異能力で異世界充実

田所舎人

第三章 第一節 吉報

 オルコット商会との取引が順調に進み、金が貯まると何に使うかを考えるのは自然なことだった。その時、自分達に足りない物は何かと考えた時に自分達の住居が欲しいと思い至った。
 家を手に入れるには役所で手続きが必要だとハリソンから聞き、早速役所の役人から家の買い方を丁寧に教えてもらった。どうやら、この国で家を買うにはいくつかの条件が必要らしい。まず一つ目は魔人でないことの証明。例えば、この国の住人との間に子供が生まれる事やこの国の人間との血縁証明がされること等。裏技として冒険者ギルド、そこで魔族討伐をこなすことで信頼を得るという方法もある。俺の場合は前者が難しいので、必然的に後者となる。
 そして、この国では家を買うというよりも土地を借りてその上に自分の家を建てるというシステムらしい。あくまで土地は国のもので借地扱いらしい。なので借りた土地に相応するお金を支払えばいいらしい。
 まとめると、俺の場合はまず、信頼を勝ち得ること。そのために冒険者ギルドに所属する必要があるらしい。
「めんどうだな……」
「カズキ様、これからどうしますか?」
 アイリスが俺を見上げながら尋ねてくる。
「とりあえず、冒険者ギルドで登録とやらをした方がいいかもな。ただ、今日は疲れたしそういうのは明日にしよう」
「カズキ様、少しよろしいでしょうか?」
 ロージーが何か言いたそうにしていた。
「どうした?」
「折角ですから馬車を購入なさってはいかがでしょうか? 商品の運搬にも使えますし、冒険者として馬車を所有しているともなれば箔も付きます。もし、カズキ様にそのつもりがあるのであれば、私が馬と馬車等の手配を致します」
「あー、そうだな。それがいいな」
 無いよりはあったほうがいい。この金もまだ使い道がない。
「どれぐらい必要だ?」
「金貨十枚もあれば揃えてみせます」
 金貨十枚ともなれば二百万円に相当する。国産の新車を買う事を考えれば妥当かもしれないが、物価の慣れのためにも一応聞いてみた。
「金の内訳は?」
「馬に四枚、馬車に五枚。厩や餌、世話人の手配で一枚」
 確か、ロージーは商家に生まれだと言っていた。少なくとも俺よりは物の価値が分かるだろう。
「金は余裕があるから質を重視してくれ」
「畏まりました」
 俺は裸銭で金貨をそのまま手渡す。
「カズキ様、少しよろしいですか?」
「今度はハリソンか。なんだ?」
「今日、オルコット紹介で取引をしていた際、セシル様がお客と取引をなさっていたんですが」
「まぁ商会で取引なんて普通じゃないか」
「その時のお客がこの国の貴族だったのです」
「ん? それってお前が金を借りたって話の?」
「いえ、そうではないのですが。その貴族はかなり王族と近しい方でして、親衛隊の副隊長もしている方なんです。その方が水の入っていたぺっとぼとるという容器に非常に興味を持っていました」
 親衛隊っていうと王族を守護する軍隊だ。フィクション等では姫を守る騎士隊というカッコイイ役柄もあれば、単なるお飾りの隊としても描かれる軍隊というのが俺の認識だ。
「やけに詳しいな? 副隊長の顔を覚えてるなんて。それも他国の」
「私は森の国の貴族として陽の国主催のパーティーに呼ばれたこともありますから……」
 そう言ってハリソンは苦笑いをする。そういえば、こいつは貴族だったんだよな。
「でも、ペットボトルを軍人がか。軍備にでもするのかな」
「そうかもしれません。もしかしたら、大口の注文があるかもしれないので一応はカズキ様に伝えておいたほうがいいかと思いまして」
「分かった。そういう情報はいくらあってもいい。一応これは報酬として渡しておく。好きに使え」
 銀貨を一枚ハリソンに渡す。
「いいのですか?」
「いいさ。言われた仕事だけするよりずっといい」
「ありがとうございます」
「カズキ様、私には?」
 アイリスが俺を見上げる。
「そだな。アイリスは今日は頑張ったな」
 俺はアイリスの頭を撫でてやった。
「えへへ」
 こんなことでも嬉しがるアイリスは可愛い。
 翌朝。唐突な訪問客によって俺の予定は狂わされた。
「カンザキさん、セシルです。お時間をお借りしてもよろしいでしょうか?」
 ドアをノックする音。食後のお茶を楽しんでいる所に水を差された。
「いいよー。入ってー」
「カズキさん、朝早くにすみません。私の都合で申し訳ないのですが、お願いがあってやってまいりました」
「お願い? お願いって?」
「実は卸していただいた商品をあるお客様にご紹介する機会がございまして、その際、お客様が商品に興味をお持ちになり、商品の説明の際に名前を伏せてカズキさんの事を話したところ、カズキさんにも興味があるとおっしゃいまして、本日の夕食に私とカズキさんを招きたいと提案を頂きまして……」
「俺に出席して欲しいと?」
「……そういうことです。昨日の今日で急な話で申し訳ないのですが、私にとってもカズキさんにとっても決して悪い話ではないはずです。なので、ご予定さえなければ今日の午後を空けて頂けませんか?」
「午後か……まぁいいけど。ところで、そのお客様ってどこのどなた?」
「……カズキさんには婉曲的に言っても伝わらないと思いますので、直接言いますが、他言しないでいただけますか?」
「ん? ああ、他言しない」
 この世界でも、誰が誰に会うってのは余計な勘繰りをされないためとか、スパイを送り込まれないようにために、とか色々と気苦労が絶えないんだろうなぁ。
「陽の国の王族、クリスティーナ王女です」
「王女?」
 ハリソンの話では親衛隊の副隊長が昨日、オルコット商会に来ていたって話だったけど。どういうことだ?
「カズキさんにはあまり馴染みがないかもしれませんが、簡単に言えばこの国で六番目に偉い人です」
「六番目ってその上は誰がいるんだ?」
「国王、王妃、第一王子、第二王子、第一王女です」
 つまり、現在の王族は両親と兄弟、姉妹がいて、これから会うのが妹にあたるクリスティーナ王女か。
「その王女様っていくつなの?」
「今年で十七になるかと」
 俺より若いお姫様か。
「そのお姫様ってお転婆だったりしない?」
「決してそのような事はありませんよ。何度かクリスティーナ王女と接する機会がありましたが、優しく聡明で常に民の安寧と発展を願う素晴らしい方ですよ」
 人の口から出る評価で良い物ばかりが並ぶと逆に穿って見てしまうのはアニメや漫画に毒されすぎだろうか。
 ……まぁ人の評価なんて色眼鏡で通した物しか見えないしな。
「分かった。今日の午後だな」
「来ていただけるんですか?」
「ああ。その代わり、貸一つな」
「貸しですか……」
「せいぜい早めの返済を頼むよ」
「なんだか、貸しを作ってはいけない人に貸しを作ったのかもしれませんね」
 セシルは苦笑いする。苦笑いで済んでるのは俺がそこまで悪い人間ではないと勝手に思っているからだろうか。
「そういや、夕食のために午後を丸々空ける必要があるんだ?」
「会食の場は王城となりますので、こちらで礼服を用意させていただこうかと思いまして」
「礼服?」
 俺にとって礼服といえばスーツだ。冠婚葬祭、どこでも使える便利な一張羅。
「その礼服って俺の国の礼服でもいいのか?」
「お持ちなのですか?」
「まぁすぐに用意できるものだけどさ」
 クリーニングに出して以来袖に腕を通していない。
「それならば大丈夫です。クリスティーナ王女にはカズキさんが異国の行商人ということを話していますので、多少の失礼は大目に見てくださるはずです。そうでなくとも、クリスティーナ様は寛容な方ですから」
「それならそれで用意しないといけないか……。そういえば、俺の奴隷は服装とか気をつけた方がいいのか?」
 俺は傍に立っているアイリスの頭に手を乗せる。
「いえ、奴隷の服装ならばそこまで気をつかう必要はないと思いますが……。たぶん、その服は目立つでしょうね」
 アイリスは現代の服装を纏っている。確かに目立つといえば目立つか。
「まぁこれはこれでいいんじゃないか? 異国の服にはこういうのもありますって宣伝になるだろうし」
「カズキさんがお気になさらないなら、それでいいと思います。極端な話、奴隷はボロ服でもいいですから」
「了解。そういや、俺は手土産とか持っていった方がいいのか?」
「そうですね。クリスティーナ王女の心証を良くするならば甘いものがいいかもしれませんね」
 ちょいちょいと袖を引っ張られる。
「なんだアイリス?」
「体を洗った時に使ったあの泡立つ液体を贈られてはいかがですか?」
「泡立つ液体……ああ、シャンプーとボディーソープか」
「それです」
 確かにあれならば贈り物として遜色ないだろう。
「そうだな。セシル、新品を後で持って行くから、なんか適当にラッピングしてくれ」
「分かりました。朝早くにすみませんでした。他にも準備があるのでこれで失礼します」
「ああ。まぁある意味吉報だからな。あんまり気にしないで」
「ありがとうございました」
 そう言ってセシルは出ていった。

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