異能力で異世界充実

田所舎人

第九節 魔学

「ロナルドに頼まれたから魔法については教えてあげる。あなたがどこまで魔法について詳しいか知らないから、頭から説明するわね」
「頼む」
「そうね……まず、言葉の説明から。魔法、魔術、魔力、魔子ここら辺をハッキリさせておかないと混乱するでしょう」
 魔子? 聞いたことが無いけど、語感から察するに魔力の源みたいなものか?
「最初に魔子から説明するわ。魔子はこの世界を構成する魔力の源のこと」
「この世界を構成するのは魔力じゃないのか?」
「それでも間違いではないわ。例えば、あなたの服は一本一本の糸で構成されているけれど、その糸もさらに細い繊維で構成されているわよね? だから、服は繊維でできてもいるし、糸でできてもいる。お分かり?」
「ああ」
「話を戻すけれど、魔子はその並び方によって性質を変えるの。この並び方によって性質が異なるものが魔力。魔子はたった一つの種類しかないけれど、その配列によって魔力は多種多様な種類があるわ」
 現代科学知識で言えば魔子が原子や素粒子で魔力が分子って事か? で、この世界は魔子によって構成されている……ってことだよな。
「その魔子によって魔力を構成して魔術を発動させる。そういった法則そのものを魔法というわ。そして、魔法に則って現象を起こすことを魔術と言うわ。これは一般的に言われる魔術やタイン人特有の魔石術、ロイスちゃんが使う裏魔術も例外じゃないの」
「その裏魔術っていうのはどういった物なんだ?」
「そうね……話が脱線するけれど、それも説明しないといけないか」
 ロイスは蝋燭を手に取り、何らかの魔術で着火する。
「これが魔術。火を点けるというごく普通の現象」
 ロイスは蝋燭の火を吹き消してもう一度火を点ける。ただし、その火は煌々と輝く光を発さず、むしろ周囲の影を文字通り吸い寄せる闇だった。
「これが裏魔術。さっきと同じように熱を発し、蝋燭を燃やすけれど、光を放たず吸い込む。こういった通常の現象とは逆の性質を持たせる魔術の事を裏魔術と呼んでるわ」
「……凄いな……」
 そもそも、光を吸い込むなんて現象を目の当たりにしたことが驚きだ。普通なら考えられない。今までの魔術は自然現象を人為的に起こす便利な物程度の認識だ。火を点けるならライターでもマッチでもいいし、物を動かすなら人力でも馬力でもいい。でもこれは違う。裏魔術でしかできない現象がある。
「あら、魔術が分からないのにこの裏魔術の凄さが分かるの? 一見、光を取り込む火を出しただけなのに」
 少し挑発的な物言いだが、少しだけその声色に喜色が灯っている。
「畑は違っても俺もロイスと同じ研究者だからこの現象の凄さは分かる。少なくとも俺が知っている物理法則に反している」
 光を全く反射しないみたいな問題ではなく、文字通り光を取り込んでいる。現に、裏魔術による火が灯った時、影が伸びたんだ。
「へぇー、畑は違えど共感し合えるってのは貴重ね。あなたにも少し興味が湧いてきたわ。それで、裏魔術については分かったかしら?」
「詳細までは分からないが、魔術は俺の常識で測れる領域で、裏魔術は俺の常識で測れない領域だということは」
「なら、話を続けましょう。魔力はそれぞれに性質があり、その魔力を分類する方法にも色々あるわ。陰陽法や四属性や五行法、でも結局の所、そんな分類は教える側の方便であって実際は魔子の配列によって性質が変わる。その一点だけがロイスちゃんは真実だと思うの」
「魔力ってどれぐらい種類があるんだ?」
「そうね……良く使われる魔力は百種類ぐらいに落ち着くかもしれないけど、使われない物も含めれば星の数と同じぐらいかもしれないわね」
「端的に言えば人間が数えられないぐらいってことだな」
「そうね」
 魔力をエネルギーに置き換えたらどうだろうか。物理的エネルギー、熱エネルギー、電気エネルギー、etc。それだけでも新たな魔力の分類法になりそうだ。
「あと、魔力の面白い特徴としては生物との親和性があるわ。特に人間に魔力が宿りやすいという不思議な特徴」
「……ん? どういうことだ?」
「普通の生物には生命を維持する以上の魔力を蓄える性質はないの。そもそも普通の生物は魔術なんて使わないから、それでもいいのだけれどね。でも、人間は別。魔術を使うから魔力を蓄えるようになったのか、魔力を蓄えるから魔術を使うのかは分からないけれど、人間には生命を維持する以上の魔力を蓄えることができるの。そして不思議な事に人間それぞれに蓄えられる魔力の性質が違うの。ある人は火の性質を持つ魔力が蓄えやすかったり、ある人は水の性質を持つ魔力が蓄えやすかったりね。ロイスちゃんだったら水ね」
 ああ、ハリソンが解説していた通り、ロイスは水が得意なのか。
「水の裏魔術って言えばどんな現象が起こせるんだ?」
「裏魔術の面白い所は術者の認識によって効果が変わる事。水の性質で言えば、流れる事、それと氷や蒸気に変化しやすい事。その認識の下で裏魔術を使えば流れない水、変化しない水が作れるわ」
 ロイスはそういって実際に裏魔術を用いた水を創造してみせ、本当に流れない水を創造して見せた。氷とも違うガラスのような常温の水だ。いや、ロイスの説明が無ければたぶんガラスそのものと思っていただろう。
「裏魔術の水の面白い性質は氷のように硬いのに、斬られたり、割られてたりしてもすぐにくっつくこと」
 ロイスは試しにガラス状の水を砕いて見せ、もう一度くっつけてみせて手を放す。すると割れたはずなのに離れない。氷でもこの短時間ではくっつかないだろう。
「本当ならフランちゃんとの試合の時に見せて上げたかったんだけどね。双頭の水蛇に襲われるフランちゃん、見たかったなぁ」
 心底残念そうに言う。
「裏魔術って可能性の塊だな。なんで、裏魔術が主流になってないんだ?」
「簡単な話よ。起こす現象に見合わない量の魔力が必要なの。それに魔術に比べて裏魔術を習得するのに時間がかかるの」
「普通の魔術より魔力の消費量が多いのか?」
「そうなの。魔力って万能って言われてる通り、色んなことができる力の源なんだけど普通の現象から乖離すればする程、魔力の消費量は増えるの」
「そもそも、魔力を消費するってどういうことなんだ? 長い年月の間に魔術で魔力を使い続けてたら魔力が枯渇するだろ?」
 当たり前のように魔力を消費するって言ってるけど、現代知識を下に考えればエネルギーは消費するものではなく変換させるものだ。例えば石油を燃やせば熱エネルギーが取り出せ、その熱エネルギーの一部を運動エネルギーに変換し、その運動エネルギーの一部を電気エネルギーに変換する。そう言った物だ。
「あら、魔法を知らないって本当なの? その点に着目する研究者なんてロイスちゃん以外で初めてだわ」
「そうなのか?」
「ええ。魔力を消費するなんて説明は方便で、実際は魔力を使って発動した魔術は時の流れの中で消滅して自然に還るの。例えばロイスちゃんが魔力を使って水を生み出したとしても、それは時間の経過と共に消滅する。水が消滅した分だけ自然界に魔子が増える。自然に還る速さは術者の魔術の腕や魔術の規模によるけれどね」
 魔子を炭素に置き換えると、自然の木々(魔子)を人間が切り倒して薪(魔力)にして燃やして(魔術)、二酸化炭素が発生する。その二酸化炭素は長い年月の中で木々に取り込まれて自然に還る(魔子)。そんなサイクルをしているということだろうか。
「なるほどね。つまり、魔術で起こした現象は一時的な物なのか」
「そういうこと。だから、下手くそな魔術で生み出した水で無理矢理育てた植物なんてすぐ枯れるし、魔術で作った建物は朽ちるのも速い。だから自然の水で農作物は育てるし、大工が建物を建てるの」
「ちゃんと住み分けができてるのな」
「ついでに言えば魔術の規模が大きい程、魔術が自然に還るのも速いわ」
 規模が大きいと自然に還るのも速いってことは無理矢理に考えれば半減期的な考え方が当てはまるのかもしれない。
「なるほどな。じゃあ次は魔術と裏魔術、それから魔石術だったか。タイン人独自の技術って聞いたことはあるけど、具体的にはどういったものなんだ?」
「専門外だけれど、魔石術の基礎ぐらいなら魔術師の教養の内ね。魔石術の前に魔石の話からしましょうか。魔石が魔族の核ということは知ってるわよね?」
「ああ。実際に魔獣を倒したら魔石が出たのを覚えてる」
「魔石には魔子が詰まっていてそれを魔力に変換して体を動かしたり体温を維持したり傷を治癒したりするの。つまり魔石は魔力の塊と思われがちだけど、実際は魔力の源の魔子の塊というのが正確な表現。つまり、魔石術は魔石に込められた魔子を操る術の事」
「つまり、魔石術は魔子から魔力へ、魔力から魔術へと変換する技術ってこと?」
「そうね。少なくともロイスちゃんが知ってる魔石術の基礎はそういう物。それで魔子を特定の魔力に変換する方法は一つ一つ違うの。そして、それはタイン人の独自技術として秘匿されていて私達が知ることはできないわ」
「なるほど」
 俺は魔術も裏魔術も使えないけど、魔石術なら可能性があるかもしれない。
「そういや、魔宝石ってのはどういった位置付けなんだ?」
「魔宝石は一種の魔石術と言われているわ。仮説だけれど、魔人が魔術を何度も使う内に自身の魔石に魔子を魔力へ変換して魔術を使うための流路が自然と刻まれる。簡単に言えば、魔人が慣れた魔術が魔石に刻まれているってわけ。そんな魔人を倒して残った魔石から余分な物を取り除いて、魔子を蓄える部分と流路とに整えれば魔宝石のできあがり。昔は魔宝石学って学問もあったらしいのだけれど、研究費が高すぎて廃れていったらしいわ」
「へぇ。まぁ確かに魔宝石って高価だしな」
「最近は魔人の数が増えて魔宝石の流通量が増えて安くなったって親衛隊の人が言ってたけど、少し前まではもうちょっと高かったわね」
 供給量が増えたって事か。
「今でも細々と研究している人がいるかもしれないけど、ロイスちゃん聞いたことないわ」
「魔宝石は魔人の魔石から特殊な技術を使って魔宝石になるって聞いた事があるけど、その整えるってのが特殊技術なんだな」
「そうね。一応、ロイスちゃんみたいな王宮魔術師の一人に魔宝石化の特殊技術を持ってる人もいるにはいるのだけれど、ロイスちゃんはあの人嫌い」
「あ、いるんだ」
 と、ここでロイスが何かに視線を向けた。
「そんなことより、そろそろ出かける準備をしなさい」
「え、どっか出かけるんですか?」
「ええ。そろそろフランちゃんの試合が始まっちゃうわ」
 見に行くのかよ。

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