魔界の天使アルトラの国造り奮闘譚

ヒロノF

第231話 中立地帯の提議の時間 その2

「貴様のことはわかった。大分話が反れたな、それで今回の提議の核心は何だ?」
「今回、私が提議したく思っているのは、中立地帯の自由交流を認めてほしいということです」
「何だとっ!?」
「自由交流!?」
「あの我々にとって腫れ物扱いの土地をか……」

 数千年間、あの場所に文明という文明は出来たことがない。
 そんな場所からの来訪者の前代未聞の提案であるためか、魔王ですら動揺を隠し切れない。ことさら声を荒らげ、不満の意を表したのはサタナエルだった。
 しかし、その空気をかき消すように一拍手「パンッ」という音と共にトライアの声が――

「それ、良いですね! あそこは全ての大国と繋がっているので、中立地帯でさえなければ本来は流通の要所のはずですから!」
「なっ!? 魔王でもない者が何をほざいている!!」
「魔王ではありませんが、魔王代理としてこの場に来ています。私の意見は魔王と同義と考えて良いのですよね? カイム様」

 実力的にも立場的にも格上の魔王相手に一歩も引かないトライア。

「はい、七大国会談のルールブックには『魔王代理の言動は魔王の発した言葉と同義』との取り決めがされております」
「ならばこの場で滅ぼしてやろうか……!」

 私たちが提議に来る前に、一度部屋中の氷を溶かされたようだけど、再び壁や魔王が座っている円卓が凍り付く。
 流石氷の魔王。威圧しただけでこの凍結度合いか。フレアハルトが寒さで震えて縮こまってしまった。
 しかしこの魔王は憤怒を司るだけあってよく怒る……

「おやめください!! 再度言いますが、世界のいただきで魔王、または、魔王代理による暴力的行為は許可されておりません!」
「ふんっ……!」

 カイムがサタナエル、トライア両名を制止する。

「まあ落ち着け、サタナエル殿、現時点ではどんなことを提議しに来ているかすらわからん。異を唱えるのは詳しく聞いてからでも遅くなかろう」

 そう言いながら、ルシファーが指をパチンと鳴らすと、指先から放射状に暖かい魔力が広がり、凍り付いていた壁や円卓の氷が一瞬で蒸発。
 途端に室内がで暖かくなる。
 流石火の魔王。

「…………わかった、話だけは聞こう」
世界の頂ここも太古からの中立地帯ですので、国同士争うのなら、世界の頂ここ以外でお願いします。トライア様に関しましては、主君である樹の魔王マモン様をも害することに繋がりますので、十分ご留意を」
「申し訳ありません、以後気を付けます」

 魔王をも一言で黙らせるなんて、『誓約による強制履行』ってそんなに大変なものなのかしら?
 すぐ横にカイベルがいるからこの場で聞きたいけど、提議の当事者だから、小声でも他の者の目を盗んで聞くのはちょっと難しい。

「アルトラ様、話の腰を折ってしまい申し訳ありません。さあ、提議の再開をお願いします」
「はい、地獄の門付近をわたくしが責任を持って管理するとし、他国との自由交流を認めてほしいと考えています」
「管理だと? 魔王でもない貴様がか? 他の魔王に襲撃され、地獄を奪われたらどうするというのだ!?」
「もし、そのような状況になった場合は、他の魔王に防衛を手伝っていただきたく思います」
「協定ということか」
「はい、それにあの場所は皆様もご存じの通り亡者以外は入れない仕組みになっています。魔王であるレヴィアタン殿であっても地獄に入ることが出来ないのを確認済みですので」
「あ~、確かにそうですね。ただ今までは中立地帯には関わらないのがルールだったので試してなかっただけで、私たち魔王が本気を出したらどうなるかわかりませんよ?」

 え? そうなの!?
 と言うかこの状況でそれ言う? あなた私の味方なんじゃないの?
 レヴィの方を向いてちょっと睨むと、「あっ! しまった!」という顔をした後に「ごめんね」というジェスチャーが返ってきた。

「と、とにかく、魔王ではなく、尚且つ七大国のどこにも所属していないわたくしが、責任を持って管理したいと思いますので、自由交流を認めてもらい、ひいてはご協力・ご助力いただけるとありがたく思います。これにてわたくしからの提議とさせていただきます」

 ……
 …………
 ………………

 少しの沈黙……

「自由交流と言いますと、具体的にはどのようなことを考えておられるのですか?」

 トライアから当然、疑問に思うであろう質問を投げかけられた。

「わたくしが主に考えているのは、『中立地帯に住む者を誰であろうと認めてほしい』ということと、『各国との交流・交易・情報交換などを行いたい』という二点です。最も重要と考えているのは、前項の『中立地帯に住む者を誰であろうと認めてほしい』と点です。突然降って湧いたように中立地帯を成り行きで統治することになってしまったわたくしではありますが、わたくしが中立地帯に存在することにより、わたくしを排除しようと中立地帯を襲撃するなど、武力行使に出ることがありませんよう確約してほしいのです。わたくしだけならまだしも、わたくしの周りに被害が及ぶのは望むところではありません」

 そう! 私が中立地帯に住んでいるからと言って、排除するために『攻めたりしないでよね!』ってのが今回言いたいこと。これについて『我々は攻めることをしませんよ』という確約がほしいのだ!

 ……
 …………
 ………………

 再び少しの沈黙の後――

「ふん、何を提議するかと思えば、そんなこと認められるわけがなかろう。話にならん。危害を加えられることを嫌うと言うのなら、危害を加えられんうちに地獄の門前から即刻退去すれば良いだけの話ではないか」

 サタナエルは全く聞く耳を持とうとはしてくれない。

「そうですか? 私は良いと思いますけどね~」
「ふむ……元々重大地点とは言え、重要地点とは呼べず何の利用価値も無かった捨て置かれたような土地ですからな、管理者がいるのならいっそ開放するのもいのかもしれません」

 トライアとずっと静かにしていたヴェルフェゴールが賛成の意を示してくれた。

「貴様ら正気か!? この娘がどのこの馬の骨かもわからぬのに!!」

 サタナエルが食って掛かかろうとするのを遮るようにカイムが声を発した。

「はい、それではアルトラ様からの提議も終わったようですし、中途投票と致しましょう。今この時点で『中立地帯の自由交流』に了承できるという方は挙手をお願いします」

 私の提議に了承してくれたのは、水の国魔レヴィ王、雷の国魔アスモ王、風の国魔王代アスタロト理、樹の国魔王トライア代理、土の国魔王ヴェルフェゴールの五人。
 拒否は、火の国魔ルシファー王と氷の国魔サタナエル王の二人だった。

「バカな! 一体何千年の間中立地帯だったと思っておるのだ!」

 中途結果を見て、またもサタナエルが憤慨、異を唱える。

「もはや形骸化(※)しているようなしきたりですし、そろそろ開放しても良いのではないでしょうか? むしろ遅すぎたくらいですよ」
「……サタナエル殿は頭が固い……」
   (※形骸化けいがいか:誕生・成立したときの意義が失われて、中身のない形だけのものになってしまうこと)

 レヴィとアスモの援護射撃。

「そういう問題ではない! 中立地帯に住む者に権限を与えることが問題なのだ! レヴィアタン! 聞けば既に貴様の間者(※)が中立地帯に入り込んでいるというではないか!!」
   (※間者かんじゃ:スパイのこと)
「間者とは失礼な言い方ですね……ただ心のケアのために移住しただけですよ。ですが……そこはわたくしの認識の甘かったところでございます。中立地帯であることを十分留意するべきでした。その点は大変失礼致しました。……しかし、いい機会ですので、人の行き来居住についても自由交流としたいと考えます」
「何をぬけぬけと……」

 う~んこれ、レヴィはもしかしたら最初からこの考えでいたとか?
 私がトーマスとリッチ連れて行く時に既に七大国会談まで織り込み済みだったとか? 私はある意味利用された感じかしら?
 でなければ、罪人になってしまったとは言え、私がトーマスとリッチを連れて行くって言った時に真っ先に止めなければいけない立場のはずだし……
 それとも中立地帯のしがらみなどは全く気にも留めず送り出したか……もしくは……彼女が言った『形骸化している』って言葉を拾うなら、『移住をしてはダメ』という意識が全く無かったか。
 色々考えてるように見えるからどれもあり得そうなのよね。

 そういえば以前、中立地帯のことを『この土地が存在してるってだけで神経使わないといけないから』なんて言ってたから、余程各国が共有しているこの土地についてのルールが邪魔だと思ってたのね……
 神経使わないといけないから、私がきちんと管理してくれれば、中立地帯そちらに神経を使わなくて済むようになるから楽になる、みたいな感じかしら?
 この件について、私の考えよりも、レヴィが先導しちゃってる感じがするけど……これで良いの……よね?



 古いしきたりって、例え形骸化していようとも、それをやめるのに相当なエネルギーが必要ですよね。
 形骸化しているなら「はい! 今からしきたりやめた~」でも済みそうなことなんですが、そうはいかないのが現実なんですよね……

 次回は7月7日の20時から21時頃の投稿を予定しています。
  第232話【中立地帯の提議の時間 その3】
 次話は明日投稿予定です。

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