見た目は青年、心はアラサー、異世界に降り立つ! ~チートスキル「ストレージ」で異世界を満喫中~

蒼山 勇

十三話

 その後しばらく雑談に花を咲かせていた俺達だが、隣でマリーがコクコクと船をこぎ始めたので、今日はそこでお開きとなった。

「すまないなカイト君、マリーはあまり酒に強い方ではないんだ」
「いや、別にいいよ。何となくそんなイメージあったし」

 見た目通りというかなんというか。しかもこの酒(ラガーというらしい)、結構度数高そうだし。

「う~ん、わらしねれらいよ~?」
「うん、もう完全に撃沈してるな」

 既に呂律は回っておらず、瞼も開いていない。さっさと部屋に戻って寝た方がいいって。

「さて、私はこのままマリーを連れて部屋に戻るが、カイト君はどうする? もしここに泊まるのなら、そこで部屋を借りるといい」

 二階へ上がる階段のすぐ下辺りを指差しながらフーリが場所を教えてくれた。

 そこには、小柄なマリーより更に一回り程小さい背丈で、長い黒髪を後ろで一本にまとめ、白いエプロンに身を包んだ少女が立っていた。目元はぱっちりとしており、快活なその笑顔は、見ていると自然と貰い笑いしてしまいそうになる。

「はい! 賢者の息吹の看板娘、アミィです! よろしくお願いします、カイトさん。今夜はお泊りですか? でしたら、今のお食事代も込みで……おまけして大銅貨四枚でいいですよ!」
「えっ」

 大銅貨四枚。想像以上に安くて驚いてしまった。
 ちらっとフーリの方を見てみると。

「アミィ、カイト君には随分おまけするじゃないか。私達の時は大銅貨五枚だったのに」
「だって、カイトさんは二人とパーティを組むんですよね? 今まで誰ともパーティを組もうとしなかった氷炎の二人と。そんな将来有望なカイトさんには、今後とも是非御贔屓にして頂かないと!」

 わお、打算込みでしたか。でもそういうのを素直に言うのは逆に清々しくて好感が持てるな。隠す気ゼロだし。

「お前、本人を前にして堂々と……」
「いいじゃないですか。カイトさんって、そういうの気にしなさそうですし。ね?」

 こっちを見てウィンクをしながら聞いてくるアミィ。この娘、よく人を見てるな。恐らくさっきまでの俺達のやり取りを見ていたのだろう。

「そうだな。逆に清々しくすらある」
「やっぱり! カイトさん、是非ウチに泊まって行って下さいね! いっぱいサービスしちゃいますから!」

 我ながら単純だが、こんな風に言われると悪い気はしないな。

「それじゃ、ココに泊まらせて貰おうかな」
「はい! ありがとうございます! それじゃあコレ、お部屋の鍵です。丁度フーリさん達の隣の部屋が空いてるので、そちらにお願いします!」

 そう言ってアミィは部屋の鍵を俺に手渡してきた。それは漫画なんかによく出てくる、丸い輪っかから棒が伸びて、二本ぐらい横に突起が伸びているという、典型的なアレだ。
 この形状の鍵を生で見たのは初めてだけど。

「代金は先払い制なので、今お支払いして貰ってもいいですか?」
「先払いね。大銅貨四枚だから……はいコレ」

 俺は財布(巾着袋)から大銅貨四枚を取り出して、アミィに手渡した。

「はい、丁度ですね。それじゃあそのままフーリさんに付いて行って貰っていいですか?」
「案内するのは私なのか!?」

 アミィの答えが予想外だったのかフーリは素で驚いていた。

「まあまあいいじゃないですか。どうせ隣なんですから」
「確かにそうだが……はあ、まあいい。どうせ隣だからな。それではカイト君、付いて来てくれ」
「あ、ああ。分かった」

 最終的にフーリが折れて、やれやれといった風に納得し、俺に付いて来るよう促すと、完全に寝てしまったマリーを背負って階段を上り始めた。なんかフーリって苦労人の臭いがするんだよな。

 フーリ、強く生きてくれ。

「おやすみなさーい。明日の朝ごはんも食べに来てくださいね!」

 階段を上り始めると、下からアミィの声が聞こえてきた。
 もう結構いい時間なのに、アミィはまだ仕事するんだよな。
 ……今度何か差し入れでも持ってくるか。

 そんな事を考えながらフーリに付いて行った。
 マリーをおぶってあげないのかって? 彼女いない歴=年齢を舐めんな! そんな勇気はない!

 まあフーリがキツそうなら流石に変わるけど。だって軽々背負うんだもん。アレ絶対背負い慣れてるって。



「ここが私達の部屋だから、カイト君の部屋はこの隣だな」

 そこは階段を上って突当りにある部屋だった。その隣が俺の部屋って事は、今俺が立ってるここが、今日俺が泊まる部屋って事か。

「それじゃあ私達はここで。何かあったら教えてくれ」
「分かった、案内ありがとうな」
「なに、構わないさ。おやすみカイト君」
「ああ、おやすみ」

 そう言うと、フーリはマリーを連れて部屋に入っていった。それを見送り、俺も自分の部屋に入る。

 部屋の中は大きめのシングルベッドが一つと、テーブルとイスが一組、木製の衣装ダンスが一つあり、一晩泊まるだけなら充分すぎる家具が揃っていた。

 とりあえず扉の鍵をかけ、シャツとズボンを脱いで衣装ダンスに放り込みベッドに寝転ぶ。

 流石に日本のベッドに比べると寝心地は劣るが、思ったよりも寝心地は悪くなかった。
 そのまま目を瞑り、今日一日の出来事を振り返る。

 朝起きて会社に行き、残業をこなして帰宅途中にトラックに激突され、自称女神様に訳も分からないまま異世界に放り出された。

 こっちに来てからも、プチサバイバルをしながら人里を目指し、気絶したマリーを見つけ、ゴブリンと戦い、パーティ勧誘を受け、ペコライの街に辿り着き、冒険者登録をして、フーリに出会い、今に至る。

 なんというか、濃い一日だった。これが夢だと言われてもあっさり信じてしまうぐらい。

 むしろ夢だと言われた方がまだ納得出来る。このまま眠り、朝起きるといつもと変わらない日常が始まるのだ。

 夢で見た異世界転移は楽しかったなあ、と思い返しながら、いつも通り仕事が始まって「いっそ本当に異世界転移とかしないかな」とか考えながら仕事が終わる。

 家に帰ると両親と妹が出迎えてくれて、晩飯を食べて風呂に入り、ゲームをしたり漫画を読んだりして、寝るまでの時間を過ごす。
 そんな当たり前の日常が……もう俺の両手から零れ落ちてしまった。

 新しい人生は確かにワクワクする。魔法ももっと使ってみたいし、冒険者生活もどんなものか凄く興味がある。まだ見ぬ世界、ワクワクしない筈がない。それは間違いない。
 でも。

「……いや、これは無い物ねだりか」

 そんな事を考えていると次第に睡魔が襲ってきて、俺は自然と眠りの世界へ落ちていった。



「ん、んぅ」

 窓から差し込む日の光で俺は目を覚ました。どうやら昨日はベッドに寝っ転がり、そのまま眠ってしまったらしい。

 変な態勢で寝てた所為か、体が少し痛む。
 もし二十九歳の体のままだったら、この程度では済まなかっただろう。流石は十九歳、まだまだ若い。

「ん、ん~……はぁ」

 ベッドの上で軽く伸びをしてから立ち上がる。
 さて、マリー達はもう起きてるかな? そう思い、扉に手をかけた所で、自分がどんな格好をしているか思い出した。

 危ねぇ。ついいつもの癖でそのまま部屋から出る所だった。
 俺はギリギリのところで思い留まり、服を取りにタンスへと向かう。が、ここで事件が起こる。

 先に弁明させて貰うと、俺がギリギリ出なくても、向こうから来たらどうしようもない訳で。

「おはようございます! カイトさん、起きてますか? ……え?」

 マリーが突然扉を開けて、俺の部屋に入ってきた。そして、目の前に俺の姿を見つけ、そのまま固まってしまった。

 そこには、タンスから服を取り出しながらパンツ一丁で固まる俺。その俺を見つめながら同じく固まるマリー。一瞬の間が空き。

「し、失礼しましたぁ!」

 茹でダコの様に顔を真っ赤にしたマリーは、ものすごい速さで部屋から出ていった。
 え? これって俺、悪くないよな? え、大丈夫だよね? 追いかけた方がいいのか?

 とりあえず服を着て、と。……よし、フーリを探すか。きっと苦労人フーリならどうにかしてくれる筈だ。
 そんな謎の信頼をフーリに抱きつつ、俺はマリーの後を追い、部屋から出ていった。

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