異能力で異世界充実

田所舎人

第四節 悶着

「カズキ様!」
 試合を終えたアイリスが駆け寄ってきた。外傷が無いことを目視で確認して少し安心した。
「少し長かったみたいだな」
「相手の方が慎重だったので、少し長引いてしまいました」
 そういえば、アイリスの容姿はハーフで魔人と疑われる要素を持っているんだったか。悪い意味で警戒されたのかな。
「勝てたのか?」
「はい」
 おお、勝てたのか。
「どうやって勝ったんだ?」
 アイリスの戦闘姿が思い描けず訊いてみた。
「風の魔法で相手を飛ばして、そのまま舞台に上がらせないようにしました。そうしたら、審判の方が占領勝ちと言ってました」
 そういえば、相手を場外に出して三秒以上経過すれば勝ちにもなるんだったか。
「風の魔法ってそんなに強いのか?」
 台風の風速で人がまともに立てなかったり歩けなかったりはするが、そのレベルの突風を魔法で簡単に出せる物なのか?
「私の魔法はまだまだです。風の魔法ならお父様の方が格段に上ですから」
 人間を足止めできるレベルの突風か。しかも、ハリソンはさらにその上を行くという。もしかすれば局地的なハリケーンぐらい起こせるんじゃないだろうか。
「魔法を使ったんなら魔石も少しは消費したんじゃないか?」
 そういえば、魔法を使うと当たり前だが魔力を消費する。魔力の回復は一日二日で全回復するものではない。武闘大会では三日間に渡り連戦を行う。俺とアイリスで言えば、決勝まで残ると七回戦もあるのだ。魔法使いは魔力という貴重なリソースを温存し、魔石という代替品を使うことをある意味強いられる。
「そうですね……。魔石を一つ、使い尽くしてしまいました」
「なら、これをやろう」
 俺は常に吸魔石に魔力を吸わせるための魔石を携帯している。俺はアイリスから使用済みの魔石を受け取り、未使用の魔石を二つ手渡した。
「あの、カズキ様。一つ多いのですが」
「戦うことが分かっていて、余裕もあるのにギリギリの量を渡す程ケチじゃないつもりだ」
 油を断って戦に負ける。そんな油断はしない。
「ありがとうございます!」
「ああ、魔石の事は気にするな」
 実際、魔力が空になった魔石は加工して装飾品にして現代で売れる。しかも、未使用の魔石の在庫がアホ程ある。昔から変な所で収集癖があるせいか、蓄えるだけ蓄えてしまう。これも貧乏性かもしれない。エリクサー症候群だな。
「二人とも、お疲れ様です」
 俺とアイリスが話している所にフランがやってきた。
「ああ。お粗末な戦いだったけど、なんとか勝てたよ」
「いや、初戦があの『両断の大剣』で、あの戦いなら十分だと思う。それに主が戦いの素人ってことも分かった」
 さすがにあの立ち回りなら分かる人間には分かるだろう。
「まぁね。隠すつもりもなかったから言うけど、俺は力が強いだけの一般人。実の所、戦士でも商人でもない。強いて言えば、俺の職業は学生だから」
「……しかし、戦う技術はなくとも主は勝利した。それも『両断の大剣』というそれなりに名の知れた冒険者相手に。主も運だけで勝てる相手とは思ってはいないでしょう」
「そりゃあね。まぁネタバラシすると、俺はちょっとしたチートを持ってるから」
 いや、通常の人間より三倍の力が出せる程度の能力をチートというのもおこがましいか。
「チート……ズルということですか?」
 言葉の文脈とニュアンスからチートをズルと解釈するのはある意味あっている。
「みたいなもんかな……まぁフランには話していいか」
「カズキ様!?」
「いや、その件じゃない」
 俺の本当の能力、ゲートについて教える気は毛頭ない。この件は従者たるアイリスだけ知っていればいい。
「フラン。俺はアベル人じゃない」
「……やはり、そうでしたか」
 あれ、意外と驚かない。
「驚かないのか?」
「こうして主の口から言われたことには驚きましたが、薄々私達とは住む世界が違うとは思っていました」
 住む世界が違うか。
「俺の本当の種族は日本人。この世界では少ない黒目黒髪の種族だ」
「黒髪黒目……カズキ様の種族、日本人は皆、黒目黒髪なのですか?」
 フランだけでなくアイリスも驚く。そういや、俺の話ってアイリス達にあまりしてこなかったな。
「ああ。中には髪を染める奴もいるけど、日本人は基本、黒目黒髪だ。俺の黒髪は日本人の平均よりも更に黒いらしいけど」
「そういえば、カズキ様が『黒髪の異人』と呼ばれているのを聞いたことがあります」
「まぁこの世界で黒髪はあまり見かけなかったからな」
 次の試合までまだ少し時間がある。
「良い機会だ。二人に話しておくことがある」
「なんでしょうか?」
「ああ、俺とロトの件でな。近々、俺はロトと協力して魔大陸に行くことになるだろう」
「魔大陸……話に聞くあの海向こうの大陸ですか」
 これにはフランが反応した。
「ああ。ロトの話ではタイン人の操船術で海を渡り、兵を大陸へ輸送する計画らしい。それと同時に俺は魔大陸への物資供給を担うことになる」
「物資の供給ですか?」
「ああ。兵と物資、両方を輸送するとなると多大なコストがかかる。そこで俺が物資の供給については一役担うことになった。フランにとっては耳の痛い話だが、俺とロトと協力し合う口約束の取引の対価として俺はこの吸魔石とお前をもらった」
「……そうだったのですか」
「ああ。今朝、ロトが壇上で演説した魔族の殲滅ってのは国内だけじゃない。お前らが言う、海向こうについての言及だ」
「主も魔大陸に行くつもりなのですか?」
「ああ。そのつもりだ」
「それは危険だ! いくら主の力が強いと言っても、絶対ではない!」
「フランは反対か。アイリスはどうだ?」
「私は……カズキ様のなさりたい事をなせばよいと思います」
 消極的肯定か。
「俺は魔大陸に行く。これは決定事項だ。その上で二人に訊くが、俺と一緒に魔大陸に来るつもりはあるか?」
 二人とも奴隷だ。俺が命じればついてくるしかない。それでもあえて聞く必要があると思ったからだ。
「……もとより私は主のため、戦うために今こうしてここにいる」
 フランは自らの存在価値、存在理由を確かめるようにして答えた。
「アイリスはどうだ?」
「カズキ様がいる所が私の居場所です」
 アイリスは淀みなく答えた。アイリスは考えなしではないし、賢い。その上でそう答えた。その気持ちがうれしい。
「分かった。二人とも連れて行く」
 俺達が話し終わった頃、初戦の全試合が終わったようだ。多くはないが、会場から出る人間がいる。試合と試合の間は食事を摂ったり、簡単な買い物をするぐらいの時間はある。
 ただし、参加者は別だ。勝ち残った者は再び説明会場に戻らなければならない。といっても、行かなかったからといってペナルティはない。
 次の対戦相手を確認したり、敵情視察を行ったり、自分を売り込んだりとやろうと思えば、そこでしかできないことはある。
「俺らも戻るか」
 俺は二人を連れ、説明会場に戻った。すると、あれだけいた参加者が三分の二ぐらいに減っていた。半分じゃないのはそれだけシード選手が多いからだろう。
「初戦を突破した諸君、既に実力を認められた諸君、」
 運営のおっさんが壇上で演説をするが、俺達を含め全員が聞き流している。
「今年は例年に劣らず多くの実力者が競い合う姿に観客も沸いている。特に今年は話題性のある選手が多い。これにはロト殿下もお喜びになられている。皆、負けぬ実力、勝つ実力を存分に示してほしい」
 負けない実力と勝つ実力か。
 運営の人間の話は終わり、選手は各自自由行動となる。運営側から武器や防具の手入れのための砥石や油なんかの支給もあるため、念を入れる人間は念を入れている。そういえば、漫画なんかではこういった隙間時間の行動も採点の対象だったりする事があったっけか。
 そんな妄想をしつつ、席を立つ。
「よぉ兄ちゃん。可愛い子連れて参加とは良いご身分じゃねぇか」
 肩に手を置かれ振り向くと、大柄なアベル人の男が俺の肩を掴んでいた。
「いえいえ、それほどでも」
 俺の肩を掴む相手の手の甲、指の腱と腱の間に思い切り指を食い込ませる。
「いってぇなこの野郎!?」
「カズキ様!」
「主!」
「いや、これぐらいいいよ」
 このアベル人の男、体は大きいがあの『両断の大剣』程の凄味はない。大きくて力があるが、それはアベル人の範囲内だ。あの『両断の大剣』たる大柄なシーク人程の力は無さそうに感じる。
 男は拳を振り上げて俺の顔面に叩き込もうとする。それに呼応して一歩だけ前進してその拳に額を差し出す。
 この世界で初めて戦った時、相手は牙を剥いた魔獣だった。そいつらの牙を不意打ちで受けても出血もしない頑丈な俺がただ体が大きいだけのアベル人の拳で大したダメージを受けることも無く。
「ッ! この!」
 頑丈で重い俺の身体を殴った大男の拳は嫌な音を立てたのと同時に怒り初め、反対側の拳で俺の腹を殴ろうとし、俺は即座に障壁を展開しようとした。
「落ち着け」
 何者かが俺と大男の間に割り入った。

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