異能力で異世界充実

田所舎人

第七章 第一節 拒絶

 俺の部屋に訪れたジェイドを部屋に招いて扉を閉めた。
「どうしたんだ?」
 俺はベッドに腰かけ、ジェイドには椅子に座るよう顎で指す。
「失礼します」
 ジェイドは腰掛け、何かをためらっている様子を見せる。普段は明るいジェイドにしては珍しい所作に見えた。
「カズキ様……」
 緊張した声色で俺の名前を呼ぶ。
「どうかしたのか?」
 ジェイドの様子は明らかに普段と違う。耳は赤く、声は上ずっている。
「カズキ様は明日から戦争に赴くのですよね」
 ジェイドの口からその話題が出たことは少し意外だった。
「ああ。さっきも話したけど、戦争に行くよ」
 言葉としては軽く、実感もなく、責任感の欠片もないが、守りたい奴がいて俺に能力があるなら、挑戦しなきゃいけない。そんな勝手な使命感から言葉が出た。
「カズキ様は何のために戦争に行くのですか?」
「俺のためだよ」
 誰かのためになんて美談を騙るつもりはない。
 俺の答えを聞いたジェイドは服が皺になるほどギュット握った。
「……カズキ様」
 ジェイドはすっと立ち上がり、ゆっくりと静かに俺に歩み寄り、俺の目の前で立ち止まる。
「カズキ様……」
 ジェイドは再度、俺の名前を呼ぶ。
「ジェイド?」
 奇妙な空気が流れる。それは得体の知れない、形容ができない空気だった。
 その中でジェイドが突然、脈絡もなく服をはだけさせるた。
「ジェイド!?」
 俺の驚きを他所にジェイドははだけた服を脱ぎ捨て、一糸纏わぬ姿で俺の目の前で膝立ちになり、俺のことを見上げてきた。
「カズキ様!」
 ジェイドは裸のまま、俺の腰に抱き着いてくる。
 訳が分からず、ジェイドを剥がそうと肩に手を掛けるが、ジェイドは俺の腰に手を回し、決して離れようとはしない。俺が本気で引きはがそうとすれば引きはがせるが、そうすればジェイドの華奢な体は簡単に壊れてしまう。
 俺が動揺している間にもジェイドはするりと滑るようにして俺のシャツの中に頭を入れ、腰に回していた手もシャツの中に滑らせる。
 ジェイドと俺の肌が密着し、ジェイドの柔らかな体から熱が伝わってくる。
「それは冗談になんないって!」
 口調こそは厳しいが両隣の部屋にアイリスとフランがいるため声は小さくなる。変な声を上げようものならあの二人、あるいはそれ以上の人間に見られかねない。
「カズキ様……」
 ジェイドは何度も俺の名前を呼び、俺の腹部に何かが這うような感触を覚え、その跡が濡れていた。その意味に背中がゾクゾクとする。
 本当にまずい。
 ジェイドは頭をシャツの中に突っ込んでおり、引き剥がそうにも引き剥がせない。
 俺はシャツを脱ぎ捨て、手加減を忘れてジェイドを引き剥がし、身動きが取れないようにベッドに俯せに押し倒した。
 上半身裸の俺と裸身を露にするジェイド。襲ってきたのはジェイドのはずなのに今の姿勢だけは俺が押し倒しているみたいだ。
「一体どうしたんだ。ジェイド」
 混乱した頭を落ち着けようと問いかける。
「カズキ様……」
 一体何度俺の名前を呼んだだろうか。押さえつけたジェイドの体はプルプルと震え、声は涙声になっていた。
 もし俺が……いや、それはいい。とにかくジェイドを落ち着けないと。
 俺は混乱した思考の中でもジェイドを落ち着けるための方法を考え、ジェイドの体を優しく抱きしめた。
「何か俺に言いたいことがあるんだろ? ちゃんと聞くから、こんなことをしなくてもいいんだぞ」
 俺は怒っていない。心配しているといった声音を使いながらも優しい声をかけるよう努めた。
「私……私……」
 ジェイド自身も混乱しているのか、言葉が続かない様子だ。俺は落ち着けるために一度座り直し、ジェイドを俺の膝上に座らせ、ジェイドの腰に左腕を回し、右腕で頭を撫でる。
「慌てなくていい。ゆっくりと落ち着けばいい」
 俺は深呼吸をして、俺自身を落ち着けつつ、ジェイドにも落ち着くようゆっくりと諭す。
 ジェイドも俺を真似て、下手な深呼吸をしてみせる。
 五分ぐらいそうしていただろうか。少しずつ熱も冷め、肌寒くなった俺は毛布を掴み俺とジェイドの二人を包むように巻いた。
「どうだ? 落ち着いたか?」
「……はい、落ち着きました」
 ジェイドはそういうが、まだ声は上ずっている。あえてそれは指摘せずに俺はジェイドに訊いてみた。
「一体どうしたんだ?」
「私、カズキ様が戦争に行くと思うと怖くなって……」
「それでこんなことを?」
 ジェイドの言っている意味が分からなかった。
「……すみません」
 ジェイドは小さい体を更に縮こませる。
「いや、いいんだけどさ」
 俺の頭の中は疑問符でいっぱいだ。
「このことはアンバーも知ってるのか?」
「……お姉ちゃんには教えてません」
「そっか」
 ジェイド一人で行動したってわけか。
「しかし、なんでまた俺が戦争に行くからと言ってこんなことをしたんだ?」
 仮に俺とジェイドが恋人ならば、戦争直前に逢瀬を重ねるぐらいはするかもしれないが、あくまでジェイドはクリスから預かっている身であり、それだけの関係で男女の関係でもない。強いて挙げれば主従の関係だ。何故、このような真似をするのか理解できない。
「それは……」
 ジェイドが何かを言いかけて一度止め、再び口を開いた。
「カズキ様が好きだから—―」
 心の隙間に氷を流し込まれたように感じた。
「嘘だな」
 間髪入れずジェイドの言葉を切り捨てた。自分でも怖くなるぐらい、容赦のない言葉が出てきた。しかし、それを訂正する気にはならなかった。
「どうして……」
「俺を好きになる人間はいないから」
 どっかのラノベや漫画のニヒルなキャラがいいそうなセリフが自然と口についた。それは俺が前々から自分自身に言い聞かせていた言葉だ。
 自己中心的で利己主義的で他人を顧みない。それが俺であり、誰かに好かれる生きたかを捨てて、自分が自分を好きになれる人生を取った俺の人生だ。
 どれだけ他人に嫌われようと、自分が自分を好きであり続ける限り俺は幸せだと思っている。俺は幸せでありたい。だから、俺は自分の価値観を全て俺を中心にしている。そして、その代償として他人からの好意は切り捨てることにした。
 俺から誰かが離れることは仕方が無い事だと、そう言い聞かせていた。
「カズキ様はとても素敵な男性だと――」
「ジェイド、そういうのはもっと嬉しそうに言うもんだ。そんな悲痛な顔で言われても喜ぶ男はいない」
 俺は感情が急速に冷えていく感覚を覚える。自分の言葉を紡ぐことすら面倒に思い、自分で言葉を考える事すら放棄して、どこかのキャラがいいそうな言葉をうすっぺらい感情で口にするだけだ。
「カズキ様!」
 ああ、分かった。一度拒絶し、冷静な頭になったら分かることだ。ジェイドは自分の意志で来たというより、誰かから言われてきたんだ。たぶん、クリスかレオあたりだろう。
 以前にもハリソンが言っていた。俺が人間か魔人か確かめるためって奴だ。
 俺の大っ嫌いなハニートラップってやつか。危うく騙されるところだった。
「ジェイド、お前は城に帰れ」
 打算とか妥協とか折衷案とか、普段の俺ならどこかで落としどころを考えただろうが、そんなことすら億劫に感じている。自分では冷静なつもりだが、怒っているのかもしれない。
「私は……ここにはもういられませんか?」
「どうしても居たいなら好きにしろ。ただし、俺にはもう近づくな」
 それはハッキリとした拒絶だった。

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