見た目は青年、心はアラサー、異世界に降り立つ! ~チートスキル「ストレージ」で異世界を満喫中~

蒼山 勇

十五話

 夕飯はたった今受け取ったオーク肉たっぷりのスープ。それから握り拳大ぐらいの大きさの茶色いパン――俗にいう黒パンが一つだけ。
 実に質素なメニューだ。だが、スープにたっぷりと入ったオーク肉のおかげで、量はそれなりにある。

 もしこれでオーク肉が入ってなかったら、スープにはこの欠片程の大きさの小さなクズ野菜しか入ってなかったのだろう。
 そう考えると、このオーク肉がとんでもないご馳走に見えてくる。

「さあ、みんな自分の分はあるわね?」
「「「「はーい!」」」」

 アンの呼びかけに、元気よく返事をする子供達。みんな今か今かとそわそわしている様だ。

「それじゃあ、食べましょうか」
「「「「はーい!」」」」

 アンの言葉に、さっきよりも更に大きな声で返事をしてから、子供達は一斉に自分の晩飯に手を伸ばした。そして。

「美味しい!」「お肉最高!」「スープに付けたパンからもお肉の味がする!」「柔らかい」「ふむ、大変美味である」

 子供達はみな思い思いの言葉を……いや待て。今なんか一人変な事言ってなかったか?
 改めて子供達を見てみるが、特に変わった様子はない。なんだ、気の所為か。

「カイトさん、私達も」
「ん? あ、ああ、そうだな」

 子供達が食べる姿を見ていて、自分の事をすっかり忘れていた。
 せっかく用意して貰ったんだ。美味しく頂かなくては罰が当たる。

「「いただきます」」

 俺とマリーはそう言って、自分の分の器に視線を落とす。
 見た所、肉が多い以外は特に変わった所のない、ただのスープだ。
 だが、色が薄い。最早お湯なんじゃないかと思えるぐらい透き通ってる。

 パンは……固い。フランスパンを更に五割り増しぐらいにした様な硬さだ。これ、固過ぎない?
 手で千切るのがやっとなんだけど。

 子供達を見てみると、一部例外はいるものの、ほとんど全員がパンをスープに浸して食べている。
 なるほど、ああやって柔らかくしてから食べるのか。

 ていうか、一部のそのまま食べてる子供達は、よく噛み切れるな。俺には絶対に無理だ。そういえば聞いた事がある。日本人の歯は、本来物を噛み切るのには向いていないとか。

 日本人の主食は米だが、これは噛み切るよりも、すり潰す能力の方が重要で、だから日本人は物を噛み切るよりも、すり潰す方が得意だとかなんとか。

 逆にフランスパンの本場であるフランスは、すり潰す力よりも、噛み切る力の方が重要で、だから全体的に歯が尖ってるとか聞いた事がある。

 だから、日本の米文化は、向こうでは受け入れにくいとかなんとか。あくまで聞き齧った程度の知識だから、間違ってるかもしれないけど。

 それに、確か本場のフランスパンは、日本で作ったフランスパンとは比較にならないぐらい固いって聞いた事がある。

 つまり、黒パンを噛み千切っている子達は、生まれつき歯が鋭くて、顎の力が強いんだろう。

「食べないんですか?」
「え? いや、食べるよ。食べる食べる」

 いつまでも口をつけない俺達を見て、アンが不安気に尋ねてきた。
 いけないいけない。いつまでも食べないと不自然だよな。さあ、現実逃避の時間は終わりだ。

「ま、まずはスープから」

 手元のスプーンを手に取り、ゆっくりとスープを掬い上げる。肉は少量。それから僅かな野菜も一緒に乗せて。
 綺麗に透き通ったスープが、スプーンから滴り落ちる。

 うん、とろみは全く無いな。
 これだけ肉をふんだんに使っているのだから、多少はトロッとしていそうだが、これにはそれが無い。

 掬ったスープを、ゆっくりと口元まで運ぶ。
 チラッとアンの方に視線を受けると、アンも同時に俺の方に視線を向けてきた。

「「……」」

 無言。だが、その瞳の奥からは、少しの期待と大きな不安が伝わって来た。

「今日のスープ、いつもよりも美味しい!」「ほんとだ!」「あったまるねぇ」「美味しい!」

 そうか、いつもより旨いのか。そうかそうか、そういう事か。
 プレッシャーが凄いんですけど!? つまりアンは、俺達の為にいつも以上に気合を入れて作ったって事だよな?

 下手な事言えねえぞこれ……。いや、見た目は薄味そうだけど、食べてみたら案外旨いんじゃないか?
 ……きっとそうだ! そうに違いない!そう考え、俺はスープを口の中に流し入れた。

「……あ、悪くない。むしろ旨い」

 見た目は物凄く薄味そうだったのに、いざ食べてみると、普通に食べれる。いや、マジでこれは旨い。
 むしろ、何でこんなに味があるのに、あんな無色透明に近いスープが出来上がるんだ?

「え、本当ですか?」

 マリーは俺が一口食べてから口にした感想を聞いて、予想外だと言わんばかりに自分のスープを口に運んだ。

「……本当、美味しいです」

 そして、マリーもまた「美味しい」と口にする。
 いや、人の反応見てから食べるって事は、俺の事実験台にしただろ!
 俺の反応次第では、何か適当な理由を探して食べないつもりだったんじゃないか? いや、流石にそこまではしないか。

 でも、反応如何せんでは、覚悟の決め方が変わってくる。それだけでも充分実験台にする価値はあるのだろう。
 実験台にされた方は堪ったもんじゃないけど。

「ほ、本当ですか!? よかったぁ」

 俺達が旨いと言った事で安心したのか、アンはほっと胸を撫で下ろしている。

「おじちゃん、美味しい?」

 すると、フォレが俺のすぐ隣まで寄って来て尋ねてきたので。

「ああ、旨いよ」

 フォレに笑顔で答えた。

「そう。よかったね、お姉ちゃん」
「ええ、そうね。ありがとう、フォレ」

 フォレの言葉に、アンは柔らかな笑みを浮かべながら答えた。

「いぶくろ? が何とかって、言ってたもんね」
「フォ、フォレ!?」

 続くフォレの言葉に、アンが明らかに動揺しだした。
 な、何だ? いきなりどうした?

「どうしたの、アンちゃん?」
「具合でも悪いのか?」

 もしかしたら、この晩飯を作るのに張り切り過ぎて、体調を崩したとか? もしそうなら、今夜は早めに休んで方が良いと思うけど。

「なな、何でもありません! ね、フォレ?」
「え? えっと……う、うん。何でもない」

 アンの言葉を聞いて、迷いながらも素直に頷くフォレ。なんか、言外の圧力というものを感じたんだけど?
 気の所為か? 

「そ、それよりも! 今日はおかわりもありますから、遠慮なく食べて下さいね!」

 アンは何かを誤魔化す様に声を張り上げると、身振り手振りを添えておかわりがある事を伝えてきた。
 いや、おかわりはありがたいけど、何か焦ってない? 気の所為?

 だが、そんな俺の疑問は。

「おかわり!?」「ご飯、もっと食べていいの?」「これ食べても、まだ食べられるの?」「僕、おかわり!」
「ちょっとみんな、慌てなくても全員分あるから! 押さない、押さないの!」

 おかわりという言葉を聞き、大騒ぎを始めた子供達と、それを必死に宥めるアン。
 多分、今まで「おかわり」なんて、まともにした事なかったんだろう。

 それなのに、今日はおかわりが出来る。しかも全員分あると言われれば、それはもう大興奮だろうな。

「カイトさん、良かったですね」
「ん? ……ああ、そうだな」

 マリーに話しかけられて、一瞬何の事を言ってるのか分からなかったが、すぐに言葉の意味を理解した。
 多分マリーは「こんなに喜んで貰えて」って言いたいのだろう。俺もそう思う。

 子供達の嬉しそうな笑顔。それを見ただけで、昨日孤児院に来た事。そして、オーク肉を分けて本当に良かったって思う。

「これなら大丈夫そうだな」

 もしかしたら晩飯が足りない、なんて事態もあるかもしれないからと思って、パレードで色々買い込んできたけど、この分なら今夜は必要なさそうだな。
 俺はストレージに収納されているお好み焼きなんかを思い出しながら、そう思った。

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