見た目は青年、心はアラサー、異世界に降り立つ! ~チートスキル「ストレージ」で異世界を満喫中~
十八話
五分程走ると、それは見えてきた。
高い石塀に囲まれた、広い敷地。正面に構えられた、大きな鉄門扉。そして、その中で圧倒的な存在感を放っているのは、古びた洋館。
長い間手入れされてないのか、劣化してひび割れたのであろう壁や柱には、植物の蔦などが絡みついており、それがまた不気味な雰囲気を醸し出している。
屋敷へと続く石畳の道と庭は、見るも無残に荒れ果てている。
敷地外も塀の隙間から雑草が伸び出しており、ゴミなんかも散らばっている。
一目見て分かる。ここに誰も住まなくなって、随分と経つのだろうと。
「まさしく廃墟って感じだな」
もう少し手入れされた跡や生活感があれば、また違った見方も出来たのだろうが、これはどこからどう見ても廃墟だ。
「恐らく、元は貴族が住んでいたのだろうな。屋敷の規模からして、男爵辺りか」
目の前の廃墟を眺めながら呟いた独り言が聞こえていたのか、フーリがそう答えた。
「貴族が? でも、こんなにボロボロって事は」
「没落したか、不祥事でも起こして家を追われたか。どちらにしても、この屋敷は今、国の管理下にあるという事になるが、完全に放置されているようだな」
「よくある話です。この屋敷の荒れ具合、相当長い年月放置されてるみたいですね」
確かに、一年や二年そこらでここまで荒れ果てるとは思えない。家――というか建物は、数年放置した所で、汚れはしても、ここまで荒れる様な物じゃない。ましてや、それがこんな大きな屋敷なら尚更だろう。
実際ウチの近所に夜逃げした家があったけど、五年ぐらい経っても外観はほとんど荒れてなかったし。
そういえば、近所の人が夜逃げなんて特殊なケース、当時は驚いたなぁ。
後に残った家とか、放置された物なんかの処分で大分揉めていたらしく、五年経っても放置されてたんだよな。
「大分荒れてるし、かなり長い年月放置されてそうだな」
逆に言えば、この屋敷がこうなる前は、ここに貴族が住んでいたという事になる。
という事は、その頃はまだ、ここは貧民街じゃなかった可能性もあるって事だ。
荒れ果てた屋敷と貧民街。何か関係があるのだろうか?
「っと、そろそろ行かないと」
目の前の廃墟に気を取られ、危うく目的を忘れる所だった。
今回の目的はあくまで孤児院。こんな所で油を売ってる時間はない。
「そうですね。ここにいても何もありませんし、先を急ぎましょうか」
マリーが同意し、フーリが無言で頷く。
俺達は孤児院へ向けて再び走り出した。
少し走ると、正面に古びた建物が見えてきた。
天辺に大きな鐘を取り付け、青い屋根と白い壁、二階建てのその建物は、典型的な教会といった感じだった。
ただ、元は白かったのであろう壁は、汚れで薄黒くくすんでおり、所々亀裂が走っている。
屋根も一部崩れている様で、そこから室内の様子が僅かにだが見えている。ただ、それは二階部分なので、ここからだとほとんど中は見えないが。
「うわぁ、ボロボロだな。これ本当に教会なのか?」
「確か古い教会が孤児院だと言っていたが、これはただ古いだけではなさそうだな」
「うん。いくら何でもここまでボロボロなんて、おかしいよ」
二人もこの状態の教会には違和感を感じているようで、各々疑念の声を上げている。
と、その時だった。
キィッ
突然ドアが軋む様な音が聞こえてきたと思ったら、建物の中から痩せ細った体の小さな女の子が姿を現した。
まだ五歳になるかならないかといった所だろうか? 小さなその体で、自分の背丈の半分ぐらいはありそうな大きさの水桶を両手で抱えている。
この世界で水桶を持ってする事なんて、水汲みぐらいだろう。
だが、あんな小さな子供が水汲みなんて、まともに出来るとは思えない。ましてや、あの痩せ細った体だ。下手をすると怪我しかねない。
「んっしょ」
と、そんな事を考えていたら、女の子はいつの間にか、庭に備え付けられている井戸から水を汲み上げようとしていた。
だが、両手を使って力一杯引いても、桶は上がってこないようだ。
「んんっ! んんんんっ!」
顔を真っ赤にし、全体重をかけて引き上げようとしているその姿に、俺は思わず女の子に駆け寄った。
「どれ、お兄ちゃんに任せな」
「え?」
女の子の肩に手を置き、もう片方の手でロープを掴む。こんな小さな女の子が必死で水汲みしてる姿を見て、放っておくなんて出来ない。
女の子は何が起こったのか分かっていないのか、目を白黒させて俺の事を見ている。
そして。
「お」
「お?」
「おじちゃん、誰?」
「…………」
「あ、カイトさん! ロープ!」
「……はっ! 危ない危ない」
後ろから近付いてきていたマリーに言われ、危うくロープから手を離しそうになっていた事に気が付いた。
寸での所で気付けたから、ギリギリセーフ。
「よっと。はい、お嬢ちゃん。水だよ」
女の子が持ってきた水桶の中に組み上げた水を流し込み、井戸の脇に桶を置く。
「え、えっと……ありがとう、おじちゃん」
「…………」
女の子の純粋な言葉に、俺の心が深刻なダメージを受ける。
俺まだ二十九歳なんだけど。なんなら、この世界に来た時に十九歳まで若返ってる筈なんだけど。
昔からそうなんだよな、俺。何故か老けて見られる事が多かった。
せめて大人から言われたのなら自分を誤魔化す事も出来るんだけど、こんなに小さな女の子に言われると、流石に誤魔化せない。
「んっ! んんんんっ!」
と、そんな事を考えていると、女の子は水の溜まった水桶を両手で抱えようとして、またしても四苦八苦している。
「ああ、いいよ。「お兄ちゃん」が運んであげるからね」
「カイト君……」
「カイトさん……」
俺が「お兄ちゃん」を強調して言うと、フーリとマリーから哀れみの籠った視線を向けられた。
何だよ! 言いたい事があるなら言えよ!
「え? え? えっと、いいの?」
未だに状況が飲み込めずオロオロしながらも、恐る恐る尋ねてきた女の子に、俺は。
「うん、大丈夫だよ。おにいちゃんが運んであげるからね」
女の子の目線の高さに合わせて屈み、優しく答えた。
女の子は肩まで伸びた茶色い髪――所謂セミロングの髪を小さく揺らしながら、何度もウンウン頷くと。
「ありがとう、おじ……おにいちゃん」
俺が何度も「お兄ちゃん」を強調したからか、一瞬おじちゃんと言いかけるも、おにいちゃんと言い直してお礼を言ってきた。
うん、大人気ないかもしれないけど、これぐらいは許される筈だ。
「どういたしまして」
女の子の頭を撫で、片手で水桶を持ち上げる。
っと、結構な重さがあるなコレ。
こんなのを一人で運ぼうとしてたのか。こんなの、この子には無理に決まってるだろ。
「お嬢ちゃん、お名前は?」
俺が水桶を持って移動を始めると、後ろでマリーが女の子に名前を聞いていた。
「えっと、フォレ」
「フォレちゃんか。良い名前だね」
「うん。ふふっ」
女の子がフォレと名乗り、マリーがその名前を褒めると、女の子の小さな笑い声が聞こえてきた。
その笑いは、照れている様な、でも嬉しそうな声音で、名前を褒められた事を素直に喜んでいる様だった。
「フォレ。フォレはいつも水汲みをしているのか?」
嬉しそうに笑うフォレに、フーリが尋ねる。確かに、それは俺も気になっていた。
こんな小さな、ましてやフォレはこんなに痩せ細った体をしているのに、水汲みは明らかに無茶だろう。
何か理由があるのか。それとも、それがここでは当たり前なのか。もし後者なら由々しき事態だ。何とかしてあげたいけど。
「ううん、いつもはお姉ちゃん達がしてる」
フォレの口から出た言葉に、とりあえずほっと胸を撫で下ろす。良かった。最悪の状況は避けられた様だ。
だが、だとすると何故フォレは水汲みなんてしようとしてたんだ?
気になりはするけど、とりあえずコレを中に運ばないとな。
高い石塀に囲まれた、広い敷地。正面に構えられた、大きな鉄門扉。そして、その中で圧倒的な存在感を放っているのは、古びた洋館。
長い間手入れされてないのか、劣化してひび割れたのであろう壁や柱には、植物の蔦などが絡みついており、それがまた不気味な雰囲気を醸し出している。
屋敷へと続く石畳の道と庭は、見るも無残に荒れ果てている。
敷地外も塀の隙間から雑草が伸び出しており、ゴミなんかも散らばっている。
一目見て分かる。ここに誰も住まなくなって、随分と経つのだろうと。
「まさしく廃墟って感じだな」
もう少し手入れされた跡や生活感があれば、また違った見方も出来たのだろうが、これはどこからどう見ても廃墟だ。
「恐らく、元は貴族が住んでいたのだろうな。屋敷の規模からして、男爵辺りか」
目の前の廃墟を眺めながら呟いた独り言が聞こえていたのか、フーリがそう答えた。
「貴族が? でも、こんなにボロボロって事は」
「没落したか、不祥事でも起こして家を追われたか。どちらにしても、この屋敷は今、国の管理下にあるという事になるが、完全に放置されているようだな」
「よくある話です。この屋敷の荒れ具合、相当長い年月放置されてるみたいですね」
確かに、一年や二年そこらでここまで荒れ果てるとは思えない。家――というか建物は、数年放置した所で、汚れはしても、ここまで荒れる様な物じゃない。ましてや、それがこんな大きな屋敷なら尚更だろう。
実際ウチの近所に夜逃げした家があったけど、五年ぐらい経っても外観はほとんど荒れてなかったし。
そういえば、近所の人が夜逃げなんて特殊なケース、当時は驚いたなぁ。
後に残った家とか、放置された物なんかの処分で大分揉めていたらしく、五年経っても放置されてたんだよな。
「大分荒れてるし、かなり長い年月放置されてそうだな」
逆に言えば、この屋敷がこうなる前は、ここに貴族が住んでいたという事になる。
という事は、その頃はまだ、ここは貧民街じゃなかった可能性もあるって事だ。
荒れ果てた屋敷と貧民街。何か関係があるのだろうか?
「っと、そろそろ行かないと」
目の前の廃墟に気を取られ、危うく目的を忘れる所だった。
今回の目的はあくまで孤児院。こんな所で油を売ってる時間はない。
「そうですね。ここにいても何もありませんし、先を急ぎましょうか」
マリーが同意し、フーリが無言で頷く。
俺達は孤児院へ向けて再び走り出した。
少し走ると、正面に古びた建物が見えてきた。
天辺に大きな鐘を取り付け、青い屋根と白い壁、二階建てのその建物は、典型的な教会といった感じだった。
ただ、元は白かったのであろう壁は、汚れで薄黒くくすんでおり、所々亀裂が走っている。
屋根も一部崩れている様で、そこから室内の様子が僅かにだが見えている。ただ、それは二階部分なので、ここからだとほとんど中は見えないが。
「うわぁ、ボロボロだな。これ本当に教会なのか?」
「確か古い教会が孤児院だと言っていたが、これはただ古いだけではなさそうだな」
「うん。いくら何でもここまでボロボロなんて、おかしいよ」
二人もこの状態の教会には違和感を感じているようで、各々疑念の声を上げている。
と、その時だった。
キィッ
突然ドアが軋む様な音が聞こえてきたと思ったら、建物の中から痩せ細った体の小さな女の子が姿を現した。
まだ五歳になるかならないかといった所だろうか? 小さなその体で、自分の背丈の半分ぐらいはありそうな大きさの水桶を両手で抱えている。
この世界で水桶を持ってする事なんて、水汲みぐらいだろう。
だが、あんな小さな子供が水汲みなんて、まともに出来るとは思えない。ましてや、あの痩せ細った体だ。下手をすると怪我しかねない。
「んっしょ」
と、そんな事を考えていたら、女の子はいつの間にか、庭に備え付けられている井戸から水を汲み上げようとしていた。
だが、両手を使って力一杯引いても、桶は上がってこないようだ。
「んんっ! んんんんっ!」
顔を真っ赤にし、全体重をかけて引き上げようとしているその姿に、俺は思わず女の子に駆け寄った。
「どれ、お兄ちゃんに任せな」
「え?」
女の子の肩に手を置き、もう片方の手でロープを掴む。こんな小さな女の子が必死で水汲みしてる姿を見て、放っておくなんて出来ない。
女の子は何が起こったのか分かっていないのか、目を白黒させて俺の事を見ている。
そして。
「お」
「お?」
「おじちゃん、誰?」
「…………」
「あ、カイトさん! ロープ!」
「……はっ! 危ない危ない」
後ろから近付いてきていたマリーに言われ、危うくロープから手を離しそうになっていた事に気が付いた。
寸での所で気付けたから、ギリギリセーフ。
「よっと。はい、お嬢ちゃん。水だよ」
女の子が持ってきた水桶の中に組み上げた水を流し込み、井戸の脇に桶を置く。
「え、えっと……ありがとう、おじちゃん」
「…………」
女の子の純粋な言葉に、俺の心が深刻なダメージを受ける。
俺まだ二十九歳なんだけど。なんなら、この世界に来た時に十九歳まで若返ってる筈なんだけど。
昔からそうなんだよな、俺。何故か老けて見られる事が多かった。
せめて大人から言われたのなら自分を誤魔化す事も出来るんだけど、こんなに小さな女の子に言われると、流石に誤魔化せない。
「んっ! んんんんっ!」
と、そんな事を考えていると、女の子は水の溜まった水桶を両手で抱えようとして、またしても四苦八苦している。
「ああ、いいよ。「お兄ちゃん」が運んであげるからね」
「カイト君……」
「カイトさん……」
俺が「お兄ちゃん」を強調して言うと、フーリとマリーから哀れみの籠った視線を向けられた。
何だよ! 言いたい事があるなら言えよ!
「え? え? えっと、いいの?」
未だに状況が飲み込めずオロオロしながらも、恐る恐る尋ねてきた女の子に、俺は。
「うん、大丈夫だよ。おにいちゃんが運んであげるからね」
女の子の目線の高さに合わせて屈み、優しく答えた。
女の子は肩まで伸びた茶色い髪――所謂セミロングの髪を小さく揺らしながら、何度もウンウン頷くと。
「ありがとう、おじ……おにいちゃん」
俺が何度も「お兄ちゃん」を強調したからか、一瞬おじちゃんと言いかけるも、おにいちゃんと言い直してお礼を言ってきた。
うん、大人気ないかもしれないけど、これぐらいは許される筈だ。
「どういたしまして」
女の子の頭を撫で、片手で水桶を持ち上げる。
っと、結構な重さがあるなコレ。
こんなのを一人で運ぼうとしてたのか。こんなの、この子には無理に決まってるだろ。
「お嬢ちゃん、お名前は?」
俺が水桶を持って移動を始めると、後ろでマリーが女の子に名前を聞いていた。
「えっと、フォレ」
「フォレちゃんか。良い名前だね」
「うん。ふふっ」
女の子がフォレと名乗り、マリーがその名前を褒めると、女の子の小さな笑い声が聞こえてきた。
その笑いは、照れている様な、でも嬉しそうな声音で、名前を褒められた事を素直に喜んでいる様だった。
「フォレ。フォレはいつも水汲みをしているのか?」
嬉しそうに笑うフォレに、フーリが尋ねる。確かに、それは俺も気になっていた。
こんな小さな、ましてやフォレはこんなに痩せ細った体をしているのに、水汲みは明らかに無茶だろう。
何か理由があるのか。それとも、それがここでは当たり前なのか。もし後者なら由々しき事態だ。何とかしてあげたいけど。
「ううん、いつもはお姉ちゃん達がしてる」
フォレの口から出た言葉に、とりあえずほっと胸を撫で下ろす。良かった。最悪の状況は避けられた様だ。
だが、だとすると何故フォレは水汲みなんてしようとしてたんだ?
気になりはするけど、とりあえずコレを中に運ばないとな。
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