異能力で異世界充実

田所舎人

第十五節 暴走

 フランは黄色に煌めく剣を手にハンスに詰め寄る。それを石の剣で受け、鍔迫り合う二人。しかし、フランの剣がハンスの剣へ徐々に食い込んでいく。ハンスは顔色を変えて咄嗟に石の剣を捨て距離をとる。手放された石の剣は真っ二つに折られ……いや、溶断された断面を真っ赤に発色してフランの足元に転がった。あのままハンスが鍔迫り合いをしていれば、石の剣と同様に溶断されていただろう。
 俺が一つ一つを頭で理解している間にも、フランは爆発的な加速によってハンスとの距離を詰め、先ほどよりも更に激しくハンスを攻め立てる。それこそ、ハンスが新たな武器を創造できない程だ。ハンスもそれなりの装備をしている。フランが持つ武器がただの刀剣の類であれば、籠手で受け止めたり、心得があれば素手で捌けるかもしれない。だが、フランの得物は石をも溶断する熱を帯びた剣だ。仮に籠手で受け止めることができたとして、その熱は確実にハンスの防具を熱し、ただでは済まさないだろう。だからこそ、ハンスは避けるしかない。防戦一方のハンス。しかし、ハンスには反撃の手段が残っていた。ハンスは足を床に踏み下ろす。それでもフランは引きもせず更に一歩踏み入った。
 ――フランの剣の切っ先がハンスの喉元に突き付けられた。
 ハンスの杭はどういう訳か発動しなかった。
「なるほど。そういうこと」
 ロイスは一人で納得したようにうなずいていた。
「そういうことって、どういうことだよ」
「剣を作るには手で地面を触る必要がある。杭を作るには地面を踏む必要がある。そういうことよ」
 ロイスに言われてハンスの足元をよく見る。
「なるほど……」
 ハンスは床を踏み抜いたと思ったが、地面とハンスの足の間にフランの足が挟まっていた。
「普通の戦士なら、足を踏まれれば回避行動が取れないからしないでしょうけど。フランちゃん、思い切ったことをするわね。もし、あの状態で杭の攻撃を受けていたら、さすがのフランちゃんも直撃は免れなかったでしょうに」
 実況者がフランの勝利宣言をする。と同時にフランの周囲に漂っていた炎も解かれる。観客の歓声が会場を満たす。マナーの悪い客が、いやこっちだと当たり前なのだろうか食べ物やら金やらひっちゃかめっちゃかに投げ入れられる。
 俺はその歓声により、体が弛緩した。見ているだけだったが、いつのまにか随分と緊張していたらしい。
「ふぅ……。勝ったか」
 緊張を解いてフランの勝利の余韻に浸っていると、控室から舞台へ続く階段を走って上る少女見えた。確かクララという名前のハンスの娘だったか。
「ハンス!! ダメ!!」
 クララの呼び声にハンスは反応しない。歓声を上げていた観客達も何かおかしいことに気付き始めた。ざわめく中、ハンスは膝を折り、地に手を付いた。
「まずい!!」
 何かに気がついたロイスは何らかの魔術で全周を覆うドーム状に変形させる。素材が水のため少し見にくいが会場を見渡すこともできる。
 その直後、観客達のつんざく悲鳴に俺はハッとなった。観客席の四方八方から悲鳴が上がっている。注視すると舞台外に放り出されていた石武器の残骸が断続的に破裂し、石の破片が無差別に観客達に突き刺さり、会場が赤色に染められていた。
「フラン!!」
 そんな危険地帯の中心にフランを残していた。
「ロイス! これを解け! フランを助けに行かないと!!」
 何ができるかは分からないが、何かをしなければいけないという衝動に駆られ、ロイスに怒鳴りつける。
「しかたないわね」
 ロイスは会場に向かって反対側に人一人が通れるだけの穴を作ってくれた。
「お前達は自分の身を最優先にしろ!」
 その場に手持ちの魔石を放り出す。
「ロイスはそれでこれ以上観客に被害ができないように防御を! アイリス達は負傷者の救助をしろ!」
 俺は観覧席から飛び降りる。現実だったら躊躇う高さだが、加重の魔宝石の効果を切れば着地の衝撃はそこまで無い。むしろ、今は急いでるんだ。加重の魔宝石なんて使ってる場合じゃない。
 観客席はもちろんのこと観客によって隙間なく埋められており、俺は観客達の頭上を飛び越えて舞台へ向かう。
 すると、舞台上空に差し掛かると舞台場外で転がっていた残骸が強烈に弾け始めた。
 俺は瞬時に防御壁を展開して無数の破片を防ぐ。しかし、防いだその破片が更に弾けた。
 クラスター爆弾かよ!
 二段階による破裂。さすがの俺もこれには対処しきれず、更に細かい無数の破片が俺を襲う。
 破片が皮膚にチクチクと刺さる。しかし、思ったより痛くない。松の葉で刺されるような嫌な痛みが襲ってくるが、流血するほどでもない。
 これならいける。
 俺は舞台場外に着地し、一瞬だけ舞台上の様子をうかがった。
 ハンスは微動だにせず床に手を付いたままで、フランはクララを抱えたまま控室に続く階段傍で倒れている。
 ハンスをどうにかするか、フランに近寄るか一瞬だけ迷い、まずはフランの安否を確認することにした。
 俺はハンスを刺激しないよう気を付けながらフランに走り寄り、抱き起した。それと同時にロイスによって舞台を囲うような防御壁が展開された。
「フラン! 大丈夫か!」
「ああ、主……すまない。身体が満足に動かないんだ」
 クララという名の少女を抱き締めるように守り、先ほどの石片の攻撃を背中で受けたようだが致命傷な物は見当たらない。少女の方は怪我は無さそうだ。
「この子を守るためにここまで来たんだが、起き上がれなくてな……」
「じっとしてろ」
 舞台場外の土を操り、即席の土壁を作り出す。とりあえず、これだけの土の量があれば石の破片ぐらいなら防げるだろう。
「クララ、お前の親父はどうしちまったんだ?」
 フランに抱きかかえられたクララの様子を伺いながらも急く気持ちで問い質した。
「…………」
 クララは俺の問いに応えない。茫然自失という感じではなく、俺の質問には答えられないと目が語っている。
「……仕方ない。とにかく、ハンスを止めないことにはこの騒ぎは止まないぞ」
 こういう大会なら警備員か衛兵か、とにかく騒ぎを鎮める奴がいるはずだ。そいつらがハンスを取り押さえるまでどこかに避難しないと。
 フランとクララを抱えて階段を下る。
「主!」
「負傷者は大人しくしてろ、後でアイリスに診てもらうからな」
 控室に着き、医務室に寄るかどうか迷ったが、俺の勘がこの場を早く去った方がいいと言ったためそのまま会場外に出ていく。
 会場外からはロイスが作り出したドーム状の防御壁が見え、騒ぎを聞きつけた兵士達が会場に向かっていくのも見える。
「とりあえず、ここなら安心だな」
 俺はフランとクララを下ろす。この騒ぎではぐれたらまずいとも思い、クララの手は繋いだままだ。
「主、これからどうしましょうか」
「とりあえず、後のことは他の兵士に任せよう。ハンスが大人しく捕まってくれれば何とか丸く収まると思うんだが」
「それはないわ」
 俺の言葉を否定したのはクララだった。
「それってどういう意味なんだ?」
「ハンスはもう、正気には戻らないわ」
 俺はクララに対し、何か違和感を覚えた。実の父親に対する物言いではない。
「正気に戻らないって?」
「あなた……カンザキ・カズキって言ったわよね。話があるわ」
 俺の問いには答えず、クララは強引に話を進めてきた。俺の手を引き、フランから少し距離を取る。フランは俺達に付いてこようとしたが、手で大丈夫だと応え、近場で休めと伝える。
 クララは俺を人目がつかない一角に連れてきた。
「あなた、ロト・サニングと知り合いだって聞いているけれど、私をロト・サニングに合わせてくれないかしら?」
「なんで急にロトの話になるんだ?」
「……そうね。あなたにはきちんと話す必要があるわね。どこから話そうかしら……まず、私は魔人なの」
「魔人?」
 クララは自分でそう言っているが、俺にはいまいちピンとこない。人と同じ知性を持ち、人の姿形をしていれば見分けがつかないとは聞いていたが、俄かには信じられない。
「ええ。私とハンスはこの国の王子、ロト・サニングに宣戦布告をしにきたの」
「……せんせんふこく?」
 いまいち俺の頭の中でクララが言っている言葉の意味がつながらない。宣戦布告が戦争の引き金ってのは分かるが……。
「私達の王、あなた達が言う所の魔王が陽の国を滅ぼしに行くとロト・サニングに伝えなければならないの」
「……別に宣戦布告しなくても進軍すればいいんじゃない?」
「……あなた、驚かないの?」
「何が?」
「……調子が狂うわね。人間ってもっと魔人に対して憎悪や敵対心を持って当然だと思ったのだけれど……。聞いた通り、あなたは少し変なのね」
「普通だと思うけど」
 変人だなんて心外だ。
「まぁいいわ。私達の王はハンスに武闘大会で優勝させ、ロト・サニングに対して国を貰うと宣言することで宣戦布告をするって筋書を書いていたのだけれど、それができなくなったからハンスは暴走したの。たぶん、私達の王の命を叶えられなかった結果ね」
「…………」
 よく分からないが、魔王と魔人の関係ってのは絶対的な物らしい。
「私の役目はハンスが目的を達成できなかった場合、私自らロト・サニングに宣戦布告をすること」
「もう一回聞くようで悪いけど、なんで宣戦布告をする必要があるんだ?」
「簡単よ。他の王に邪魔をされないため」
「他の王?」
 ってことは魔王って複数体いるってことか?
「ええ。それで、私をロト・サニングに会わせてくれるの? くれないの?」
「もし、会わせなかったら?」
「無防備な国に魔人や魔獣の大軍が押し寄せてくる。それだけのことよ」
「でも、それだと他の王が邪魔しに来るんじゃないか?」
「そうね。一万だったはずの大軍が一万と一万の大軍になるだけよ」
 どっちみちダメじゃねぇか。
「それに仲介してくれるなら、私は対価を支払うわ」
「対価?」
「私の核、あなた達が言う所の魔宝石ね。それをあげるわ」
 ……そういや、うっすらと記憶している。猫目石にある魔宝石に宿っている魔人は何かの願いを叶えて貰った代わりに魔宝石となり力を貸していると。クララが言っているのはそういうことなのか?
「そんな簡単に渡していい物なのか?」
「……いいのよ」
 何か釈然としない。でも、俺には何のデメリットもない。仮にロトにクララを合わせてクララが暴れた所で俺に被害はない。まぁロトが俺を見限るかもしれないが、それならそれでいい。別にロトに対して思うところは何もないし。
「分かった。会わせよう」

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