怪獣対巨人!赤灼鋼帝レッドカイザー 始まりの炎と無限の宇宙

牧名もぐら

第一話 レッドカイザー、現界-4

 レッドカイザーを覆っていた闇が掃われ、鈍い赤の身体が姿を現す。アキが知っているアニメに登場する姿とは違ったが、アキは興奮を抑えきれず声を上げた。その声に遠くの怪獣を見ていた人々が振り返り、自分たちの頭上にもう一体の巨人が現れたことに気付くと、悲鳴を上げ、気を失い、取り乱し、泣きながら大切な人を抱きしめてうずくまってしまった。
 巨大化したレッドカイザーが静かに歩き出す。音もなく、風も流れず、巨躯にしては何か不自然な要素が多いようだった。アキは思い至って、レッドカイザーが立っていた場所を見てみる。コンビニがあり、踏みつぶされてしまったのではないかと懸念したが、どういうわけか無事のようだ。凹み一つなく、アキの見たことのある屋根が寸分違わずそこにある。
 レッドカイザーは怪獣の方へとまっすぐ進んでいくが、マンションは足を上げて避け、一軒家は踏みつけても原型を保っている。怪獣の方もレッドカイザーに気付いたのか、ゆっくりと歩き寄っているようだが、後方には煙の筋が見えた。
 アキは階段を降り、病院を出て自転車に乗る。レッドカイザーを追いかける算段だ。信号を律義に待って、家並の間から見えるレッドカイザーの背中を追いかける。追いかけながら、レッドカイザーが歩いても地面が揺れないことに気付いた。怪獣が歩くのには離れていても微妙な振動が足に伝わったのに、レッドカイザーはこんなに近くにいても平気だ。蜃気楼かなにか、実体がないようにも思えた。あるいは、おそろしく軽いのか。
 軽い、どれほど? まさか、おもちゃ一つ分……?
 アキの思考が心配へ移りそうになった時、レッドカイザーが速度を上げ、走り始めた。やはり無音で、巨体が切った空気が暴風となって荒れ狂うこともない。グリーンバックに町の背景が映し出されているような違和感をまといながら、レッドカイザーはあっという間に怪獣との距離を詰めて、右の拳をその顔面に叩きつけた。ぼうっとしていただけに見えた怪獣は、腕を振り回して反撃の姿勢を見せる。レッドカイザーは腕を引くと、素早く姿勢をかがめて、空いた敵の懐に肩からタックルを仕掛ける。怪獣は少し体を押されたようによろけるが、後ずさりもなければ倒れもしない。再度反撃を試みるが、レッドカイザーは素早く離脱し、次の一手を狙う。
 町には避難を呼びかけるサイレンが流れており、大きな荷物を車に押し込む人や、最低限の必需品を持って逃げる人見られたが、まだ多くの人が残っているようだった。怪獣が影響を及ぼす範囲は知れていると、日和見を決め込んでいる。空に飛行機が……いや、戦闘機が二つ、並んで飛んできていた。音という音が、目に入るものすべてが、町を見知らぬ空間に仕立て上げている。
 アキは手ごろな塀を伝って民家の屋根に乗り、そこから二体の戦いを見ていた。怪獣の一挙手一投足は重く、アキは風が荒れるのを感じた。あの巨大な質量にかすりでもしようものならちりも残らないだろうという確信がある。今のところレッドカイザーは鈍重な相手に対して一方的に攻撃できているようだが、決定打がない印象だ。必殺技を撃つ機会を待っているのだとアキは期待するが、今だというタイミングでもはやり打撃を繰り出す。
 レッドカイザー自身、戸惑っているようだった。自分の腕をまじまじと見て、それから相手を睨みつける。何かをやろうとしている。アキが目を見張ったその先で、レッドカイザーが再び怪獣との距離を詰める。怪獣は、今度はなされるがままにされるのを許さなかった。右肩を出して腕を丸め、防御の構えを見せる。レッドカイザーは右側に回り込むように動いて、防御の死角を突こうとした。怪獣が腕を伸ばしながら、体の捻りでもって破壊的な裏拳を繰り出す。レッドカイザーはそれを避けようとせず、その場にとどまる。
 レッドカイザーは迫りくる粉砕の一撃を静かに見つめて、その軌道にそっと手を置いた。五指を開いて、片手で受け止めるような姿勢で静止する。
 軽快な破裂音と共に、怪獣の裏拳が弾け飛ぶ。レッドカイザーの差し出した手のひらに衝突したと思えば、怪獣の腕は血しぶきをあげて粉砕されていた。速度の殺しきられなかった肉片が町へ降り注ぐ。怪獣は腕を抑え、ゆっくりと後ずさる。家が踏みつぶされ、振動に車の防犯ブザーが鳴る。レッドカイザーはじっとその様子を見つめ、今度はゆっくりと近づいていく。
 勝った。アキはそう思った。痛みにもがく怪獣にトドメを刺して、怪獣事件は終わる。自分のしたことなどないも同然だが、あの怪獣を倒したのは紛れもない自分のレッドカイザーであることにアキは誇りを感じるだろう。屋根から降りて自転車にまたがり、レッドカイザーの元へ走ろうとしたとき、アキは困惑するものを見た。怪獣の腕が再生している。
 レッドカイザーが何かを察したように守りの構えを取ると、離れたところにいる怪獣の腕がゴムのように伸びてその両腕を掴み、拘束した。
 さっきまで腕を伸ばすなんてことはしなかったはずなのに! アキの胸に悪い予感がこみ上げる。
 レッドカイザーは振りほどこうともがいているが、まるで効果がない。しかし怪獣もまた、これ以上の手出しはできない。大丈夫なはずだ、大丈夫……。
 だが、尋常でない回復力を持つ怪獣の戦法は、アキの想像を超えていた。レッドカイザーを支点に怪獣という杭が大地から抜かれるように、その巨体がゆっくりと上昇していく。レッドカイザーに怪獣ぶんの体重が乗って、足場にしていた民家が崩れ大地にめり込む。腕を激しく振るわれても、怪獣は何事もないかのように弧を描きながら一定の速度で空へ上っている。
 怪獣が、長く伸びた両腕を脚にして立つように空中で動きを止めた。
 直後、怪獣はレッドカイザーの頭上に落下した。引力と、それ以上の加速力が加わり、百メートル超の巨体が生んだ質量攻撃は巨大な爆発を彷彿させた。
 屋根が吹き飛び、壁が吹き飛び、木が吹き飛んだ。アキは目をつむり、顔を腕で覆ってかがみこんだ。砂のようなものが体に吹きつけてきて、怖気が走る。次の瞬間には電柱が倒れてくるかもしれないと思った。
 ここで終わりか。
 猛烈な死の気配に脳が思考を停止させた。顔面の皮が引き締められたように感じる。耳が遠くなり、呼吸はもはやしていないようにも思われた。

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