怪獣対巨人!赤灼鋼帝レッドカイザー 始まりの炎と無限の宇宙

牧名もぐら

第八話 ハンバス-3

 地震はすぐに終わり、これにとうに慣れた里の人間は口々に文句を垂れて静寂の余韻も残らなかった。
 他の家へ行ったはずのイャノバが早足で帰ってきた。
「アキノバ、今のは神獣か!」
『ああ、行くぞイャノバ』
 イャノバは人形を見て、ウタカに礼を言った。
「イャノバ、気をつけて」
「慣れたもんだ、任せろ! 里もお前も、みんなおれが守ってやる!」
 ウタカはまたいつものように頭をイャノバの頬にこすりつけて、彼が暗い森の中へ消えていくのを見届けた。



 陽が徐々に陰りを帯び始めた。現界して空が近くなると、にわかに薄灰色の影を落とす朧雲が蓋となって、樹海から逃げ出せないようにしているように感じられた。
 イャノバとレッドカイザーは白い巨人の姿で、西の山から神獣が歩み出てくるのを待っていた。レッドカイザーは神獣のエーテルを感じ取れたが、実際に対面しなければ相手が何者かを知ることができない。もっとも、これまでに一度として見知った生命が現界したためしはない。
『今回はずいぶんと早かったな、まだ四日しかたってない』
『ふむ、そうだ』
 そこはレッドカイザーも気になっていた。高頻度で神獣を下位世界へ送ってはいるが、ヴルゥの力はまだそこまで成長していないはずだ。今回は現界後の疲労を推してこの神獣を送ってきたことになる。
 空気が張り詰めていた。風が起こって足元で森林がざわめきはじめる。遠い海は暗く、水平線はどことも見えず、灰色の壁となって世界を囲っている。
 嵐が、大きな嵐が訪れようとしていた。
『くるぞ……ッ!』
 エーテルの近付く気配に警告した直後、普段怪獣が姿を現す苔むした巨岩のような山の一点がにわかに赤熱し始めた。たちまち溶解した岩石を飛沫かせて、細い光線がまっすぐアキノバの胸へ飛翔した。イャノバはこれに反応できなかった。レッドカイザーが体を動かせたとしても、来ると分かってから着弾するまでが早すぎて避けられなかっただろう。
 破裂音があったが、それでなお光線は連続して白い巨人へ注がれていた。アキノバの足は、樹上というただでさえ不安定な足場に、レッドカイザーが重力や電界とのつながりを一切絶たず非常に強い力で密着させている。巨大な威力の照射に、巨人は膝から折れるように倒れた。光線が巨人の顔を撫でる。
 仰向けになってみると、光線はどこまでも遠くへ飛んでいくように見えた。樹海に立ち並ぶ山岩を一条の光が射抜くと、思い出したように赤い飛沫を撒き散らし、あとに巨大な穴が残る。
 この華奢な光線は恐ろしい破壊力だった。
 イャノバとレッドカイザーは倒れながら、共に光線が消失するのを見届けようとしていた。
『ウッ! ぐぅ……』イャノバが苦しそうに呻いた。傷はないが、痛みがある。痛みは一時的でじきに消えるが、恐怖となって身を硬直させる。イャノバはこれまでの神獣との戦いで、相手の攻撃をろくに受けたことがない。あるいは戦士としての本能が彼を奮い立たせるのか。この痛手がどう転ぶかを、レッドカイザーは速やかに思案せねばならないはずだった。
 レッドカイザーは神獣が、光線の主が何者であるかに気づいてしまった。自分が薄氷に乗っていたのだと知り、今冷たい水底から手が伸びて足を掴まれていた。
『まずいぞ、イャノバ』
 ひり出すような声色で、レッドカイザーはようやく口を――意識を突きかけた言葉を飲み込んだ。我々の負けだ、とはなんとか言わずに済んだ。
『くそっ、あいつ!』
 イャノバは猛り立っていた。空を切る光線が消え、急いで立ち上がる。とっさに避けられるよう腰を低くして、次射を警戒した。
 円く穿たれた山の影に、神獣の姿が見えていた。切り立つ山腹に体を擦るようにしながら回り込んで、神獣は巨人の前に立った。
 上半身は青く、下半身は灰色だった。色の境界は波打つような模様で、四肢は根に寄るほど細くなっている。頭はそうと見えるコブが一つ、肩からあるだけだ。
 物質界での姿はなんの指標でもない。ただ、エーテルを直接見ることのできるレッドカイザーは、対面して、歯噛みする気持ちになっていた。なにかの間違いか、あるいは似たエーテル特性であったならばという希望は、今砕かれた。
(ハンバス!)
 光線の威力も、射程も、エーテル界で幾度となく見た本体のそれとは比較にならないほど貧弱だった。それでいてなお、レッドカイザーは、このエーテル界の軍勢を束ねる最強の将軍には到底勝つことなどできないだろうと分かってしまった。
(ヴルゥめ! ハンバスをどうやって……いや、違う、ハンバスから志願したのか! ヴルゥはそれで、回復期間を得ずハンバスの気が変わらないうちにこやつを現界させたのか!)
 他のエーテル生命も、レッドカイザーと同じく現界に当たって能力の調整を行っているはずだった。ハンバスの現界体は貧相で守備力に欠ける印象だが、肥大した手足の先端と、他でもない光線の攻撃力の高さからハンバスの意図が見えていた。寄るものは全ていなし、隙あらば隈なく打ち取るつもりなのだ。
 雨が降り始めた。風が強く吹いて、レッドカイザーはこの軽い体が飛ばされないよう空流への抵抗を強める。雨もだ。この面積に大量に雨粒が降り注げば、それも巨大な抵抗になってしまう。強敵を前に、なけなしのエーテルをそんなことに回さなければならない。
 ハンバスは頑としていた。レッドカイザーは、かつてなく巨大な山を見上げる気持ちになった。意思を、明確な敵意を持つ大山だ。意のままに雪崩を起こし、土砂を崩し、果てに猛火を噴き出す。エーテルにおいても物質においても高くそびえる、断崖が如き高峰だ。
『イャノバ、やつは強い、これまでのどの神獣よりも』
 レッドカイザーの現界させた“器”のエーテルは、こと防御に関しては無敵そのものだった。冷静でいれば負けることはないが、勝てる望みは恐ろしく低い。レッドカイザーはそれでも、イャノバに逃げる提案をしなかった。負けを認めようとも言わない。
 イャノバは里を守りたいと願っている。レッドカイザーは、二つの宇宙の均衡のためにここへ来たのだ。
『大丈夫だアキノバ、おれたちならできる』
 イャノバは闘志を漲らせていた。レッドカイザーの忠告の前から、この戦士には強敵を前にしていると分かっていたはずだった。今はこの無鉄砲さに頼りがいを見つけ、レッドカイザーもまた奮い立たされる。集中し、エーテルの流れをいつでも再編成できるようにした。二つの意識をひとつに、二つの世界の最高の戦士が揃って、何を恐れるのか。
 ハンバスは白い巨人を手持ち無沙汰に眺めていた。それが、レッドカイザーが再び闘気を得たところで足をやや大きく広げた。
(私を、待っていたのか?)
 ハンバスにはそういうところがあった。戦う意志のないものを蹴散らすことを是としない気質だ。アキノバに宿る力の正体を見抜いたわけではないだろうが、下位世界の戦士相手にも己の信念のもと闘うと決めた地を、レッドカイザーは我が身のことのように誇らしく思えた。
(なるほど、ハンバス。きさま、この私と戦いたがっていたな。遥かに非力なこの身だが、せいぜい楽しませてくれる!)

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