異能力で異世界充実

田所舎人

第十四節 炎姫

「まずはハンス選手から聞いてみましょう! ハンス選手! この試合への意気込みと優勝した際の望みをお聞かせください!」
 実況者はゆっくりと近づき、ハンスにマイクを向けた。
「そうですね。この国で屈指の実力者と噂される炎姫と戦えるなんて光栄です。私も戦いに身を投じて生きる者として是非、全力の手合わせをしたいです。それと、叶えたい望みですか……私のような戦いしか能のない人間でも雇ってくれるのであれば雇ってもらいたいですね」
 ハンスは何でもないように話す。その口振りに緊張の欠片も見えず、望みに関しても体裁が繕っているようにも聞こえるが、あまり興味がなさそうにも聞こえた。
「ありがとうございます! ハンス選手は全力のフラン選手との試合を希望しているようです! そして、叶えたい望みはロト殿下に登用してもらいたいとのこと! ハンス選手の実力であればきっと引く手数多でしょう! では次にフラン選手に試合の意気込みと叶えたい望みをお聞かせください!」
 今度はフランに歩み寄る。しかし、そのフランの面持ちはあまり良くない。少なくとも俺にはそう見えるが、アイリスはあまり心配しなくてもよさそうだと言ってくれた。だから、俺は俺の目よりアイリスの言葉を信じている。
「私は……」
 実況にマイクのようなものを向けられ言いよどむフラン。しかし、何かを決した様子で顔を上げた。実況者から向けられたマイクを手で遮り、俺達がいる方向とは別の方向に向かって声を大にして叫んだ。
「私はここで生きている! 昔と変わらないあの頃と同じ私だ! 私の剣は折れてはいない! 私の炎は絶えていない!」
 その声は誰に向けられたものなのか。誰が誰のために言った言葉なのか。頭で考える必要も無く、すっと胸の奥に入ってきた。
 アイリスの言うことは正しかった。これなら心配するだけ野暮ってもんだ。
 他の観客達は歓声を上げる前にフランのその言葉の真意を読もうと耳を傾けていた。
 フランは剣を抜いて天に掲げる。
「そして今ある私の居場所。我が主、カンザキ・カズキに勝利を捧げる!」
 その瞬間、観客達がざわめき始め、口々に俺の名を口にした。
「なんと! フラン選手の主とは今大会に出場していた黒髪の異人ことカンザキ・カズキ選手のようです! そして、フラン選手の望みは主に勝利を捧げることのみ! 戦意は十分、気力も十分! 皆様、長らくお待たせしました! これより決勝戦を始めます!」
 司会は舞台を降り、ハンスとフランは十分な距離を開ける。
 いつでも試合を開始できるように互いが互いに視線を外さない。
 数拍を置き、互いに武器を構える。
「試合開始!」
 合図とともにハンスはフランに詰め寄ろうとする。しかし、先んじてフランは刀剣に炎を灯し、その炎はフランを中心に逆巻く炎の渦の様相を呈しており、ハンスは近づくに近づけないといった一瞬のこう着状態を見せた。
「最初から全力で行く気みたいだな」
 俺は誰に言ったわけでもなかったが、ついその言葉が口についた。
「おそらく、誰もまだ見たことが無いフランさんの戦姿を目の当たりにすると思います」
「そうね……フランちゃんから発してる魔力、凄いわ……。まるで、熱砂の真っただ中にいるような臭い……」
 両隣のアイリスとロイスが今のフランの状態をそう評した。俺には魔力を感知する能力はないが、目の前の現象がフラン一人が起こしている事実だけは分かる。
 フランの周囲を逆巻いていた炎は徐々にフラン自身へ、そして手に持つ剣へと収束し、燐光を放つ炎の剣となった。
 ……なんといって表現すればいいんだろうか、漫画的に言えばフランの身体を覆うオーラのような炎があり、その炎はオーロラのような滑らかな見た目をしており、光を発する薄い絹とでも言われれば信じてしまいそうなほどに美しかった。まるで、炎のドレスを身に纏っているようだった。
 なるほど。これが炎姫と呼ばれる由縁か。
 ハンスは逆巻く炎の消失と共にフランへと駆け寄る。
 一合。
 気が付いた時にはフランとハンスが交差しており、そのあとに金属音が会場に響いた。それで今の一瞬で刃を交えたのだと推察できた。
 明らかに俺の動体視力を超越している。
「……今の見えたか」
 俺は他の四人に聞いてみた。かろうじて答えられたのはハリソンだけだった。
「ハンスさんが駆け寄り、フランさんがそれを上回る速度で間合いに入ったハンスさんを迎撃し、それをハンスさんが反射的に防御をした……んだと思います」
 そういうことか。ハリソンも全容を把握していないような口ぶりだ。
「あれは身体強化の魔術によるものだとは思いますが、あれは私が知っている身体強化とは桁が違います」
 ハリソンはそう評した。
「あれが身体強化の一種っていうことなら、あの急加速の仕組みは単純なことよ」
 ロイスがハリソンの推測を受けた上で説明してくれる。
「まさか……」
 ロイスの振りにハリソンは何か心当たりがありそうだ。
「あら、あなたも知ってたの? 身体強化の魔術も魔術の一種、魔力を収束して貯め込み爆発させる。ロイスちゃん達魔術師なら当たり前にしていることでしょう? 強い魔術を使うには溜めが必要。それと同じことをしていたのよ」
「しかし……あれは誤れば身体に負荷がかかる物だと聞いています。一歩間違えれば……」
「そうね。でも、カズキはフランちゃんに全力で戦えって言ったんでしょ?」
 ……そういうことか。
 観客達の歓声が沸き起こる中でもフランの険しい表情は変わらない。そして、ハンスの方も少し驚いた風だが笑みを大きく崩すことはなかった。
 フランは剣を構え直す。その剣の軌跡にも残像を残すように絹のような炎が尾を引く。
 ハンスもまた同じく剣を構えた。
 ――しかし、ハンスが構えた剣は中ほどで折れていた。
「さっきの一撃で折れたのか?」
「たぶん、そういうことだと思います」
 アイリスが俺の言う事に同意する。
 さすがにあの速さでまともに打ち合えば刃こぼれして当然。それも剣の中ほどで叩き折るほどの威力はフランの技量だからできたのだろう。そして、フランの剣の方は折れていない、ように見える。剣の周囲を炎が纏っているためその刀身の実態は確認できないが。
 ハンスは折れた剣を舞台外に投げ捨て、床に片手を付く。そして、どこから取り出したのか一振りの剣、を地面から抜くように取り出した。
「……錬金術か?」
「錬金術? なんですかそれは?」
 俺が漏らした言葉にロイスが訊いてくる。
「あー、簡単に言うとAという物質をBという物質に変換する技の事だよ。基本的にAと同等の物しかBという形で得られないって物なんだけど」
 まぁあれはフィクションだけど……。この世界ではある程度の事は魔力と魔術でできる。床の素材となっている石畳の構成をいじれば石の剣ぐらいは作れるかもしれないだろうが……。
「あいつにとって、武器は消耗品らしいな」
 実際、刀は二人か三人を切り捨てれば脂で切れ味が悪くなると聞いたことがある。剣のような叩き斬るような武器でも同じかどうかは分からないが、戦場における武器は消耗品と大差ないのかもしれない。そういう意味ではハンスが使っている魔術、俺が勝手に錬金術だと認識しているあれはかなり実戦向き、それも戦場向きの魔術なのかもしれない。
 ハンスはその剣の出来を確かめるように振るうが、フランはそこに攻め入った。今度は俺でもなんとか視認できるスピードだ。フランの素早い攻撃にハンスは対応している。だが、何撃目かで剣が折れた。剣が折れた瞬間、俺はフランが勝ったと思った。しかし、フランはそれ以上攻めることはせずむしろバックステップで距離を取った。
「なんで?」
「カズキ様! ハンスさんの足下!」
 アイリスに言われ見てみると、床と同じ色をしていたため初めは気が付かなかったが床から杭のようなものが付きだしていた。
 そういうことか。
「あいつが触れている物はある程度自在に形を変えることができるのか」
 俺はこの世界の魔術については詳しくないが、俺の世界の魔術については色々と覚えている。条件や制限、様々な種類、発想なら既に持っている。
「カズキ、知ってるの?」
「ハンスが使っている魔術の詳細は知らないけど、見た限りではそういうことだろう」
 俺が既に習得している魔術の仕組みから照らし合わせると、あの魔術はロイスが水を造形するのと同じタイプだろう。石材の造形を変質させるという魔術ならたぶん、触れることで対象を支配下に置き目的の造形に形作る。剣のような少し凝ったものは時間がかかるが、あの杭のような単純な形状なら即席で作れると見た。
 俺もだいぶこの世界の魔術に慣れてきたんだろうな。とか思ってしまう。
 俺がそんな推測をしている間にもハンスの次々と石材武器を作り出している。そして、それらをフランは悉く全て破壊し尽くしていく。
 舞台上には散乱する武器の骸が次々に積みあがっていく。
「……あれはマズイわね」
 ロイスが舞台を眺めながら呟く。
「何がマズイんだ?」
「あの武器の残骸……ロイスちゃんがフランちゃんと戦った時に周囲に水を撒いたのを覚えてる?」
「ああ。噴水で自分の支配下に置いた水を撒いて有利にするってアレだろ?」
「あの武器の残骸もあれと同じよ」
「……ってことは、後からあの残骸が布石になるって事か?」
「そういうこと。まぁフランちゃんならロイスちゃんが気が付く前から気付いているとは思うけれどね」
 舞台上ではフランとハンスの戦いが繰り広げられている。もはや足の踏み場がないほどに舞台上には武器の残骸が転がっており、舞台そのものもハンスの手によって凸凹としている。また、杭状の突起が至る所に生えており、俺がしでかした舞台荒らし以上にひどい惨状だ。
 身体能力的にはフランが圧倒的に有利だが、ハンスは防御と反撃が上手い。フランが攻めきれていないのはあの杭の反撃といくらでも作り出せる武器のせいだ。
「魔力の根競べでいえばどっちが有利なんだ?」
「そうね……フランちゃんの魔力消費量の方が多いわね。同じ魔力量ならフランちゃんの方が不利よ」
「魔石を持っていてもか?」
「あら、相手が魔石を持っていないとでも?」
「……そうだよな」
 相手の底が分からないんじゃ単純な比較はできないか。
「カズキ様、フランさんが何か仕掛けるみたいです」
 俺はアイリスの呼び声に反応して舞台上へ注視する。すると、フランは猛攻を一変させハンスと距離を取り、試合直後と同様にフランを中心とした逆巻く炎が発現する。ただし、その炎の色は赤色から橙色、そして眩い光を発する黄色へと移り変わり、その猛々しい炎の渦は武器の残骸を巻き上げ、舞台上から一掃された。
「あの色は……」
 大学の実習で見たことがある。あの色は通常の赤い炎とは違う更に高温域の炎の色だ。
「フランさん、勝負を決める気です」

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