見た目は青年、心はアラサー、異世界に降り立つ! ~チートスキル「ストレージ」で異世界を満喫中~

蒼山 勇

十六話

 それからしばらく王城の周りを歩いて回り、一通り見学し終えた俺達は、そのまま渡り鳥亭へと帰る事にした。
 王城の中へ入れなかったのは残念だったけど、それも仕方がない。

 間近で見られただけで良しとしよう。

「そういえばあの宿、晩飯はどうなってるんだろう?」

 もし宿で晩飯が食べられないなら、自分達でどうにかするしかないよな。でも、普通宿に泊まって晩飯は自分で調達、なんてないと思うけど。
 と、考えていたんだが、ここでフーリから衝撃の一言が発せられる

「食事? 自分達で用意しないといけないに決まってるじゃないか」
「なんですと?」

 まさかの晩飯は自分達で用意しないと発言。
 いや、確かに飯が食えそうな施設は宿内には見当たらなかったけど。
 しかも今のフーリの言い方。自分達で用意するのが当たり前だとでも言わんばかりだ。

「カイトさんは賢者の息吹にしか泊まった事ないから知らないでしょうけど、宿で食事もとれるなんて、滅多にある事じゃありませんからね?」
「そうなのか?」

 日本の感覚だと、普通宿に泊まったら飯は宿で食べる物なんだけど。
 カプセルホテルなんかはただ泊まるだけで、飯は自分達で用意するって聞いた事があるけど。

「王都でも食事がとれる宿なんてなかなかありませんよ。大体どこも食事は自分達で済ませる物です」
「そうなのか。全然知らなかった。じゃあ今夜はどこかに食べに行かないといけないのか?」
「そうなるな。なに、少し足を延ばせば食事処もあるから、心配しなくても大丈夫さ」

 俺が懸念している事が分かったのか、フーリが俺を安心させる様に説明してくれた。店があるなら別にいいんだけど。
 ただ、軽いカルチャーショックを受けたのは確かだ。

 宿の晩飯、ちょっと楽しみだったんだけどな。
 と、二人と話しながら歩いていると、今日からしばらく泊まる宿「渡り鳥亭」が見えてきた。きたのだが……。

「あれは……子供?」

 宿の扉が突然開いたと思ったら、中からまだ年端もいかない少女が姿を現した。
 年の頃はまだ十もいかないぐらいか? アミィとそう変わらない様にも見える。しかし背丈はアミィよりも一回り程小さい。

 髪は黒髪ロング。アミィと同じだな。だが、アミィと違って、その髪は伸ばしているというより、ただ伸ばしっぱなしにしている様な印象を受ける。その証拠に、手入れもしていないのかぼさぼさで、艶もない。

 服装は白いロングのワンピース。だが、所々破けたり、汚れで黒くくすんでしまっている。
 両手足といった、目に見える生身の部分、そして顔つきは明らかに瘦せ細っている。

 典型的な栄養不足そのまんまといった感じだ。

「ニーナさん、今日もありがとうございます」
「いいのよ、気にしないで。ごめんね、こんな事しか出来なくて」
「いえ、そんな事ないです。ニーナさんのおかげで何とかやれてるんですから」

 少女が扉の方、宿の中に向かってお礼を言うと、中からさっき受付をしてくれた従業員さんが姿を現し、少女の目線に合わせてしゃがみ込んだ。

「何か困った事があったら、いつでもいらっしゃい。出来る限り力になってあげるから」
「はい、ありがとうございます。それじゃあ失礼しますね」
「気を付けて帰るのよ、アン!」

 二、三言葉を交わしたら、その少女――アンと呼ばれた女の子は、従業員さんにお礼を言ってから貧民街の方に向かって歩いて行ってしまった。
 それを見送る従業員さん。その表情は、とても悲しげだ。

「あ、お客様。お帰りなさいませ!」

 そして、俺達の存在に気が付いたらしい従業員さんが、何事も無かったかのように明るく出迎えてくれた。

 もしかして、見られてた事に気付いてないのか? まあ気付いてたならもう少し何かありそうなものだし、気付いてなかったんだろうな。

「あの。今の、アンって子は?」

 流石に今のを見て見ぬふりする気にはなれず、従業員さんに尋ねてみる事にした。
 すると、それまでニコニコと笑顔を浮かべていた従業員さんが、驚いた様な表情を浮かべ。

「もしかして、今の見てたんですか?」
「ええ、まあ」

 特段隠す必要性も感じなかったので正直に認めると、今度は困った顔をする従業員さん。
 何と説明しようか考えているのだろうか? もしかして、いらん事を聞いたか?

「今の子は、孤児院の子ですか?」
「っ  知ってたんですか 」
「いえ、確信はありませんでした。でも、やっぱりそうですか」

 俺が若干後悔していると、それまで静かに事の成り行きを見守っていたマリーが従業員さんに尋ねた。

「孤児院? 王都には孤児院なんてのがあるのか?」
「ええ、ありますよ。ペコライにはありませんでしたけど、それはまた今度説明しますね」

 マリーは俺の疑問に答えると、再び従業員さんの方に視線を戻し、更に質問を重ねる。

「でも、あの子の姿。もしかして、孤児院の経営は上手くいってないんですか?」

 マリーの言う通り、さっきのアンって子はお世辞にも身綺麗だったとは言い難い。それに、あの痩せ細った姿。充分な栄養を摂れていない証拠だ。

「……はい、お客様の仰る通り一年ぐらい前から、孤児院の経営は苦しくなる一方で」

 マリーの言葉に、従業員さんは少しだけ考えるような素振りを見せた後、意を決したようにその口を開いた。

「ふむ。だが、確か孤児院にはそれなりの額の寄付金が寄せられていたと思うのだが?」

 従業員さんがマリーに答えると、今度はフーリが従業員さんに尋ねた。
 俺? 異世界の孤児院情報なんて知る訳ないし、黙って聞いてるよ。

「それが、数年程前から孤児院に寄付される寄付金がどんどん減っているみたいで。最近では、孤児たちが満足に食事もとれないぐらい少なくなっているって話です。他にも問題が山積みで」
「「……」」

 従業員さんの言葉に、二人は何も言わずに考え込むような仕草をする。

「もう、孤児院は限界なんです。それに、院長先生も。私も出来る限り力になってあげたいんですけど、私一人の力じゃどうにも出来なくて……」

 従業員さんは力なく項垂れる。その言葉尻は段々と小さくなっていった。

「それにこの貧民街じゃ、皆自分の生活を守るのだってやっとなんです。誰かを助けている余裕なんて、皆無いんです」

 蚊の鳴く様な声で、そう呟く従業員さん。それはまるで、力ない自分を責めているかの様にも聞こえてしまう。
 それに対して、俺は何も言う事が出来なかった。

 多分、俺が何を言っても、気休めにもならないだろうから。

「……すみません、お客様にこんな話しても、困りますよね」
「いや、大丈夫だ」
「私が聞いたんですから、気にしないで下さい」

 二人がそう答えると、従業員さんは一度深呼吸をすると、その顔に再び営業スマイルを浮かべた。
 ただ、その笑顔は明らかに無理をして作っているものだった。

「それでは、ごゆっくり。ウチは夕飯の用意はしてませんので、お客様の方で済ませて下さいね」
「ああ、分かった」

 俺達にそう言うと、一度お辞儀をしてから、そのまま店の奥へと引っ込んで行ってしまった。
 後に残される俺達。何というか、知らなきゃ良かった話だと思ってしまった。知らなければ、何も考えなかっただろうから。

 知れなければ、今夜も適当に晩飯を済ませて、ストレージの整理をして、明日からはパレードを思いっきり楽しむ事が出来た筈だ。

 だが、俺は知った。知ってしまった。そして、知ってしまった以上、どうにかしたいと思ってしまうのが道理だ。
 あんな小さな子が、満足に飯も食えないなんて、絶対間違っている。

「あのさ、二人共」
「孤児院に行かないか、ですか?」

 俺が二人に言おうとしていた言葉は、どうやらマリーに読まれていたらしい。
 いつもなら顔に出ている事を反省する所だが、今は話が早くて助かる。

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