怪獣対巨人!赤灼鋼帝レッドカイザー 始まりの炎と無限の宇宙

牧名もぐら

第十一話 無限の宇宙-2

 レッドカイザーはエーテル界から炎のエーテルを現界させた。白い巨人はたちまち炎の化身と代わり、同種の力でありながら圧倒的な密度を持つ壁面深部をさらに濃い力の渦で掘削し始めた。これはレッドカイザーの忌むべき力で、絶対にイャノバには降ろすまいとしていた力だった。ここでタカを外す決断をさせたのは、レッドカイザーではなく炎であるかも知れなかった。ただ、その思惑に乗ってでもレッドカイザーは炎が覆い隠しているこの宇宙の正体を知りたかった。
 体の主導権はレッドカイザーが握ったが、イャノバの意識が覚醒しているのが分かった。
 “その時”はもう間もなくのはずだ。ここで出し惜しみをしては、何も成せはしない!
 レッドカイザーはありったけの出力で炎を噴射し、ついに壁を穿った。その穴はすぐに塞がれようとしたが、滑り込むようにして壁の向こう側へ出ることに成功した。
 眩しく、何も見えない。壁は光速以上の速さで宇宙の外側へ広がり続けているのだから、レッドカイザーはまずこれを振り切る必要があった。炎の力があれば、もはや遠い宇宙のどこかにある星の重力など必要なく、力の噴射で加速を行えた。
 光の壁から離れた先には、闇が広がっていた。恒星は一つとしてなく、彼方より光が届いているのを返すのは惑星の名残のような砕けた岩石群だった。
 光は後方彼方を一面輝いていたが、それは闇の中の希望などではなく、宇宙を灼き尽くす破滅の象徴としてそこにあるようだった。
『ここが、世界の果てなのか』
『……ああ』
 イャノバの意識が語りかけ、戸惑いながらもレッドカイザーは応えた。この体の主導権がいつイャノバに戻るのか、考えただけで恐ろしい。
 そしてそれとは別に、レッドカイザーを戸惑わせるものがあった。
 懐かしさだ。壁を出てすぐ、この辺りの宇宙は“前回の”宇宙だ。レッドカイザーの忘れた、遥かな悠久の昔、物質界の生命として生まれた宇宙がここのようだった。その奇妙な感覚に、レッドカイザーは自分が本当にこの世界の出身なのだと心から理解できた気がした。
 背後にある、全てを喰らいつくす炎で持ってこのような姿に変貌させたのもまた、自分なのだと。
 レッドカイザーは体を闇の中へ進ませた。炎の化身の輝きに、死者のような岩石がほのかに浮かび上がり、また消える。壁の炎はすでに遠くへ去っていた。
 レッドカイザーの感じるものが変化した。イャノバの宇宙でも、自分の宇宙でもない。また知らない宇宙がそこにあった。
(断層になっているのか? これまで炎が喰らった宇宙が、ここから延々と続いているということか……?)
 その機微はイャノバにはわからないようだった。考えたとおり、進むごとに宇宙の気配のようなものが変わっていく。現実空間として接続されているはずなのに、どんどん過去へさかのぼっていく。これは歴史だった。炎が世界を滅ぼした戦利品だった。
 とうに熱はなく、岩石もなくなっていた。完全な闇がただ広がっている。レッドカイザーが宇宙を疾走する時に見た暗黒とはまた異なっていた。
 イャノバの不安が伝わった。ここは死の世界だった。あらゆる物質がここには存在せず、素粒子の一つとして在りはしなかった。ここに生命が放り込まれれば、たちまち霧散するような、貪欲な死神の手が今か今かと巨人が現界を解くのを待っているのが見えた気がした。
 断層宇宙は幾層、幾千、幾億と連なっていた。炎はそれだけの宇宙を灼いていた。
 レッドカイザーはまっすぐ進み続けるうち、炎が一瞬ざわめいた気がした。それでなお進み続け、また妙な事に気づいた。
(これは、今通ってきた二つの前の宇宙か?)
 既に通り過ぎた宇宙に再び出たらしい。レッドカイザーは速度を上げる。その次も、そのまた次も、すでに知っている宇宙だ。幾千億の宇宙の彼方に姿を表したのは、あの炎の壁だった。はるか彼方に星のようにきらめいている。
『アキノバ、どうなっている? いつのまに後ろを振り返ったのだ』
『いや、イャノバ、違う。これが正しいのだ』
『うん?』
『宇宙は閉じているのだ、イャノバ。故に我々は前から行って後ろから出たのだ。右へ行って、左から出たのだ。下へ行って上から出た、と言ってもいい』
『よ、よく分からん……』
『君の里にも円筒印象というものがあるだろう。ウタカたちが使う、筒の表面に模様を彫り、粘土に押し当てて同じ模様のものを大量につくれる道具だ。印象で掘られた模様では、左端の樹木と右端の海岸は遠く晴れているが、円筒ではそれらは隣り合っている。それと同じことが、この宇宙でも起きているのだ』
『ふむ……なるほど』
 説明しながら、レッドカイザーはイャノバの宇宙に再び背を向けた。
 宇宙は閉じている、間違いないことだった。となれば、エーテル界との釣り合いはやはり取れていない。表裏一体の関係が成立していない。ここには矛盾がある。
 宇宙を通りながら、一瞬だけ炎がざわついた場所があった。レッドカイザーはそこへ向かった。炎を現界させておいて正解だった。
 炎の壁が再び見えなくなると、闇の中を進んでいる実感はなくなった。平衡感覚が狂い、どこへ向かっているのかも定かではない。わずかにでも身をよじれば、この暗黒の牢獄へ閉じ込められてしまうだろう。イャノバとレッドカイザーはいつしかの五感を奪う神獣の能力を思い出したが、輝く体が自分たちの存在を強力に示してくれていた。
 炎がざわついた。
 レッドカイザーは速度をゆるめ、ゆっくりとその宇宙を通過し始めた。
 この宇宙は二つの同じ宇宙に挟まれている。前後左右上下に連なっている断層宇宙の、まさに中央にあった。すなわち、“始まりの宇宙”である。
 始まりの炎が生まれたであろう、その最初の宇宙だ。
 レッドカイザーは緊張しながら、闇の中を探った。何もない。無限に続くかと思われるような闇が満ちているだけだった。まさかこの闇の深さをもってしてエーテル界の無限宇宙と釣り合うつもりではないだろうな、と思いながら、これ以上の異変が起きないか、自分の体を満たす炎の様子にも気を配った。
 できれば何か発見があるまでここにいたいが、イャノバはウタカのもとへ戻りたいと言い出すだろうし、なにより神獣が出れば即帰還する約束だった。ここへは神獣を倒してから即時やってきていたので、ほぼ等間隔で現界している神獣が再び現れるのにはまだ時間があるはずだった。
 レッドカイザーはしばらく虚無の空間を漂い、イャノバに聞いてみることにした。自分が感じているような得意なものを、イャノバも独自に感じているのではないかと疑っていた。
『イャノバ、何か感じるか』
 レッドカイザーは黙して返事を待ったが、何も返ってこなかった。
『イャ……』
 何も返ってこないどころではない、イャノバの意識の気配が消えていた。レッドカイザーはぞっとして、知らずのうちに現界を解いてしまったのではないかと思った。もしそうなら、すでに手遅れだ。どうしようもない。
 レッドカイザーは自分を落ち着かせようとした。意識外で現界が解けるなどあり得なかった。体に満ちるエーテルの量に変化はない、イャノバの質量は依然得ている。イャノバの意識は沈黙しているだけではないのか? それにしても、まったくの空であるようだ。
 レッドカイザーは混乱しながら、再びの異変の発生に気付いた。
 炎が揺れている。風もないこの空間で、火の粉が吹かれるように千切れて飛んでいた。それが何かの導きであるように感じ、レッドカイザーはその方向へ向かった。
 どこへ向かっているのか分からなかった。先にはやはり暗黒があり、何もない。だが、火の粉は目的を持っているように思えてならなかった。
 炎の化身の輝きに触れて、突然何かが闇より浮かび上がった。それは白く、なめらかな様子だった。近付くにつれて、それがとんでもない大きさだと気付かされる。レッドカイザーは炎を操って、より強い光で白い何かを照らしてみた。
 一つの惑星のような大きさをもつそれは、たしかに白く、たしかになめらかで、楕円を思わせるシルエットは途中で砕けていて、何かの構造体の一部らしいことが伺えた。
 明らかな人工物だった。そしてその白さはもとからそのような色だったのではなく、炎に灼き尽くされた灰の如き潔白さを湛えていた。
 これが何か分からないはずなのに、レッドカイザーは知っている気がした。細長い楕円の形であったのが途中で折れて、半分になってしまったのだと何故か分かった。そしてその物体を眺めながら、レッドカイザーはこう呟かずにはいられなくなっていた。
『……船だ』

「SF」の人気作品

コメント

コメントを書く