異能力で異世界充実

田所舎人

第十二節 疑問

 ホールを離れて中庭に向かう。静かな中庭でまばらに男女が親密に語らっている。そんな中、一人で佇んでいる小柄な少女は目立っていた。
「アイリス?」
 アイリスに歩み寄って声をかけた。
「カズキ様?」
 アイリスは俺の声を聞いて不思議そうに振り向いた。
「どうしたんだ? こんな所で」
 別に何があるわけでもない。手入れされた低木で整えられた中庭の開けた芝生の上でアイリスが立ち尽くしているだけだった。
「少し考え事を……」
 アイリスは歯切れ悪く言う。目線も俺と合わそうとせず、足元ばかりを見つめる。
「俺は邪魔だったかな?」
 そんなアイリスの顔を覗き込むようにして冗談めかして訊いた。
「いえ! そんなことは!」
 慌てて否定をするアイリスは少しだけ俺と距離を取った。
「何か悩みでもあるのか?」
 俺も人が多くいる所より、一人でひっそりとしていたい性分だ。取り分け、パーティーを楽しめる気分じゃないなら尚更人混みは避けるだろう。
「……悩みではないのですが……」
 ここでは言いにくいことなのだろうか?
 どこか良い場所に移ろうかと俺は周囲を見渡すが、完全に二人きりになれそうな場所はない。左右を見ても仕方が無いと、見上げてみるとぽっかりと空が見える。中庭だから当然だが屋根は無い。
 …………。
 俺は加重のベルトを外し、ゲートを通じてベルトを現代に送り返した。すると異様な身軽さを覚える。それこそ空を飛べそうなくらいに。
「アイリス、俺の背中におぶさって」
 俺はアイリスに背を向け、片膝を突いて中腰になる。
「え?」
「いいから」
 アイリスは不思議そうながらも、俺の言葉に従って背中に体を預け、小さな手で俺の肩をギュッと握った。
 アイリスが落ちないようゆっくりと立ち上がる。驚くぐらいアイリスは軽かった。
 うん。これぐらいの重さなら行けるだろう。
 俺はアイリスをしっかりと支えて背負ったまま助走をつけて地を蹴り、壁を蹴り、バルコニーの手摺りを蹴った。すると思ったとおり簡単に王城の屋根上に辿り着く。
「ッカズキ様!?」
「どうした?」
 アイリスを屋根の上に下ろしながら意地悪に聞いてみた。
「どうした? じゃありません! 私、怖かったんです!」
「ああ。それは悪かった」
 俺は笑って謝りながら屋根上を確かめる。さすがにここまではメイドさんの手入れも入ってないか。
 スーツを着る時だけポケットに忍ばせていたハンカチを取り出して、適当に屋根の汚れを落とす。驚く程に黒くなった。
「取り敢えず、座ろうぜ」
 俺が先に座ってみせ、アイリスも渋々といった感じで俺の横に座る。
「ここなら誰もいないし、誰も聞いてないからさ。何かあるんだったらこっそり教えてよ」
 俺は同級生に尋ねるぐらい気軽に聞いてみた。
「……そうですね……。カズキ様にしか訊けない事ですから」
 俺の気軽さとは対照的なアイリス。普段のアイリスとは全く違うトーンだ。
「俺にしか?」
 アイリスは躊躇いがちに口を開いた。それもゆっくりと、言葉を選びながら。
「……カズキ様は、現状の事をどうお思いですか?」
 現状をどう思うか、そう聞かれても意味合いは色々とある。
「現状ってのはどう言う意味で?」
 魔大陸に行くという話だろうか、それともロトとの契約の事だろうか、それとも遡ってクリスの親衛隊に入る話だろうか。ひょっとすると武闘大会に出場する話だろうか。アイリスが言っている現状が何を指しているのか皆目見当がつかなかった。
「……今、カズキ様には私を含めて四人の奴隷と二人の召使がいます」
 ああ……そっちの話か……。
「最初はカズキ様の傍に私達三人が居ました。そして、あの宿で色んな事がありました。厩で久しぶりに湯浴みをしたり、カズキ様が用意して下さった料理でお酒やジュースを飲んだり、それにカズキ様の手料理を食べたり……楽しかったです。そんな楽しい時間がずっと続くのかなと思ったら、急にお城に呼ばれて……そうしたらいつの間にかジェイドさんとアンバーさんが増えて……それでもカズキ様の傍にはいつも私が居ました。でも……ロト殿下とお知り合いになられたかと思えば、急に宿からお屋敷に引っ越して……個室を貰えた事自体は嬉しいのですが……それで……その……最近ではカズキ様の傍に……いつもフランさんが居ます」
 アイリスの言う通り、あの時に比べると今は人数的には倍になっている。それに側にフランが居るというのも分かる。二人で装備を買いに言って以降、フランは俺に主としての敬意は払いつつも砕けた話し相手として俺の相手をしてくれている。
「ジェイドさんとアンバーさんはクリスティーナ王女から預けられたと聞いています。それに、フランさんはロト殿下から譲り受けたとも」
 まぁアイリスの認識に間違いはない。その上で何を悩んでいるんだ?
「……最近のカズキ様はフランさんととても仲が良いように思えます」
 そこがアイリスの持つ悩みの種か?
「…………」
 アイリスは深い沈黙を保った。
 遠くから音楽が聞こえる。
 俺から話しかけるべきか、アイリスが話すのを待つか十秒程悩み、俺から話しかけるタイミングを見失った。だから俺は待つことにした。遠くで流れる音楽を耳にしながら。
「……私では……私一人では不満なのでしょうか?」
 それがアイリスの悩みか。俺はそれを安易に否定するべきか否か。
「アイリスに不満は無いよ」
 何と答えるか少し考えるつもりが、俺は自然と言葉を口にした。
 事実、アイリスに不満は無い。俺の言う事はきちんと守るし、努力だってする。今ではメイドが居るがそれ以前と変わらず俺に尽くしてくれる。
「いつまでもアイリスには俺の傍に居て欲しいし、俺を支えて欲しいと思ってる」
 一度口を開けば言葉が自然と続いた。
 俺はアイリスの命を名実共に預かっている。俺はそれを軽く考えていた。酷い言い草だが、綺麗で可愛い便利なペットのように接していたかもしれない。ご褒美と称し、飴を与え、仕事を与えていたがアイリスだって人間だ。悩みもする。それこそ人間関係なんて最たるものだ。
 人の繋がりの数だけ面倒が増える。
 俺自身、分かっていたことだ。
 こうやって今もアイリスという人間と繋がって問題が増えた。
 現代での俺はそういった人の繋がりが嫌で一人で居ることが多かった。
 大学でも最少人数、それこそ上やんぐらいしか接する人間はいない。
 俺にとってアイリスは何なんだ。綺麗で可愛い俺の奴隷。
 ……それでいいのか?
 俺はアイリスをどうしたかったんだ。
 アイリスに誰かの面影を重ねていただけなのか。
 単なる自慰行為に過ぎないのではないのか。
 社会的弱者に対し、俺は手を差し伸べることで優越感に浸っていただけではないのか。
 …………。
 違う。
 何が正しいかじゃないんだ。
 俺がどうしたいかなんだ。
 俺が今口にしたことは事実だ。
 アイリスに傍に居て欲しい。
 悩む前から口に出していたじゃないか。
 その言葉にきっと嘘はない。

「俺にとってお前は大切な存在だ」

 俺はアイリスを抱き寄せた。
 自己中心的な考え方は昔から変わっていない。
 アイリスのためとかそういう事は一切考えていない。
 俺は俺のためにアイリスが欲しい。
 だから手に入れたんだ。
 あの日あの時あの場所で。
 一目見て欲しいと思った。
 手に入れたいと思った。
 手に入れる方法が俺の手の中にあった。
 だから迷いはなかった。
 あの時の俺はアイリスが欲しかった。
 そして今、こうやって腕の中にいる。
「……カズキ様……」
「……心配させてゴメンな」
 ご主人様が奴隷に謝るなんて、こっちの世界じゃ有り得ないかもしれないけど、どうせ誰も居ないんだ。少しぐらい素直に謝ったって悪くないだろ。

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