異能力で異世界充実

田所舎人

第二節 補給

 朝。唐突な訪問客により目が覚める。
「カズキ様。ロト様とクリス様の使者がそれぞれいらっしゃっていますが、どういたしましょうか?」
 アイリスが申し訳なさそうに寝起きの俺にお伺いを立てる。
「……とりあえず、ぶぶ漬けでも出してやってくれ」
「えーっと、ぶぶ漬けってなんでしょうか?」
「いや、気にしないでくれ。ただの慣用句だ」
 今時本場の人間だってしないだろうし。
「客間に通してお茶でも出してくれ。俺は顔でも洗って身支度を整えてくる」
「分かりました。あと、今朝からジェイドさんを見かけないのですが、ご存じありませんか?」
「ジェイド? ジェイドの事ならアンバーに聞いた方が早いんじゃないか?」
 あの後、ジェイドがどうしたかは知らないし興味も無い。
「アンバーさんは知らないそうなんですよ」
 アンバーはこのままこっちに居残るのか。
「まぁアンバーが知らないならこの屋敷にいる人間には分からんだろ。もしかしたら、急にクリスかレオに呼び出しを受けたのかもしれないしな」
 一晩明けても、俺の中でのジェイドに対する関心が非常に低い。アイリスには悪いが、少し突き放した物言いになっているかもしれない。
「とりあえず、準備してくる」
 俺はアイリスをやんわりと退出させて着替える。というか、昨日は上半身裸のまま寝ていたようだ。まぁいいや。
 俺は着替えた後、客間に移動する。
 ロトとクリスの使者はそれぞれの親衛隊独自の装いをしており、クリスの親衛隊の恰好ははっきりと見たことがあるので区別がついた。見慣れていない方がロトの親衛隊の人間だろう。クリスの部下の方が女性で、ロトの部下の方が男性だ。
「今日はどういった用件でしょうか」
 俺は歓迎の言葉も省き、用件を伺いながら対面の席に座る。
 今の俺の服装はジーパンにシャツといったカジュアルなスタイルでプライベート然とした装いだ。
「ロト殿下より伝言を承っております」
 ロトの部下の男が先だって用件を伝えてくる。
「早急にカンザキ殿に登城して頂きたいとの事です」
「ああ、そういうこと。そっちは?」
「クリス王女の勅命により、カンザキ殿に登城して頂きたいとの事です」
 つまり両者とも俺に話があり城に来いって事か。
「クリス王女の方は急ぎの用件なのか?」
「陽が完全に昇った頃に来ていただきたいとのことです」
 ってことは正午か。
「なら、先にロト殿下の用件から伺う。その後にクリス王女の所に行くから、その旨をクリス王女に伝えてもらえないか?」
「承知いたしました」
 そういえば、俺はレオの直属の部下扱いだから体面的にはこの女の子より俺の方が立場としては上なんだろうか? 
「じゃあ、少し用意してから向かうから先に城に戻っててくれるかな?」
「では、私はこれで」
 クリスの部下の方は先に退出する。
「私はカンザキ殿と同行するよう命じられておりますので、待たせていただいてもよろしいですか?」
「分かった。すぐに済むだろうから、ここでお茶でも飲みながらくつろいでて」
 一応、客間だからお茶請けも棚に保管してある。小袋に入ったお菓子類を適当な手の平サイズの編みカゴに入れてロトの部下に差しだす。
「適当に食べていいから」
 そう言って俺は部屋を出て、アイリスとフランとハリソンを呼び寄せる。十中八九、戦争絡みだろうからこいつらを連れて行く必要がある。
 三人には十分な準備をしてから玄関で待機するよう伝え、俺も自室で準備を始め、玄関に集合してからロトの部下の男に準備ができたことを伝えた。その時、ちらりと編みカゴの中を見るとごっそりと中身が減っていたのは微かに笑ってしまった。
 俺達四人はロトの部下が用意してくれた馬車に乗り込み、登城する。
 王城敷地内に入るとやはりというべきか、兵士達が慌ただしそうに動き回り、身なりの良い商人風の男達が馬車を率いて物資を運び入れている。商人が雇っている肉体労働者の数が足りないのか、兵士達まで荷卸しを手伝っている有様だ。
 そんな忙しそうな彼らを後目に馬車を降り、案内されるがままに城内を移動する。
 城内でも少々慌ただしい雰囲気が漂っているようだ。
 兵士は扉の前で立ち止まり、俺達に少しだけ待つように告げてから中に入り、数十秒ほどが経った後に室内に入るよう促される。
「よく来てくれた。カズキ」
 ここはどうやら執務室のようで、ロトは随分と書類に囲まれているようだ。
「大勢で押しかけて悪いな」
「いいさ。さぁ座りたまえ」
 俺とロトは腰掛け、俺以外の三人は遠慮してか壁際で佇み待機する。
「早速で悪いが本題に入らせてもらう。こっちも時間が無くてな」
 既に陽は昇っている。つまり、魔軍が現在進行形でここへ進軍しているというわけだ。
「ああ。こっちもこの後、用事があるから気にしないでくれ」
「用件というのは以前にも話した物資運搬の件だ」
「やっぱりその件か。聞かせてくれ」
「ああ。まず、カズキに頼みたいことは王城内にある物資を速やかに運搬をすることだ」
「戦場予定地はどこなんだ?」
「ここから北西に向かうと平原がある。更に進めば丘になっており、そこから一望できる海岸がある。その丘に砦があり、そこに兵を集めて上陸する魔族共を迎え撃つ予定だ。そこでカズキにはその砦に物資を集めて欲しい」
 つまり、簡略化すると『魔大陸>海>海岸>丘(砦)>平原>陽の国』となる訳か。
「まぁその件に関しちゃ協力するって約束だったから、それはいいんだけどさ」
「ああ。そう言ってもらえると助かる。物資運搬の件に関しては全てそちらの指示に従うよう部下には後から知らせる」
「そんな俺任せにしていいのか? 大事な物資なんだろ?」
「今は余計な駆け引きをしている場合ではないしな。それに、カズキは無償で民の治療に奴隷の力を使わせたと聞いている。多少なりともこの国に愛着を持ってくれているのなら、国の大事に力を貸してくれると俺は信じている」
「俺は愛国者じゃないんだけどな。……まぁいいや。物資の運搬の件は了解した」
 そこで俺は思考を巡らせる。物資の運搬の現場指示者はロージー達が適任だろう。ゲートは俺が不在でも限定条件下においては誰でも使うことができる。具体的にはホースで水が運べたように筒状の内部は繋がっており運搬は可能だ。それに、セシルに相談しているとっておきもある。それらを組み合わせれば物資の運搬が飛躍的に楽になるだろう。
「物資運搬の件は俺からロージー、俺の奴隷に一任するけどいいか?」
「ああ。カズキが任せるというのなら大丈夫だろう。こちら側の補給部隊との連携もある。後で顔合わせさせてくれ」
「分かった。それと、物資の運搬だが少し待ってくれ。まとまった数を運搬しようとするとそれなりに設備が必要だからな」
「……そうか。あまり時間は無いが、分かった」
 とりあえず、これで少し時間が稼げるか。
「話はこれで終わりか?」
「ああ。物資運搬の引き受けてもらい、その監督をしてくれる人間をそちらから出してもらえるなら、こちらからこれ以上口を出すつもりはない」
「分かった。ロージーと細かな点を相談し合って決まったら改めて連絡をしよう」
「助かる」
 ロトが手を差し出してきて、俺はそれを握った。

 次はクリスだ。
 三人を連れ、適当にクリスの親衛隊であろう兵士を捕まえ、クリスの居所を聞き出し、その場所に向かう。すると、ある扉の前でクリス親衛隊の兵士が佇んでいる。どうやら、その部屋に誰も通さないようにと守備しているらしい。
「おつかれさん」
「おお、カンザキ殿ですか」
 見ず知らずの兵士にまで俺の顔は伝わっている……というより、俺の髪を見ているあたり、特徴と合致しているから俺だと判断したって所か。
「中にクリス様はいらっしゃいますか」
「はい。少々お待ちください」
 兵士は一言断ってから中に入り、数十秒後に出てきて、俺を中に入れた。
「カズキさん、ようこそいらっしゃいました」
 中にはクリス、ロナルド、レオ、それからメイド達の中にジェイドがいた。
「……今日はどういった御用ですか?」
「……あの子の件です」
 あの子とはジェイドのことか。
 俺は入り口から一番近い席に座る。そういや、この世界でも上座、下座みたいな概念はあるのだろうか。一番奥の席、上座に当たるところにクリスが座っているから少し気になったけど。
 アイリス達はちらちらとジェイドの事を気にしながら壁際で待機する。
「ジェイドがどうかしたのか?」
「経緯は聴いています。そのことでカズキの気分を害したかもしれないと思い席を用意しました」
「……ふーん」
 口振りから察するに俺を責めるつもりはないのか。
「勝手で申し訳ないけれど、あの子は一度こちらで引き取ろうと考えています」
「姉の方はどうなんだ?」
「カズキが望むのであれば、姉の方も引き取ります」
 正直、ロトの件もあって人手は欲しい。アンバーは性格こそ少し捻くれているが仕事はきちんとする。
「いや、あいつに関しては不満は無い。このままこちらで預かろう」
「分かりました。これからもよろしくお願いします」
「話はそれだけ?」
「いえ、もう一つあります。ロナルド」
 名を呼ばれたロナルドが一枚の証書を手に立ち上がり、俺に差し出す。
「今回の件でカズキには悪い事をしたと思っているわ。このまま私の親衛隊に居続けてもらうのも難しいかと思いました。それにお兄様から色々と頼まれごとをされているのでしょう?」
 こちらの事情も一応は汲み取ってくれている訳か。
「…………」
 元々、クリスの親衛隊に入る動機が俺個人が土地を所有できるよう取り計らうといった取引が基にあった。それが今ではロトとの取引で土地持ちではなくとも屋敷を使えるようになっている。つまり、クリス親衛隊に所属する理由が今は薄い。
「その証書はカンザキ・カズキがクリスティーナ・サニングの賓客であることを証明するものです。親衛隊から除隊すれば登城するために面倒な手続きが必要でしょう。それらを省略できるものと受け取って下さい」
 ロナルドから証書を受け取り目を通す。もちろん時は読めないが、そこにはクリスの物と思われるサインがある。
「つまり、俺はクリスティーナ親衛隊から除隊されるけれど、クリスティーナ王女とは友人のような個人的な関係があるということですね?」
「ええ。丁度、私とセシルに近い関係になります」
 なるほど。そういえば、元々俺もセシルに紹介してもらってクリスとは知り合ったか。
「なら、これは有難く頂戴します」
 それをスクロール状に整えてアイリスを呼び寄せて持たせる。
「とても残念だが、何かあれば相談に乗ろう」
 ロナルドは席に戻る際、そう声を掛けてくれた。
「仕方ないですが、気を掛けてくれてありがとうございます」
 それで話は終わったとばかりに各々が席を立ち、俺もそれに続いて立ち上がり、一礼して退室する。するとレオがすぐに俺を追ってきた。
「カズキ。今回はこのような形になったのは誰も望んでいない事なんだ」
「分かってるよ」
「それに、彼女の事を嫌わないでやって欲しい」
 彼女という気安い言葉をクリスには使わないだろう。それならばジェイドのことか。
「別に嫌いになった訳じゃないよ。ただ……そうだな……逆鱗に触れられたってのが大きいかな」
「逆鱗?」
「いや、なんでもない。とにかくジェイドについて今となってはもうどうでもいいことなんだ」
 本当にどうでもいいこと。さっさと忘れたいぐらいだ。
「本当に済まなかった」
 レオは殊更謝罪してきた。
「もういいよ。あいつにも姉の顔を見たい時は勝手に遊びに来て良いと言ってくれ」
「……感謝する」
 レオはそう言ってクリスに元へ戻っていった。
「カズキ様。ジェイドちゃんの件ですけど……」
「アイリス。ジェイドの話はするな」
 俺にしては珍しくハッキリとした命令だった。
「……はい」
「それじゃあ行くぞ。屋敷に戻ったらロージーを連れてオルコット商会だ」

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