見た目は青年、心はアラサー、異世界に降り立つ! ~チートスキル「ストレージ」で異世界を満喫中~

蒼山 勇

三十八話

「今手元にある本はこれだけですね」

 ナナシさんがその手に握る本は三冊。「賢者ペコライ伝説」というタイトルの上・中・下巻の様だ。
 本自体が全く折れ曲がっていない所を見るに、恐らくハードカバータイプだろう。

 サイズは大学ノートと同じぐらい。厚さもそこそこあり、恐らく一冊当たり三百~四百ページ程だと思われる。
 まあ要するに、標準的なハードカバー小説だという事だ。

 それが三冊。そう、三冊もある。

 どんな内容かは分からないが、タイトルからしてファンタジーものか。ペコライという人物は過去に実在していた筈だから、伝記という可能性も充分あり得る。
 だが、そんな事は些細な問題だ。重要なのはアレがいくらかという事。

 この街では本を全然見かけなかった事から、本自体が高級品という可能性も充分あり得る。そもそもこの世界に紙があるのか……いや、よく考えたら冒険者ギルドの依頼書は皮紙じゃなく紙だった筈だ。

 なら、そこまで値は張らないのではないか? と、そこまで考えて、直接聞いた方が早い事に気が付いた。
 今ここであれこれ考えていても答えなんか出ないのだから。

「因みになんですけど。それって一冊いくらぐらいしますか?」

 俺は意を決してナナシさんに尋ねてみた。
 ここ最近の稼ぎはほとんど貯蓄してあるし、多少高くても今の俺なら買えるだろう。さあ、一体いくらだ?

「うーん、そうですね。あなたはいくらぐらいだと思いますか?」
「へ? 俺ですか?」

 予想外の返しに驚き、当たり前の事を聞き返してしまった。ここには俺しか居ないのだから、俺の事に決まってるのに。

「ええ、そうですよ、近衛海斗さん? あなたはこの本、いくらぐらいすると思いますか?」

 だが、ナナシさんは俺の返しに特に変な顔をする事もなく……いや、そもそも仮面で顔隠れてるから、表情なんて分からないけど。とにかく、特にツッコミを入れる事もなく話を続けてくれた。

「うーん、そうですねぇ。金貨五枚ぐらい、とか?」

 仮にこの世界で「本が高級品だとしたら、どんなに少なくてもそのぐらいはするだろう」と考えた金額を答えてみた。
 ちなみにこれは、オーガの魔核を売った場合の十分の一ぐらいの金額だったりする。

「では、その金額でお譲りしましょう」
「へ?」

 実際はいくらぐらいなのかと思っていると、ナナシさんの口から出たのは、本の金額ではなく、その金額で譲るという言葉だった。

「いや、あの、本の金額は……」
「ん? ですから、その金額――金貨五枚でお譲りすると言ってるじゃないですか。それとも、いりませんか?」
「いやいや、買います!」

 なんともナナシさんらしくない物言いに違和感を感じながらも「いらないか」と問われ、慌てて「いる」と答えてしまった。
 まあちょっと高いけど、仕方がない。本の為だ。

 俺はストレージから財布を取り出し、三冊分の代金――金貨十五枚を取り出そうとして。

「お待ちなさい、近衛海斗さん。本当は一冊金貨一枚ですよ」
「……え?」

 ナナシさんの口から衝撃の言葉が飛び出した。
 金貨一枚? つまり、俺の言った金額の五分の一しかしないって事?
 あれ? 俺、もしかして騙される所だった?

 いや、本当に騙すつもりなら、このタイミングでバラす筈がないか。
 もし本当に騙すつもりなら、そもそも俺にバラしたりなんかしないだろう。支払いを済ませた後に暴露して、優越感に浸りたいというのならば、まああり得るけど。

 どっちにしても、それは今じゃない。
 なら何で、このタイミングで?

「ナナシさん、何でこのタイミングで本当の金額を言うんですか? 黙ってたらバレなかったのに」
「いや、あなたを騙すのが目的ではありませんから。あなたはもう少し警戒心を持った方がいい。でないと、今みたいに簡単に騙されてしまうかもしれませんよ?」

 ナナシさんはそう言って、俺の手から金貨を三枚だけ受け取り、代わりにもう片方の手に持っていた三冊の本を俺に差し出してきた。
 俺はそれを受け取りながら。

「つまり、今のはわざとだったと? 俺にもっと警戒心を持たせる為に?」
「ええ、そうです。あなたはもう少し人を疑う事を覚えなさい。今みたいに、馬鹿正直に隙を見せれば、それはあなたの弱点になるのですからね」

 確かに、ナナシさんの言う通りかもしれない。
 俺はナナシさんにはお世話になってるし、まさか騙されたりなんてしないだろうと思い込んでいた。

 もしこれが全然知らない相手だったら、今頃金貨十二枚分もぼったくられている可能性もあったのだ。
 これはナナシさんの言う通り、もう少し気を付けないといけないかもしれない。

「そうですね。ありがとうございます、ナナシさん。おかげで良い教訓になりました」

 俺はそれに気付かせてくれたナナシさんに、素直にお礼を言った。

「そうですか。それなら良かったです。これからは気を付けて下さいね」
「はい、本当にありがとうございました」

 俺はナナシさんから買った本をストレージに仕舞い、そのままナナシさんの店を後にした。

「はぁ。本当に、あなたという人は……」

 背後でナナシさんが何か呟いた気がしたが、上手く聞き取る事が出来なかった。

「ナナシさん、今何て……あれ?」

 ナナシさんの方を振り返ると、そこには既にナナシさんの姿は無かった。多分ストレージを使ったんだろうけど、それにしても。

「なんていうか、神出鬼没な人だな。ナナシさんって」

 俺は誰も居なくなった店先を眺めると、そのまま表通りを折り返し、噴水広場まで戻って来た。
 そして、思い出した。

「そういえば、ナナシさんにはまだ聞きたい事があるんだった」

 主にあの本の出所とか。後は、他に本を売ってる店とかも。だが、今更思い出しても後の祭り。既にナナシさんとは別れてしまった後だ。
 俺が思っていたよりも安かったけど、それでも、この世界で本は高級品の様だ。

 賢者の息吹が、一泊二食付きで大銅貨四枚……いや、これは俺価格だって前にアミィが言ってたっけ?
 まあそこまで差はないとして、仮に大銅貨五枚としよう。

 宿代が一泊大銅貨五枚と考えて、二十泊分。
 この本一冊で賢者の息吹に二十泊も出来るという事になる。それだけで、本は充分高級品だと言えるだろう。

「まあそれでも買うんだけどな」

 この世界に来てから、俺は一度も読書をしていない。
 いや、色んな事があった結果、読書をする余裕がなかっただけなんだが。それでも、手元に本があれば、ちょっとした時間に読書を楽しめる。

 普段はストレージに仕舞っておいて、読みたい時に取り出して読んで、片付けもストレージに放り込むだけ。

 後はワンタッチで整理整頓まで可能ときた。はっきり言って、環境だけで言えば日本にいた頃よりも遙かに優れているとさえ言える。
 問題は本が手に入るかどうかだけ。

 まあ今は三冊も本を手に入れたのだし、それはまた今度考えるとしよう。今は目先の読書だ。
 俺は久しぶりの読書に心躍らせながら、賢者の息吹へと歩みを進めた。



「あ、お兄ちゃん、おかえりなさい。本は買えた?」
「ああ、ばっちりだ」

 宿に戻ると、丁度店先の掃き掃除をしていたアミィに出迎えられた。
 この本を買えたのはアミィのおかげなので、感謝の意を込めて、アミィに今日買った本を手に持って見せた。

「あ、賢者ペコライ伝説だ。懐かしい」
「知ってるのか?」

 高級品である本を三冊も見せたのだ。てっきりもっと驚くかと思っていたのだが、予想に反して、アミィが驚いた様子はなかった。

「もちろん。絵本にもなるぐらい有名な話だし。私も小さい時はよくお母さんに読んで貰って……」
「ちょ、ちょい待ち。今絵本って言ったか?」

 アミィから出た予想外過ぎる単語に、俺は話を遮ってまでアミィに確認してみた。

「え? うん、言ったけど?」

 どうやら俺の聞き間違いとかではなさそうだ。
 ていうか、この世界って絵本とかあるのか? でも、本は高級品の筈……まさか。

「なあ、アミィさんや」
「な、何、お兄ちゃん? 急に変な喋り方して」

 アミィに若干引かれてしまったが、今はそんな事どうでもいい。

「この本、一冊いくらだと思う?」
「え、その本? うーん」

 俺が問いかけると、アミィはその場で腕を組み、頭を捻って考え始めた。どうか俺の気の所為であってくれ。

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