あの日

僕ちゃん

四話 小学生

 そこに行けば何かが変わると思っていた。いや、それは言い訳で目標が欲しかっただけなのかもしれない。だが私達はとにかく海を目指していた。

「誰かさ海ってどこにあるか知ってる?」

 歩き初めてしばらくするとついに桜が切り出した。私を含めて皆、海は写真でしか見たことがなかった。だが四人とも誰かが知ってると思いとにかく歩き続けていた。

「・・・・」
 
 もちろん誰も答えなかった。四秒ぐらい沈黙が続く

「ぷっっ」

 ついに満月が吹き出した。ここから笑いの連鎖がはじまる。私達は笑いの理由が何だったかわからなくなるほどの長い時間をケラケラ笑い続けた。この時間が一生続いてほしいと私は密かに思った。そして皆もそう思っていてほしいと。

 だがこの世に一生なんてものはない。

「じゃあさ、海までの地図買いに行こうぜ。出さなきゃ負けようジャーンケーンポーン」

 瑛太が突然のジャンケンと的確な指示を出したくれた。ジャンケンを振られて返さない人なんていない。でもこういう急なジャンケンでは福太がグーしか出せないということを皆知っているので少しずるい。

「じゃあ おでぇいってくるな」

 案の定、福太が買ってくることになった。小さな村だと行っても地図を買って帰ってくるのに十分はかかる。福太だったら十五分ぐらい。
大人の私にはたいしたことないが、小学生の私達には長すぎた。

 海までの距離なんて検討もついていない私達は全力で鬼ごっこをして時間を潰した。この時私は鬼ごっこは三人でやる遊びではないことを思いしった。小学生の私でもとてもきつかった。

そうこうしているうちに

「おぉーーい 買ってきたどぉーー」

福太が帰ってきた。皆でありがとうを言った時の福太の照れている顔は面白かった。

「待って、これ日本地図じゃん」
 
満月の的確な指摘。

「でぇもここ海ってゆってたぞ」

福太が指差したところは確かに海だった。日本の回りの大平洋を指していた。会社の上司にこれをしたら切れられると思うが

「でもさ、俺達が今どこにいるかわかったら進む方向わかるんじゃね?」

 瑛太だ。今の私だったら笑いとばすかもしれないが、子供の私には瑛太の柔軟な発想がとても正しく素晴らしいものに思えた。

「誰か私達の村どこかわかる?」

 桜の問いにまさかの福太が

「ここだど」

 すぐに指を差した。

「えっ近、えっと北向いて右手だから、東に進めば近いね。」

 縮尺なんて知らない私達にはとても近い距離に思えた。だがとにかく進むべき方向は決まった。

「でもさ、どっちが東とか分かる?」

満月はやっぱり冷静だ。

「ズバッ」

 福太が斧で木をぶったたいていた。

「ズバッ」 「ドーン」

 まさかの二回だけで木が倒れてしまった。私達は福太の大人よりもすごいであろうパワーに圧倒されてしまい。なぜ福太がそんなことをしたのか疑問にも思わなかった。

 皆で福太をすごいすごいと誉めちぎった。また福太はすごく照れたがそのまま

「切り株の年輪で方角がわかるんだど。太陽さんが当たる南のほうが早く成長して年輪の幅がひろくなるんだど」

 なんて福太に似合わない博識ぶりを披露するもんだから、私達はまた顔を見合わせてケラケラ笑った。

「なんで笑うんだど」

福太は困っていたが、私達にも笑った理由を説明することはできなかった。

「と、とにかく俺達はこっち進んだらいいんだろ」

 瑛太は一人で先頭を歩き出した。この姿はとてもリーダーらしかった。

「瑛太 逆 逆だよ」

 桜がすかさず突っ込んだ。瑛太はボケたのか素だったのかは分からない。だが瑛太は社会のテストでも西と東を間違えていたので私には素に思えた。

 東に行ったら海があると分かりテンションが上がった私達には、登りがなかったせいもあるのかもしれないが最初の十キロぐらいはつかれなんて感じなかった。

 村から初めて出た私達には全ての景色が新鮮だった。どこのM字マークの看板の下にでも座っている顔面真っ白で不気味な笑顔を浮かべている人。とてつもなく良い匂いをただよわせている店。他にも私達の気を引くものはたくさんあった。

 私達は何度も立ち止まろうとしたがその度に瑛太が止めてくれた。一度止まってしまうと海に行くという目標なんてすぐに消えてしまうとわかっていたのだ。

 「ちょっと君達学校はどうしたの?見かけない子だね?」

 突然呼び止められた。警察だ。私は学校を抜け出してきていたことなんて忘れてしまっていた。

「おでぇたちうみにいくんだ....」

 福太のバカが全てしゃべろうとしたが私達はすんでのところで止めることができた。

「あっ僕たち小学生うみ組は明日の遠足のために早く学校終わったんだ」

 瑛太が機転を聞かせてすぐに答えが、理由が遠足というところがかわいい。

「そうなんだね ちょっと確認するからここで待っててっっ」

 警察官が近づいてきたから瑛太がすぐに警察官の又めがけて蹴りをいれた。

「皆逃げるぞぉーーー」
 
 瑛太はどうしても海に行きたいらしい。だがこういうときの小学生の団結はすごい皆一目散に逃げる。

「ドテッ」

 福太が転んだ。私はもうダメだと思った。案の定すぐに福太は警察官に腕を捕まれる。

「みんなぁー、まっでぇよぉーー」

 福太はものすごい力で警察を振りほどいた。警察官は吹っ飛ばされて、しりもちをついた。とてもいたそうだった。

「ま までぇーー」

 警察官に今までの元気はなかった。私達は今がチャンスととにかく全力で逃げた。知らない町の知らない場所へと。

「ハァハァ 何とか逃げきったな」

 私達は逃げ切った喜びと味わったことのないスリルによいしれケラケラ笑った。私達が悪いことをしたなんて誰も思わなかった。

「じゃあさ、そろそろいこうか」

 瑛太はまた一人で歩き出す。しかし今度は桜もツッコまなかった。ここで私達は気づいた。海がどこにあるか検討もつかないことに。東がどこかわからなくなったのだ。海への道は絶望的になった。

 瑛太はまだ一人で歩き続けていた。しかしその背中はいつもより小さく見えた。

 それでも瑛太は歩き続けた・・・







 






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