見た目は青年、心はアラサー、異世界に降り立つ! ~チートスキル「ストレージ」で異世界を満喫中~

蒼山 勇

二十二話

「でもまあ、別にいいですけどね」

 てっきり文句の一つでも言われるものだと思っていたんだが、予想に反してアンはすんなりと許してくれた。

「え? いいのか?」

 思わず素で聞き返してしまう程、アンはアッサリとしていた。

「はい。別に怒ってる訳じゃありませんから。それに」
「それに?」

 それに、何だと言うのだろう?

「お兄さんって呼ぶの、結構気に入ってるんです」

 俺に向かって振り返り「二ッ」と笑顔を見せるアン。その笑顔は、照れてる様な、でもとても嬉しそうな笑顔だった。

「それじゃあ、案内しますね。付いて来て下さい」

 アンは気を取り直す様に言うと、再び先導する様に歩き始めた。

「あ、ああ。頼む」

 そんなアンに、俺は曖昧に頷きながらその後を付いて歩いた。

「お姉ちゃん、うれしそう」
「そうなのか、フォレ?」
「うん。とってもうれしそうだよ」

 フォレがそう言うって事は、やっぱりアンは喜んでるって事だよな? 俺を「お兄さん」って呼ぶのを。
 まあここでは一番の年長者みたいだし、年上の存在に憧れでもあったのかもしれないな。

 そう思って、俺はアンに案内されるがまま、孤児院の食糧庫を目指した。



「着きました。ここがウチの食糧庫です」

 そこは、食堂の更に奥。廊下に出てすぐの扉から入った所にあった。
 地下へと真っ直ぐ伸びる階段。それを下りると、上にいた時よりも体感温度が幾ばくか下がった様な気がしたのは、きっと勘違いじゃないだろう。

 目の前にある両開きの大きな扉。そこから白い冷気が僅かながら漏れ出しているからだ。
 アンが食糧庫の扉に手を掛け、それを押し開き、俺達はアンに続いて食糧庫の中へと足を踏み入れた。

 中に入ると、ひんやりとした空気が俺達の事を出迎えてくる。
 白い冷気が足元一杯に漂い、まるで純白の絨毯でも敷かれているかのような錯覚を覚えた。

「これが、孤児院の食糧庫」

 想像していたよりも遙かに立派な食糧庫だった。てっきりもっと小さな、それこそ一般的な冷蔵庫程度だと思っていた。だが、目の前のソレは、どう見てもその比じゃない。
 これだけ大きな食糧庫なら、満杯に食料を保存しておけば数ヶ月は食い繋げそうだ。

 そう、食糧庫を「満杯」にしておけば、な。

「随分と、その……広々としてるな」

 そう言うしかなかった。アンに見せて貰った食糧庫。そこには俺が持ってきたオーク肉以外、ほとんど食べ物が無かったからだ。
 大きめの木箱の中に入れられた小さな野菜は、半分ほどまで目減りしており、今朝の食卓にも並んだ黒パンも、精々あと数食分程度と言った所か。

 これで一体何日分の食糧なんだ?
 あの人数で食べると考えれば、肉以外は二日が限界といった所だと思うけど。
 どうしても気になった俺は、アンに尋ねてみた。すると。

「お兄さんが分けてくれたお肉のおかげで、あと一週間は大丈夫だと思います」

 一週間かぁ。それはもちろんオーク肉だけで考えた場合だよな? 野菜とパンも込みの計算とか言わないよね?

「あの量のお肉、持ち運ぶのに苦労しました。小さいサイズまで切り分けて、何回も往復したんですよ」
「あー、それは悪かった。帰ってから気が付いたんだ」

 正直あの時はそこまで気が回らなかったんだよな。次からは気を付けないと……って、いや、そうじゃなくて。

「これ、一週間分の食料なのか? 野菜とパンも含めて?」
「え? そうですけど?」

 何てこった。まさかコレが一週間分の食料だったとは。むしろどうやってこれで一週間乗り切るつもりなんだ?
 ……あ、そうか。そう言いう事か。

「もしかしてだけど、ここの飯って、スープとパンが基本なのか?」
「そうですね。それが一番お腹が膨れますし」

 なるほどな。要はスープで量を誤魔化して、食い繋いでるって事か。確かにそれなら多少具が少なくても、誤魔化しが効くだろう。でも、それでも足りないんじゃないか?
 アンの答えに驚きを隠せずにいるとフォレが。

「スープとパン、おいしいよ?」

 と、無邪気に答えた。

「うん、確かにアンの作るスープは絶品だもんな」
「うん!」

 アンの料理を褒められて、無邪気に喜ぶフォレ。そこには「褒められて嬉しい」といった感情しかなかった。
 うん、フォレ。そういう事じゃないんだ。俺が本当に言いたいのは。

「あ、ありがとうございます」

 自分の料理が褒められて嬉しかったのか、アンは照れ笑いを浮かべている。
 だが、何となく俺の言いたい事を察したのか、その表情は微妙な表情へと変化した。

「ま、まあ一週間もあれば、今やってるお仕事のお給金が貯まるので、それでまたご飯が買えますから」

 ……違う、そうじゃない。問題はそこじゃないんだよ。
 だが、この孤児院の現状を考えれば、それはどうしようもない事なのも、何となく分かる。

 だからこそ、これは必要な事だよな。

 俺は無言でストレージを開き、そこから昨日買った野菜を取り出して、食糧庫に並べた。

 ついでにホーンラビットと、オーク肉もまだあった筈。後は、オーガも確か食えるんだったよな?
 どうせストレージの中で眠ってるだけの食料だ。なら、ここで美味しく食べて貰う方が良いよな?

「なっ、なっ!」
「わあぁぁっ!」

 突然目の前に現れた食料の山に、アンは壊れたレコードの様に「なっ、なっ」と繰り返し、フォレは目をキラキラ輝かせている。
 うんうん、そんなに嬉しいか。なら、これもおまけだ。

「ここで万能調味料、ゆず胡椒のお出ましだ!」
「わぁーい!」
「っ!」

 更に追加で調味料も投入すると、アンは完全に言葉を失い、フォレは両手を上げて喜びを露わにしている。
 何か楽しくなってきたな。もっと他に何か無いか?

「えーっと、分けようと思ってた食料は一通り出したし、他に出せる物は……」
「も、もういいです! これ以上は私の心臓が持ちません!」

 更に何か出せないかとストレージを探っていたら、アンから待ったがかけられた。えー、これから楽しくなってくるのに。

「フォレももっと見たかったよな?」
「うん!」

 俺が尋ねると、フォレは満面の笑顔で頷いた。
 ほら、やっぱりもっと出した方が。

「フォレ、いい子だからこれ以上私の心臓に負担を掛けないで」
「?」

 アンの言葉に、フォレが小首を傾げて頭に?を浮かべている様だ。
 流石にこの辺でやめとくか。話も進まないし。

「とりあえず、これだけあればしばらく飯にはこまらないだろ?」
「しばらくどころか、何ヶ月分の食料ですかこれ!?」

 そんなにもつか? 鮮度を考えれば一か月ぐらいで食べ切るのが……あ。

「こんなにあっても、腐ったりしたら元も子もないよな?」

 そうだった。食料があっても、保存出来る期間には限りがある。この食糧庫の温度は、体感的に冷蔵庫と同じぐらいだと思う。
 数日保存する分には問題ないけど、一ヶ月も置いておくと、流石に悪くなりそうだ。

「あ、それは大丈夫です。前に院長先生が「この食糧庫には、状態保存の魔法が掛けてある」って言ってたので」

 状態保存。異世界物だとかなりメジャーな名前だけど、まさか実在していたとは。でも、それなら保存問題は心配しなくても大丈夫か。

「でも、だからと言ってコレは量が多すぎです! こんなに食べ物を分けて貰うなんて、流石に申し訳ないです」

 アンはそう言いながらも、目の前の食料の山を見ながら悩むような仕草をする。
 律義な子だな。ここまで来たら、素直に受け取れば良いのに。
 と、そんな事を考えている時だった。

「お姉ちゃん。ありがとう、だよ?」

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