異能力で異世界充実

田所舎人

第二節 準備

 今日も今日とて準備を始める。
 ボディーソープ、シャンプー、コンディショナーの入浴セット。あとはセシルの情報ではクリスティーナは甘い物が好きだという話なので、ビスケット、チョコレート、キャラメル等の個装されたお菓子を買い揃える。あの世界は甘い物が極端に少ない気がする。気になって商業区あたりを見回ってみたが、そもそも砂糖が出回っていない。甘い物と言えば蜂蜜や果物を加工した物ぐらいだった。
 ……飢えているといえば、アヘン戦争のように相手に依存性のある物品を輸出して暴利を貪るという手法もある。例えば、タバコをあちらに持ち込み、王侯貴族をニコチン中毒に仕立て上げ、タバコの値を吊り上げるという事ができない訳でもない。まぁそういうのは争いの元なのでしないけど。
 商品を精算するためレジに向かおうとすると食器のセールが行われていた。プラスチック製のお椀やステンレス製のスプーンやフォーク、ナイフ、彩色された箸等が安価に売られていた。
「……」
 俺はなんとなく、お椀とスプーン、フォークとナイフを三人分手にとって精算した。
 精算する際、ちらりとタバコが目に入る。
「……」
 俺が注目しているのはライターだ。レジを売っている店員にライターを注文してそれも精算する。
 不思議な事に向こうでは魔法があり、魔法が誰でも使えるにも関わらず、日常生活で魔法を使っている姿を見ない。なので、火をつけるだけでもちょっとした手間らしい。ならば、ライター一つで火が起こせる便利さは金になるのかもと買ってみた。
 それと、魔法が日常的に使われない理由をハリソンかアイリスあたりに聞く必要があるな。
 十分な物資を手に入れた俺はスーツを着用して異世界に渡った。スーツ姿に耳飾りが似合わないが仕方ない。
 オルコット商会へ向かう。やはり黒スーツで身を固めた俺は異様に目立っていた。
「今日のカズキ様は凛々しいですね!」
 アイリスの褒め言葉も今日ばかりは素直に受け入れられない。むしろ、皮肉を言われているように感じるのは俺が卑屈だからだろうか。
 自分のスーツ姿に悶々としながら歩き、オルコット商会に着く。
「カズキ様、馬車の商談をするため席を外したいのですが、よろしいでしょうか?」
「ああ、いいよ。ハリソンが必要なら、連れてってもいいぞ」
「いえ、そこまでしていただかなくても問題ないです」
「そうか。まぁ馬車の件はロージーに任せるから」
「はい」
 オルコット商会に着き、俺たち三人とロージーに別れ、中に入る。
「ハリソン、ロージーが心配ならついて行ってもいいんだぞ?」
「その必要はありません」
 ハリソンは普通に言った。晴天の中、傘を断るぐらい簡単そうに。
「そうか」
 ハリソンが言うならそうなんだろう。
 オルコット商会はいつも通りの活気があり、いつものお姉さんにいつも通りセシルを呼んでもらった。
「いらっしゃいませ、カズキさん」
 セシルは俺を商談室に招き入れた。
「それがカズキさんの国の礼服なんですか?」
「ああ。スーツって言って日本男児のほとんどは冠婚葬祭にこれを着る。とりあえず、贈与品はこれで。あと菓子類も調達してきたから、これサンプル品ね」
 入浴セットとお菓子をセシルに渡す。
「ありがとうございます。支払いはいつも通り金貨で?」
「いや、贈与品やらサンプルに金はいらないよ」
「そうですか」
「それに今は金貨不足なんだろ?」
「ええ。カズキさんのおかげで商品は増えましたが……最近のお客は食品類が値上がりして新商品に手を出さない傾向があるようですので……恥ずかしながら、現金不足です」
 食品の値上がりか。
「確か、魔獣が出て収穫が減ってるとかって話だったっけ?」
「はい。それでも、王族や貴族はこんな時でも新商品に興味を持っていただけるお客さんですから、今回の会食は成功させたいところです」
 今日のセシルは何時にもまして精力的だ。
「それにしても、新商品に興味を持つのは分かるけど、その商品を持ち込んだ人間、まぁ俺の事だけど、興味を持つって変な話じゃないか?」
「たまにあるんですよ。異国の人間が持ち込む商品を見て、その人間はどんな生活しているのか、そしてどんな面白い話を聞けるのか。なので地方貴族が旅人を食事に招く事もあります」
「つまりは人の話が娯楽になるってことか」
「砕けて言えばそういうことになりますね」
 まるで人をサーカスの珍獣扱いだ。
「まぁ話題には事欠かないだろうけど、たぶん信じられないような話ばかりだと思うよ」
「例えばどんな話でしょうか?」
「オルコット商会の商館よりでかい鉄でできた船が空を飛ぶって言ったら信じられるか?」
「……さすがにそれは冗談ですよね?」
「ほらね」
 まぁ理解してもらうつもりも納得してもらうつもりもないんだけど。
「……本当なんですか?」
「まぁ何十年とかけて研究した結果だから一朝一夕でできるような話でもないからね」
 そこでふと思い出した。
「そういえば、魔法で空を飛んだりしないのか?」
 魔法使いが空を飛ぶなんて、こちらの世界の人間から見れば夢物語だ。
「できないことはないらしいんですが……」
「らしいって?」
「たぶん、そういった話ならカズキさんの奴隷に聞いた方が詳しいと思います」
 まぁ餅は餅屋か。
「ハリソン、どうなんだ?」
「確かにできないことはないです。ただし、非常に危険が伴います」
「たとえばどんな?」
「まず、飛行中に魔力が失われた場合、墜落する危険です」
 燃料がない飛行機みたいなものか。滑空制御とかできれば話は別なんだろうけど。
「それと、よくある事故なんですが、空を飛ぼうとした結果として四肢だけが飛び千切れたり、内臓が破裂していたりといった事が……」
 それってやばいじゃん。
「一時期はほうきのような媒体に跨り、そのほうきを飛ばす事によって擬似的に飛行を可能とした時代もありましたが、魔術師という希少な人材を多く失った国は結果として飛行魔法は禁止となってしまったんです」
 危険だから規制をした結果、飛行魔術の発展が滞ったって事か。
「そういえば、魔術師って日常的に魔法を使う事ってないのか? あんまり街中で魔法を使う人間を見かけないけど」
 少し前に疑問に思った事をハリソンに尋ねた。
「消費した魔力は回復に時間がかかりますし、使いすぎれば体力を失った時に酷似した疲労感を覚えます。なので日常的に使う人はあまりいません」
「使った魔力はどうすれば回復するんだ?」
「時間の経過と共に回復しますが、効率を良くするためには呼吸や飲食が必要です。なので、魔力がある土地で過ごし、活力のある食事をとれば魔力の回復が早まりますね」
 ハリソンの話を要約すると、魔力の回復には時間がかかり、魔力を消費すると体が動かなくなるから日常的には使われない。ということか。
「魔術師の中には自分の魔力は使わず、魔石の魔力を主に使うなんて魔法使いもいるそうです」
「ああ、その手があったか」
「そのため国は通常、優秀な魔法使いを抱えるのと同時に魔石の備蓄がなされています」
「そして、魔石は常に需要があり続けるので相場の変動が少ないというメリットもあります」
 商人らしい補足をセシルが入れる。
「百人の平凡な魔法使いを抱え続けるよりも、十人の優秀な魔法使いと大量の魔石を抱えた方が経済的でもあるんです」
 剣と魔法の世界で経済的ってのもピンとこないが、この世界ではそういうものなんだろう。
「さてと、話が逸れましたね。えーっと、献上品に関しては承知しました。これからの予定ですが、夕方までは狭いですが、この商談室をご自由に使ってください。ただし、夕方には馬車を出しますので、遅れないようお願いします」
「ああ。……そういえば、商品の方は売れてるか?」
「そうですね……さきほどもお話しした通り、食品類の売れ行きは良いですが薬はあまり売れてませんね。ただそれは商品の認知度が低いためだと思います」
「他は?」
「ぺっとぼとるはクリスティーナ王女のこの得体がまとまった数を購入してくださいました。チョコレートは一度城へ持ち帰り、購入するか検討するそうですが、大口の注文が受けられると思います」
 まぁ品質としては悪くないだろうからな。
「分かった。じゃあ、しばらく俺らはくつろがせてもらうよ」
「はい。後で水差しを持ってこさせます」
 そう言ってセシルは恭しく退出した。

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