【完結】 外れスキル【観察記録】のせいで幼馴染に婚約破棄されたけど、最強能力と判明したので成りあがる

ノベルバユーザー542862

港湾都市 Ⅰ

アルバートは連れてきた使用人たちに数日の休暇を与えて、ユウだけを連れて営業活動に乗り出した。

「この都市には大海闘技場がある。アルバート湖のキメラたちを卸すには最適なのさ」
「なるほど」

すっかり聞き役が板についてきたユウは感心したように相槌を打つ。
いつも本心から驚いてくれるティナと比べれば、ずいぶんと冷めたものだが、それでもアルバートは聞いてくれているだけで構わなかった。
さすがに面倒くさがられているかな……と気にしはじめているからだ。
実際のところは、ユウは『怪物』のしゃべりたがりな一面が見れて結構好きだったりするが、そんなことを主人は知る由もない。

「む」
「どうした、敵か」

様子の変わったユウを受けて、アルバートはたずねる。
近頃、偵察用の使い魔がたびたび現れる。
敏感な魔術家のいくつかは、アダンの動向に関心を寄せているためだ。

「いや、なんか……あれ」
「ん? あれは──」

前方へ目を凝らせば、ちいさな船着き場に子供たちがたむろしているのが見えた。

「マスターと同じくらい」
「肉体の年齢などさして意味はない。人間は魂の老成こそ本質だ」
「でも、身長同じくらい」
「お前、結構喋るようになったな」

アルバートは半眼を向ける。
ユウはぴくッとして口笛を吹きはじめる。音は出ていない。

「もう! はやく、さかな博士をよんでこないと!」
「ああでも、手を離したらダメだよ!」

なにやら困った様子が子供たちから伝わってくる。
アルバートはその前をスルーしてなるべく目を合わせないようにした。

「あ!」
「ねえねえ! 手伝ってよ!」
「待って、いかないでよ!」

「マスター、呼び止められてる」
「反応しなくていいものを……はあ」

アルバートは、ぽりぽりと頭を掻きながらため息をついてふりかえった。

子供たちの瞳が爛々と輝きだす。

そんなに嬉しいか。

「どうしたんだ」

船着き場に近寄り、アルバートは気軽に尋ねた。
近寄ってみると、少年少女たちが網をみんなで引き揚げようとしている最中であることが分かった。

そして、網の中にいる生物をみて「え?」と声をあげてしまった。

「お願い、知らない子! この人魚さん引き上げるの手伝って!」

子供たちのうち誰かがそういい、アルバートは呆けた顔で「にんぎょ……?」と聞き返してしまった。
網の中の、下半身が魚っぽくなってる美しい少女は、うるんだ瞳で網の中から見上げてきていた。

──しばらく後

人魚。
なにそれ。

アルバートの最初の感想はそれだった。

とりあえず船着き場から人魚らしい少女をひきあげたのち、人気のない浜辺へ彼女を連れてきところである。

「人魚……人魚っていうのか」
「あ、あう」

アルバートは対話を試みる。
しかし、言葉が通じないらしく人魚の少女は岩場に背をむけおびえるばかり。

「エーテル語がわからないのか? 近辺の国なら通じるはずだが」
「あう、ぅぅ」
「マスター、おびえてる。かわいそう」
「だな。悪かったな、人魚」

アルバートは対話を諦めて一歩下がった。

「さかな博士連れてきたよ!」

人魚の見張りを頼まれてたアルバートたちのもとへ、先ほどの子供たちと白衣を着た老人がやってくる。

「おお、よかったァ、ワッチの可愛い可愛い子よ、帰ってきてくれたのかい!」

白衣の老人はそういい、アルバートの横をぬけて急いで人魚の少女の近くで膝を折った。
人魚は喜色満面の老人にかなり困惑しているようだった。

アルバートは腕を組み傍観する。

「にゃんと! 怪我をしている、はやく手当てをしないとだネ!」

人魚の尾ひれには小さい欠損があり、老人はそのことに焦っているようだった。
彼は袖をまくしあげる。前腕には魔力によって描かれた歴史が乗っている。
アルバートは一目見てそれが刻印だとわかった。

魔術師の老人は、刻印を一瞬輝かせるとなんらかの魔術を人魚に行使した。

「ッ、まずいぞ、これは良くない、良くない! あの出来損ないめ、まだ近場にいたのか……!」
「?」

老人は岩場から海のほうをみつめ瞳を見開く。
そちらへ首を傾ければ、大きな魚影があるのに気が付く。
それはかなりの速さで陸に接近してきていた。

アルバートはなんらかの危険が迫っていることを察する。

「ユウ、止められるか」
「頑張る」

主人の指示でユウは一歩前へ踏みだし、手を合わせる。

「灰糸」

彼女は高い集中状態へと入り、全身を構成する細胞ひとつひとつを意識して、自在にコントロールしはじめた。
メイド服を着たユウの片袖から灰色の粉塵がザザと浜辺に落ちた。
片腕一本分の質量を変換し、自在に操れる触媒を生み出したのだ。
彼女は向かってくる魚影を見据え、それが最接近し水面を破ってあらわれたタイミングを狙って、灰の形状を変化させた。

灰は灰だが、あくまでユウの体から変化したそれは、細い繊維となって、何千メートルもの長さに一瞬で変化する。
極細の繊維は何重にもかさなったネットは、飛びかかってきたモンスターを受け止めた。

「ほう、見たことのないモンスターだ」

細い繊維を体に食い込ませ、表面が血まみれになったそれを興味深く観察する。

身長は2メートルほど。
かなり筋肉質な男性をほうふつとさせる肉体だ。
しかし、首からうえにはサメの頭が乗っており、背中にはヒレが、肌の色は真っ青で、手足には水かきが付いている。

アルバートはその姿を見た瞬間、視界にノイズが走った。

「まさか、こいつ……」

恐る恐る灰の糸で拘束されたモンスターへ手を伸ばす。

「マスター、危ない!」
「ッ」

予想以上に強力なパワーで、ユウの拘束をから強引に抜け出してきた。
繊維に全身の皮膚をごっそり削られながら、真っ赤な筋肉と白い脂肪をさらして鋭い牙をアルバートへたてようとした。

「触るな」

アルバートは一歩後ろへ下がり、噛みつきを回避、怪書を召喚して、その背表紙を鈍器にサメ頭をぶん殴った。
サメ頭がボキッと折れて、力の抜けた巨体が浜辺に転がった。

この少年の膂力はもはや凡百な魔術師とは違う段階にあった。
日進月歩でバージョンアップが繰り返されている血液・希薄スライムverサウザンドラによって、ただの殴打でも木の幹を叩き折るだけの衝撃を誇っている。
並みの生物が食らえば──結果は語るべくもない。

「ひやぁ、こりゃ驚いた…っ。チミはいったいィ…どこの家の魔術師なのかねぇ?」

唖然する子供たちが見守る中、白衣の老人はかすれた声で尋ねる。

「アダンだ」

少年は怪書についた血をぬぐい、堂々とした態度で告げた。


          

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