見た目は青年、心はアラサー、異世界に降り立つ! ~チートスキル「ストレージ」で異世界を満喫中~
三十六話
一時間後。
「はあ、なんだか緊張してきました」
「はは、まあそんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」
何故か俺はニーナさんを伴って、孤児院の前に立っていた。
というのも、そもそもニーナさんは孤児院出身だった、というのをすっかり忘れていたのだ。
そりゃニーナさんに「リヒトさんが目を覚ました」なんて話をすればどうなるかなんて一目瞭然だ。その後はあれよあれよという間にニーナさんと共に孤児院に向かう事になっていたのだ。
まあアレだ。俺は所謂ボディガードって奴。
今は一応夜なんだし、女の一人歩きは危ないからな。
「おじいちゃん、私の事覚えているでしょうか?」
「大丈夫ですよ。きっと覚えてますって」
昨日少しだけ見ていたけど、リヒトさんはアン達の事を本気で可愛がっている様に見えた。
たまたまアンとフォレの事を特別可愛がっていただけ、という可能性もあるにはあるが、それは限りなくゼロに近いだろう。
だって、ニーナさんもリヒトさんの事をおじいちゃんと呼んで慕っている。
もしこれでアンとフォレだけ可愛がっているのなら、ニーナさんがリヒトさんの事を「おじいちゃん」なんて呼ぶ事は無いだろう。
そういう事だ。
「そうですよね……ふぅ、それじゃあ、行きます!」
ニーナさんは一度息を吐くと、意を決したように目の前の門扉に手を掛けた。
キィッ。
金属が軋む様な鈍い音を立てながら、門扉が開かれる。もう何度もこの孤児院に通い、既に聞き慣れた筈のその音が、何故か今回に限ってやたらと耳に残る。
変だな。なんか妙な胸騒ぎがしてきたんだが。
例えるなら、家を出る時に火の元栓を閉めたかどうかを、出先で気になり始めた時みたいな。分かりにくいかもしれないが、とにかく嫌な予感がする。
「やけに静かだな。それに、人の気配を全然感じない?」
いや、人というより、何の気配も感じない。
気配って何だって言われると困るが、何となく、ここには誰もいない様な気がしてならない。
ここにあるのは、空から降り注いでいる月明かりのみ。そんな気がする。
「……すみません、先に行きますね!」
「あ、ちょっと!」
後ろからニーナさんの声が聞こえてきたが、俺は気にせずに孤児院の中へと入った。
気の所為ならそれでいいんだ。実は全て俺の勘違いで、折角寝ていたアンやフォレ、子供達にリヒトさんを起こしてしまっても、その時はきちんと謝ればいい。
孤児院のみんなは優しいから、きっと笑って許してくれるだろう。
そして、お詫びとしてまたでっかい肉なんかを出して、それを見て大喜びする子供達。
困った様な、でもどこか嬉しそうな顔をするアンに、たどたどしいながらもきちんとお礼を言うフォレ。
ああ、リヒトさんなんかは初めての光景に驚いたりするかもしれないな。
それで、俺が何回か食べ物を持ってきたって話したら、どんな反応をするだろうか?
まだリヒトさんとはほとんど話した事ないから、ちょっと楽しみだ。
でも、アン達がみんなして「おじいちゃん」なんて呼ぶような人だ。きっと優しい人に決まってるよな。
そんな事を考えながら走っていると、目の前にはいつのまにか子供達が寝ている筈の部屋の扉があった。
そう、この扉を開けば。
この薄い板一枚の向こう側に、たった今俺が考えていた光景が――アンの、フォレの、リヒトさんの、子供達の姿がある筈なんだ。
「すぅ……はぁ……よし、開けるぞ」
頼む、どうか。どうか俺の気の所為であってくれ!
そう心の底から願いながら扉を開いたが、現実というのは時に残酷な真実を告げてくる。
「……冗談、だろ?」
扉を開けたその先。そこには、人っ子一人存在していなかった。
「コ、コノエさん? いきなり走り出して、一体どうし……あれ? みんなは?」
俺に続いて、少しだけ遅れてやってきたニーナさんが部屋の中を覗き込み、そこに誰もいない事に頭を捻っていた。
「あれ? 私の記憶違い? 確かこの部屋が子供達の寝室だったと思うんですけど……」
ニーナさんの言う通り、ここは子供達の寝室で間違いなかった筈だ。
ここ数日毎日孤児院に通った俺が言うのだ。勘違いなんかの類じゃない。
でも、だったらここで寝ている筈の子供達は一体どこに行ってしまったというんだ?
「いえニーナさん、ここは子供達の寝室で間違いない筈です」
そう、流石につい最近の出来事を忘れる程物忘れが激しかった覚えはない。ここは間違いなく子供達の寝室で間違っていない筈だ。
『私はこの孤児院の子供を全部引き取りに来たのヨ!』
その時、何故か昨日追い払った筈の、あの詐欺師の言葉が頭の中にフラッシュバックした。
孤児院の子供を引き取るとかのたまっていた詐欺師。突然いなくなった子供達。
二つの点と点が「追い払った筈」という曖昧な糸で繋がる。
そう、もしもあの時、俺が完全に追い払えてなかったとしたら? あの詐欺師が、実はどこかに隠れ潜んで、俺がいなくなるのを虎視眈々と狙っていたのだとしたら?
「いや、そんなまさか。大体この短時間で、アレだけの人数の子供達をどうやって誘拐するっていうんだ? 人手が全く足りないだろ」
などと自分に言い聞かせながらも、頭の中には既に一つの可能性が思い浮かんでいる。
もしも、詐欺師が一人じゃなかったとしたら?
「……くそっ!」
その考えに辿り着くのと同時に、俺は部屋から飛び出し、孤児院内を駆け回った。
「あ、ちょっと、コノエさん!?」
またもニーナさんを置いてけぼりにしてしまう事になったが、今はそれよりも大事な事がある。
とにかく、孤児院内をくまなく探し回る。場所はどこでもいい。
どこかに子供達の姿があれば。俺の考えが間違っているのだと、証明してくれれば。
「くっ……誰か! 誰かいないのか!」
堪らず大声で叫ぶが、返事が帰って来る事はなかった。
どんなに叫んでも、どんなに探し回っても、子供達の誰一人として反応してくれる事はなかった。
「……誰か、いないのか」
孤児院中を探し回ってこれなのだ。最早認めるしかない。
恐らくだが、あの時俺は、あの詐欺師を追い払えていなかった。そして、俺がいなくなるのを物影にでも身を潜めて待ち、俺がいなくなるのと同時に孤児院を襲撃。
孤児院中の子供達をどこかへと連れ去てしまったんだ。そうとしか考えられない。
「くそ! 何であの時俺は、もっときっちり追い払わなかったんだ!」
もしもあの時、もっと徹底的に脅していれば。気配探知を使って、あの詐欺師が本当にいなくなったかどうかを確認していれば。
今更後悔した所で、全ては後の祭り。
俺は自分の不甲斐なさに苛立ちと無力感を覚えながらも、まだ唯一探していない場所――リヒトさんの部屋を訪れた。
するとそこには、俺よりも先に部屋を訪れている人の姿があった。
「あ、コノエさん。急に部屋を飛び出したりして、何かあったんですか? それに、皆はどこに……」
ニーナさんだ。どうやら俺が部屋を飛び出し、孤児院中を駆け回っている間に、ニーナさんはこの部屋を訪れていた様だ。
「ニーナさん……」
言葉が出て来ない。
あんなに何度も孤児院を訪れ、アンやフォレ、それに子供達と触れ合い、あまつさえ不審者の存在を把握しておきながら、未然にそれを防ぐ事すら出来なかった。
どう考えても俺の責任だ。言い訳のしようもない。
「あの、ニーナさん、俺……」
俺の所為で、子供達が行方不明に。そう言いかけた時だった。
ゴトッ。
「「っ!?」」
微かな、けれどもハッキリと聞こえた物音。
俺の聞き間違いじゃなかったら、リヒトさんが寝ていたベッドの辺りから聞こえてきた筈だ。
「はあ、なんだか緊張してきました」
「はは、まあそんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」
何故か俺はニーナさんを伴って、孤児院の前に立っていた。
というのも、そもそもニーナさんは孤児院出身だった、というのをすっかり忘れていたのだ。
そりゃニーナさんに「リヒトさんが目を覚ました」なんて話をすればどうなるかなんて一目瞭然だ。その後はあれよあれよという間にニーナさんと共に孤児院に向かう事になっていたのだ。
まあアレだ。俺は所謂ボディガードって奴。
今は一応夜なんだし、女の一人歩きは危ないからな。
「おじいちゃん、私の事覚えているでしょうか?」
「大丈夫ですよ。きっと覚えてますって」
昨日少しだけ見ていたけど、リヒトさんはアン達の事を本気で可愛がっている様に見えた。
たまたまアンとフォレの事を特別可愛がっていただけ、という可能性もあるにはあるが、それは限りなくゼロに近いだろう。
だって、ニーナさんもリヒトさんの事をおじいちゃんと呼んで慕っている。
もしこれでアンとフォレだけ可愛がっているのなら、ニーナさんがリヒトさんの事を「おじいちゃん」なんて呼ぶ事は無いだろう。
そういう事だ。
「そうですよね……ふぅ、それじゃあ、行きます!」
ニーナさんは一度息を吐くと、意を決したように目の前の門扉に手を掛けた。
キィッ。
金属が軋む様な鈍い音を立てながら、門扉が開かれる。もう何度もこの孤児院に通い、既に聞き慣れた筈のその音が、何故か今回に限ってやたらと耳に残る。
変だな。なんか妙な胸騒ぎがしてきたんだが。
例えるなら、家を出る時に火の元栓を閉めたかどうかを、出先で気になり始めた時みたいな。分かりにくいかもしれないが、とにかく嫌な予感がする。
「やけに静かだな。それに、人の気配を全然感じない?」
いや、人というより、何の気配も感じない。
気配って何だって言われると困るが、何となく、ここには誰もいない様な気がしてならない。
ここにあるのは、空から降り注いでいる月明かりのみ。そんな気がする。
「……すみません、先に行きますね!」
「あ、ちょっと!」
後ろからニーナさんの声が聞こえてきたが、俺は気にせずに孤児院の中へと入った。
気の所為ならそれでいいんだ。実は全て俺の勘違いで、折角寝ていたアンやフォレ、子供達にリヒトさんを起こしてしまっても、その時はきちんと謝ればいい。
孤児院のみんなは優しいから、きっと笑って許してくれるだろう。
そして、お詫びとしてまたでっかい肉なんかを出して、それを見て大喜びする子供達。
困った様な、でもどこか嬉しそうな顔をするアンに、たどたどしいながらもきちんとお礼を言うフォレ。
ああ、リヒトさんなんかは初めての光景に驚いたりするかもしれないな。
それで、俺が何回か食べ物を持ってきたって話したら、どんな反応をするだろうか?
まだリヒトさんとはほとんど話した事ないから、ちょっと楽しみだ。
でも、アン達がみんなして「おじいちゃん」なんて呼ぶような人だ。きっと優しい人に決まってるよな。
そんな事を考えながら走っていると、目の前にはいつのまにか子供達が寝ている筈の部屋の扉があった。
そう、この扉を開けば。
この薄い板一枚の向こう側に、たった今俺が考えていた光景が――アンの、フォレの、リヒトさんの、子供達の姿がある筈なんだ。
「すぅ……はぁ……よし、開けるぞ」
頼む、どうか。どうか俺の気の所為であってくれ!
そう心の底から願いながら扉を開いたが、現実というのは時に残酷な真実を告げてくる。
「……冗談、だろ?」
扉を開けたその先。そこには、人っ子一人存在していなかった。
「コ、コノエさん? いきなり走り出して、一体どうし……あれ? みんなは?」
俺に続いて、少しだけ遅れてやってきたニーナさんが部屋の中を覗き込み、そこに誰もいない事に頭を捻っていた。
「あれ? 私の記憶違い? 確かこの部屋が子供達の寝室だったと思うんですけど……」
ニーナさんの言う通り、ここは子供達の寝室で間違いなかった筈だ。
ここ数日毎日孤児院に通った俺が言うのだ。勘違いなんかの類じゃない。
でも、だったらここで寝ている筈の子供達は一体どこに行ってしまったというんだ?
「いえニーナさん、ここは子供達の寝室で間違いない筈です」
そう、流石につい最近の出来事を忘れる程物忘れが激しかった覚えはない。ここは間違いなく子供達の寝室で間違っていない筈だ。
『私はこの孤児院の子供を全部引き取りに来たのヨ!』
その時、何故か昨日追い払った筈の、あの詐欺師の言葉が頭の中にフラッシュバックした。
孤児院の子供を引き取るとかのたまっていた詐欺師。突然いなくなった子供達。
二つの点と点が「追い払った筈」という曖昧な糸で繋がる。
そう、もしもあの時、俺が完全に追い払えてなかったとしたら? あの詐欺師が、実はどこかに隠れ潜んで、俺がいなくなるのを虎視眈々と狙っていたのだとしたら?
「いや、そんなまさか。大体この短時間で、アレだけの人数の子供達をどうやって誘拐するっていうんだ? 人手が全く足りないだろ」
などと自分に言い聞かせながらも、頭の中には既に一つの可能性が思い浮かんでいる。
もしも、詐欺師が一人じゃなかったとしたら?
「……くそっ!」
その考えに辿り着くのと同時に、俺は部屋から飛び出し、孤児院内を駆け回った。
「あ、ちょっと、コノエさん!?」
またもニーナさんを置いてけぼりにしてしまう事になったが、今はそれよりも大事な事がある。
とにかく、孤児院内をくまなく探し回る。場所はどこでもいい。
どこかに子供達の姿があれば。俺の考えが間違っているのだと、証明してくれれば。
「くっ……誰か! 誰かいないのか!」
堪らず大声で叫ぶが、返事が帰って来る事はなかった。
どんなに叫んでも、どんなに探し回っても、子供達の誰一人として反応してくれる事はなかった。
「……誰か、いないのか」
孤児院中を探し回ってこれなのだ。最早認めるしかない。
恐らくだが、あの時俺は、あの詐欺師を追い払えていなかった。そして、俺がいなくなるのを物影にでも身を潜めて待ち、俺がいなくなるのと同時に孤児院を襲撃。
孤児院中の子供達をどこかへと連れ去てしまったんだ。そうとしか考えられない。
「くそ! 何であの時俺は、もっときっちり追い払わなかったんだ!」
もしもあの時、もっと徹底的に脅していれば。気配探知を使って、あの詐欺師が本当にいなくなったかどうかを確認していれば。
今更後悔した所で、全ては後の祭り。
俺は自分の不甲斐なさに苛立ちと無力感を覚えながらも、まだ唯一探していない場所――リヒトさんの部屋を訪れた。
するとそこには、俺よりも先に部屋を訪れている人の姿があった。
「あ、コノエさん。急に部屋を飛び出したりして、何かあったんですか? それに、皆はどこに……」
ニーナさんだ。どうやら俺が部屋を飛び出し、孤児院中を駆け回っている間に、ニーナさんはこの部屋を訪れていた様だ。
「ニーナさん……」
言葉が出て来ない。
あんなに何度も孤児院を訪れ、アンやフォレ、それに子供達と触れ合い、あまつさえ不審者の存在を把握しておきながら、未然にそれを防ぐ事すら出来なかった。
どう考えても俺の責任だ。言い訳のしようもない。
「あの、ニーナさん、俺……」
俺の所為で、子供達が行方不明に。そう言いかけた時だった。
ゴトッ。
「「っ!?」」
微かな、けれどもハッキリと聞こえた物音。
俺の聞き間違いじゃなかったら、リヒトさんが寝ていたベッドの辺りから聞こえてきた筈だ。
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