怪獣対巨人!赤灼鋼帝レッドカイザー 始まりの炎と無限の宇宙

牧名もぐら

第九話 イャノバ-8

 亡くなったと思っていたものが生きていた。イャノバは息を呑んだように固まって、それからレッドカイザーに現界を解くよう伝えた。
 生身になったイャノバは“家”の中に立つと、すぐに顔見知りたちのもとへ走ろうとして、その前に戦士が立ちはだかった。戦士は見たことのない顔で、服飾の意匠も浜の里のものとはやや異なる。大の大人二人がかかりだが、イャノバは難なくそれを突破できるつもりでいた。しかし刹那、これに怪訝なものを覚え、イャノバは立ち止まった。
「よしてくれ! そいつはおれたちの仲間なんだ!」
 里のものが言うと、戦士は振り返ってなまりのきつい言葉で「あの巨人がこいつへ変わったのを見た。こいつは危険だ。お前たちの仲間だと言うのは違いないんだろう、お前たちを見てここへ来たのだからな。しかし、我々には里に部外者を入れない掟がある。こいつと話したければ、家の外でやってもらう」と、そのようなことを言った。イャノバは半分しか聞き取れず、後からかつて里の仲間だった男に聞いた。
 “家”の敷地の外で見張りを付けられながらイャノバたちは再会を喜んだ。そこにいたのは四人ほどだったが、この“奥の里”にはまだ大勢の仲間がいるとイャノバは聞いた。
「驚いた、イャノバ。まさか生きていたなんてな! なんで巨人であんなところをうろついていたんだ?」
「遠くに神獣が出たんだ、それを倒した帰りだった。お前たちはなんでこの里で暮らしているんだ?」
 聞くと、浜の里が焼かれ逃げ出した半年前、蛮族に襲われた一行のもとへ奥の里の戦士が駆けつけたらしい。あの場所は既に奥の里の領地だったようで、本来ならば蛮族もろとも皆殺しにされても仕方のないところを助けて貰ったのだという。そう言われて、イャノバは家父エンサバの最期を思い出した。エンサバにトドメを刺した戦士たちの恰好と、先ほど見た戦士の恰好は全く同じに記憶の中で重なった。
「うむ、毒が回ってどうしようもないものは、その場で楽にしてやるほかなかったのだそうだ」
「そう、だったのか」
 エンサバの命を絶ったやり方は、確かに苦しみの少ないやり方のはずだった。それでも、本当に救う手立てはなかったのだろうかと、イャノバは思わずにはいられなかった。
「ところで」今度はイャノバが聞かれる番だった。「帰ると言っていたな、お前は今どこの里に……いや、すまない。お前が奥の里の場所を知った今、おれたちもおまえの帰る里の場所を知らなければならん。そうでないといかに友情なものとは言え、戦士たちはお前を狙わなければならんだろう」
「どこって、浜の里だ」
「なにっ」「浜の里?」「森は無事だったのか!」
「いや、森はもうほとんど残っていない。浜の家を覆う木立を除けば、あとは炭になった木々が荒野に立っているだけだ」
「……そうか。おまえひとりなのか?」
「ウタカもいる」
「ほう、ウタカも生きていたか! それは良かった」
「ああ。今はふたりで里を立て直そうと頑張っているところなんだ」
 その言葉に、四人は眉をひそめた。イャノバはそれに気づかないで続ける。
「里のみんなが戻ってくれれば、復興もぐっと早く、楽になる。食料の心配は大丈夫だ、保存食を大量に用意してある。すこし寝るところが狭いから、最初はおまえたち四人に戻ってきてもらいたい。少しずつもとに戻していって、それからみんなを呼び戻そう」
「イャノバ、待て。里の森は死んだのだろう」
「え? ああ」
「では無理だ、浜の里の復興など」
「なにっ」
「森がなければ守れん。獣がいなくては食料もすぐ尽きる。魚だけを採って暮らすわけにはいかんのだ。木材だって、どこから持ってくる」
「おれが採っている! すこし遠くまで足を伸ばせば獣がいるし森もあるのだ、そこで必要なものを採れる」
 イャノバは一歩前へ出て噛み付いた。
「おまえ、ひとりで?」
「そうだ。守るのだって、森は関係ない。おれひとりが蛮族を退けて他の里の連中を返り討ちにできている。おまたちはただ、帰ってきてくれればいいんだ」
「無理だ、できない」
「なっ、なんで」
「イャノバ、おまえの言うことはめちゃくちゃだぞ。とてもひとりで木材や獣の死骸を運ぶなんてできるわけない。そして、お前は確かに強い。家父や里長がみんな死んじまった今、浜の里で間違いなく一番強い戦士がお前だ。でもひとりで延々哨戒はできん。百人の戦士がよその里からやってくれば、お前も負ける。浜の里の復興は無理だ」
「いや、おれにはできるんだ! おれは今まで以上に強くなってる、ずっと動いていても疲れないようになった!」
「それを、信じろと?」
 四人のイャノバを見る目には軽蔑があったわけではない。彼らはイャノバの実力を知っていたし、イャノバが嘘をつくようなものでもないと知っていた。それでも、イャノバの言っていることを荒唐無稽に感じずにはいられなかった。その上で彼らがイャノバに向けたのは、憐れみだった。
「イャノバ、お前が奥の里へ来るべきだ」「言葉はすぐ慣れるし、ウタカを自分のものにしたいなら便宜を図ってくれるだろう」「お前は今唯一の浜の里の家父継承者で、最強の戦士だ」「すぐに実力を認めてもらえる」
 口々に言われるのを聞きながら、イャノバの頭は真っ白になっていった。
「浜の里はもう終わったのだ」
 終わっていない! イャノバはそう叫びたかったが、ついにできなかった。彼はそのことに自分で愕然としながら、急いでそれらしい理由を繕った。こいつらには何を言っても無駄なのだ、だからこれ以上は何も言うことはない、と。そうなると、イャノバはもうこれ以上そこにいることはできなかった。
 歯を食いしばり、地面を睨みつけながら踵を返した。四人の止める言葉を聞かず、イャノバはまっすぐ歩き、しばらくしてまた現界した。
 浜の里に着くと、ウタカが干している途中の開きを落としてイャノバへ駆け寄った。嬉々としながら彼に抱きつこうとして、はっと動きを止めた。
「イャノバ?」
 イャノバは何も言わずにウタカを抱きしめた。ウタカもそれ以上聞かず、イャノバの背に腕を回した。イャノバは唇を噛みながら、ウタカの落とした魚の開きを見た。二人だけなら、すでに冬を二回越しても余りある量の食料が蓄えられていた。ウタカはイャノバのために……いずれ里のものたちが帰ってきて、共に復興をしてくれるはずだと信じたイャノバのためにそれを用意してくれていた。
 その機会が今日はじめて訪れたはずだった。
 ひとりで日がな一日哨戒することなど容易かった。遠くの森へ駆けていって、獣を狩り、木を樵るなど造作もなかった。それから住居を作ることだって、今は練習している。ひとりで里を守り、里を生かすことができるのだ。アキノバとなって戦い、それほどの力を手に入れた。そのはずなのに、イャノバの胸中にはぽっかりと穴が空いたようだった。
 望むものを決して手に入れられない呪い、その前に自分は途方もなく無力だと感じてしまう。イャノバはウタカのぬくもりを感じながら、静かに涙を流し始めた。
「イャノバ、あなたはよくやってる。本当に……」
 ウタカはイャノバの髪を撫で、彼のために優しく言葉を紡いだ。そこには二人しかいなかった。他に音を出すものはなく、動くものもない。イャノバはウタカがどこかへ行くのを恐れるように、いつまでも抱きしめていた。

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