異能力で異世界充実

田所舎人

第四節 会食

 クリスティーナ王女。この世界において、どんな手入れをすればそこまでの綺麗な髪を維持できるのかと驚くばかりだ。肌は白く、トール人の血を引いたアイリスにも負けないほどの白肌。背は俺より低く、小顔でやや面長、可愛いと綺麗という感想を同時に抱かせる美貌。そんな少女が優雅に歩きながら、にっこりと微笑みながら俺の所までやってくる。
「あなたがカンザキ・カズキですね」
「あ……はい」
 高貴。その一言が頭に浮かび、想像だにしない相手に委縮する自分が滑稽に思えた。
「セシル、あなたもありがとう。私のワガママを聴いてくれて」
 クリスティーナはまるで旧知の仲のようにセシルに接した。
「クリスティーナ様たっての希望とあれば叶えない訳にはまいりません」
 セシルもその対応に慣れている様子だ。
「今日は御馳走を用意してもらったの。二人共、楽しんでくれると嬉しいわ」
 クリスティーナは無邪気に笑った。
 俺のクリスティーナへの第一印象は儚げで柔和なお嬢様かと思ったが、内面はあどけなさが残っていた。
 自分も楽しみたい、相手にも楽しんでほしい。そんな純粋な想いがなんとなくだが伝わってくる。
「それと、カズキは奴隷をとても大切にしてると聞いたわ。同じ部屋で食事をすることはできないけれど、別室できちんと料理は用意してあるの」
 クリスティーナがそう言うと壁際に立っていたメイドさんがアイリス達を別室へと案内し始めた。その際、ハリソンとロージーはその案内に従おうとしたが、アイリスだけは俺の応えを待った。
「いいよ。行っておいで」
 俺が一言声をかけると、アイリスは黙ったまま頭を下げてメイドさんについていった。
「さぁ、私達も食事にしましょう」
 クリスティーナがそう言うと、残ったメイドさん達が一斉に動き出す。あるものは料理を運び入れ、あるものはグラスに酒を注ぎ、あるものは料理を並べる。広いテーブルには所狭しと皿が並ぶ。
「さぁ食べてください」
 食べろと言われて食べないわけにもいかず、俺は料理に手を付けた。。
 初めに手を付けたのはスープだ。イメージとしては澄まし汁に近く、澄んだスープに一口サイズの肉や野菜が少しずつ入っている。スープを一口吸ってみる。
「お、これは……」
「気づかれましたか?」
 この世界では珍しく出汁を取っており、風味が良い。まるでアレを使ったようだ。
「これ、ひょっとして……」
「ええ、セシルが面白い物と言って色々と見せてくれたの。えーっと、ダシノモト? それが貴方の持ってきた商品だって聞いて、貴方に会ってみたくなったの」
「それは光栄です」
「私の親衛隊の皆もペットボトル? という商品を非常に気に入っていたようです。軽くて丈夫だと評判なんですよ」
「クリスティーナ様の親衛隊の皆さんに気に入って頂けて私もセシルと取引した甲斐がありました」
 俺は笑いながらスープに更に口を付ける。
「お兄様も胡椒をとても気に入っていましたし、お父様も胃薬を気に入っていました。私も恥ずかしながら、ちょこれーとをとても気に入りました」
 少し照れながら笑うクリスティーナは俺が言うのもなんだが、年頃の娘と大差ないように見える。
「そんなに気に入っていただけましたか?」
「ええ。あのような甘く美味しいものは食べたことがありません! ……ですから、よければ……その……」
 ああ、そういうこと。
「セシル、少し早いけど」
「分かりました」
 セシルは俺の言葉に即座に応え、手土産を用意する。
「それはなんでしょうか?」
 クリスティーナは身を乗り出してセシルの手元に目を凝らす。
「私の国の商品です。きっとクリスティーナ様にも気に入っていただけると思いますよ」
 今回のメインは入浴セットだったが、クリスティーナの希望はどうも菓子類らしい。念のため買ってきておいてよかった。
 ともあれ、メインは入浴セットだ。
 俺はシャンプーのボトルを手に取り、やや演技口調で口上を述べる。
「これは入浴する際、髪を洗う薬剤です。汚れを落とすだけでなく、傷んだ髪を整える効果もあります」
「髪を整える?」
「はい。私の奴隷のアイリスもこの薬剤で奴隷生活中に傷んだ髪を綺麗な髪に整えることができました」
「そう言われてみれば確かに、あの子の髪は奴隷にしては……いえ、貴族よりも髪の艶が良かった気がするわ」
 その感想もどうかと思うが、クリスティーナは俺の言葉をある程度受け入れてくれるようだ。
「こちらは体を洗うボディーソープというものです」
 俺はそう説明しながら、ボトルの口を開ける。
「この中身を嗅いで頂けますか?」
 俺はメイドに手渡す。メイドが初めに中身を嗅ぎ、驚いた後にクリスティーナの元へ運ぶ。
「甘い香りがします。まるでジャムのようですね……」
 こっちの世界の人間にはシャンプーがジャムに見えるのか。トロっとして甘い香りという共通点はあるかもしれないが……。
「あくまで薬剤なので食べないでくださいね」
 俺は冗談交じりに説明を続ける。
「そして、こちらがクリスティーナ様ご希望の私の国のお菓子です。こちらがビスケット、こちらがチョコレート、こちらがキャラメル。よければ、食後のデザートとして食べてください」
 これもメイドに手渡すと、メイドはそのまま部屋を退出していった。
「毒見をする決まりなのです。お気を悪くしないでください」
 セシルが小さく補足してくれた。
「お気遣いありがとうございます」
 クリスティーナは嬉しそうに微笑む。やぱり、こうしてみると年相応の女の子に見える。
「私も甘い物は好きですから、お気持ちは分かります」
 俺達は笑って食事を続けた。話題の中心は俺で、セシルが俺と出会ったときの事を話した。
「私が行商を終え、サニングに戻ろうとしていた所、一人の村人と会いました。その村人はとても焦った様子だったので、私が雇っていた傭兵の一人が事情を聴くと、その男はしどろもどろながらも、十匹を超える狼に似た魔獣が村を襲い、自分はオークス様に助けを求めるため飛出してきたと説明しました。その話を聞いた私達はその村を助けなければと、その男を馬車に乗せ急いで村に向かいました。しかし、村に着くと魔獣は逃げ去った後でした。村人に話を聞くと、ろくに武器も防具も持たない不思議な服装をした見知らぬ青年が素手で魔獣を追い払ったと言うのです。私は興味を持ってその青年を探し、すぐに見つけました。しかし、その青年は青年というには幼い顔立ちだったので私は驚きました」
 俺の事をそんなふうに思ってたのかよ。自分だって童顔の癖に。
「私は話しかけました。しかし、その青年は私の言葉が分からないようで、私にとっても聞きなれない言葉を口にしていました。たぶん、私の言葉が分からないと言ったのでしょう」
 その通り。
「私はすぐに翻訳の耳飾りと首飾りを渡すと青年は私の言葉が理解できるようになり、驚きました。そして互いに自己紹介をしました。それが彼、カンザキ・カズキさんだったのです」
 懐かしいな。もう一週間ぐらい前の話だ。
「彼はたまたま村に立ち寄り、魔獣に襲われた村人を助けるため、素手で魔獣を追い払い、それだけでなく村人の治療にまで手を貸したそうです」
 そういや、アニーはあれから大丈夫だろうか。無事に回復したのか確認しないとな。
「カズキさんは魔獣を追い払った見返りを求めることなく、それどころか高価な薬を使って村人一人一人の治療をした姿がまるで私が子供の頃に聞かされた英雄譚を彷彿とさせました。勇気を宿した心で魔族に立ち向かい、慈愛に満ちた心で村人を治療する。本当に胸を打たれた気持ちでした」
 クリスティーナに聞かせるために脚色した話と分かってはいても背筋が痒くなる思いだ。
 話しているセシル自身、興奮してきたのか椅子から立ち上がり、力説する。スポットライトと観客が揃えばちょっとした舞台になりそうだ。
「それから私はカズキさんと多くの言葉を交わしました。カズキさんは魔法や魔族が無い国からいらっしゃったようなので、私は色々と話しました。そんな時が二日。その間にもカズキさんはこまめに村人を診察しては村人達から人望を集めていました。それでもなお、カズキさんは自分からは決して見返りを求めませんでした。時折、村人から食べ物を受け取るときはとても丁寧な物腰で礼節を尽くしていました。そんなカズキさんを私は街への帰路へカズキさんを誘いました。残念ながら、この申し出は断られましたが、後日、オルコット商会の扉を叩いてくださいました。これが私とカズキさんとの出会いの物語です」

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