異能力で異世界充実

田所舎人

第三節 招待

 しばらくするとロージーが商談室にやってきて手短に商談内容を報告してきた。
 馬と馬車は滞りなく手配できたらしい。馬は青毛の牡馬。体力重視で長時間馬車の牽引ができる種らしい。馬車の方は本来の目的が商品の運搬であることから、客を乗せるような馬車ではなく、大量の物品を運搬をするための幌馬車だ。
 馬車は明日には用意でき、店頭での引渡しになる。ちなみに御者は俺以外の全員ができる。ハリソンやロージーはそれぞれの父親から教えてもらい、アイリスもまたハリソンから教わったようだ。本来は貴族としての嗜みの馬術だが、馬に命令を与えるという意味では御者の真似事程度はできるということだ。
 ともあれ、俺としては人目が避けられる幌馬車はありがたいと思った。
「ロージー、何か欲しい物はあるか?」
 俺が求めた以上の成果を出したならば褒美を出す方針だ。俺に手に入れられる物なら褒美として出す所存だ。
「欲しい物ですか?」
 俺が突然話を振ったせいか、ロージーはオウム返しに聞いてきた。
「ああ、商売上必要になるなら俺が用意する。まだ誰も持ってないような俺の国の物だって用意するぞ?」
 俺の提案にロージーは少しだけ考え込んだ。
「……それなら……筆記具が欲しいです。カズキ様がアイリスに与えた筆があると何かと助かります」
 アイリスに与えた筆とはボールペンの事だろう。
「ああ、なら明日用意しよう。折角なら三色ボールペンがいいな」
「三色ボールペン?」
「黒、赤、青のインクがでるやつだ。何かと便利だぞ」
「それはさすがに……」
 ロージーは三色ボールペンを高価な物だと思ったらしい。
「金の事なら気にするな。アイリスに渡したボールペンと金額は大して変わらない。……そうだな。ペンだけあっても仕方ないだろうから、何か書くための紙を用意しようか。ノート……白紙の製本でいいか?」
「そんなものまで頂いていいんですか?」
「気にしなくていいよ。仕事の効率が上がるなら俺にとっても損じゃないしね。じゃあ、明日には用意するよ。馬車の手配、ご苦労さま。それじゃ、セシルが呼びに来るまでゆっくりとくつろごう」
「はい。畏まりました」
 ロージーも席に着き、刻々と時は過ぎる。
 陽が傾き始めた頃になってセシルが俺たちを呼びに来た。
 用意された馬車は絢爛豪華な四人乗りが二台。二人掛けの席が向かい合っている。
「カズキさん達はこちらにお乗りください。私はあちらの馬車に乗りますので」
「了解。それじゃあまた後で」
「はい」
 俺が乗り込み、続いてハリソン、ロージー、最後にアイリスが俺の隣に座る。馬車が動き始めるとガタガタと振動が尻に響く。石畳で比較的整えられた路面でそれなりに乗り心地を良くする工夫はなされているが、やはり現代社会に慣れている俺にとっては乗り心地はイマイチだ。
「カズキ様、どうかなさいましたか?」
「いや……なんでもない」
 現代の車両の乗り心地の良さを再確認する。そして、自分の車酔いのしやすさも再確認する。これから夕食だというのに、食欲は現在進行形で減退している。確か、唾を出せば酔がおさまる話を聞いたことがあった。
 俺は気持ち悪さを紛らわせるため、飴玉を口に入れた。グレープ味だ。すると、アイリスが物欲しそうな目でこっちを見ていた。
「……いるか?」
 王女様への手土産だが一個や二個減っても変わりはない。
「はい!」
 俺はポケットから何個か取出し、ついでにとハリソンとロージーにも配った。二人共喜んで受け取った。やはり、大人でも甘い物には目がないらしい。
 車酔いを我慢しているうちに王城の城門へ差し掛かる。そこでは簡単な身分証明、俺の場合は市民ではないため、その身分をセシルに保証してもらう形となる。また、短剣等の武器の持ち込みは禁止のため向こうさんに預かってもらうことになる。
 城門をくぐると大きな城が一望できる。コの字型に作られた城構え。敷地の中心部には噴水がある。石造りの城だが壁は白く綺麗であり、二階建てで部分的に三階もあるようだ。そして、窓の間隔を見るに一階一階が高い。
 馬車は城の入り口の前で止まり、御者が扉を開く。下車すると、噴水で程よく湿った空気に清涼感を覚える。噴水があるということはサイフォンの原理を利用できる学者がいるのか、それともこれも魔術的な作用だろうか。
 あたりを見渡すと、セシルが既に待っていた。俺達とほぼ同時に出発したはずなのに先に着いていたようだ。
「それでは細かな交渉事は私に任せて、カズキさんはクリスティーナ王女との会食を楽しんでください」
「了解。それじゃあ俺は王女様と楽しくお喋りをすればいいんだな。任せておけ」
「よろしくお願いします。それでは、早速中に入りましょうか」
 城の入り口は人間が横に十人並んでも入れるほどに大きな入口が開かれるが、さすがにマンガのようにメイドさんが並んで出迎えるという歓待は受けなかった。その代わり初老の執事と若いメイドさんが出迎えてくれた。
「ようこそ、おいでくださいました」
 初老の執事は丁寧に腰を折り、メイドさんも同時に腰を折った。まるで面接練習をしている就活生のような丁寧さだが、慣れた仕草で不自然さが全くない。この城内での礼儀作用として当たり前のことなのかもしれない。
「オルコット商会のセシル・オルコットです。本日はお招きいただきありがとうございました。こちらはカンザキ・カズキ。クリスティーナ王女のお招きに応じて参上いたしました」
「私は執事のケネスと申します。クリスティーナ王女よりお話は伺っております」
 傍に控えていたメイドさんが一礼して俺達を案内する。
 この国では比較的多い茶髪の女性。二十代後半ぐらいだろうか。
 部屋数は多く、廊下に面した扉は数多くあった。その中でも両開きの鉄門扉が鎖でがんじがらめにされ、ゴツイ南京錠のようなものをしている扉がとても印象的だった。歩きながら目を凝らしてみると、門扉の表面には黒ずんだ魔宝石のようなものが無数に埋め込まれている。奇妙だとは思いつつも、宝物庫か何かだろうとあたりをつけた。
 一分ほど廊下を歩くと突き当たりに大きめの扉が開かれたままになっており、俺たちはその部屋へ通された。
 室内は清潔感に溢れ、床は磨かれた石材でツルツルになっている。今日の俺は皮靴で尚更滑りやすい。
 天井を見上げればシャンデリアがあり、たくさんのロウソクが並び立てられていてこの世界では見たことがない程に室内が照らされている。正直、眩しい。というか、凄く勿体無い使い方だと思ってしまうのは貧乏性だからだろうか。
 シャンデリアは滑車で吊るされている事から、やはりそれなりの物理学者に相当する人物はいるのだろう。たかがシャンデリアの蝋燭を交換するためだけに魔術師を呼び出すわけにもいかないだろうしな。
 俺とセシルは促されるまま席に座り、アイリス、ハリソン、ロージーは当然のように壁際で待機し始めた。
「間も無くお嬢様がいらっしゃいますので、しばしお待ちください」
 メイドさんがそう言った後、壁際で待機する。
「なんか妙な感覚だな」
 この場には俺とセシル、三人の奴隷、俺達を案内したメイドさんとそれ以外のメイドさんが数名いる。しかし、誰も口を開かないため静かな空気が漂っている。
「そうですね。私も商売柄、時折お邪魔することはありますが、ここまで歓待を受けた事は何度もないです」
「そういえば、さっき案内される途中でやけに頑丈に施錠された扉があったんだけど、なんだろう」
「確かに、お城で使われている扉はどれも一級品ばかりですね。最高品質の材料から造られたのは間違いないでしょう」
 俺が見たのは鉄門扉だったんだけどな。まぁいいか。
 そんな雑談をしていると、俺たちが入った扉とはまた別の扉が開き、そこから美しい金髪を持つ美少女が現れた。

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