異能力で異世界充実

田所舎人

第十六節 宣戦

 クララを連れてフランの所へ戻り、かいつまんで説明をする。ハンスとクララが魔人であることやその目的を伏せ、代わりにハンスの身柄を解放してくれるよう頼むためにクララをロトに会わせるという名目を話した。
 フランは深くは追及してこず、主がそういうならと答えた。
 会場の方も騒ぎが静まり、ロイスが展開していた防御壁もいつの間にか消失している。
 俺達はアイリス達と合流するため互いを引き寄せ合う一対の魔宝石を使い、フランを抱えてアイリス達の所へ向かった。アイリス達は今も会場にいるらしく、観客席に登ってみると怪我人達をアイリスが治療していた。俺の命令を忠実に守っていたらしい……というか、アイリスに限っては俺の命令は絶対だったか。
「お前ら、もういいぞ」
 この場にいるのはアイリス、ハリソン、ロージーの三人と怪我人多数だった。
「あれ? ロイスは?」
 俺の質問にはハリソンが答えた。
「ロイス様なら憲兵の方達に事情説明のため連れていかれました」
「そうか、まぁいいや」
 俺は怪我人達を眺めてみると、この場にいる怪我人はそこまで重体じゃないらしい。ロージーに聞いてみれば、重体の患者は既に運び出されているようで、アイリス達は軽傷者達を任せられた状態らしい。
 俺はアイリスに追加の魔石を渡した。
「カズキ様、このまま無償で治療を施してもよろしいのでしょうか?」
 ロージーが少し気になったように小声で聞いてきた。
「んー、まぁいいだろ。無償の慈愛の精神で治療に当たってくれ。ついでにフランの治療もしてやってくれ。俺は別件で席を外す」
「分かりました。後の事は私に任せてください」
「ああ、後は任せた。なんか問題が起きたら俺の名前を使っていいからな」
 会場を離れ、クララを連れて王城へと向かう。
「あなたって善人なのね」
「善人ってか、偽善者だけどね」
 俺は善人って呼ばれるのはあまり好きじゃない。
「無償で治療をするなんて善人じゃなければできないはずでしょう?」
「違うよ。俺は無償で治療をすることで優越感に浸ってるだけさ。怪我人を見て痛ましいと思ったり、ハンスに対して怒りを覚えてる訳でもないからね」
「あら、そうだったの? それを口にするあなたはやっぱり変人ね」
「気のせいだろ」
 魔人であることを告白したクララ相手にはあまり遠慮をしない物言いになる。
 王城に近付くにつれ、兵士の数が多いように感じる。それも装備が異なる兵士、それぞれ所属や階級が違うのだろうか? その中にはクリスティーナ親衛隊がいるのも分かった。
 厳戒態勢の中でも一応は俺は顔パスで、その同行人たるクララも同様だ。
 王城についてから適当に兵士を掴まえてロトへの謁見を申し願い出たら、偶然にもロトの親衛隊所属の兵士だったらしくロトへの連絡がついた。さすがに建国式典最終日の午後のため閉会式の準備等で忙しいとの事だったが、俺のためにとわざわざ少しだけ時間を割いてくれた。
 俺達は適当な部屋で待たされ、ロトの方からこちらへ出向いてきてくれた。
「カズキ、急にどうしたんだ?」
「急に押しかけて悪かったな」
 ロトは式典に備えて華美な装飾を身に纏い、俺が抱く俗な王族のイメージそのものの姿をしている。見た目からして動きにくそうだが、ロトは慣れた風に椅子に座った。
「時間が惜しい。用件はなんだ?」
「ああ。少しこの子の話を聞いて欲しい」
「手短にな」
 ロトは訝しげな視線をクララに向ける。
 クララはロトの視線をまっすぐに受けながら立ち上がり、一歩前に出て優雅に一礼をして見せた。
 そして――。
「私は悦楽の王の遣い、クララ。ロト・サニング、我が主は陽の国に宣戦布告をする」
 クララの言葉の直後。周囲の風景ががらりと変わった。
 俺とロトは先程とは異なる椅子に座らされ、目の前には大きな劇場の舞台が現れる。
 舞台は幕が下りており、幕の手前に紫銀の鎧を纏った何者かが居た。
 その鎧はロトに向かって剣の切っ先を向ける。
「明日の夜明けに悦楽の王は陽の国の国民を悲鳴の楽器とする奏者を率い、陽の国を喜劇の舞台にする。踊る演者と贄となる観客を用意しろ。無間の演目はどちらかの首が落とされるまで続く。幕は斬って落とされた」
 鎧がそう告げ、ロトに向けていた切っ先をその場で振る。すると言葉通りに幕が下り、舞台を埋め尽くする人外の群衆が無秩序な武器を振り回しながら大笑いしていた。
 その笑い声の残響が残ったまま先程までいた部屋へと戻ってきた。
 俺は何を見せられたのかと戸惑う中、ロトはとても楽しそうに、愉快そうに、奴らと同じように笑った。大笑いだった。膝を叩いて涙まで浮かべ、どんな喜劇を見ればここまで笑えるのかと思うほどに笑った。
「こちらから出向くつもりだったが、そちらから来てもらえるとはな! それならば、歓迎をしてやろうではないか!」
 ロトはこれで話が済んだとばかりに部屋を出る。
「ロト、いいのか? 陽の国が戦場になるんだぞ?」
 戦争になれば土地は荒れる。それが分からないロトではないはずだ。
「ああ。まさかこちらで戦争ができるなんて思いもしなかった。今から忙しくなるぞ」
 まるでゲームを購入した直後の子供のように無邪気に笑うロト。
 ロトは内政屋ではなく戦争屋だ。それも純然たる戦争屋だ。
 笑みを絶やすことなくロトは退室し、俺とクララは残された。
「カズキ、ありがとう。これで私の仕事も終わったわ」
 クララは自分の口に手を当て、何かを吐き出す。
「これが約束の魔宝石よ」
 クララは立ちくらみを起こしたかのように椅子に座りこみ、魔宝石を机に置いた。
 気が付けば、履いていた靴は脱ぎ捨てられ……というよりも、クララの足そのものが無くなっていた。
 俺は歩み寄り、クララの手に触れようとするが、触れた傍から崩れていく。
 クララの目に意思の光は見えず、呼吸は止まり、着ている服がゆっくりとしぼんでいく。そして最後にはまるで最初から居なかったかのように消えた。残ったのは温かさの欠片もない子供用の服と靴だけだった。
 これが魔人の死か。
 俺はクララの魔宝石を手に取って王城を後にし、アイリス達を迎えに行く。
 式典最後の日には閉会式が行われたせいか、開会式の式場にもなった武闘大会の会場には多くの人間が詰め寄っていた。
 引き寄せ石でアイリス達の居場所を探してみると方向的に武闘大会の間は選手控室として使われていた部屋を差している。
 既に大会も終わっているため、控室に簡単に入れるかどうか分からなかったが、俺の心配を余所に警備をしていた兵士達に歓迎された。どうやらアイリス達が老若男女貴賤によらず公平に治療をしていた姿を兵士が見つけ、野ざらしの環境で治療するよりはと医療室をアイリス達に開放したらしい。その時にロージーが俺の名前を使ったため俺まで感謝されているという事らしい。
 兵士の一人が美談として、金持ちのある男が金銭を積み優先的に治療をするよう申し出た所、ロージーがその男の怪我の具合から優先度が低いからと贔屓にしなかったという話を語っていた。
 まぁ俺がロージーの立場だったら同じ判断をしたと思うし、それはそれでいいだろう。
 元選手控室に入ると重軽傷交えた患者達が待機している。軽傷患者達は椅子や地面に腰を下し、重傷患者は床に麻布のようなものを敷いた上に寝転がっている。
 俺は並ぶ患者達に頭を下げながら医療室に入る。
「すみません。まだ他の患者を見ている所なの。もう少し待っていてください」
 ロージーがこちらに気が付かずに言葉だけ投げかける。どうやら、こちらに視線を向ける事すらできない程に忙しそうにアイリス達は動いているようだ。
 フランもこの部屋で休息を取っているようで奥のベッドに横たわっている。
「皆、お疲れ」
「カズキ様!」
 アイリスは俺の方に駆け寄ろうとするが、手で静止する。
「俺の事は気にしなくていいから、そのまま続けて」
 俺はアイリス達の脇を通りフランに歩み寄り、様子を見てみる。
 目立つ外傷もなく静かに寝息を立てている。さっきまであれほど激しく戦っていた人物と違うんじゃないかと錯覚を覚えるほどにフランの寝顔は穏やかだった。
「本当に優勝したんだよな」
 俺は近くの椅子を持ってきて、フランの横に座り、感慨に耽る。
 ロトから引き取った当初は無愛想で、警戒した狼のように張りつめていて、かと思えば飴を食べただけで緊張が解けたのか馬車で感情を吐き出したり、俺を主と称して忠誠を誓った。実力も本物でこうやって優勝までして見せた。正直、俺には過ぎたる奴隷だ。というか、フランの実力ならば本来は奴隷の身分になる必要も無かっただろう。不幸な巡り会わせとフランの人情深さが無ければ、俺とフランは知り合う事さえ無かっただろう。
「次の方ー」
 アイリスが扉を開き、新しい患者を招き入れる。
「椅子に座って怪我を見せてください」
「ああ」
 声からして男のようだ。椅子が軋む音と衣擦れの音がする。
「あの……失礼ですが、そちらの腕はどうされたんですか?」
「これか? 少し前まで冒険者をやってたんだが、その時にな」
 新しい患者の事が少し気になり、そちらに目を向けた。男の方も俺に気が付いたようで視線が交差する。
 男は右腕、肘から先を失っていた。
「……あんたがカンザキさんか?」
「ああ、そうだけど」
 初対面のはずだが、俺の事を知っているみたいだ。俺の試合を見に来ていた観客の一人なのかもしれないが……。
「もしかして、フランと昔チームを組んでた人ですか?」
「知ってたのか?」
 男は少し意外そうに驚いた。
「まぁ少しはフランから聞いてる」
 フランの話では片腕を失って衰弱してるって話を聞いていたが、目の前にいる男は腕を失い、ハンスによる無差別攻撃を受けているにも関わらず元気だ。
「アイリス、とりあえず治療は続けて」
「分かりました」
 アイリスは俺の言葉を受けてから治療に専念し、男も左半身をアイリスの方に向ける。
「えーっと、あなたのお名前は?」
 俺は男の名前をまだ知らなかった。
「ニールだ」

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