見た目は青年、心はアラサー、異世界に降り立つ! ~チートスキル「ストレージ」で異世界を満喫中~

蒼山 勇

二十四話

「カイトさん! こっちですよ!」
「あ、ああ。今行くから」

 休日の昼下がり。青い空、白い雲、目の前には美少女と言って差し支えない女の子。
 どこからどう見てもリア充真っ只中。青春を謳歌している様にしか見えないだろう。そんな俺が、美少女――マリーとどこに向かっているかというと。

「さあ、本日限定! 侍の国の特産品、ウマイタケ! いまなら一袋大銅貨二枚の出血大サービスだ! 持ってけ泥棒!」
「一袋おくれ!」「こっちは五袋だ!」「ええい、十袋まとめて買うぜ!」
「へい、毎度あり!」

 ウマイタケという、キノコの叩き売りに来ていた。もう一度言おう。キノコの叩き売りに来ていた。

 いや本当、どうしてこうなった?
 確かに昨日の夜の段階では、マリーとデートする流れだと思っていた。しかし、いざ蓋を開けてみればコレである。

 そのウマイタケというのは相当人気があるのか、叩き売りをしているおじさんの周りには沢山の人が群がっていた。
 さながら餌に群がるゾンビの様だ。うん、言い得て妙とはまさにこの事だろう。

「おじさん、これで買えるだけ売って下さい!」

 そんな中、マリーがその人ごみに怯む事無く突っ込んでいく。
 えぇ……根性あるなマリーは。

「あいよ! って、嬢ちゃん、これ金貨じゃねえか!? それも二枚も!?」

 おじさんの驚愕の声が響き渡る。周囲にいる人達も、金貨という単語を聞いてざわめきだしていた。

 どうやらマリーが惜しげもなく金貨を出したらしい。しかも二枚。いや、金貨二枚って、要は大銅貨二百個分だろ?
 ウマイタケ一袋大銅貨二枚だから、百袋買うつもりなのか? いくらなんでも買い過ぎだろ……。

 ていうかそもそもウマイタケって……。この世界のキノコのネーミングセンスはどうなってるんだ? オイ椎茸といいウマイタケといい。
 その内「ウメエリンギ」なんてキノコも出て来そうなんですけど。

「カイトさん! ちょっと手伝って下さい!」

 なんか人ごみの中から俺の名前を呼ぶマリーの声が聞こえてきたんだが。これ、行かないとダメかな?
 ……ダメですよねぇ。

「はぁ、仕方ない」

 あまり気乗りはしないが、俺は人ごみをかき分けてマリーの元を目指した。
 何故か俺の通り道にいる人達が、道を譲ってくれている気がするんだが、気の所為か?

 ……いや、気の所為じゃないわ。みんな困惑顔で道を開けてくれている。多分……いや、深くは考えまい。

「あ、来てくれましたか。これ、スト……アイテムボックスに収納しておいて貰えませんか?」
「あ、ああ、分かった」

 マリーは一瞬ストレージと言いかけたが、ここがどこか思い出したのか、途中でアイテムボックスと言い直してくれた。
 そういえば俺ってこの世界に来てから一部の人間としか話した事なかったな。

 マリー達と一緒の時も、他の人と話す事なんてほとんど無かったし、ストレージの話なんて、まずしなかった。
 まあ今はそんな事よりも、目の前のウマイタケとやらの山の方が重要だ。

 ウマイタケ百袋。その量の多さは一見の価値があるだろう。なんせ、俺の背丈よりも高く積まれているのだ。
 その量は尋常じゃない。ていうか、一袋がデカい。

 まあ、だからといって別に問題がある訳じゃないけど。
 俺はウマイタケの山に近づき、その一角に手を触れて「収納」と、短く唱えた。その瞬間、ウマイタケの山はパッと姿を消し、ストレージ内へと収納された。

「お客さん、アイテムボックス持ちだったのかい? だから嬢ちゃんはあんな滅茶苦茶な量をまとめ買いなんてしたのか! いや、それでも充分頭おかしい量だったがな」

 叩き売りのおじさんは何を勘違いしたのか、一人で勝手に納得している。違う、そういう訳ではない。
 マリーは多分そこまで考えては……あれ? もしかして?

「なあマリー、今日俺を誘ったのって」
「さ、さあ、カイトさん! ウマイタケも無事買えた事ですし、どこかでお茶でもしていきましょうか! 私、奢っちゃいますよ!」

 マリーは誤魔化す様に早口でまくし立てると、そのままスタスタと足早に歩き始めた。
 あの反応、黒だな。つまり俺は荷物持ち……ていうか荷物入れとして誘われたって事だ。

 おお、神よ! 少しぐらい夢を見せてくれても良いではないですか!
 と、柄にもない事を考えてしまったが、よく考えたらこの世界の神様って、あの駄女神(仮)様だったのを思い出した。

 うん、祈るだけ無駄だな。
 俺はそんなしょうもない事を考えながら、マリーの後を追いかけた。



「ここにしましょう、カイトさん!」

 マリーに追いつき、そのまま歩く事数分。そこにはガンツ武具店と似た様な空気を発する店があった。
 人通りの少ない路地裏に、ひっそりと店を構える隠れた名店。そんな空気だ。

「へぇ、雰囲気出てるなぁ」

 店を見ての第一声はそれだった。
 赤茶色のレンガ造りの建物。植物の蔦が絡みついた木製の看板。窓ガラスから除く店内はそこそこ広く、オシャレなテーブルがいくつか並べられている。

 こういう店を回るの、結構好きなんだよな。
 マリーと二人で店の扉を開くと、扉に取り付けられた小さなベルが「カランカラン」と小気味良い音を鳴らし、俺達を出迎えてくれた。

 へぇ、こじゃれた事してるな。

「いらっしゃい。お好きな席へどうぞ」

 ベルの音で来店に気付いたであろう男の店員が、俺達を好きな席へと促す。

 店内は現代社会で言うこじんまりとした喫茶店みたいな造りで、カウンターテーブルまで備え付けられていた。

 俺とマリーが適当な席に座ると、すぐにお冷と黒い装丁が施された、大きめの薄い本を持った店員が席に現れ、それらをテーブルの上に置き「ごゆっくり」とだけ言い残し、再びカウンターの奥へと戻っていった。

 この黒い本は、もしかしなくてもメニューだろう。
 とりあえずメニューを開いてみると、最初に軽食メニューがいくつか並び、次にドリンクメニュー。

 そこは流石の喫茶店。ドリンクメニューは軽食メニューの倍近い量の種類がある。
 そして最後にデザートメニューを見て……俺はマリーが気付く前にメニューを閉じた。

「え? カイトさん、どうしたんですか?」

 突然の出来事に困惑しているであろうマリー。だが、これは絶対に見せる訳にはいかない。見せたら大変な事になる。
 ていうか何でこんなメニューが存在してんだよ! ふざけんな!

 マリーに見つかる前に隠したデザートメニューのページ。そこにははっきりと「オイ椎茸パフェ」などという、マリーをピンポイントに狙い撃ちにしたかの様な業の深いメニューが載っていた。

 こんなの絶対にバレる訳にはいかない。隠し通さねば。

「あ、あー、実は俺、腹減っててさ。軽食メニューでも頼まないか? ほら、マリーもどうだ? もし甘い物がいいなら、ここに「パンケーキセット」なんてのも……パンケーキってこの世界にもあんの!?」

 俺は誤魔化そうと別のページを開いてメニューを眺めていき、軽食メニューをマリーに勧めようとして、パンケーキの存在に驚いた。

「へえ、パンケーキですか。初めて聞きました。でも、私はデザートメニューの方が」
「あー、マリーさんや! デザートメニューはやめといた方がいいんじゃないかな?」

 自分でもびっくりするぐらい動揺を抑えきれてない、上擦った声が口から発せられる。

「どうしてですか?」

 マリーはキョトンとした顔で尋ねてきた。あの顔を見たら別に見せても問題ないんじゃないかと思ってしまうが、騙されてはいけない。

 もしもマリーに見られたら、確実に注文するだろう。その後に待っているのは、色んな意味で地獄絵図だ。

「……えいっ」

 とにかくマリーに見せたが最後。きっと迷う事無く。

「すいませーん、オイ椎茸パフェ一つ!」

 と、言うに違いないのだか……え?

「――っ!?」

 慌ててマリーの方を見てみると、そこには無残にも開かれてしまったデザートメニューのページ。い、いつの間に!?
 ……も、もうダメだぁ。おしまいだぁ。

「カイトさんは何にしますか?」

 屈託のない、愛らしい笑顔で尋ねてくるマリー。しかし、今の俺にはその笑顔が悪魔の微笑みにさえ感じられるよ。

「……チーズとチョコの欲張りケーキセット。あと紅茶で」

 俺は力なく答え、これから起こるであろう惨劇に、この身を震わせた。
 ……俺は……無力だ。

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