怪獣対巨人!赤灼鋼帝レッドカイザー 始まりの炎と無限の宇宙

牧名もぐら

第二話 レッドカイザー、盗難-2

「ただいま」
 聞きなれた声は、アキの母のものだった。校庭では炊き出しが行われていて、アキの分の昼食をとってきてくれたようだった。献立は主におにぎりと汁物が続いている。一週間三食似たような食事が続けばもはや文句を言う人は少なく、栄養補給という義務をこなすような感覚にすらなっている者もいる。父も一緒に戻ってきていて、アキとテレビの間に座った。
 アキの両親は怪獣事件の日、仕事で町の外にいた。アキが塾に来ていないと連絡を受けて、怪獣が町を破壊している報道を見れば、最悪の状況を予感する。怪獣が倒れたのち、学校が避難場所に指定されて行ってみれば、アキが無事だと知って二人は腰が抜けるほど安堵した。
 二人はアキが怪獣事件について何かトラウマを植え付けられてしまったのだと考えていた。この一週間ふさぎ込みがちで、外で遊ぶこともなく、レッドカイザーに以前より多くの頻度で話しかけるようになっていたからだ。実際のところ、アキはレッドカイザーもろとも批判するような報道番組に気分を害していただけであり、中学生向けの問題集がやり応えがあり集中するのに都合が良く、レッドカイザーとは実際に会話を行っていただけの話だったし、レッドカイザーがいつ起きるのか分からないので四六時中一緒にいようと努めている成果でもあった。
「アキ、今日は天気もいいし、外で遊んできたらどうだ」
 父にそう言われてアキはレッドカイザーをちらりと見た。今日はまだ一度も起きていない。レッドカイザーと離れるのは気が進まないが、持ち歩くのは目立ってしまう。友達に見つかろうものなら、いたずら交じりに取り上げられて傷つけられてしまうかもしれない。
 一方で、父の提案を断るのも気が引けた。アキは両親のことが好きだ。アキの頼みで安くない塾に入れてくれたし、よく好物を晩御飯に出してくれるし、たまに欲しいものがあるとそれを買ってくれる。アキが心に傷を負っていると思った二人は、仕事を休んで四六時中一緒にいてくれている。一週間前、学校で再会した時アキの姿を見て崩れ落ちた二人に、アキは酷く申し訳ない気持ちになった。あまり心配を掛けさせたくはないが、怪獣はこれからも現れる。レッドカイザーのことは二人にも秘密にしているから、急にいなくなって心配をかけさせることも増えるだろう。
 色々考えて、アキは父の言うとおりにしようと思った。外へ出ている間にレッドカイザーが起きて、アキがいないと分かったらすぐにまた眠ってしまうかもしれないが、それも仕方ないだろうと考えた。
「うん、そうする」
 狭い食卓を囲んでおにぎりと味噌汁を平らげると、アキは仕切りから出た。学校の廊下に教師以外の大人が大勢歩いている光景は未だに慣れない。
 お昼時の校庭には人が多かったので、アキは屋上へ行くことにした。
 階段の踊り場ですれ違った大人二人が話しているのが、無意識的にアキの耳へ入ってきた。レッドカイザーと怪獣のことを話していたのだ。
「怪獣と怪獣が戦って、負けた方が土になるってだけの話だったんだよ。勝った方も崩壊しちまったんじゃないかって言われてるけど、違うね。どっちが勝っても結果は同じで、多分この星はこれから怪獣たちの戦うリングになっちまうんだ。赤いヤツは次のラウンド待ちなの」
 アキからすればその話は半分合っていたし半分間違っていた。この星はたしかにリングになるだろうが、レッドカイザーの負けは人類の終わりを意味する。怪獣が勝つことなどあってはならないし、結末に大きな差が生まれる。
「言いたい事はわかるけどさ、赤い方が消えた理由になってないだろそれ。すぐ近くの地中に隠れてて、今にも出てくるんじゃないかって俺は怖いんだよ。妻や娘もいるし」
 ああ、言いたい。レッドカイザーは、自分は正義の味方で、皆を守るために戦っていますとアキは声高らかに宣伝したかった。多くの人にありがとうと言われて、両親も、心配させるだろうが息子を立派に思ってくれるだろうと考えた。
 スモークの入った足元の小窓から入る光だけで、踊り場は薄暗い。アキは階段を降りる二人の背中を見てから、また階段を登り始めた。どの階にも多くの人の声が響いている。大人の低い声による喧騒がアキの心にのしかかる。“怪獣”と聞こえるたびにアキは嫌な気分になる。まただ、また悪口を。救ったのに、俺が助けたのに。
 今度怪獣が来たら、少し怖い目にあわせてやろうか。怪獣を泳がすのだ。これはもうどうしようもないという危機にレッドカイザーを現界させれば、人々は誰が味方かを分かってくれるだろう。レッドカイザーがいなければ死んでいたとニュースで言ってもらえればそれに勝ることはない。ただ、レッドカイザーはそれを許してくれはしないだろうが。
 アキは屋上の塔屋から出て、晴れた空の下に出た。屋上は比較的子供が多く、アキの目と耳に馴染んだ光景があった。ボール遊びは禁止されているが、人を縫うようにして走る鬼ごっこや縄跳び、ゲーム機を持って集まっている連中までいる。
 日差しは心地よかったが、アキは塔屋の影から今夫婦と見える二人組が立ち上がって去っていくのと入れ替わるように腰を下ろした。考えが頭の中をぐるぐるして体を動かす気分になれなかった。
 みんな、無邪気だなあ。アキはきゃあきゃあと黄色い声を上げる集団を見ていた。自分だけが全てを知っていることに、優越感はある。ただ、それがどうしようもなく自分を孤立させている気がしていた。画面越しに遠い世界を見ている気持になり、心身共に幼いアキにとって辛いのは、その画面のオンオフなど誰にもできないということだった。
 アキは自ら進んで孤独になったわけではないはずなのに、その孤独を強制されている気分になっていた。
 どうやったら分かってもらえるだろう、どんなふうに恐怖を演出してやろう。自分が、レッドカイザーが正義の味方だという演出のために、みんなには少しばかり怖い思いをしてもらいたい。ふと心を過ぎっただけの邪悪な提案は、いつの間にか考慮されるべき議題となっていた。
 目を座らせてじっと同じ歳ほどの子供たちを眺めているアキのすぐ隣に、誰かが座った。先に座っていた人間の権利とばかりにそちらを見ると、バッチリと目が合う。その大きな目はわずかに赤を湛えている。
 あの子だ! アキは一瞬で分かった。この一週間、ずっと無事が気になっていた女の子だった。怪獣が襲撃してきた日の昼に校庭でぶつかった女の子。
 白い肌は発色がよく健康そうだが、一瞥して分かる活発そうな印象とは裏腹に、歳不相応な大人びた空気をまとっている。以前と少し様子が違うように感じたが、自分の心の奥まで覗き込むような瞳を見返すうち、これがこの子の本当の姿なのかもしれないとアキは直感した。
 少女による“吟味”が数秒続いたあと、ひょいと首を後ろへ引かれたのを見てアキは初めて、自分が彼女に少しずつ近づいていたことに気付いた。顔を赤くして言い訳を探していると、彼女が言った。
「ユイ。よろしく」

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