異能力で異世界充実

田所舎人

第十一節 親子

「試合が終わったようですね」
 フランは舞台があるであろう方向に視線を向け、呟いた。
「そうみたいだな」
 時間にして一分足らず。拮抗した戦いというよりも、ある程度の実力差がある者同士が戦ったといったところか。
 少しすると何だか慌ただしい空気が漂いだす。運営の人間が数人、走って控室を行き来し重鎧を着た選手、たぶん彼がダグラスなんだろう。苦悶の呻き声を上げながら運営の人達に担がれ、運ばれている。フルプレートの重装備のようだが、その装備はいたるところがひしゃげており、関節部から流血しているのが確認できた。
「あれは危ないですね……」
 フランが難しい顔をして呟く。
「やっぱり、あれってやばいのか?」
「ええ。あれだけ鎧が変形していると脱がせませんし、患部を直接治療もできません。治療が遅れれば、手足を失い戦士としての命を断たれることになるでしょう」
「マジか」
 その時、舞台から二人分の足音が聞こえてきた。
「ハンス、あれは少しやりすぎよ」
「だって、クララが『準決勝戦なんだから真面目にしなさい』って言ったんじゃないか」
 下りてきたのは男女二人。
 一人は長身でイケメンなアベル人、ハンスと呼ばれた男。服装や髪が無造作でどこか抜けている気がするが、あの重鎧の試合相手をあの重症に追い込んだ張本人だろう。
 もう一人は小柄な少女でアベル人の子供かタイン人か分からないクララと呼ばれた少女。第一印象は気が強いフィクション上におけるツンツンした感じの女の子。
 二人は俺達に気が付いたようで階段状で立ち止まる。
「えーっと、俺のファンの方ですか?」
「そんなわけないでしょ! そこにいる赤髪の女がハンスの決勝戦の相手よ!」
 ハンスが天然ボケでクララがツッコミなのか。
「貴方があのダグラス選手に勝ったハンス・フロンさんですか?」
 俺は一歩前に出てハンスに話しかける。
「あれ? ダグラスさんのお知り合いだったんですか?」
「いえ、話もしたこともありませんし、顔も見たこともありません。もっと言えばダグラスって名前もさっき知った所です」
「そうだったんですか。あのダグラスさんって方、なかなか頑丈で丈夫で……どうやったら勝てるのか困りましたよ」
 飄々としている。
 ハンスが手にしているのは片手剣にしては大きめの剣だ。
「それでも勝てたんですよね?」
「ええ。試合中にクララが退屈そうに欠伸をしていたので、早めに決着付けたほうがいいかと」
「それはまた……」
 このクララって少女、どこか一般人とズレてるな。
「二人はどういった関係ですか?」
「親子ですよ。俺がハンス・フロンで、こっちがクララ・フロン」
 ハンスがクララの頭を撫でようとして手を弾かれた。
 性格もそうだが見た目も似ていない親子だなと思った。
「なんでまた武闘大会に参加を?」
 俺はこの親子に少し興味を持った。
「各国を旅していたんですが、山の国に滞在しているときに陽の国で武闘大会が開かれて優勝すれば王様に願いを叶えて貰えるって噂を聞いたんですよ。いつまでも旅ばっかり続けてるとクララに友達の一人も作る暇がないかと思ってそろそろどこかに根を下ろそうかなって思いまして」
 ハンスは少し照れた風に頬を掻き、クララが余計な事をいうなとばかりにハンスの足を蹴るがあまり痛そうにしていない。
「ところで、あなたのお名前は?」
「俺の名前は神崎一樹」
「その名前……あの『黒髪の異人』ですか!」
「俺の事知ってるんですか?」
 変な二つ名が付き、少しだけ知名度も上がったというのはあるが所詮は三回戦敗退だ。そこまで気にかけている人間がいるとは思わなかったが。
「黒髪の異人といえば怪力を振るい、複合魔術を操り、金満生活を送り、美女を侍らせるって聞いたことがありますよ」
 どんな噂だよ。
「それにしても、あの炎姫の主が黒髪の異人だったなんて知りませんでした」
「ちょっとした経緯があって……まぁフランが出る決勝戦は簡単に勝てると思わないでください」
「フランさんの試合は見させてもらってますから、それは分かってますよ。午後の決勝戦楽しみにしてます。それじゃ、クララがお腹を空かせてるので失礼しますね」
 そう言ってハンスは選手控室を出る。
「カズキ様」
 俺の袖を引っ張るアイリス。
「どうした? アイリス」
「あの人達、もの凄く強い……と思います」
「いや、そりゃあ決勝戦に出場するぐらいなんだから強いだろ」
「いえ、そういうことではなく……」
「カーズキー。そのお嬢ちゃんの言うとおりだよー。あの二人ー、もんのすごーい魔力を持ってる」
 ロイスがアイリスの言いたいことを代弁してくれるようだ。それにしても二人共か。
「分かるのか?」
「ロイスちゃんも『裏魔術の師』って言われるぐらいだからー、魔力の濃淡は少しぐらい分かるんだけどー、あの二人とも並の魔力保有量じゃないねぇー」
「魔力量の多寡なんて魔石で補えるもんじゃないのか?」
「いいやー、あれだけ魔力が多いとー……まぁいいやー。魔術の講義はどうせ後でもしてあげるからー」
「もったいぶるなよ」
「それよりー、午後の試合まで時間もあるしー。ロイスちゃん、フランちゃんとご飯したいなー」
 ……まぁ腹が減っては戦はできぬ。
「仕方ないな。皆、それでいいか?」
 俺の問いかけに皆は賛同してくれる。にしたって人が多すぎだろ。
「アンバー、近くに良い店はないか? 料理が美味くて早く出る店。あと衛生的な所」
「……ついてきて」
 アンバーはどこかに視線を向け、答えた。たぶん、店のある方向を確認したんだろう。
「カーズキー、おごってー」
 ロイスが俺の背中に抱き着いてくる。思ったより胸があった。
「分かったよ」
「やったー。……あれー、なんかカズキの髪から良い匂いがするー」
 ロイスが俺の髪に顔を押し当ててきやがった。
「やめろー!」
 俺はロイスを無理やり引き剥がす。恥ずかしいってのもあるが、アイリスやフランからの視線が痛い。
 気まずい雰囲気を払拭して会場を出てアンバーの案内についていく。
「……ここ」
 アンバーが紹介した店は会場から少し離れた表通りに面していない知る人ぞ知るって感じの店だった。
 そういや道中、大通りを通った時は武闘大会会場から流れてきた観客が押し寄せ、店先で人がごった返してたっけか。そこらへんも考えてアンバーがこの店を選んだんなら見た目や普段の言動に反して気が利いてる。
 俺達が店に入ると店主が優しそうな声で迎え入れてくれた。
 内装は木造を基調としており、温かみのある雰囲気があった。
「あら、アンバーちゃんにジェイドちゃんじゃないか。今日は非番かい?」
 店の女将さんだろうか。年配の女性が慣れた風にアンバー達に声をかけた。
「……違う。ご主人様が昼食をとりたいって言ったから連れてきた」
「あらまぁ。クリス王女様の所を出てきたのかい?」
「……違う。クリス王女の命令」
「そうだったの……。あなたがアンバーちゃん達の新しいご主人様? 若いわねぇ」
「それを言ったら、クリス様のほうが若いんですけどね」
 俺は苦笑しながら席に着いた。四人掛けのテーブルなので二つのテーブルに分かれる。俺の隣にアイリス、俺の正面にフラン。フランの隣に我が物顔で座るロイス。
 他の面々もテーブルについた。
「フランちゃん、何食べるー?」
 彼女が彼氏に聞くような甘ったるい声でフランに訊く。そしてフランは何とも言えない表情を浮かべ、俺に非難の目を向ける。
 俺はそれをあえて無視して店内を見渡す。一応、今まで行った店と同様にメニューが書かれた木札が壁に掛けられているが、俺には読めない。
「アイリス、適当に選んでくれ」
「分かりました」
 俺がメニューを読めないのはアイリスも分かっているし、俺がどんな料理を好むかもある程度は分かっている。だから任す。
「フラン、次の試合大丈夫そうか?」
「主、私を信用してないのか?」
「フランが強いってのは知ってるし、ここまで無傷で勝ってきてるんだから他の連中より実力があるってのははっきり分かってる。ロイスやジムとの試合でも勝って見せたんだから。でも、あのハンスって男の実力が分からん。ダグラスって選手もロトの親衛隊にいるってことはそれなりの実力者だろうし、それをあそこまで無残な姿に追い込める程度の実力っていうのは分かった。だから、まぁなんだ」
「カズキはー、フランちゃんのことが心配なんだよねー」
 ロイスがニヤニヤしながら俺のことを見てくる。そしてフランは心配されている事が面白くないのか、顔をそむけた。
「うっさい」

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