見た目は青年、心はアラサー、異世界に降り立つ! ~チートスキル「ストレージ」で異世界を満喫中~
三十九話
「すぅ、すぅ」
ベッドの上で静かに寝息を立てているアンを見る。
孤児院で唯一難を逃れた少女。それが今は、こんなに穏やかな表情で眠っている。
「せめてアンだけでも、絶対に守らないとな」
今度は俺がすぐ傍にいる。いざとなれば、何が何でもアンの事を守る。それが俺の責任って奴だ。
フォレ、リヒトさん、それに沢山の子供達。いったい今どこにいるのか分からないけど、みんなの事も絶対に助け出してみせる。
「その為にも、今は休まないと、か」
アンが目を覚ました時、俺がフラフラの状態じゃあ話もまともに出来ないからな。それに、明日の勇者杯も……勇者杯、か。
「まあ、流石に明日出場してる余裕なんてないだろうし、フーリとマリーには悪いけど、今回は棄権するしかないよな」
正直今のまま勇者杯に出場したとしても、孤児院の事が気になって試合に集中できる気がしない。
そんな状態で出場しても、良い結果なんて出せる訳がない。
「それも含めて、一度ゆっくり休んでから考えよう」
今はとにかく休む事優先だ。そう思い、俺はそのまま瞼を閉じた。すると、自分でも驚くぐらいすぐに睡魔が襲って来て、俺は一分と掛からず眠りの世界へと誘われた。
近衛海斗さんが王都へと向かって数週間が過ぎた。今頃は王都で勇者杯に出場している頃だろうか。
種は撒いておいた。「今の近衛海斗」なら「あの男」にも充分対抗出来る事でしょう。私もやるべき事をやっておかないと。
「ふぅ、後はこれを収納すれば」
目の前で異様な存在感を放つ石像を眺めながら、私は最後の仕上げに取り掛かった。
目の前に置かれた巨大な像。それは人型の男らしき姿をしている。
そう、男「らしき」姿だ。
らしき、というのは、この石像には明らかに人間のそれとは異なる特徴がある為、これを人間と呼んでいいのか微妙な所だからだ。
「まあ、正体を知っていれば、これを人間だなんて、口が裂けても言えませんけどね……いえいえ、今のは物の例えですよ」
目の前の石像には、頭に生える二本の鋭い角と蛇の様な尻尾、そして何より、背中から生えた蝙蝠の様な大きな翼がある。この三つが、この石像が只の人間ではないと物語っている。
そして石像を取り囲むように四方に配置された人型の石像。
こちらには特におかしな特徴は無い。正真正銘、普通の人間の像だ。
どちらも屋外に置かれており、植物の蔦などが巻き付き、砂埃なども積もっている。それだけでこの石像が、長年ここに放置されている事を窺い知れる。
だが、長年放置されているという事実に反し、石像自身には劣化した痕跡が皆無である。
「何とか間に合いそうですね」
巨大な石像に手を触れ、私は小さく「収納」と呟く。
すると、目の前の巨大な石像は一瞬にして消え失せ、後には巨大な像があった痕跡として、草一本生えない剥き出しの地面が姿を現す。
「さて、それでは皆さん、これは私が責任を持って処理しますので、ご安心下さい」
石像を収納し終えた私は、周囲を取り囲むように配置されていた人型の石像を見回し、一度頭を下げてそう言った。
すると、それに応えるかのように、傷一つ付いていなかった四つの石像に「ピシリ」とヒビが入った。ヒビは少しづつ広がっていき、やがて四つの石像は音もなく崩れ去った。
まるで、砂の城が崩れ去る様に、サラサラと風に乗って。
「彼らなりの挨拶のつもりなのでしょうか? ……いえ、あなたの言う通り、考え過ぎですね」
私は崩れ去った石像の一つに歩み寄り、その残骸を両手で掬いあげた。そして、巨大な石像を収納した時と同じ様に「収納」と呟く。
すると、巨大な石像の時と同じく「それ」は無事私のストレージに収納されていた。
ここで見ていて下さい。
「さて、ここでの目的も無事に終わった事ですし、私も行きましょうか。王都へと」
準備は済ませた。撒いた種も、そろそろ芽吹く頃。後は。
「全てを終わらせる瞬間。その時を逃さないようにしなければ」
長かった。この時に辿り着くまでに、どれだけの時間を要した事か。だが、それもこれで終わる。
「待っていて下さい、近衛海斗さん」
この物語の、私以外のもう一人の主人公、近衛海斗さん。
あなたの力が、私には必要なのですから。
「ん、んぅ」
フサッ。
「ふぁっ」
「……んぅ?」
……何だ? 何か妙な感触がする。
覚醒しきっていない頭で、自分が今しがた何を触ったのかをぼんやりと考える。が、イマイチ頭がよく働かない。
「……んぅ、ふあ、ぁぁ。仕方ない、起きるか」
俺はまだ寝ていたい衝動を抑え込み、寝ぼけ眼を擦りながら自分が何を触ったのか確認するべく、のんびりとした動作で周囲を見回した。
枕元、自分の腹の上、そして最後に手元を確認した所で、自分が一体何を触ったのかを理解した。
俺の手元、そこには昨日確かにベッドの上に寝かしつけた筈のアンの姿があった。
ご丁寧に掛け布団に包まって寝ているが、昨日あの後いったい何があったんだ?
頭は丁度俺の胸元ぐらいの位置にあり、熟睡しているその姿、そしてその顔は、本当に幸せそうな表情をしている。
頭が胸元……そっか。つまり俺は今、アンの頭を触ったって事か。
幸いというか何というか、アンは未だに目を覚ましていない様で、俺が頭――髪の毛を触った事には気付いていない様子だ。
俺は隣で眠るアンを起こさない様、そっと寝袋から這い出て窓を開けると、外の空気を部屋の中へと送り込む。
外はまだ薄暗く、思ったよりも早い時間に目が覚めたのだと気が付いた。
何か最近、大分早起きになった気がするな。
「……今の内に朝飯の準備でもしとくか」
まあ早起きなのは悪い事じゃないし、せっかくこんな時間に目が覚めたんだ。時間は有効活用しないと。
俺はストレージの中身を確認しながら、朝飯の献立を考える。
(そうだな。朝飯は軽く済ませたいから、とりあえず適当に野菜を皿に盛りつけてサラダにするとして。燻製肉があるから、それを野菜と一緒にパンに挟むか)
大雑把にメニューを決めて、ストレージでそれらを生産。
それを皿の上に盛り付けた状態で取り出せば。
「うん、大体こんなもんかな」
予想通りの出来映えに満足し、それを再びストレージの中へと収納する。
これで朝飯の用意はいいとして、後は。
「孤児院の子供達、か」
俺は昨夜の出来事を思い出す。
突然姿を消した孤児院の子供達とリヒトさん。あまりにも急な出来事だったので、昨夜は酷く取り乱してしまったが、今は幾分冷静に物事を考える余裕が出来ている。
やっぱり昨日ニーナさんの言う通りにしておいて正解だった。
一晩休んだだけで、随分と心の余裕が違うものだ。
昨日はあの詐欺師が連れ去ったんだって思考に陥ってしまっていたけど、別にそうと決まった訳じゃないんだよな。
ただ、理由はどうあれ、アン以外の孤児院の子供、そして院長が一夜にして行方不明になったんだ。
この件を衛兵に話せば、流石にすぐに動いてくれるだろう。
あとはアンに話を聞いて、俺も可能な限り捜索をしよう。フーリとマリーには申し訳ないが、勇者杯は棄権、もしくは俺抜きで参加して貰うしかない。
「――んっ」
その時、背後で人が動く気配を感じた。
「あれ? 私、何で? 確か、昨日は……」
続いて聞こえてくるアンの声。どうやらアンが目を覚ましたらしい。
「おぅ。おはよう、アン」
「え? あ、お兄さん、おはようござ……って、お兄さん!?」
「ん? ああ、そうだけど?」
いきなり素っ頓狂な声をあげて驚くアン。いったいどうしたんだ?
「あ、あああのあの、もも、もしかしてこ、ここ、この部屋、お兄さんの!?」
「ん? ああ、俺の部屋だけど?」
アンは随分と動揺している様で、ものすごく噛み噛みの状態ながらも、辛うじて聞き取れるレベルの言葉で尋ねてきた。
ああ、あれか。昨日の記憶が曖昧なのか。無理もない。随分と疲れてたみたいだからな。
ベッドの上で静かに寝息を立てているアンを見る。
孤児院で唯一難を逃れた少女。それが今は、こんなに穏やかな表情で眠っている。
「せめてアンだけでも、絶対に守らないとな」
今度は俺がすぐ傍にいる。いざとなれば、何が何でもアンの事を守る。それが俺の責任って奴だ。
フォレ、リヒトさん、それに沢山の子供達。いったい今どこにいるのか分からないけど、みんなの事も絶対に助け出してみせる。
「その為にも、今は休まないと、か」
アンが目を覚ました時、俺がフラフラの状態じゃあ話もまともに出来ないからな。それに、明日の勇者杯も……勇者杯、か。
「まあ、流石に明日出場してる余裕なんてないだろうし、フーリとマリーには悪いけど、今回は棄権するしかないよな」
正直今のまま勇者杯に出場したとしても、孤児院の事が気になって試合に集中できる気がしない。
そんな状態で出場しても、良い結果なんて出せる訳がない。
「それも含めて、一度ゆっくり休んでから考えよう」
今はとにかく休む事優先だ。そう思い、俺はそのまま瞼を閉じた。すると、自分でも驚くぐらいすぐに睡魔が襲って来て、俺は一分と掛からず眠りの世界へと誘われた。
近衛海斗さんが王都へと向かって数週間が過ぎた。今頃は王都で勇者杯に出場している頃だろうか。
種は撒いておいた。「今の近衛海斗」なら「あの男」にも充分対抗出来る事でしょう。私もやるべき事をやっておかないと。
「ふぅ、後はこれを収納すれば」
目の前で異様な存在感を放つ石像を眺めながら、私は最後の仕上げに取り掛かった。
目の前に置かれた巨大な像。それは人型の男らしき姿をしている。
そう、男「らしき」姿だ。
らしき、というのは、この石像には明らかに人間のそれとは異なる特徴がある為、これを人間と呼んでいいのか微妙な所だからだ。
「まあ、正体を知っていれば、これを人間だなんて、口が裂けても言えませんけどね……いえいえ、今のは物の例えですよ」
目の前の石像には、頭に生える二本の鋭い角と蛇の様な尻尾、そして何より、背中から生えた蝙蝠の様な大きな翼がある。この三つが、この石像が只の人間ではないと物語っている。
そして石像を取り囲むように四方に配置された人型の石像。
こちらには特におかしな特徴は無い。正真正銘、普通の人間の像だ。
どちらも屋外に置かれており、植物の蔦などが巻き付き、砂埃なども積もっている。それだけでこの石像が、長年ここに放置されている事を窺い知れる。
だが、長年放置されているという事実に反し、石像自身には劣化した痕跡が皆無である。
「何とか間に合いそうですね」
巨大な石像に手を触れ、私は小さく「収納」と呟く。
すると、目の前の巨大な石像は一瞬にして消え失せ、後には巨大な像があった痕跡として、草一本生えない剥き出しの地面が姿を現す。
「さて、それでは皆さん、これは私が責任を持って処理しますので、ご安心下さい」
石像を収納し終えた私は、周囲を取り囲むように配置されていた人型の石像を見回し、一度頭を下げてそう言った。
すると、それに応えるかのように、傷一つ付いていなかった四つの石像に「ピシリ」とヒビが入った。ヒビは少しづつ広がっていき、やがて四つの石像は音もなく崩れ去った。
まるで、砂の城が崩れ去る様に、サラサラと風に乗って。
「彼らなりの挨拶のつもりなのでしょうか? ……いえ、あなたの言う通り、考え過ぎですね」
私は崩れ去った石像の一つに歩み寄り、その残骸を両手で掬いあげた。そして、巨大な石像を収納した時と同じ様に「収納」と呟く。
すると、巨大な石像の時と同じく「それ」は無事私のストレージに収納されていた。
ここで見ていて下さい。
「さて、ここでの目的も無事に終わった事ですし、私も行きましょうか。王都へと」
準備は済ませた。撒いた種も、そろそろ芽吹く頃。後は。
「全てを終わらせる瞬間。その時を逃さないようにしなければ」
長かった。この時に辿り着くまでに、どれだけの時間を要した事か。だが、それもこれで終わる。
「待っていて下さい、近衛海斗さん」
この物語の、私以外のもう一人の主人公、近衛海斗さん。
あなたの力が、私には必要なのですから。
「ん、んぅ」
フサッ。
「ふぁっ」
「……んぅ?」
……何だ? 何か妙な感触がする。
覚醒しきっていない頭で、自分が今しがた何を触ったのかをぼんやりと考える。が、イマイチ頭がよく働かない。
「……んぅ、ふあ、ぁぁ。仕方ない、起きるか」
俺はまだ寝ていたい衝動を抑え込み、寝ぼけ眼を擦りながら自分が何を触ったのか確認するべく、のんびりとした動作で周囲を見回した。
枕元、自分の腹の上、そして最後に手元を確認した所で、自分が一体何を触ったのかを理解した。
俺の手元、そこには昨日確かにベッドの上に寝かしつけた筈のアンの姿があった。
ご丁寧に掛け布団に包まって寝ているが、昨日あの後いったい何があったんだ?
頭は丁度俺の胸元ぐらいの位置にあり、熟睡しているその姿、そしてその顔は、本当に幸せそうな表情をしている。
頭が胸元……そっか。つまり俺は今、アンの頭を触ったって事か。
幸いというか何というか、アンは未だに目を覚ましていない様で、俺が頭――髪の毛を触った事には気付いていない様子だ。
俺は隣で眠るアンを起こさない様、そっと寝袋から這い出て窓を開けると、外の空気を部屋の中へと送り込む。
外はまだ薄暗く、思ったよりも早い時間に目が覚めたのだと気が付いた。
何か最近、大分早起きになった気がするな。
「……今の内に朝飯の準備でもしとくか」
まあ早起きなのは悪い事じゃないし、せっかくこんな時間に目が覚めたんだ。時間は有効活用しないと。
俺はストレージの中身を確認しながら、朝飯の献立を考える。
(そうだな。朝飯は軽く済ませたいから、とりあえず適当に野菜を皿に盛りつけてサラダにするとして。燻製肉があるから、それを野菜と一緒にパンに挟むか)
大雑把にメニューを決めて、ストレージでそれらを生産。
それを皿の上に盛り付けた状態で取り出せば。
「うん、大体こんなもんかな」
予想通りの出来映えに満足し、それを再びストレージの中へと収納する。
これで朝飯の用意はいいとして、後は。
「孤児院の子供達、か」
俺は昨夜の出来事を思い出す。
突然姿を消した孤児院の子供達とリヒトさん。あまりにも急な出来事だったので、昨夜は酷く取り乱してしまったが、今は幾分冷静に物事を考える余裕が出来ている。
やっぱり昨日ニーナさんの言う通りにしておいて正解だった。
一晩休んだだけで、随分と心の余裕が違うものだ。
昨日はあの詐欺師が連れ去ったんだって思考に陥ってしまっていたけど、別にそうと決まった訳じゃないんだよな。
ただ、理由はどうあれ、アン以外の孤児院の子供、そして院長が一夜にして行方不明になったんだ。
この件を衛兵に話せば、流石にすぐに動いてくれるだろう。
あとはアンに話を聞いて、俺も可能な限り捜索をしよう。フーリとマリーには申し訳ないが、勇者杯は棄権、もしくは俺抜きで参加して貰うしかない。
「――んっ」
その時、背後で人が動く気配を感じた。
「あれ? 私、何で? 確か、昨日は……」
続いて聞こえてくるアンの声。どうやらアンが目を覚ましたらしい。
「おぅ。おはよう、アン」
「え? あ、お兄さん、おはようござ……って、お兄さん!?」
「ん? ああ、そうだけど?」
いきなり素っ頓狂な声をあげて驚くアン。いったいどうしたんだ?
「あ、あああのあの、もも、もしかしてこ、ここ、この部屋、お兄さんの!?」
「ん? ああ、俺の部屋だけど?」
アンは随分と動揺している様で、ものすごく噛み噛みの状態ながらも、辛うじて聞き取れるレベルの言葉で尋ねてきた。
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