怪獣対巨人!赤灼鋼帝レッドカイザー 始まりの炎と無限の宇宙

牧名もぐら

第一話 レッドカイザー、現界-7

 怪獣が伸びきった二つの腕を交差させる。レッドカイザーは素早くしゃがみこんで、アキは閃いたことを叫ぶように意識の同居人に伝える。
『ジャンプ!』
 思い切り地面を蹴ったレッドカイザーの巨体は、空に浮かびながら前方向に直進する。重力と電磁力の干渉を絶ったのだ。真上にある怪獣の腕が蓋となって、浮かびすぎるのを抑制し、文字通り飛ぶような勢いでもってアキは怪獣の懐に巨躯を捻じりこませた。
 胸! 敵の弱点を狙う。腕が邪魔で直接狙えないが、腹ごとえぐるように……怪獣の腕が左右に開いて、つるりとした頭が見える。アキが一瞬面食らうと、下部から攻撃を受けた。蹴りだ。重力干渉をカットしたままのレッドカイザーは豪速で跳ね上がると、すぐに制動を利かし始め不自然な弧を描いてゆっくり落下する。重力と空気抵抗の影響を受けている。アキはそれどころではなく、腹部に受けた痛みに呻く。
『アキ、しっかりしろ! まずい!』
 怪獣の腕が今度こそレッドカイザーを捕まえて、地面に叩きつける。三回ほど叩きつけられたとき、アキはようやく拘束を解くために力んだ。一度解いた拘束は、どういうわけかびくともしない。
『やつのエーテルの特性だ、状況に適応していっている、長引くだけ不利だぞ!』
『そんなの、早く……!』
 アキが何とかふんじばると、怪獣はレッドカイザーをそれ以上持ち上げられなくなる。極めて強力な磁石を使い足と地面を接着させているようなものだ。
 敵がこのリーチを攻撃できるのは両腕のみなのだから、アキはエーテルを腕に集中させようとレッドカイザーに提案しかけた。拘束をほどいて、腕が再生する前に決着をつける。
 掴まれた腕が重く、足が沈む。怪獣がレッドカイザーを支点に、足をつけず腕で立ち上がるように、空中へ浮かんで行っている。
『やばい』
 あの破壊の一撃を、一体を更地にした一撃を再度繰り出そうとしている。先ほどまでとは比べ物にならない衝撃と痛みがアキを襲うだろう。気を失ったとして、レッドカイザーに体の操作権が戻るかどうかは分からない。現界が解かれ、アキとレッドカイザーは再生する敵の一部となってしまうかもしれない。
『先ほど、体の半分以上を失っている。今は適応して、ヤツが受けるダメージはより少ないだろう』
『そんな』
『だが、チャンスだ』
 レッドカイザーのたてた作戦は極めてシンプルなものだった。そして、それを完遂できるかどうかは、全てアキの胆力にかかっていた。
 怪獣がいよいよ落下点に達した。
 重力落下と、腕を引き戻す力でもって、圧倒的質量が破壊的な加速によって射出される。
 レッドカイザーは、跳んだ。地に引き留めるあらゆる制約を振り払い、縮む怪獣の腕の力も借りて加速する。極めて高い相対速度の下、二つの巨体が空中でかち合った。爆音が響き、広範囲にソニックウェーブが発生する。衝撃波に晒されて、家屋の残骸は跡形もなく吹き飛ぶ。
 余韻は、そう長く続かなかった。
 少なくとも、アキにとっては。
 痛みなど何もないように感じていた。無痛で、意識も遠い中、何を見ているのかも分からないままにただ使命感のみで立ち上がった。異様に軽い体は、現界が維持できていることを教えてくれていた。再び灰色の世界を認識できるようになってくると、痛みもまた主張をし始める。
 レッドカイザーの声が聞こえた気がしたが、アキには届いていない。
 ゆっくりと振り向いて、ぞっとする。怪獣の攻撃を顔面に浴びて、無様に倒れる。
『……キ! アキ!』
 トドメを! 早く!
 上体を起こして怪獣をよく見ると、地に伏したその体から下半身と左腕はなくなっていたが、腹から上と右腕が残っている。
 次はない、ここで倒しきらねばならない。
 朦朧とする意識のなかで、使命をはっきりと了解する。走り出そうとしてよろけ、地に足をつけながら急ぐ。投げられたように飛んでくる右腕に殴られるが、三度目は両手で捕まえる。手に力が集中し、握力で握りつぶすように千切る。怪獣の再生は進んでいる。
 アキはレッドカイザーの体で、怪獣を見下ろした。右腕にレッドカイザーのエーテルが集まる。あらゆる干渉を一方的なものにする力が集約し、全てを破壊する一撃の源となる。
 怪獣の胸にめがけて、拳を振り下ろす。
『アキ!』
 つんざくような声色に、アキは反射的に身をのけ反らせた。手を失くした腕を怪獣が振るっていた。額をかすったそれは、あらゆる防御の力を失くしたレッドカイザーの額に、一筋の傷を作る。
 裂傷にたじろく暇もなく、アキは全霊を込めて拳を放ち、怪獣の胸を穿った。



 アキは額の傷を指先で撫でていた。傍らにはおもちゃのレッドカイザーがいる。二人は瓦礫に座って、怪獣の亡骸を見ていた。怪獣の亡骸というものの、エーテルの流入源を絶った今は膨大な土砂に他ならない。中には木々があり、どこか山奥からやってきたのだろうことが伺えた。アキは現界のプロセスを詳しくは知らないが、ぼんやりと昼の地震を思いだしていた。
『すまない』
 レッドカイザーは傷のことについて謝っていた。アキの額にあるのと同じ形のものが、レッドカイザーの額にも刻まれている。
『現界中の怪我は、現界を解いた後にも残ってしまう』
「いいよ」
 傷を撫でながら、アキは大して気にしていなかった。むしろ勲章のようにすら思っていたし、レッドカイザーと同じ傷というのが、絆を感じられた。
 曇りの空は晴れつつあって、切れ間から赤い陽光が二人に注がれていた。
「これからどうするの?」
 アキはできれば聞きたくなかったが、意を決してそう質問した。これが最初で最後なら、レッドカイザーはまたただのおもちゃに戻ってしまう。アキは今日という日に囚われてしまうような気がしていた。
『分からない』レッドカイザーは少し黙ってから言った。『怪獣はまた現れるかもしれないし、もう現れないかもしれない。今、我々のエーテル界は……少し、大変な時期なのだ』
「じゃあ、もう少し一緒にいられるってこと?」
『短いかもしれないがな。なんにせよ……』
 レッドカイザーは言いづらそうに言葉を切って、ややあってから、言った。
『よろしく頼む、アキ』
 アキは顔を明るくして、レッドカイザーを抱き上げた。
「ねえ、エーテル界ってどんなところなの」
『あまり楽しい話はできないぞ』
 燃えるような夕陽の光を浴びて、二人はしばらくの間そうしていた。世界は二人を置いて人が消えてしまったようだった。生けるものは他に一つとしてなく、ここが世界の中心となってしまったかのように。瓦礫の上でただ二人、真っ黒な影を長くしながら、時は過ぎていった。

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