怪獣対巨人!赤灼鋼帝レッドカイザー 始まりの炎と無限の宇宙

牧名もぐら

第九話 イャノバ-1

 レッドカイザーは凝り固めたエーテルによって四方を囲まれた空間にいた。厳密にはエーテル界には物質界と異なり、空間的な広がりは存在しないのだが、少なくともレッドカイザーはそこを密室のような場所だと捉えていた。そこで何も言わず、何もせず、ただじっとして時が経つのを待っている。その強大な力を使えば簡単に自らを覆うものを破壊して外へ出ることが可能なはずだったが、レッドカイザーはそうしなかった。
 突然、壁が薄弱になっていった。エーテル生命のように個として確立されていたものが、解きほぐされエーテルへ還っていく。エーテル宇宙へレッドカイザーを連れ出そうとしたものが姿を表した。ハンバスだ。ハンバスは他にもいくつかのエーテル生命を従えている。
「お待たせしました、レッドカイザーさま」ハンバスは言った。「そして申し訳ございませぬ、私がヴルゥさまに、迂闊にも下位世界での出来事を語ってしまったばかりに」
「よい、私の落ち度だ」
 ハンバスは下位世界でレッドカイザーと出会ったことをヴルゥに話していた。下位世界を守り、それまで数々のエーテル生命を返り討ちにした戦士の正体がレッドカイザーだと知ると、ヴルゥはすぐに先王を呼び出した。レッドカイザーはここでついに、下位世界への侵攻がいかに無意味であるかを語ったのだが、ヴルゥは辛抱しきれないままレッドカイザーを幽閉した。多く、私闘を行ったエーテル生命に与えられる剥奪刑を行うつもりでいたのだが、レッドカイザーの強大な力を奪いきれるエーテル生命はいない。したがって、ヴルゥはレッドカイザーを幽閉したのだ。無論、閉じ込めたところで出ることは容易い。そうして王の許可なく出たところで、先王を避難し自分の権威と力を高めようという筋書きがあった。
 それとして、ハンバスは助けに来てしまった。自分が幽閉されたと知れば、間違いなくハンバスかダーパルが来るだろうと思ってはいた。レッドカイザーはそれについて止めることはできなかったし、今更咎めるつもりもなかった。
「エーテル界はどうなった」
「レッドカイザーさま派とヴルゥさま派に二分され、睨み合っている状況です。いつ戦争が始まってもおかしくはありません。というのも、ヴルゥさまの傘下に下ったエーテル生命は若いか、非常に戦闘欲のつよい者たちなのです。かつての大戦を知らないか、どんな理由であれ闘うことを望んでいる連中がヴルゥさまにつき、命を聞き、また操っているのです」
 臣民に操られる王とは、ハンバスもうまいことを言うとレッドカイザーは感心した。ハンバスも相当な戦闘欲の持ち主だったが、戦争がなにをもたらすのかをよく知っていた。友の死と、混沌だ。平和な時代が長く続いたからこそ、ハンバスは失いたくないと思えるものを多く手に入れていた。
 一方のヴルゥ派は、自分たちが望むもの全てが戦いによって得られると無条件に確信している。何が失われてしまうかについて、考えが及んでいなかった。その逆もしかりだ。長い平和にたまった鬱憤に闘争本能が猛りを見せる古つわものもいる。ハンバスの話では、将軍のいくつかもヴルゥ派へ下ったらしい。
「そういえば、ダーパルはどうした。無事か」
「はっ。私が護衛を付け、辺境の宇宙への逃走を助力いたしました」
 レッドカイザーはそれを聞いて安堵した。自分をエーテルに還すことのできるエーテル生命はいないと確信できても、ほかのものはそうはいかない。戦えば敗れ、エーテルに還ってしまう。
 エーテル宇宙が二分されてしまった現状は、レッドカイザーの想像しうる事態でも最も忌避すべきものの一つだった。今となってはどうしようもないが、まだ戦争が本格的に始まったわけではない。まだ打てる手はあるように思えた。
 レッドカイザーはハンバスへ言った。
「私も辺境へ身を隠す」
「むっ、なんと。しかし……」
 これに驚いたのはハンバスの手下たちだった。いつ戦争が始まるかわからない緊張の中で、旗印であり大義である先王、レッドカイザーを失うことは避けたいというのが彼らの思うところだった。そのためにレッドカイザーがどこに幽閉されているのかを探り、救出にまできたのだから。そして、ヴルゥにこのような仕打ちをされた手前、かつて宇宙を灼いた炎の王は必ずそれに復讐をを成すとも考えていたのだろう。
 レッドカイザーは、それを踏まえた上で自らも逃亡することを選んだ。レッドカイザー派はこれでヴルゥ派に挑むことはできなくなり、またヴルゥによって幽閉されながら開放されてなお復讐を選ばなかったことについて、ヴルゥ派の中でも考えを改めるものがいるかも知れないという打算だ。そう上手くことは運ばないだろう。実際はどうであれレッドカイザーは王の処罰から独断で抜け出したことになる。しかし、ここに自分が残るよりかは幾分マシな未来があるようにレッドカイザーには思えた。
「私は戦いを好まない。時代は変わったのだ。そなたらもヴルゥ派に下るがよい、敵がなくなれば戦争なども起きるものでなくなる」
「どちらへ行かれるのでしょう」
「ハンバス、それはお前にも言えぬ」
 ハンバスはそれ以上何も言えなかった。レッドカイザーに護衛が必要なはずはなかったし、言いたいこともよく分かっていた。これ以上エーテル宇宙に混乱を与えるわけには行かないと。レッドカイザーがいなくなれば、派閥で最も強い力をもつのはハンバスになる。旗印が行方をくらまし、ハンバスがヴルゥ派につけば、多くのエーテル生命がそれに追従するだろう。レッドカイザーはこれを、時間が解決する問題に仕立てようとしていた。
 レッドカイザーはハンバスたちの前から去ろうとして、ハンバスに今一度呼び止められた。
「ひとつ、お聞きしたいことがあります。よろしいでしょうか」
「申せ」
「レッドカイザーさまは下位世界のために戦っておいでですが、なにゆえあのような空虚な場所を守護するのですか」
 レッドカイザーはハンバスたちと別れ、宇宙の辺境の、さらに辺鄙なところにやってきていた。星のようにきらめくエーテルが、中心に向かって緩やかに渦を巻いている。美しい光の世界に見えるが、錯覚でしか無い。レッドカイザーには、エーテル界とはそのような場所だと見えているのに過ぎない。ここには空間的な広がりなどないのだ。
 見える、というのが間違いで、聞こえる、というのが間違いだった。エーテルは究極エーテルでしかなく、ハンバスやダーパルやヴルゥ、そして自分も“一つのエーテル”に過ぎない。それでいながら意識があり、個としてのあらゆる裁量を得ている。全であり、一なのだ。それがエーテル生命だ。そうでありながら、レッドカイザーは自分だけはなにか例外的な法則のもとにいる気がしていた。
 レッドカイザーはすべてのエーテル生命のなかで唯一、老いていく。老いるということは終りがあるということで、つまり始まりがあるということだった。レッドカイザーにはそれを思い出すことはできない。
 ハンバスは物質界を空虚だと言った。エーテル生命は下位世界の物質的な在り方を認識できないのだ。現界を解いた時に威容に簡単に見失ったり、どこか明後日の方向を目指して歩こうとしていたり、緩慢以上の鈍臭さの理由がようやくわかった。このエーテル界にいるのと同じように、目は見えず耳は聞こえない……あれらの見てる世界とは、どのようなものなのだ? レッドカイザーには想像できなかった。レッドカイザーの見る世界は、物質界でものを見るのに非常に近い感覚で認識されている。
 なぜだ、なぜ?
 このエーテル界で最も強大な力を持つレッドカイザーが下位世界の物質的形質を認識できるというのもおかしな話だった。
 レッドカイザーはいつしか、かつて延々としていたのと同じようように、自分の記憶を探り自らの始まりの時を見出そうとしていた。宇宙の辺境で、ただじっとしているままに時が過ぎていく。

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