見た目は青年、心はアラサー、異世界に降り立つ! ~チートスキル「ストレージ」で異世界を満喫中~

蒼山 勇

十六話

 子供達の喜ぶ顔を見ながらの晩飯は、あっという間に終わりを迎えた。

「「「「美味しかったー!」」」」
「はいはい、自分の食器は自分で洗うのよ」
「「「「はーい!」」」」

 食べ盛りの子供というのは本当によく食べる。一人前ぐらいあっという間に平らげてしまうのだから。
 全員が食べ終わる頃には、鍋の中はすっかり空っぽになってしまった様だ。

(少し物足りないけど、まあ子供達が腹いっぱいになったのなら良しとしよう)

 もし俺までおかわりしていたら、多分足りてなかっただろうから、この選択は間違いじゃなかった筈だ。
 それに、腹八分目っていうしな。

「アンちゃん、ご馳走様。美味しかったよ」
「あ、マリーさん……ごち?」

 マリーは自分の食器を片手に、アンに晩飯のお礼を言っていた。
 あ、そうか。アンには「ご馳走様」が何の事か分からないのか。ここの子供達も誰一人として「いただきます」とも「ご馳走様」とも言わないからな。

 まあそれがこの世界では普通なんだけど。こうしてみると、改めて文化の違いという奴が分かるな。

「あ、そっか。アンちゃんには何の事か分からないよね? えっと、ご馳走様っていうのは、分かりやすく言うと、食後の挨拶の事だよ」

 マリーがアンにも分かる様に、簡単に説明をしていた。そういえば、この世界の教会って、その辺どうなってるんだろう?
 俺のイメージでいえば、教会関係者って食事前の祈り的なのを捧げてるイメージがあるんだけど。

 ここは一応元教会みたいだし、そういう文化があっても不思議じゃないよな?

「……さん」

 まあ建物が教会だからって、子供達が教会の文化に触れるかはどうかは話が別だろうけど。

「カイトさん」。
「ん? 何か言った?」

 考え事に集中していると、俺を呼ぶマリーの声が聞こえてきたので、そっちに意識を向けた。

「何か言った? じゃなくて、今夜の事ですよ」
「今夜?」

 今夜がどうかしたのか? 晩飯は食ったし、水浴びは流石にもう遅いから明日の朝一にでもやるとして。
 水浴び……そういえば、もう随分湯船にも浸かってないなぁ。

 こっちだと、風呂は贅沢品で、代わりに水浴びが主流らしいから、仕方がないといえば仕方がないんだけど。
 それでも、日本人に生まれたからには、やっぱり風呂には入りたい。

「いっそ自分で作ってみるか?」

 もし自分で作るとしたら、まず第一に風呂桶を作らないといけない。風呂桶に必要な素材は……。

「カイトさん、全然関係ない事考えてません?」
「え? ……いやいや、そんな事ないって。今夜の事だろ? 久しぶりに風呂に入りたいって考えてるけど?」
「やっぱり、全く関係ないじゃないですか。今夜ここに泊まるかどうかですよ」
「え、泊まり?」

 ここって、孤児院の事だよな? 何で急に泊まるなんて話になってるの?

「はぁ。もう一度言いますよ。アンちゃんが「もう夜も遅いから、今夜はここに泊まって行ったらどうか」って言ってるんです」

 マリーはそう言うと、隣に視線を移した。
 そこには、恥ずかし気な、そしてどこか不安気な表情をしたアンがいた。もしかしなくても、俺達の事を気遣ってくれたのか?

 そうか。それは悪い事をしたな。
 つい風呂の事を思い出して、思考が脱線してた。風呂の事はまあその内どうにかするとして。今はこっちに集中しないと。

「そうだな。マリーはどう思う?」

 正直、もう結構遅い時間ではあるけど、別に帰れない様な時間じゃない。ストレージには魔石ランプも収納されてるし、なんなら火魔法を使えば光源なんていくらでも手に入る。

 無理にここに泊まらなくても問題は無いけど。

「そうですね。折角の厚意ですから、泊まっていってもいいと思いますよ」

 マリーから返ってきた返事は、おおよそ俺の想像通りだった。うん、マリーならそう言うと思ったよ。
 折角のアンの厚意。ここはありがたく泊まらせて貰……あ。

「布団どうしよう?」

 そうだ。ここに泊まるのなら、布団は絶対に必要になる。流石に野宿みたいな事はしたくないからな。

「あ、それならお客様用の布団があるので大丈夫です」
「あ、そう? ならいいんだけど」

 流石アン。そのぐらいの事は考えていたらしい。

「それよりも、孤児院に泊まる事、姉さん達に伝えた方がいいと思いますか?」
「あー、そうだな。どうしようか?」

 俺達がここに泊まるのは別にいいけど、その事は考えてなかったな。
 日本みたいにスマホでもあれば一発で連絡出来るけど、ここではそうはいかない。一度宿に戻ってきちんと伝えておくか、それともこのまま泊まって、明日説明するか。

 悩みどころではあるけど。

「そうだなぁ。まあ別にいいんじゃないか? 多分フーリもそろそろ寝てる頃だろうし。明日早めに帰って事情を説明すれば大丈夫だろ?」

 今から一度宿に帰って事情を説明して、それからまた戻って来ていたら、一体何の為に孤児院に泊まるのか分からなくなるしな。

「そうですね。きっと姉さんなら何があったか察してくれるでしょうし、このまま泊まっちゃいましょうか」

 マリーと話し合ってそう決めてから、俺達はアンに向き直り。

「アンちゃん、お世話になるね」
「ああ、今夜はよろしくな」
「……あ、はい! こちらこそ!」

 アンは一瞬ポカンとしていたが、俺達が泊っていくと理解したのか、満面の笑顔で頷いていた。
 まさか本当に泊まるとは思ってなかったのかもしれないな。



 俺達が話をしている間に、アンは子供達を寝かせる準備を整えていたらしく、子供達は既に眠そうな顔をしていた。

 アンは子供達が全員いる事を確認すると、みんなを先導する様に部屋の奥の扉を開いた。そこには、孤児院の更に奥まで続く廊下が姿を現した。

「はい、それじゃあ寝室に行くわよ。みんな、まだ寝ちゃダメだからね」

「「「「はーい」」」」

 子供達は寝ぼけ眼を擦り、眠そうな声で答えながらも、アンの言う事はきちんと聞いている。そんな子供達を見て、苦笑いを浮かべるアン。
 俺も多分似た様な表情をしている事だろう。

 まあ、寝る子は育つって言うし、これは仕方がない。
 ちなみに、フォレは子供達の中でも特に眠そうだった。やたらと水汲みしようとしてたし、疲れてるのかもしれない。

 そんな中、眠そうな子供達に合わせる様に、ゆっくりと歩き出すアン。
 そのまま少しだけ歩き、廊下にいくつか並ぶ扉の内の一つ。その前で立ち止まると、慣れた手つきで扉を開いた。

 そして、アンはそのまま部屋の中へと入って。

「はい、みんな入って」
「「「「はーい」」」」

 部屋の中から自分達を呼ぶアンの言葉に、またも同じ返事を返す子供達。既に眠気が限界にきているのか、ただ「はい」と返すだけの装置みたいになってるな。

 アンに呼ばれた子供達は、小さな子から順番に部屋の中へと入っていく。みんな示し合わせてる様子も無い所を見るに、普段からこうなのかもしれない。
 そして、あっという間に全員が部屋の中に入ると。

「みんないるわね? それじゃあ、明かり消すわよ」
「「はーい」」

 アンの言葉に返事を返した子供達の声は、さっきよりも少々少なかった。多分、寝室に着いた瞬間に、気が抜けてすぐに眠りについた子もいるのだろう。

 晩飯の時ほど元気のいい声ではなかったが、就寝前なのだからそれが当たり前か。それでもきちんと返事を返すあたり、行儀がいい。

「「「「おやすみなさーい」」」」
「はい、おやすみ」

 アンはそう言って、部屋の中を照らしている明かり――ランタンを手に持ち、中のろうそくにフッと息を吹きかけて火を吹き消した。

 その瞬間、暗闇に支配される寝室。子供達は余程眠かったのか、すぐに「すぅ、すぅ」という寝息が聞こえてきた。
 それをきちんと見届けてから、俺達は出来るだけ物音を立てない様に注意しながら、寝室を後にした。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品