【完結】 外れスキル【観察記録】のせいで幼馴染に婚約破棄されたけど、最強能力と判明したので成りあがる

ノベルバユーザー542862

怪書


本庫をアーサーとメイドたちとともに片付けて、アルバートは屋敷を飛び出した。

庭園へでてさっそく″エドガーの怪書″を片手に持ち、空いた手を庭へむける。

開くのは数日前に手のひらに大穴を開けた鋭牙のモンスター、ファングの項目だ。

古びた羊皮紙のページには、ファングの挿絵とモンスターに関する情報が書かれている。

ご丁寧なことに必要推定魔力量という欄も埋まっており、それによればファングの複製召喚には魔力『5』を必要とするらしい。

アルバートはアナザーウィンドウを開いて数字の変化を見ながら、召喚実験を行うことにした。

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アルバート・アダン
スキル:【観察記録】
体力100/100
魔力223/223
スタミナ100/100


───────────────────

「召喚実験をはじめる」

体内の魔力の流れをイメージする。

すると、スーッと普段の練習で魔術をつかった時に感じる疲労感がやってきた。

アナザーウィンドウへ視線をうつした。

───────────────────


アルバート・アダン
スキル:【観察記録】
体力100/100
魔力212/223
スタミナ100/100


───────────────────

「11も魔力消費してるな……」

思ったより倍以上の魔力をつかってしまったが、それが生命創造の代価と考えれば、あまりにも安いものだった。

「で、どこにファングが出たんだ?」

アルバートはあたりを見渡す。

見たところ召喚したはずのファングはいない。
召喚魔術に類する技術ならば、およそ近場に出現するはずなのに。
なぜ現れない。

「魔力使ったよな? 失敗したのか? いや、たしかに手応えはあったけど……」

悩んでいても仕方ない。

「アーサー!」

困ったときはアーサーを呼べばいい。

「御用でしょうか、坊っちゃん」

どこからともなく現れたアーサーに、アルバートは「俺が召喚したファングを探せ」と命令をくだした。
アーサーはうやうやしく一礼して、すぐさま屋敷の裏手へはしりだした。

屋敷の裏にはモンスターハウスがある。

そこには、ワルポーロがギリギリ使役できるだけのモンスター達が飼われている。

きっと、そこへ行ったのだろうと思いながらアルバートは、自分も裏手へ行ってみることにした。

「アーサー。ファングはいたか?」
「申し訳ございません。敷地内をくまなく探しましたが、坊っちゃんのファングを見つけることはできませんでした」
「ここにいるファングは?」
「すべて当屋敷で飼われている既存のものでございます」

となると、やはり魔術に失敗したか。

「魔術に失敗するのは7歳の時以来だ」
「どんな天才でも挫折はございます。もちろん、ご主人様にもありました」
「慰めはいらない。今は一刻もはやく怪書の調査をして、その利用価値を探す」
「はい、かしこまりました」

そうすれば、アダン家を救える。
俺たちを見限ったやつらになにか報いることができるはずだ。

そうすれば──そうさ、そうすれば、アイリスだって婚約破棄の件を見直してくれる。
彼女は俺のことが大嫌いだろうけど、きっとアダン家の力が欲しくなるはずだ。
彼女は狡猾で、どんよくで根っからの魔術師だからな。

「さて、続きをはじめるか」

アルバートは気を取り直して、凛々しい顔になると屋敷の表へ戻ってきた。

「ん、なんだこれ」

庭園になにかが落ちている。
さきほど、アルバート自身が魔術をつかった場所である。

それは、まるで調理されている途中の生肉のようであった。

「うわぁ……」

不思議にうねうね動く生肉くんは、そのままどんどん大きくなっていく。
アルバートはあまりの奇怪さに、見守っているとそれはやがて4本の足を生やして、芝生のうえに力強く立ち上がった。

「ガルルルルゥウ!」

どうもうな威嚇。
鋭い牙、筋肉質な四肢と胴体。
間違いなくファングであった。

一部始終をもくげきしてアルバートは確信する。

魔術は成功していたと。

「どこかから呼び出すものかと思ったけど、違ったか」

アルバートは威嚇してくるファングを見つめて「おすわり」と一言つげる。

「きゃいん」

ファングは愛らしい声で鳴いてちょこんとお尻を芝生にくっつけた。

アルバートは確信した。

このファングは自分の支配下にある、と。

「細胞レベルでの使役。そうか、わかったぞ。まったく悪魔的な発明だな」

アルバートは祖父のやりたかった事を理解して、すぐにこの閃きを喋りたくなった。
結果、いつもどおり「アーサー!」とどこでも現れる執事長を呼び出すことにした。

茶菓子を片手にもったアーサーが、召喚魔術などよりも、よほどはやく姿を現した。

「見ろ、ファングだぞ」
「モンスターハウスにいた8体のいずれの個体とも違いますね。これは当家のものとも違う新しいファングです。野生とは考えにくいですし……もしや成功されたのですか?」

アルバートは「見ててくれ」といって、もう一度、エドガーの怪書のファングのページをひらいて、編み込まれた魔術をつかった、

──10分後

茶菓子を食べながら待っていると、さきほどと同じように肉の塊が地面から湧いて出るように生まれて、やがてファングとなった。

「驚愕に尽きます。まさか、本当にゼロから生命を創造するとは。恐れ入りました」

めったに顔色を変えないアーサーでさえ、その信じがたい現象に舌を巻いている。

アルバートはアナザーウィンドウに表示された魔力が今度は『10』しか減ってない事もチラッと確認しておく。

なるほど。
二度目だと消費魔力が減ったということは、ようは慣れの問題か。
練度が高まるほどに消費魔力はすくなくて済む。
怪書に記されていた消費魔力『5』というのは、最高練度でのコストなんだ。

アルバートはほくそ笑み納得する。

「これではっきりした。単に時間差があっただけだ」
「そのようです。しかし、いささか魔術の発動までに時間がかかりすぎなのでは、と愚考いたします」
「それは俺も思う。思うに別の空間から連れてきているのではなく、文字通り産み出していることが関係しているはずだ。この事についても検証したいが、それより先にする事がいくつかある」

①魔力がなくても使役したままでいられるのか
②産み出せる数に限りはあるのか
③使役できる数に限りはあるのか

特に③は大切だ。
いたずらにモンスターを産み出しても、俺の支配下になければ野良と変わらない。

さらなる検証を続ける必要があるな。

アルバートはそう思い、産み出した2体のファングに脇へはけておくようにつたえる。

「俺の残り魔力は202だ。この計算で20体はファングを産み出せるだろう」
「しかし、坊っちゃん、ファングだけでよろしいので?」

言われてみて「それもそうか」と、納得してしまう。
モンスターの限界生産数を知るのも大切だが、怪書の威力をたしかめるのも肝要だ。

優先検証項目に④生み出せるモンスターの最大個体(強さ)を加えておく、

「となると、現状の最強モンスターは──」

俺は怪書をペラペラめくって、今の怪書で生み出せる最大のモンスターである、ブラッドファングを呼び出すことにした。

ブラッドファングはファングの上位種であり、冒険者ギルドが設定する『脅威度』ではファングをはるかに凌ぐ強さだ。

消費魔力は『80』となってるが、例にならっておそらく信用はできない。

「アーサー、もしかしたら強力なモンスターだと完全に支配下におけないかもしれない」
「はい。でしたらその時は、僭越ながらわたくしめが処理させていただきます」
「頼む」

ワルポーロもブラッドファング級のモンスターは、おすわりさせておくのが限度だ。
これまでの使役学の観点からいえば、まだ実践練習を積んでいない俺が、ブラッドファングの使役に挑戦するのは無謀すぎる。

ただ、アダン家に猶予はない。

前から崖っぷちだったアダン家は、いまや急速に転落してる。
近いうちに使用人たちの給料をはらえず、長い付き合いの従者も雇えなくなるだろう。

俺は目の前の現実をワルポーロに代わって直視する必要があるんだ。

「よし」

アルバートは覚悟を決めてブラッドファングを呼び出すために魔力を集中させた。

体からいっきにチカラが失われていく。
ガクンっと魔力量が変化したのがわかる。

アナザーウィンドウを見ると『11/223』と残存魔力が表示されていた。

消費魔力191。
理想値は80……これは練習が必要だな。

くたくたになった俺はアーサーの手をかりて、椅子にすわりこんだ。

10分ほど待つと、ようやく芝生の隙間からぶくぶくと血の塊が肉となって、カタチを形成するように膨らんでいく。

しかし、まだ時間がかかりそうだ。

20分ほど待つことでようやく沸騰する血液のようなものは、まともにモンスターのカタチになってきた。

アルバートはその様子をみながら、気になった事をつぶやく。
アーサーはそれを聞いて、必要な情報を簡潔にわかりやすくノートに書き取っていく。

そうして、待つこと30分後。

ついに緑の芝生のうえに、太い四肢をついてどうもうなうねり声をあげる獣が現れた。

アーサーがすこし身構える。

「そのままでいい」

俺は立ちあがり、ブラッドファングの目の前へ歩みよった。

「グルルゥ…」
「お手」

アルバートの端的な指令に、ブラッドファングは赤い瞳を剥く。
場に緊張感がただよいはじめた。

ブラッドファングはじーっと、アルバートのことを見つめる。

そして、その大きな前脚を彼のさしだした手のうえにちょこんと乗せた。

「よし、いい子だ」
「グルルゥ♪」

すごい。
この怪書のチカラは本物だ。

アルバートは喉を鳴らすブラッドファングを撫でながら、刻印のもつ無限の可能性に思いをはせるのだった。















          

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