異能力で異世界充実

田所舎人

第十二節 過去

 料理が運ばれ、食事を進める。
「そういや、ロイスってなんで宮廷魔術師なんてやってんだ?」
 人数分の料理が盛られた大皿に俺は自前の箸を伸ばしつつ訊いてみた。
「ロイスちゃんはもともとは森の国にいたの。だけど、ずっといても退屈だったから冒険者のお兄さん達に陽の国まで連れてきてもらったの。それで冒険者の仕事をしながら生活してたら、なんか王宮で魔術師を募集してるって聞いて、なんとなく話を聞きに行ったら、ロイスちゃん宮廷魔術師になれちゃったの」
 なんでもないように料理を食べながらロイスは答えた。
「ジェイド、宮廷魔術師ってそんな簡単になれるもんなのか?」
「簡単にはなれません。単純に魔力が高かったり、戦闘力が高いという基準ではなく、国内の魔法の発展に大きく影響を与えることができる人物というのが重要なポイントなんです。新しい魔術の開発や新しい魔術体系の提言、そういったものが必要なんです。ロイスさんは裏魔術という魔術体系を創作したという功績が宮廷魔術師になる条件を満たしたのだと思います」
「なるほどねー……というか、裏魔術って宮廷魔術師になる前から使えたのか?」
「裏魔術自体は森の国にいるころから使えたよー。あ、これ美味しいねー」
 やっぱり、こいつって天才の部類なのか?
「裏魔術がどういったものなのか、研究し始めたのは王宮魔術師になってからだよ」
「じゃあ、今まではどういったものなのか分からずに使ってたのか?」
「だってー、手が動くのはどうして? なんて考えて動かさないでしょー? 動くから動かすんだよー。それと一緒だよー」
 どうして麻酔作用が起こるか分からないけど、麻酔を使うって最近まであったしな。
「……」
「それより、ロイスちゃんはフランちゃんの話が聞きたいなー」
「俺も聞きたいな」
 ここはロイスの提案に乗っておこう。
「主……」
 フランは眉を下げて困り顔をした。
「俺もクリスやロトに声をかけられるまでは冒険者になろうって思ってたんだよ。結局はなる必要がなくなったんだけどな。だから、冒険者ってどんなもんなのか聞いてみたいな」
 ロイスも冒険者だった頃があったみたいだし、今はすごく興味がある。
「……分かりました。主の頼みとあればお話ししましょう」
 食事も一段落し、食後のティータイムに入る。
 リラックスした雰囲気の中でフランは自分の過去を語り始めた。
「私は元々孤児でした。出身は二人と一緒です」
 そういってフランはジェイドとアンバーを見る。
「私はシーク人だから十歳を超えれば大人のアベル人と変わらないぐらいの力があったから、仕事にもでるようになったんだ。その時に世話になったのが冒険者ギルドだったんだ」
「十歳で冒険者をやってたのか?」
「そういうわけじゃない。冒険者ギルドってのは元々、便利屋集団みたいなもんだったんだ。職人ギルドが欲しがる素材を集めたり、街で困ってる人間がいたら依頼を受けたりな。その名残で今でも冒険者じゃない人間でも受けられる依頼があったんだ。私はそんな依頼を受けて報酬を貰って金を貯めてたんだ」
 フランはそこで一度言葉を切って続けた。
「冒険者ギルドに出入りしてれば、自然と私も冒険者になりたいって思うようになった。貯めた金で装備を揃えていつか冒険者になるんだってね」
 憧れだったのかな。
「そのうち、冒険者の人達に顔を覚えてもらうようになって戦い方とか魔術の使い方とか、そういったものを教えてもらうようになった。私のそんな姿を見てか、孤児院の連中も私のように冒険者になるんだって言いだして、院長によく怒られてたっけな」
 フランは懐かしそうに語る。
「それで十三歳になった時に冒険者ギルドの一員として認められるようになったんだ。初めの頃は他の冒険者の手伝いや荷物持ちをして、十四で魔獣を初めて倒して、十五で孤児院を出て、十六で孤児院を出た仲間とチームを作ったんだ」
 フランのチーム。フランが借金を背負う切っ掛けになったチームだ。
「私が一番早く冒険者になってたから、他の連中に冒険者としての生き方を教えたんだ。……あの頃は楽しかったな……」
 フランは凄く寂しそうな表情を浮かべた。
「何年かすれば私は『炎姫』と呼ばれるようになったんだ。その頃からかな。かなり危ない仕事も舞い込んでくるようになった。それでもなんとかしてきた……いや、なんとかならなかったからこうなったんだけどな」
 フランは苦笑いを浮かべて見せた。
「私達のチームは五人いたんだ。全員同じ孤児院。あの時もその五人で依頼を受けてようやく完遂できそうなところで魔人に会っちまったんだ」
 フランはテーブルに肘を突き、手を額に当て、俯いた。俺からはフランの表情が読めなくなった。
「私達も魔人と戦ったことはあった。だから、その時も追加報酬が手に入る程度に思ってたんだ……だけど、相手が強すぎた。勝てないと気が付いた時には仲間の二人が殺された。逃げる判断をした時には仲間の一人が殺された。逃げだした時には仲間の一人が腕を落とされた」
 …………。
「なんとか逃げることができたけど、腕を落とされた仲間は出血のし過ぎで意識も朦朧としていて、仕方がなく私が仲間の傷口を焼いて無理矢理止血させたんだ。……あの時の臭いは今でも……」
 フランの顔色が悪くなってきた。
「大丈夫か?」
「気にしないでくれ。……いつかは話さなきゃいけないと思ってたんだ。街の外だとまともな治療もできなかった。殺された仲間の一人が治療魔術を使えたからそいつに任せっきりだったからな。あの時は本当に精神的にも危なかった。逃げ出すために荷物は全部捨ててきたから、食料だってほとんど無かった。それでも、仲間を背負って近くの村までたどり着いたんだ。あの時は本当に神に感謝したね」
 再び言葉を区切り、続ける。
「それからは手元に残ったものを売り払ってでも一度、サニングに戻ることにしたんだ。あの時、サニングにたどり着いた時に残ってたのはこの鎧ぐらいだったんだけどな。まぁ結局、こいつも売ることになったんだけどな」
 そういや、そんな話をしてたっけか。
「サニングにたどり着いた時点で仲間は随分と弱ってた。仲間が三人も殺され、腕を失って、高熱も出して……止血のために焼いた腕もひどいありさまだった。せめて、そいつだけでも助けないとと思って治療してくれる人間を探したんだ……でも、安い金で動いてくれる人間は切り傷や打撲の治療、少し高くつく人間でも単純な骨折を治してくれる程度だった。でも、仲間はそんな治療じゃもう間に合わないところにまで来てたんだ……依頼をこなす時間もないし、そもそも私に依頼を回すかどうか審議にかける時間が必要だって言われる有様だったんだ……だから……私は金を借りたんだ」
 俺が思った以上にフランは辛い経験をしたんだと思った。
「結局、借りた金は返せず……あとは主の知っての通りさ」
「その、仲間はどうなったんだ?」
 少し、躊躇いがちに聞いてみた。俺のそんな心配を汲み取ってかフランは柔らかく笑って見せた。
「腕は取り戻せなかったが、無事に快復して日常生活は送れるようになった。この間、久しぶりに会ったが元気そうにしていたな」
 そういや、昨日は昔の仲間と酒を飲んできたって言ってたな。それが件の仲間の話だったのか。
「そうか」
 それを聞いた俺は少しは救いがあったのかと安堵した。
 それにしても、この世界でも失った腕は取り戻せないのか……治療魔術も万能じゃないってことは覚えておかないと。
「まさかまた仲間と酒が飲めるとは思わなかった。これも主が私に自由をくれたからだ」
 フランはそう言って笑ってくれた。
「いや、奴隷で自由ってのもおかしな話だけどな」
 俺はフランの言葉に対して苦笑する。
「その仲間も私の試合を見てたらしくてね。だから下手な試合は見せられないんだ」
 来てたのか。なら、確かに下手な試合は見せられないか……。なら、しょうがないか。
「フラン、決勝戦はお前の好きに戦っていいぞ」
 俺はまっすぐにフランの目を見つめた。フランも俺にまっすぐ視線を向けてくる。
「いいのか?」
 手にしていたカップを置いて、確認するように聞いてきた。
「ああ。お前がお前らしく戦う姿を見せてやれ」
 変な縛りなんてつけず、本来の戦い方で戦ってもらおう。怪我をしてもいいという訳ではないけれど、チャンスでも反撃を警戒して踏み込めないとかは無しだ。それに、フランの本来の戦い方を見てみたいとも思った。
「分かった。決勝戦は全力で戦おう」
 俺の気持ちをどれだけ汲み取っての言葉かは分からないが、全力で戦ってくれるだけで十分だ。フランは俺の期待に応えようとしてくれる。
「ああ。さてと、食事も終わったし後は解散だな」
 決勝戦前だ。フランには一人で集中する時間も必要だろう。それに、あの話のあとだ。決勝戦前に話すべきかどうか微妙だったが、フランの心境に少しでもいい影響があればいいが。
 各々席を立ち、俺は昼飯代を支払い店を出ると、店先で全員が俺を待っていた。
 俺はフランに近寄って肩をポンと軽く叩く。
「フラン。勝てよ」
 フランの肩を握る手に力が入る。
「言われなくても勝つさ」
 フランは勝ち誇った顔でそう宣言してみせた。

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