異能力で異世界充実

田所舎人

第三章 知略

「ロイス選手が生み出した無数の水球が容赦なくフラン選手へと襲い掛かる!」
 実況者は何を見ているんだ。そんなことより、もっと見る所があるだろ。
 鮮やかな橙色の炎を纏った刀身は火の粉を振り撒いている。その姿に炎髪灼眼の少女の姿を見た。
 襲い掛かる水球、それをフランはその刀身で次々と両断する。すると水球は刀身に触れた瞬間、蛇の姿を形取りその刀身を這おうとするも数瞬で消え去った。
「バレちゃったか」
 キャッキャと笑うロイス。それとは対照的にフランの表情は険しくなる。
「そんなに難しい顔しないでー。こんなのただのお遊びじゃん。もっと楽しもうよー」
 ロイスは再び水球を生み出し、その水球を卵に見立て、ポコポコと蛇が生まれる。そしてその蛇はロイスの足元で数匹、十数匹、数十匹と蠢き始めた。
「悪趣味だな……」
 俺は思わず呟いてしまった。
 別に蛇が嫌いというわけではないが、あれだけ群れをなした蛇は誰だって生理的に嫌悪感を抱く。
「ニョロニョロっと進軍だー」
 ロイスの気の抜けた号令とともに蛇はフランへと這いよる。
「あれは上手いですね」
 ハリソンが思わず口にした。
「上手いって?」
「あの水の蛇は切られても再生をするという意味を持ち、単純な斬撃では効果がありません。しかし、フランさんは火の力を使い再生の力そのものを無力化。それに対しロイスさんは熱は上昇する性質から地を這わせることで火の力を有効に使わせないようにした。ということです」
「水に蛇の形を与えて意味を持たせるって、それってどう言う意味だ?」
「魔術師は支配下に置いた対象が多いほど制御が難しい。なので、あらかじめこういう時にこう動けという命令を対象に与えるのです。あの蛇一つ一つはきっと独立しているように見えて、ほぼ同じ命令を与えられていると思います」
「へぇー」
 魔術もまだまだ奥深い。
 フランは襲いかかる蛇を躱しながらも一匹一匹処理している。蛇の動き自体はそこまで速いものではないが、なにせ地を這いながらフランを囲もうとする動きだ。処理の速度が遅れるか、移動経路を間違えればすぐに囲まれ四方八方から同時に攻撃を受けることになるだろう。
「フランさんも見事ですね。対魔術師戦を数多くこなしているように見えます」
「分かるのか?」
「カズキ様はお忘れかもしれませんが、私も魔術師ですよ? 私も魔術師対策を行った戦士と戦ったことも少なくありませんから」
「なるほどね」
「魔術師は多くの魔術を持ち、遠距離戦に優れ、知識に富む傾向があります。それに対し、戦士は剣術や槍術といった武器に依存した戦術を取り、近接戦に優れ、筋力に富む傾向があります。単純に比較すれば戦士は魔術師に対し劣勢を強いられます」
「まぁそうだろうな」
「ただし、フランさんが噴水流を薙ぎ払ったように戦士は魔術師の支配下にある対象の支配を解くことができます」
「その理屈が分からん。俺も魔術を使ったのにロナルドにその支配を解かれた……んだと思う。むしろ、支配を奪われたって感じだ」
「単純に言うと距離の問題です」
「距離?」
「はい。魔術師は危険を避けるため接近戦を避けます。それに対し、戦士は危険に飛び込み接近戦に持ち込みます。その時、魔術師が操る対象はどちらに近いでしょうか?」
 操る対象とは目の前の光景で言えば水蛇の事を指し、距離で言えば近いのは攻撃を受けるフランだ。
「……ああ、そういうこと」
「簡単な話、戦士はごく近い範囲において支配下に置かれた対象の支配を解くという技術を持ちます」
「でも、その理屈だと魔術師は戦士から次々に支配を奪われるんじゃないか?」
「そこで対象に込める魔力の量が問題になります」
「……ってことは、より多くの魔力を込めれば支配を奪われにくくなるってことか?」
「そういうことです。ただし、操る対象が複数の場合、その数だけ魔力の消費量も増える。なので、魔術師は操る対象を制限し、その対象により多くの魔力を注ぎ込む。例えば、あのロイスさん。操る対象はあの水球に限っているように見えます。なので、フランさんの刀身に触れても数秒は蛇の形を維持できた。逆に噴水流はその場にあったものを簡易的に使ったため、炎を纏っていない刀身でも支配を解くことができた。ということです」
「でも、あの水球の数も結構な量があるぞ? あれだけ一つ一つに魔力を込めてるのか?」
「たぶん、主力の蛇と撹乱する蛇に分けているのでしょう。魔力を多量に込めた蛇と僅かな魔力で生み出した蛇を混ぜているのでしょう。ロイスさんはこの試合をお遊びだと言いましたが、知的遊戯としてみているようですね」
 そういや、ハリソンもボードゲームが得意らしいから分析力に優れてるのか?
 ハリソンの解説を聞きながらも視線はフランを追う。
「ロイス選手の魔術により生み出された蛇がフラン選手に次々襲い掛かる! しかし、フラン選手の機敏な動きと狙い澄ました一撃一撃が的確に蛇の数を減らしていく!」
「フランちゃんすごーい。ここまで戦えるなんて、ロイスちゃん驚いちゃった。さすが、優勝候補と言われるだけはあるわね」
 数十匹いた蛇も今では十数匹しかいない。
「もう一つ、魔術師と戦士で違うところがあります」
「それは?」
「魔術師は戦場と距離が離れているため魔力の消費が激しく、戦士は戦場に存在するため魔力の消費が少ない。ロイスさんは水を操るために魔力を消費し、フランさんは刀身に火を纏うために魔力を消費しています。私の私見ですが、フランさんの魔力消費を1とするならロイスさんの魔力消費は8ぐらいですね」
「そんなに違うのか!?」
「ええ。それもフランさんは火の魔術という比較的魔力消費が大きなものです。まぁ魔術師のセンスによってはその消費量も抑えられます。例えば、あれだけ多くの蛇がいたとしても主力の数匹の蛇に6、攪乱用の数十匹の蛇に2を費やしているといったところでしょうか」
「あれだけ数がいるように見えて、実際の数はそこまで多くないってことか?」
「ええ。ただし、弱いとはいえ支配下に置いていますから戦士はそれを一つ一つ支配を解かなければ数は減らせません」
「厄介だな」
「魔力の消費量としては魔術師の方が圧倒的に多いですが、体力の消費量は戦士の方が多いとも言えます。こういった持久戦では魔術師の魔力と戦士の体力の比べあいにもなりますね」
「でもさ、魔力って魔石で補助できるんだろ?」
「ええ。ロイスさんももちろん魔石は使っているでしょうね」
「だったら、比べあいになんてならないじゃないか」
「だからこそ、戦士はどうしても劣勢に立たされるのです。その劣勢をどう覆すかで、その戦士の特徴が出ます。力で捻じ伏せるか、速さで圧倒するか、知略で裏をかくか」
 俺が戦ってきた相手で分類すれば、力ならダッド、知略ならフィル、速さならロナルドといった所か。
「フランはシーク人としての力もあり、速さもあり、戦いにおいては頭も切れる。それに初見で水の蛇を見抜いた経験と勘もある」
「やっぱり、フランってかなり戦士としては強いのか?」
「ええ、強いですね」
 断言するハリソン。
「おーっと、フラン選手の刀身の炎が消えかかっているぞ!」
 実況の声にハッとする。
 見れば、鮮やかな橙色は明滅しながら徐々にそして確かに小さくなっている。
「フラン!」
 俺は思わずフランに声をかけてしまった。
 しかし、フランは俺に向かって口元でニヤリと笑って見せた。
「あれれー、魔力切れ? フランちゃんってば魔力が少ないのかなー? あ、そっかー。魔力が少ないから剣を持ってたんだねー。ごめんねー」
 ロイスは挑発すると同時に蛇をフランにけしかけ、フランはその蛇を最後の力を振り絞って煌めく刀身の下、切り伏せた。
 ――刀身は自らの輝きを失い、陽光を反射するただの剣となった。
「えへへー。これでフランちゃんも今までの人と同じだねー」
 残る数匹の蛇をフランにけしかけ、フランはその蛇を切り伏せる。しかし、炎を纏っていない斬撃は蛇の体を断つことができても、その動きまで断つことはできなかった。一匹の蛇が長さはそのまま、太さは一回り小さくなって二匹に増える。そしてその蛇は徐々に大きくなり、元の太さへと戻った。
「蛇が増えたぞ!?」
「……分裂ですね。そういえば、水球の状態の時も数を増やしていました……そういうことですか」
「そういうことってどういうことだよ」
「分裂した後に身体が大きくなるのは周囲の水分を取り込んだため。最初の噴水は周囲の水分を増やすため……ここまでの布石だったのですか」
「……そういうことか」
 あのロイスとかいう魔術師、口調こそふざけているが、きちんと頭回して戦ってるのか。
「となると、命令を伝える核となる水球とその周囲に纏う水の二重構造になってる可能性が……いえ、核までが分裂するとは考えにくい……おそらく、一つの蛇に複数の核を持たせ、身体が分裂し独立することで新たな蛇となるなのでしょう」
「最初から蛇を大量に用意するのと、後から分裂させるのはどう違うんだ?」
「初めから大量に蛇を用意すると短期的に大量の魔力を消費するため術者に負担が多くかかります。それと、分裂をしたように見せかけることで相手の戦意を削ぐこともできます」
「あのロイスって女の子、そこまで考えて戦ってるのか?」
「たぶん、そうでしょう」
 魔術のセンスって奴か。俺が咄嗟に考え出した魔術とは随分と違う。二重三重の意味があるのだ。
「フランさんにとって辛い戦いになりますね。魔力切れが起こったという事は身体の動きそのものにも支障が出始めます」
「……ハリソンの目算でどれぐらいだ?」
「……全力で動いて一分も持たないでしょう。上手く立ち回って二分ぐらいですか」
「…………」
 戦いの中での一分は長いようで短い。このままではフランの敗北は必至。しかし、フランは俺が声をかけた時に笑ったんだ。
「何か逆転の方法はあるか?」
「……ここから逆転は難しいでしょう。もちろん、奥の手を隠しているのであれば話は別ですが……」

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