見た目は青年、心はアラサー、異世界に降り立つ! ~チートスキル「ストレージ」で異世界を満喫中~

蒼山 勇

三十三話

「兄さん、今夜は鍋にするの?」
「ああ、久しぶりに食べたくなってな」

 本当はマリーの意識を逸らすのが目的だったが、口にしたら実際に食べたくなったのも事実だ。

 この世界では、鍋なんて見た事ない。日本に存在している食材に近い物は沢山あるのに、料理の種類は少ないんだよな、この世界。しかも、手のかからない、所謂お手軽料理が多い。

 焼くかスープにするかといった調理がやたらと多いのもその影響か。
 だが、何故かグラタンなんかの手の凝った料理も存在している。いや、間飛ばし過ぎじゃない?

 だから、最初パレードの出店を覗いた時はそういう意味でも驚いた。
 まあそんな訳で、鍋ものなんかはこの世界では一切見た事がなかったりする。

「いいわね、鍋。私も久しぶりに食べてくなってきたわ」

 鍋という提案には光も賛成の様だ。なら、後は具材と出汁だな。出汁は干し椎茸が残ってるからいいとして、キノコ鍋なら具材は何がいいか。

「カイトさん、キノコナベって何ですか!? また新しいキノコ料理ですか!?」

 っと、そういえばマリーにキノコ鍋の説明をしないといけないんだった。危うく忘れる所だった。

「キノコ鍋っていうのは……」

 俺は期待に目を輝かせているマリーに対して、出来るだけ期待を裏切らない様に気を付けながら、キノコ鍋の説明を始めた。





「さて……『水よ』」

 私は水桶に水が満たされるイメージを思いうかべながら、水魔法を発動させた。すると、目の前に丸い玉みたいな形に固まった水の塊が現れ、それから水桶に向かって水が流れ落ちて行く。

 そして、ものの数秒程で、水桶の中は綺麗な水で満たされた。今まで苦労していた水の確保が、こんなに簡単に済むんだから、魔法ってすごいなぁ。

「ふぅ、こんな物かしらね」

 水桶が満杯になる前に、私は水魔法を止めた。これ以上は溢れ出て水が無駄になってしまう。それに、床を濡らしたくはない。

「さて、お昼の準備をしなくちゃ」

 今日のお昼は何にしようかな?
 朝ご飯はお肉を焼いただけだったけど、皆美味しそうに食べてくれた。お昼も別に同じでもいいんだけど、出来れば別のお料理を作りたい。

 スープは昨日の夜ご飯に食べたし、ステーキは今朝食べた。じゃあお昼は――。

「くすっ。何だか不思議」

 ちょっと前までは、ご飯を何にしようかと悩む事なんて全然無かった。いや「出来なかった」と言う方が正しいかな。
 それが、昨日から何を食べようか悩める様になった。

 それもこれも。

「全部お兄さんのおかげ、か」

 一般区で開催されている「勇者歓迎パレード」
 それが始まるのと同じぐらいの日に、突然孤児院を訪ねてきた謎の男性.「コノエ・カイト」さんと、同じく謎の女性「マリー」さんと「フーリ」さん。

 最初お兄さんを見た時は、怪しい人だって思った。
 見知らぬ人が孤児院の中にいて、皆が危ないって思ったら、後は体が勝手に動いていた。「私が皆を守らないと!」って思って、気が付いたら皆を守る様にしてお兄さんの前に立ち塞がっていた。

 正直怖かった。自分よりも大きな、しかも男の人だ。私なんてすぐに振り払われてしまうに違いないと思っていた。

 でも、それでも。皆の事だけは守らないと。

 そう思っていたのだが、私の予想はすぐに裏切られる事になる。
 お兄さんは私を振り払う所か、逆にどうすればいいかあたふたしている様だった。

 それで、最後には大きなお肉の塊を置いて、お兄さん達は逃げる様に孤児院を出て行った。後に残ったのは大きなお肉の塊と、それを見てはしゃぐ皆。そして、困惑する私だけだった。

 意味が分からなかった。何でそんな事をするのか。どうして、ずっと警戒していた私に文句の一つも言わず、優しくしてくれたのか。

 後でフォレに聞いて分かったのだが、お兄さんは水汲みをしようとしていたフォレを手伝ってくれていたらしい。
 あの時のフォレの嬉しそうな顔は、多分ずっと忘れる事はないだろう。

「お姉ちゃん、お手伝いする事ある?」

 フォレの事を考えていたまさにその時、調理場の扉を開けて中に入って来たフォレが、お手伝いをしに来てくれた。
 まったく、この子は。

「ううん、大丈夫。お料理は火を使って危ないから、また今度ね」
「……うん、分かった」
(あら?)

 ちょっと意外だった。この子の事だから、てっきりもっと食い下がって来るかと思っていたのに。
 院長先生が倒れてから、フォレは何かと私の事を手伝おうとしていた。

 お掃除、お洗濯、それに水汲みも。お掃除やお洗濯なんかはまだいい。大変ではあるけど、危ない事はほとんどない。精々足元に気を付けるぐらいだから。
 でも、水汲みやお料理なんかは別だ。

 これらは、ちょっと間違えば大ケガをしかねない。
 だから、フォレにさせられる事はほとんど無い。

 でも、私がお手伝いを断ると、いつもなら「お手伝いしたい」って言って食い下がってくる。
 多分フォレは小さいながらも、このままでは孤児院が危ない、というのを何となく分かっているのだろう。

 だから、少しでもお手伝いをして私の事を助けようとしてくれるのだ。それはありがたい反面、申し訳なくもある。
 それが分かっているからこそ、フォレの説得にはいつも苦労していた。

 そんなフォレが、こんなにすんなりという事を聞いてくれるのは珍しい。

「おじちゃんに言われた。お姉ちゃんを困らせたら、意味ないって」
「おじちゃんって、お兄さんの事?」
「うん」

 随分聞き分けがいいと思ったら、ここでもお兄さんが関わっていたのか。
 突然孤児院にやって来て、邪険にする私を見ても、優しくしてくれるお兄さん。
 お兄さんがどんな人なのか、何を思って優しくしてくれるのか。まだ完全に理解できたとは思えない。

 でも、一つだけハッキリしている事がある。それは。

「きっと、すごくお人好しで、そして、優しい人なのね」

 お兄さんを見ていたら、それぐらいは分かる。
 最初は見た事もない不審者だとしか思ってなかったけど、ニーナさんにも相談した今は違う。

 お兄さんは優しくてお人好し。そして。

「王子様、か」

 物語に出て来る、お姫様を助ける王子様。
 お兄さんは別に王子様なんかじゃないけど、それでも私達を救ってくれた。

 あのままだったら、近い将来餓死する子が出てきても不思議じゃなかった。それぐらい、私達は生活に困っていた。

 突然孤児院に現れ、食べ物を分けてくれて、水魔法の魔導具で水の心配を取り除いてくれた。まだまだ問題は残っているけど、おかげですぐにどうこうといった状況は、とりあえず抜け出せた。

 だから、お兄さんは物語に出て来る王子様じゃないけど。私にとってお兄さんは、孤児院の危機を救ってくれた人。
 私の――孤児院の王子様。それがお兄さん。

「また会いたいな」

 お兄さんは今朝帰ったばかりなのに、もうお兄さんに会いたくなっている私がいる。
 多分、お兄さんは勇者歓迎パレードを見に来た人だ。パレードが終わったら帰っちゃうんだと思う。

 ……それはちょっと。

「嫌だな」
「お姉ちゃん?」

 小さく呟いただけなのに、フォレには聞こえていたのか、心配そうに私の顔を下から覗き込んでいた。
 ダメよ、私。これじゃあフォレに何も言えないじゃない。

「……うん、もう大丈夫よ。心配してくれてありがと、フォレ」

 私は気持ちを切り替える意味も込めて、一度頬を「パンッ」と両手で叩いた。
 よし、これで大丈夫。
 そういえば、お兄さんはニーナさんの宿「渡り鳥亭」に泊まってるんだっけ?

 ニーナさんの話だと、まだ数日は滞在する予定だって言ってたし、今すぐ会えなくなる訳じゃない。
 そう考えて、私はお昼ご飯の準備に取り掛かった。余裕があったら、私からお兄ちゃんに会いに行ってみようかな。

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