怪獣対巨人!赤灼鋼帝レッドカイザー 始まりの炎と無限の宇宙

牧名もぐら

第九話 イャノバ-6

 イャノバの繰り出す打撃が、急に速度を失った。体の動きも極めて緩慢になり、その自由がまるで利かなくなる。
『な、なにっ』
 ほとんど突っ立ったままのアキノバに、神獣が打撃を当てた。白い巨人は吹き飛んで、吹き飛びそこねたように空中ですぐに静止した。それがゆっくりと落ちてきて、無抵抗なまま再び神獣の攻撃に晒される。
『ぐっ! なにが、何が起きたのだ!』
『この世のあらゆる法則を受け入れた。この体にはもともと、君と人形分の重さしかない。それを私のエーテルの力で動かせるよう方便をとってやっていたのだ。そうでもしなければこの通り、体を動かすのもままならん。分かるかイャノバ、君はひとりではない。私はここにいる。私の言葉を聞くか』
 イャノバは静かだったが、次の怪獣の打撃の感触を待って、レッドカイザーは再び聞いた。
『頭は冷めたか』
『……ああ』
 レッドカイザーが体の自由を利くようにしてやると、巨人は身軽に地面へ降り立って寄ってきていた神獣から距離を離した。
『イャノバ、もっと離れろ』
 イャノバは言うとおりにして、神獣から距離を取り続けた。そしてしばらくの空白ののちに、レッドカイザーの視界が唐突に開かれた。
 あたりにあるのは金色の野ではなく若草の広がる平原で、所々に林や木立のある丘が遠くの山脈まで続いているように見えた。
 神獣の力は範囲に効果を及ぼすものだった。能力を受ける直前、神獣になにか事前の動作がなかったことを思い出し、レッドカイザーはこれが範囲空間に効果を及ぼすものだと予想した。それが正解だったのはいいが、範囲が想定よりも広大だった。神獣の姿は遠く、今は巨人の指一本、その半分にも満たないほど小さく見える。
 レッドカイザーはイャノバに止まるよう伝えた。それから、こう聞いた。
『イャノバ、森がない世界はそんなにも孤独に思えるか。自らの知ったものでは満ちていない世界は、そんなにも恐ろしいか』
 ここにイャノバの暮らしてきたのと同じような森はどこにもない。ここが一つの境界だと示すようにそそり立つ岩山はないし、歩みを絶えさせる大海も見えない。どこまでも遠くへ行くことができると感じられ、それを自由と表現するものもいれば、空虚だというものもいるだろう。そんな場所に住んでいる民族はイャノバと違う服飾に包まれ、違う文化を持ち、違うものを食べ、おそらく違う言語で話すのだ。
『イャノバ、エーテル界で私は罪人だ。王に楯突いたものとしてな。親しかったものは私の望まないまま、私のために今にも誰かを殺めようとしているし、王のもとへ下ったものもいる。私が彼らの安全のためにそうしろと言ったことでもあるが、私は今なにものをも信用することができない状況でいるのだ。貶められるかもしれん、利用されるかもしれん、そう思わずにはいられない。そしてついには、自らの力も信用できないと来た。恐ろしい破壊を撒き散らす力が何かを求めているのに気づき、それに抗う方法を今は黙することにしか見出だせない。私は誰かとともにあることができなくなってしまったのだ。だがイャノバ、それでも私は諦めていないことがある』
 イャノバは静かにレッドカイザーのことばを聞いていた。
『守ることだ。愛しいものを、尊ぶべきものを守るためであれば、私は自分の孤独などどうでもいいのだ。守るべきものを見失った時、力は君に牙を剥くだろう。あるいは君を支配下に置くよう画策するかもしれない。だから忘れてはならない、君の戦う理由を。君にはウタカがいて、帰るべき家がある。孤独を恐れるな、力に変えろ。それでも恐いと言うなら、今は私がついている。遠くでウタカも祈っている。それを想え』
 星の輪郭が緩やかに弧を描くその中心で、白い巨人はしばらく憮然と立っているだけだった。そして世界をぐるりと見渡し、最後に自分の立ち向かうべき相手である黒い神獣へと向き直った。そこには見えない壁があり、一度足を踏み入れればレッドカイザーは外部の認識ができなくなってしまう。不可視の結界はそこにあると分かるだけで寒々しく見えたが、巨人は胸を張り、拳を握った。
『すまなかった、アキノバ』
 その短い言葉に大した謝意はこもっていなかったが、レッドカイザーはそれでよかった。少なくとも今、この戦いを切り抜けるための熱量がイャノバの中にあった。
『ここから神獣に近付くと、私は外の様子が見えなくなる。先の一件で、ことばのみでの連携は極めて相性が悪いということも分かっている。だからこれから再び神獣と格闘するのに当たって、君の合図はただ一つ、エーテルの集中のみとしよう』
『おれは簡単な動きで相手に隙を作らなくちゃいけないということか』
『できるか』
『ああ。あいつは動きが遅いし癖も読みやすい』
『よし。最後だ、敵の能力範囲ではエーテル集中の後、全身への再分配はできないと思った方がいい。実際はどうなるか分からんが、これはいつも以上の一発勝負になると思え』
 イャノバは了解し、歩き出した。レッドカイザーの視界は塞がれ、闇の中に閉ざされる。集中するイャノバは何も言わず、レッドカイザーも静かにしていた。今はどのあたりを歩いてるのか、神獣までどれくらいだろうか、レッドカイザーは何も考えないことにしていた。イャノバを信じるのみだ。
 無限に続くかと思われた平静な歩みは、突如リズムを刻み始める。イャノバが速度を上げた。拳が繰り出される。レッドカイザーの知覚できないところで攻防が始まった。巨人は今動きを慎重にし、軽く素早い動きで相手の大きな動きを誘発させようとしている。怪獣の薄い帯のような腕が手刀のように振るわれるさまをレッドカイザーは妄想した。
 イャノバはほとんど立ち位置を変えないでいた。いつものように激しく動き回ることはない。相手にとって狙いやすいよう、いかにも大振りな一撃を加えたくなるような振る舞いを意図していた。
 イャノバの動きの意図は、他にもあったと、レッドカイザーは一瞬のちに気づくことになった。
 巨人が素早く左足を下げて、神獣に対して半身になった。今までの攻防で明らかに異色の動きだった。レッドカイザーはすぐにエーテルを集中させ始める。攻勢への転機をレッドカイザーに伝えやすくしていたのだ。
『左手!』
 イャノバが伝達したのとほとんど同時にエーテルの集中が完了した。左手に力が集まり、あとは神獣へ向けて打ち出すのみ。空いた敵の胸元めがけて――。
『なっ、あッ!?』
 イャノバ? レッドカイザーが聞く前に、イャノバの悲鳴めいた叫びが意識に届く。
『見えない! 何も見えない! か、体も!』
 レッドカイザーの意識が停止し、すぐに回転を再開する。
 ばかな! なぜイャノバに能力の影響が? 防御を解いたからか? イャノバの質量とエーテルの関係は……いや、今はそうではなく!
 この局面でイャノバの五感が奪われたのが何よりの危機だった。レッドカイザーはエーテルの再分配を試みたが、連続での操作はできない。その上、事前に危惧したとおり体の感覚も完全に失われている。器の輪郭を測れなくては全身への力の分配はできない。
 炎を降ろすか? 間に合うか? 現界を一度解くのは危険すぎる。こうなっては生身に影響を与えないとも言い難い。
 すでにレッドカイザーにできることはなかった。
 だが今、ここに体があると認識できる場所が一つある。
『イャノバッ!』
 動転し完全に体を停止させてしまっているイャノバに、レッドカイザーは檄を飛ばした。
『打てェ! イャノバァッ!』
 左腕には今強大なエーテルが集中している。あらゆる障壁を無に帰す絶対拒絶の力が灯火となって、左腕の輪郭を浮かび上がらせたようだった。
『ウアアアアッッ!』
 イャノバは獣の如く叫び、一切の感覚の失われた腕を虚空へと振るった。
 体がどう動いたのか、レッドカイザーには分からなかった。拳の感覚はあるが、打ち出し体勢を崩した今どんな格好になっているか想像もできない。弧を描いたのでは? まさか一回転したのか。正面ではなく横へ打ち出したのか、あるいは天へ、あるいは地へ。
 イャノバにも、もうどうすることもできなかった。
 祈るような間があった。
 突然、闇に閉ざされたときと同じように視界がひらけた。青い空があり、金色の野が広がる。目前にはまっすぐ伸びた己の左腕と、すでに崩壊し土塊へと還った神獣の躯があった。
『――ハッ、はあ……』
『……やったな、イャノバ』
 重い沈黙の果てに、ふたりはようやく生きた心地を得た。
 レッドカイザーはさらに一息つく間をあけて、エーテルの再分配を試みた。全身へ力を送ろうとして、何かがおかしいことに気づく。
『うっ、ウゥッ……!』
 痛みにあえぐイャノバの声があった。
 巨人の肩に裂傷が刻まれていた。腹のあたりまで到達し、決して浅い傷ではない。現界を解けば傷は残り、イャノバの命は長く持たないだろう。神獣の見えない最後の一撃が、戦士の命に届いていたのだ。

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