使役術の予備としてだが」
腕を切断したフレデリックは、立ち去ろうとする。だが、彼の足首が力強く掴まれた。
クリーカーは血を吐瀉しながら、瓦礫から這いずり出て、残った右腕を伸ばしていたのだ。
「ゆる、さん……ゆる、さない、ぞ……」
「すべては魔術の為だ。安心して死ぬがいい」
フレデリックは手を振りはらい歩き去る。
10秒後、クリーカーの身体は血の毒に蝕まれ、ついには原型も残さずに崩壊してしまった。
「しかし、なんたる事だ。私以外の視察団は全滅したと言うのか? 情けない魔術師どもだ」
フレデリックは虫の息の視察団員たちにトドメを刺していく。そして、刻印を回収し、足で蹴って生存確認した。
謎の攻撃から1分後。
3人の死体を確認しおえた。
視界内の遺体の確認を終えたフレデリックは、適当な瓦礫に腰を落として座りこんだ。
足腰が疲れたわけではない。
ただ、迎えを待っているのだ。
「やれやれ、バカな連中だ。視察団を攻撃するとはな」
独り言を呟いていると、気配を察知する。
人影が土埃の向こうから歩いてきていた。
フレデリックは血の刃を手に立ちあがる。
「狙いは報復か、怪物学会。学会長を殺され、原始的な暴力に訴えるか」
人影は答えない。
「感情的だな。だが、これは悪手だ。君たちは魔術協会の貴族を殺したのだ。どうなるかわかっているんだろうな?」
土埃の人物に再度そう話しかける。
人影がついに姿を表した──。
「その服装、怪物学会の者か? おっと、それ以上は近づかないほうがいいぞ、血糸が君を細切れにしてしまうだろうから」
「わーおッ! これくらいじゃ死なないかぁ〜! たしかに吸血鬼っぽいおニャン!」
姿を表した老いた男は大きな声で、そう言うと、カバっとしゃがみ込んだ。
「流石は学会長の思し召しだぁね。劣化吸血鬼なんて、真理の前じゃ生ゴミなのにさぁ!」
「……」
白衣を着た老男は、そのままピョンピョンうさぎ跳びをしながらフレデリックに近づいていく。
「…………貴様、イカれてるのか?」
「見よ、これがワッチの奥義、ウサちゃんバインバイン仏風特攻ダァアーであーる? やや! 帝国主義バンザイ! バンザイ! バンザーイ!」
「意思の疎通は不可能か。痴呆症の老骨ほど非生産的生物はいないな」
フレデリックは目の前に現れた見覚えすらない人物に警戒心も抱いてなかった。
あったのは「何故こんな人間が怪物学会に? 清掃員か?」くらいの疑念だ。
「今の私は機嫌が悪い。不快だ、死にたまへ、痴呆症清掃員くん」
フレデリックは血の糸を一本操り、阿呆な清掃員の頭へ突き刺した。
勢い十分。
血族の王に人間を殺すなど雑作もない。
「っ、どういうことだ……」
しかし、不思議なことが起こった。
ジャヴォーダン城の壁や床を、水のように泳いでみせた血の糸は、目の前の一般人の頭を突き刺すことが出来なかったのだ。
「ワッチの魔術は世界一ぃぃィイ! キメラだキメラだ、キメラだよォォオ! チミィは、真面目に、やってるのかい♪ そんな、貧弱じゃワッチの右だけで十分条件乱立演出だぁーヨーデル♪」
「黙れ」
フレデリックが仕掛けた、不可視の防衛線──あたりを囲っていた血の繊維、数百本本が一斉に、狂った老骨に放たれた。
一本一本には血流摩擦によって生じた熱量を集中させてある。
これは肉と骨を、溶かし穿つ即死の攻撃だ。
熱血の繊維が、情け容赦なく白衣を着た清掃員の全身へせまり──そして、貫いた。
触手のように動く糸は、破壊した老骨の身体を宙空に持ち上げる。
「ふん。一般人相手に無意識に手加減してしまっていただけだったか」
フレデリックは憐れな一般人の遺体を打ち捨てる。
「フレデリック様」
「む。ようやく来たか!」
フレデリックは聞き馴染んだ声にホッと安心した声を出した。
視線を向ければ、銀髪蒼瞳の青年が立っていた。
「アルソール、参上しました。お怪我はありませんか」
「あったがもう治したわい。2分も時間をかけおって。最速のお前がそれでは、他の鬼席に示しがつかんぞ」
血族の王は、鬼席をいつでも手元に呼び寄せられる。攻撃を受けた直後から、彼の護衛が迎えにくるのは時間の問題だった。
フレデリックは、サウザンドラ最高戦力の到着に、自身の命の危険は去ったと確信する。
ゆえに血の糸と刃を解除して、すべての血を体内に戻すことにした。
「ッ」
だが、それが失敗だった。
血を戻した瞬間、妙な違和感に襲われたのだ。
″何かが混入した″。
『血の一族』の長だからこそ、それが自身の言うことを聞かない危険なものだと気がつけた。
「フレデリック様、ほかの鬼席はすでに怪物学会への報復を開始しました。どうか安心してこの場は離脱を」
「うぐッ……、わ、私のなかで……これは私の魔術じゃない……やめろやめろ、やめろぉおおお!」
「ッ、フレデリック様!」
フレデリックの異変にアルソールが気がつき、すぐさま駆け寄ろうとする。
しかし、それよりも早くフレデリックの身体は虚空に吸い込まれるように消失してしまった。
代わりにその場には、あたりを雨上がりの地面にするほどの海水が残されていた。
「うーん♪  ワッチの作戦通り」
「っ」
その場に残されたアルソールは、声に振りかえる。
ボロボロの白衣に老骨が、昼寝から起き上がるが如く、平気な様子で立ち上がっていた。
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