見た目は青年、心はアラサー、異世界に降り立つ! ~チートスキル「ストレージ」で異世界を満喫中~

蒼山 勇

三話

(何を馬鹿な事を言っているのでしょうかね? この男は)

 イガッツの物言いに、セバスチャンは内心頭を抱える。
 それもその筈。イガッツの言葉は、どう考えても妄言や世迷言の類だからだ。

 自分がどれだけ優れているか。今までどれだけ国の為に貢献してきたか。そんな自分の言う事だから、間違っている筈がない、と。要約するとこういう内容を、延々と繰り返していた。

(勘違いも甚だしいとは、まさにこういう事を言うのでしょうね)

 セバスチャンは内心溜息を吐く。
 そもそもイガッツが言う「国に貢献してきた」というのは、イガッツ本人の事ではなく、先代までのドライト伯爵家が積み上げてきた功績の事であり、それをさも自分の功績であるかの様にのたまっているだけなのである。

 更に言えば、今代のドライト家当主――イガッツ伯爵自身は、取り立てて優れた所がない、凡庸な男だ。いや、凡庸にすら程遠いと言えるかもしれない。

(先代のドライト伯爵も、このような無能が跡継ぎで、草葉の陰で泣いている事でしょう)

 元々ドライト家は、戦場で剣一本で成り上がった家系だ。
 戦場では率先して先陣を切り、最も多くの敵を切り、最も多くの仲間を守った。その積み重ねが認められ、現在の爵位に就いている。

 少なくとも、先代まではそうだった。だが、今代は違う。
 今代のドライト家当主――イガッツは、既得権益に胡坐をかき、重税で領民を苦しめ、気に入った女はすぐに囲い、碌に領主の務めも果たさず怠惰な生活を送っている。

 噂では、裏で不当な人身売買にも手を染めているとか。

(既得権益の見直しの必要性、ですか。なるほど、確かに必要なのかもしれませんね)

 未だにギャーギャー喚き散らしているイガッツの姿を見ながら、セバスチャンはそう考えた。
 ギルガオン王が常日頃から口にしている考え。

『既得権益の見直し』

(初めて聞いた時は、止めた方が良いと思いましたが、こうして見るとあながち間違ってはいないのかもしれませんね)

 確かに、自らの爵位に胡坐をかき、まともに領地を治めていない貴族もいる。
 重税、流通の制限、裏金による便宜。上げればキリがないが、法の隙をついたギリギリのグレーゾーンを攻めているので、表立って罰する訳にもいかず、王国の悩みの種の一つだった。

 だが、だからと言ってそのまま放置しても良い事はないのは確かな訳で。

(一度法律を根本から見直す必要もあるという陛下の考えも、やはり正しいのかもしれませんね)

「痛みを伴う改革、ですか」
「ん? 何か言いましたか、セバス殿?」
「いえいえ、こちらの話です」
「そうですか? そもそもですね……」

 セバスチャンはイガッツの言葉を適当に聞き流しながら、この男をどう処理しようかと考えを巡らせ始めた。



「……ワッツ?」
「だから、ユキなの」

 俺達は今、光の部屋に来ている。
 光の部屋は、来客室に比べるとこじんまりとしているが、それでも一人部屋としては広すぎるぐらいの広さだった。

 さっきユキちゃんが迷わずこの部屋に入って行った事から、普段は二人で使っているのかもしれないが、それでも充分広い。
 部屋に置かれているベッドは、二人で寝ても余るぐらいの大きさがあるし、そのベッドには屋根まで付いている。

 漫画なんかで王様が使ってる様な、あのベッド。名前なんて言ったかな? キングベッド? そのまんまだが、確かそんな感じの名前だった気がするけど……キングベッドでいいか。

 で、そのキングベッドの上。その真ん中で、見覚えのある動物……猫が寝ている。
 猫が寝てる事自体は良いんだ。前にマリー達と話した時に、この世界にも犬や猫なんかがいる事は確認済みだし。

 問題は、その猫が明らかに見覚えのある猫だったって事だ。
 そう、この猫、ユキじゃね? その猫は、この世界に転移する前にウチで飼ってた猫――ユキとそっくりだった。

(え? あれ? 何でここにユキが?)

 ……いやいや、流石にそれはあり得ないか。だって猫だよ? 人間じゃないんだよ? それがこの世界に召喚された? そんな事あり得る筈がない。

 そう思って光に尋ねてみると、光は「この子はユキよ」とか言い出した。
 聞き間違いかと何度か尋ねてみたのだが、光の答えは変わらない。
 って事は……。

「異世界召喚に巻き込まれたのか?」
「……うん、そうみたい」

 そっちかぁ。確かにそれなら一応納得出来るけど。でも、普通は一般人が巻き込まれる物じゃない?
 猫が異世界召喚に巻き込まれるなんて話、聞いた事ないんだけど。

 いや、そもそも現実で異世界召喚に巻き込まれた話なんて聞いた事ないんだけど。
 それに、巻き込まれ系って、実はとんでもない才能を秘めてたりするのがお約束だけど、猫って。

「そっか、お前巻き込まれちゃったのか」

 俺がベッドの上で幸せそうに眠るユキのお腹を撫でると、嬉しそうにゴロゴロと喉を鳴らすユキ。起きてるのか?
 まあユキにまた会えるとは思ってなかったから、そこは素直に嬉しいけど。

「で、ここからが本題なんだけど、さっき兄さんに向かって飛びついた女の子なんだけど、アレもユキなの」
「ん? ああ、ユキちゃんの事か?」

 そういえばユキちゃんはどこに行ったんだ? 確か先に部屋で待ってる様に光に言われてた筈だよな?

「そういえば、見当たりませんね」

 俺がユキちゃんの名前を口にすると、三人で窓から王都の景色を眺めていたマリーが、思い出した様にユキちゃんの姿を探し始めた。

 光の部屋に来て、アミィが真っ先に窓から見える王都の景色に感嘆の声をあげ、それにつられて二人も一緒に窓からの景色を眺めていたんだが、もう満足したのだろうか?

「そういえばそうだな。先に部屋で待っているのではなかったか?」

 フーリもそれにつられて部屋の中を見回す。

「きっとどこかで道草でも食ってるんですよ。ね、お兄ちゃん」
「ん? そう……かな?」

 アミィは若干ユキちゃんに当たりが強い気がする。多分馬車の中の事、根に持ってるんだろうなぁ。それ以外に理由が思いつかないし。

「で、ユキちゃんがどうかしたのか?」

 俺が光に問いかけると、無言でベッドの上を見つめる光。
 その視線の先に目を向けると、そこには未だ幸せそうに寝ているユキの姿が……ん?
 気の所為か? 今何かが引っかかった気がするんだが……いや、きっと気の所為――。

「兄さん、現実逃避は良くないわ」

 俺の思考を読んだように、光が指摘してくる。

「いや、現実逃避も何も、俺にはよく分から……」
「ユキ、起きなさい」

 俺の言葉を遮る様に、光がユキの事を起こそうとする。
 いや、折角寝てるんだから、そのまま寝かせといてあげよう?

「起きたら今日の晩御飯はアージーの塩焼きよ」
「ンニャ~」

 光の言葉に反応する様に、今の今まで幸せそうに寝息を立てていたユキが、すぐに目を覚ました。

 え? まさか光の言葉に反応して起きたのか? まさかぁ。
 ユキが反応する言葉なんて、精々名前と「ご飯」ぐらいで、寝てる時までは反応しない筈だ。

「ユキ、人間になりなさい。そうすれば今日の夕飯はアージーの塩焼きで決まりよ」
「は? ユキが人間に? いやいや、何言ってるんだよ光? 流石にそんな事「ボフン」言っ、て、も……」

 無理だって、という言葉は、俺の口から発せられる事は無かった。
 何故なら、光の言葉に応える様に、ユキが一泣きし、足元から真っ白な煙が上がり、次の瞬間には、ユキがいた場所に、件の女の子――ユキちゃんの姿があったからだ。

 ……え? ……は!? え、何? 今何が起こった? 俺の見間違いじゃなかったら、ユキと入れ替わる様にユキちゃんが現れたんだけど。 え、夢? 手品?
 試しに自分の頬をつねってみたが、普通に痛かった。 て事は、これは夢じゃない、のか?

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