見た目は青年、心はアラサー、異世界に降り立つ! ~チートスキル「ストレージ」で異世界を満喫中~

蒼山 勇

三十二話

 所変わって、ここは貧民街。その一角に建てられた豪奢な屋敷。古く、脆く、貧相な家々が建ち並ぶ中、その屋敷だけは一際目立っていた。
 だが、それは豪奢な造りだからとか、大きな屋敷だからだとか、そんな理由ではない。

 廃墟。

 まさしくそんな言葉が似合いそうな程、その屋敷はボロボロになっている。
 留め具が壊れ、錆付いてボロボロになった倒れた門扉、雑草が生い茂る荒れた庭、枯れた草花、水の張られていない噴水と、庭先だけでもこれだけの荒れよう。

 更に屋敷そのものには大きな穴の空いた壁、無造作に絡みついた植物の蔦、割れた窓ガラス、崩れた屋根。
 まだ貧民街の一般的な家の方が快適に過ごせるだろうと思わせる程に劣化している。

 一目見ただけで誰も住んでいない事が分かるその屋敷に、一人の男の姿がある。

「ヨー、不味いヨ不味いヨ。このままだと私、命が無いヨ!」

 男は廃墟の一室で頭を抱え、まるでこの世の終わりだとでも言い出しそうな顔をして悩んでいた。

「あの子供達を急いで捕まえて来ないと、私に命はないヨ。でも、あの孤児院に手を出したら、あの男に何をされるか分からないヨ」

 男は昨日孤児院で近衛海斗に追い払われた詐欺師で、今は自らの身の振り方について頭を悩ませている様だ。

「言う通りにしなかったら死、言う通りにしても死。こんなのどっちを選んでも一緒ヨ!」

 男の頭を大層悩ませている問題。それには孤児院が深く関わっている。男はある人物に、ある命令をされている。
 それは「孤児院の子供全員を、この廃墟に連れ去る事」だ。

 普通の神経をしていればこんな命令聞く筈が無い。だが、男にこの命令を下した人物というのは、普段から男と組んであくどい事をしている人物――イガッツ・ドライトの事だ。

 もし断れば、それは即ち身の破滅を招く恐れがあるという事を、男は充分に理解している。
 理解しているからこそ、この詐欺師の男――ライヤーは頭を悩ませている。

「命令を聞いても死、聞かなくても死なら、私はいったいどうすればいいのヨ!」

 ライヤーの言葉に、応える声はない。

 廃墟の中に、ライヤーの声が空しく反響するのみ。もし仮に誰かが応えていたとしても、それはライヤーにとって招かざる客である可能性がある為、ライヤーはこの結果自体に文句はない。

「うぅ、もういっその事、どこか遠くに逃げてしまえば……そんなの無理ヨ。どんなに遠くへ逃げたとしても、あの男――ヤトガミからは逃げきれないヨ!」

 ライヤーは心底怯えた様子でヤトガミという名を口にする。
 ヤトガミ……夜刀神拓斗に怯えるライヤーは、尋常じゃない程体を震わしている。その顔は恐怖に染まり、今にも泣き出してしまいそうだ。

「ヤトガミのスキルの恐ろしさはこの目で見てるからよーく知ってるヨ。あんな目に合うなんて御免ヨ! 嫌ヨ嫌ヨ! 私まだ死にたくないヨ!」

 地団太を踏み、駄々っ子の様に喚き散らすライヤー。それはつまり、ライヤーはそれ程までに拓斗の事を恐れているという事を表している。

「……そ、そうヨ! 良い事を思いついたヨ!」

 そうやってしばらく喚き散らしていたライヤーだが、突然妙案でも思い付いたのか、恐怖に染まっていた顔に、一縷の希望でも見出したかのような笑顔が浮かぶ。
 そして背中に背負っていたリュックを地面に下ろし、そのまま中を漁り始める。

「確かこの辺りに……あった! これヨこれヨ!」

 そう言ってライヤーがリュックの中から取り出したのは、一枚のお面であった。

「コレを使えば、任意の相手に化ける事が可能になるという、便利な魔導具ヨ! これさえあれば、昨日私を邪魔してきた男を欺く事が出来るヨ!」

 そう言ってライヤーは魔導具だというお面を被り、そのまま頭の中に化けたい相手の顔を思い浮かべる。
 そのイメージのまま、魔導具に魔力を流せば、あっという間にイメージした相手に化ける事が出来た。
 ライヤーがイメージした相手、それは……。

「ゴホン、アー、アー。うん、これでバッチリヨ……じゃなくて、バッチリだな!」

 漆黒の髪に、黒い瞳。全身真っ黒な鎧に身を包んだ相手。そう、夜刀神拓斗へと姿を変えていた。

「こうすれば、またあの邪魔者が現れたとしても、逃げ切りさえすればどうにかなる。そうすれば、あの邪魔者はヤトガミへと怒りを向けて、勝手に自滅してくれる筈! 私頭いいヨ……じゃなくて、頭いい!」

 拓斗の喋り方を無理に真似しているのか、時折変な癖が出てしまうようだが。

「それじゃあ、気を取り直して、孤児院へ向かうヨ……じゃなくて、向かうか!」

 ライヤーは努めて明るい声で話す事を心掛けているのか、変な癖さえなければまともに化けられていると言えるだろう。
 そしてライヤーは動き出す。

 目指すは孤児院、目的は子供達を一人残らず連れ去る事。連れ去る先はこの廃墟の地下室。
 そこに子供達を集める事になっている。

「生き残る為にも、やるしかないか!」

 そう言って、ライヤーは廃墟の一室から外へと飛び出していった。

「試合終了! 勝者、守護者!」

 試合終了を告げる司会者の声で、第二試合は幕を閉じた。
 やはりというか、予想通りこの二組のパーティはかなりの実力で、連携に隙らしい隙が見当たらなかった。

 特筆すべき特徴は無かったのだが、それは裏を返せば対策を立て難いという事になる。
 例えば、近接主体の攻撃力に特化したパーティとかだったら、距離を取っての遠距離戦を中心に戦うとか。

 逆に魔法主体の遠距離戦が得意なパーティとかなら、近接戦に持ち込んで魔法を使う隙を与えないとかの対策が思い付く。

 自分の得意な分野で戦う事で力を発揮する相手なら、その得意な分野とやらに持ち込ませなければいいのだから。

 他にも、相手の戦法を逆手に取ったりするのもアリだろう。要は相手の弱点が分かれば対策も取れるという事だ。
 それが今の二チームには見当たらなかった。

 どちらのパーティも連携がしっかりしていて基礎能力も高く、臨機応変に戦えるパーティだった。味方によっては器用貧乏とも言えるのだろうけど、そんな実力じゃなかった。

 だからこそ、試合に勝った守護者は強敵だ。なんせ守護者との戦いは、純粋な実力勝負になるのだから。

「どちらも強かったな」
「うん、すごく」

 フーリとマリーも今の試合を見て同じ事を思ったのか、俺と似た様な事を言っている。

「あの守護者ってパーティ、強敵だよな」
「ああ、そうだな。才能があるだけの相手ならいくらでも戦い様はあるのだが、この手の相手に小手先の戦法は通用しないからな」
「ええ、地道に実力をつけた相手程、怖い相手はいませんからね」

 やっぱり二人もそう思うか。
 正直トーナメント一回戦で当たらなくて良かったと思う。組み合わせ次第じゃ初戦敗退も普通にあり得たからな。

「そう考えれば、私達の相手が「殴り屋三兄弟」だったのは幸運だったな」
「確かに」

 言い方は悪いが、あの三人からは何も感じなかった。他のパーティからは、強者のオーラとでも言うのだろうか。そういう物を感じた。
 今の二チームはもちろん、光達勇者パーティや漆黒の牙、一回戦で光達にあっさりと負けてしまったホーリー・ナイツからも。

 あの、自ら「神殺し」と名乗った夜刀神拓斗は少々毛色が違うが、とにかくどのパーティも強いと感じたのだが、殴り屋三兄弟にはそれが無かった。

 俺の勘違いかとも思ったが、いきなり人を馬鹿にしたり、フーリとマリーをナンパしたり、挙句の果てには対戦相手になるかもしれない相手の試合も碌に見ず、呑みに出掛ける所とか。

 どう考えても強敵だとは思えない。

「もう、二人共。どんな相手でも、油断は命取りですよ」

 そんな事を考えているのを見透かされたのか、マリーに「油断するな」と指摘されてしまった。

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